ジークフリート編 第4章 自由の風

第1節 独立戦争勃発

 ガルーダのブリュンヒルデは、自分で捕まえてきたタッツェルヴルムを美味しそうに啄んでいる。


 タッツェルヴルムは、猫のような頭と爬虫類のような胴体を持ち、四肢のある生物で、聖教会総本山のあるアルスノ山脈に多数生息している魔獣だ。

 ガルーダがもっと大きくなれば、ドラゴンの近縁種のナーガを主食にするそうだ。

 ブリュンヒルデはまだ子供なので、今は狩りの練習中だ。


 『修羅の国』ハポングから戻ってきてからの僕は、毎日ブリュンヒルデを連れて、総本山の裏手のアルスノ山脈最高峰モンテブランを散歩している。

 ブリュンヒルデは羽がすっかりと生え変わり、少しずつ飛べるようになっていた。

 ガルーダは成長の早い神鳥らしく、あと一ヶ月もすれば成鳥として扱っても良いそうだ。


 ブリュンヒルデは元気に育っているようで、見ていて僕も元気がもらえる。

 でも、僕はまだ落ち込んでいて、何もやる気が起きなかった。


「……ぜぇぜぇ、あー! ジーク様! やっと見つけれました!」


 僕がブリュンヒルデの様子を岩に座って眺めていると、教会騎士で僕の従士にして従兄弟のヨハンが息も絶え絶えでやって来た。

 見た目は女の子みたいで可愛らしいけど、体力がない。


 僕はクスッと笑って、大げさに冬山用の装備をしている汗まみれのヨハンの方を向いた。


「どうしたの、ヨハン? このぐらいでそんなにバテてたら、聖騎士なんてまだまだなれないよ?」

「な、何をおっしゃいます! ちょっと散歩に行ってくるといって、4千メートル超えの登山をする超人なんて、ジーク様ぐらいです!」


 ヨハンが頬を膨らませてそっぽを向いて拗ねてしまった。

 僕はちょっと困って苦笑いだ。


「まったく、もう! ジーク様は常識をもっと学んでください!」

「う、うん、分かったよ。それで、僕に用があったんじゃないの?」

「あ、そうでした! ライネス団長がお呼びです。『七聖剣』は全員集合だそうです」

「全員? 何かあったの?」

「さあ? ボク程度の従士には何も教えてくれませんでした!」


 と、ヨハンは不満そうに首をひねるだけだ。

 僕も考えたところで分からないので、ゆっくりと立ち上がった。


「うん、ありがとう、ヨハン。僕は先に戻るから、ブリュンヒルデをお願いね」

「え!? ちょっと、ジーク様!? そっちは……」


 僕は、断崖絶壁の斜面を一気に駆け下りていき、眼下の豆粒ほどの大きさに見える総本山に向かった。


 僕が総本山の統合作戦室にやって来ると、聖教会圏連合軍軍事総司令、軍事参謀総長、他にも各国の軍事関係者の大物たちが集まっていた。

 そして、世界各地の重要拠点にいるはずの、聖騎士『七聖剣』たちも集合していた。

 その中に、新たに暗黒大陸連合軍聖騎士団隊長についた、七聖剣序列第七位元フランボワーズ王国付聖騎士長『白炎の処刑人』ジル・ド・クランの姿もある。

 今回もまた、聖教会教皇ヨハネ八世もいた。


 でも、みんな異常に殺気立っていて雰囲気が悪い。

 一体何があったのだろう?


「すみません。おまたせしました。一体何が……?」


 僕が統合作戦室に入ると、聖騎士団団長七聖剣序列第三位『雷帝』ロドリーゴ・ライネスを中心とする聖騎士団の集まる席についた。

 その僕に、聖騎士団副団長七聖剣序列第六位『氷の女王』アリス・サリバンは不機嫌に答えてくれた。


「遅いわよ、ジークフリート・フォン・バイエルン! あんたが待たせるから、こんなむさい男どもに囲まれて待たされたじゃないのよ!」

「う! す、すみません。急いで帰ってきたのですが……」


 僕は聖騎士の序列は第一位で上なのだが、この見た目だけは幼い、人族最強の女性にいつもタジタジだ。

 実は、僕はいまだにカーミラ以外の女性は苦手なのである。


 そんな僕を、奇抜で派手な見た目の東方面連合軍聖騎士団隊長、七聖剣序列第五位『奇術師』ロベール・アイゼンハイムは、大笑いしている。


「ブワッハッハ! 最強の『神の子』も、最恐のロリババアにはかなわへんな!」

「あ!? 誰が何? その2つに分けた髪の毛から、真っ二つに引き裂かれたいの?」


 アリスは周囲を凍りつかせる殺気を放ち、飄々と笑っている二股に分かれたアイゼンハイムの七色の髪の毛に掴みかかろうとした。

 

「やかましい!」


 この騒ぎに、団長の雷が落ちた。

 曲者ぞろいの七聖剣とはいえ、この団長の威厳の前には、ピシッと背筋を正した。


「……まあ、これで、全員揃ったようですね、緊急会議を始めましょう」


 進行役の黒髪の浅黒い肌の男、聖教会圏連合軍軍事参謀総長は、苦笑いを浮かべながら、大きなワシ鼻の上に小さな鼻眼鏡を乗っけた。

 情報部からの資料を手に取って会議が始まった。


 この会議で、歴史的大事件の幕開けが告げられた。

 

 新大陸アルカディア自治都市ボルトンを中心に、アルカディア東部全域を分割で実効支配する聖教会圏諸国に対して、一斉蜂起が起きた。

 その中心人物たちは、各国の金等級、銀等級冒険者や傭兵達で、開拓民や奴隷達を率いて立ち上がったのだ。

 そして、新たな国家の樹立を宣言した。

 

 本来は、現地の聖教会圏連合軍が鎮圧するはずだった。

 しかし、そうはならなかった。


 その首謀者が、新大陸自治都市聖騎士団隊長、七聖剣序列第四位『征服者』ディエゴ・ピサロだったからだ。

 現地の聖教会圏連合軍が、聖教会圏全てを裏切る形になり、聖教会圏連合軍総本部は、その鎮圧へと乗り出すことになった。


 こうして、アルカディア独立戦争が勃発することになったのである。


・・・・・・・・・


 暗黒大陸奥地。


 そこには、ひっそりと一つの古城が小高い山の上に建っている。

 白い石造りの堅牢な要塞ではあるが、オレンジ色の尖塔や屋根が青い空に映え、明るい雰囲気を出している。


 その内部構造は、一歩その中に入ると、大小様々な部屋に分かれて複雑に入り組んでおり、まるで迷宮のようである。

 シックに落ち着いて洗練された上品な寝室や、彫刻や照明なども様々な場所で目に付き、細部にいたるまで目をみはるほど美しい音楽ホールまである。

 その中庭には、色彩鮮やかな花々の庭園が癒やしを与えてくれる。

 その地下の牢獄に、拷問道具の鉄の処女が置いてあるのは、愛嬌。


 一見しただけでは、この城の主は誰なのかは分からないだろう。

 しかし、この城の名は誰もが耳にしたことはあるはずだ。

 ここは、通称『魔王城』、『魔王』カーミラ・バートリの居城である。


 この魔王城の主カーミラは、城内にある会議場にいた。

 その会議場は、重厚な神代欅の円卓、大きなステンドグラスで明かりを入れている。

 その13席の円卓に座れるのは、古の時代から有力魔族たちだけと決まっている。

 その有力魔族たちは『魔王軍評議会13席』と呼ばれる。


 この会議場には、深海の底のような濃厚な暗黒の重圧が立ち込めている。

 それだけ、ここに集まった者たちが別次元の魔力の持ち主なのである。


「では、皆様、本日は集まっていただきありがとうございます」


 始めに口を開いたのは、召集者であるカーミラだった。

 さすがの『魔王』とはいえ、これだけの有力魔族たちの前では緊張を隠せていない。

 顔を強張らせ、肩に力が入っている。


「フォッフォッフォ! そう緊張せずとも良いぞ、女王様?」


 このカーミラに対して、雄牛のような立派な角の生えた老人のように見える魔人族バアルは飄々と笑った。

 カーミラがこの世に誕生するはるか昔から、この席についている最古参でもある。


 いつも子供扱いをしてくるこのバアルを、カーミラは苦々しく睨みつけた。

 が、バアルは柳のようにさらりと受け流した。


「クックック! しゃあねえよ! 実力で『魔王』の称号を貰ったわけじゃねえからな!」


 と、カーミラを嘲笑うのは、真っ赤な肌の巨漢の鬼人族アスラだ。


 このアスラも毎度のことながら、カーミラをいちいち挑発する。

 しかし、カーミラは屈辱に耐えるだけで拳を力強く握りしめるだけだ。

 アスラは、単純な戦闘能力だけなら魔族でも1、2を争い、『魔王』でもあるカーミラをも上回るからだ。


「……黙らんか、アスラ。口が過ぎるぞ、貴様?」


 カーミラをかばったのは、白銀髪の細面の優男に見える吸血鬼の真祖ブラドだ。


 ブラドは、カーミラとは別の源流のヴァンパイアで、その誕生ははるか昔だ。

 基本的に無口であるが、カーミラを暫定の『魔王』に推した人物でもあり、後見人でもある。


 このブラドは、かつての大魔王に協力していたが、独自の勢力も持っていて、その真意は不明である。

 だが、この真祖には好戦的なアスラですら、舌打ちをしてこれ以上何も言うことはしなかった。


「ありがとうございます、ブラド殿」


 カーミラはブラドに頭を垂れて礼を言った。

 これに対して、ブラドはふぅっとため息をついてたしなめた。


「いけませんよ、陛下? 臣下に頭を下げるなどとは、見くびって図に乗る者も出てしまいます」

「あ!?」


 アスラは凄んだが、ブラドは無視してカーミラに話を続けさせた。


「はい、以後気を付けましょう。……では、本日の要件をお伝えいたしましょう」


 カーミラは、円卓を見回したが、その席についているのは半数もいなかった。

 如何に自分が軽く見られているのか、カーミラは悔しそうに唇を噛み締めた。


 他にいるのは、言葉を発するのを見たこともない真っ黒いローブを深くかぶった、不死族プラトン、やる気がなく寝ているヤギ角のサキュバスの女王アスモダイだけだ。

 他の半数は、この場に来てすらいなかった。


 この統一感のなさが、魔王軍の現状だった。

 カーミラは『魔王』として、自分の力不足を心の中で自嘲気味に笑った。


 だからこそ、カーミラはジークフリートに夢を見ているのかもしれない。

 かつての大魔王軍のように、魔族が、暗黒大陸がまとまることを。

 血で血を洗う暗黒大陸の現状を変えたいと願っている。

 人族に迫害されている同胞たちを助け出したいと。

 カーミラは、自分の中の熱い思いを語った。


 救世主となる『覇王』の器である少年に再び会いに、新大陸アルカディアへ行くと宣言した。

 誰も自分の夢物語に付き合う気がないと分かっていても。

 いつかきっと分かってくれると信じて。

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