第11節 秘密兵器

―アルカディア大陸南部 ピサロ領 旧ダークエルフ帝都ケチュア ピサロ居城内―


「ああ! どうして!? あたしなんかで『魔王』相手にどうしろって言うのよ!」


 ジュリアはピサロの叱責により、暗黒騎士になって初めて自信を喪失していた。


 かつては自信のないオドオドした少女だったジュリア、『十字路の悪魔』との契約によって、力を得た代償に自信過剰になり精神も蝕まれている。

 自信すら喪失したジュリアの精神は、最早崩壊寸前まで追い詰められていた。

 そして、囚えているはずのロザリーとヴィクトリアをイジメて気を紛らわせようと自室へと戻った。


 当然、ロザリーとヴィクトリアはすでにいない。


「何なのこれ!? 逃げちゃったの!? そんな、そんな、そんなぁああああ!……お前らか? てめえらがゲスな考えをいたせいか? てめえらがあの娘達を✕✕して、〇〇しようとしたせいか!? あああああああ!!!!」


 ジュリアは半狂乱、いや完全に錯乱していた。

 床にへばりつくように凍りついていたゲスな暗黒騎士たちを、ジュリアは粉々になるまで踏みつけた。

 その後には、肩で息をするジュリアの足元に赤黒いシャーベットが広がっていた。


「ああ、どうしよう! どうしよう! 何にも分かんないよ! 誰か助けてよ!」

「……クフフフ。では、我が助けてやろうか?」

「え!? だ、誰……ひぃ!? リ、死霊王リッチィ!?」


 ジュリアは後ろを振り返り、突然現れたアンデッドに過去のトラウマ(番外編9参照)を思い起こさせられ、腰が抜けて後ろに座り込んだ。


「クフフフ。どうやら覚えているようだな? あの節はどうも同志たちがお世話になりました。……さて、実験の仕上げといこうか?」

「え? な、何……あ、ああ、あああああ!?」


 ジュリアは死霊王リッチの暗黒闘気で魂を刺激され、闇に堕ちていた魂はさらに深い闇に覆われた。

 そして、生気を失った目でフラフラと歩き始めた。


☆☆☆


 城内に侵入したオリヴィエとヨハン、アウグスタはサムたちと分かれ、回廊を走っていた。

 

「……おかしい」


 オリヴィエはポツリと言葉を漏らした。

 この言葉にヨハンは反応を示した。


「何がです?」

「うむ。城内に入ったというのに、敵と全く遭遇しない」

「それって、外での陽動がうまくいっているということではありませんか?」

「いや、それでも誰もいないのは異常だ。本当にあのエルフの作戦に乗ってよかったのだろうか?」


 オリヴィエは懸念を口に出し、一同は進む足を止めた。

 しばし沈黙が流れたが、アウグスタがすぐに破った。


「だが、進むしか無い! 私はジュリアを取り戻すためならば、虎穴にだろうが入る!」

「落ち着け、アウグスタ。がむしゃらに進めば良いというものでは……

チィッ!?」


 オリヴィエが先を急ごうとするアウグスタを冷静に落ち着けようとしたところだった。

 回廊の先から暗黒闘気の波動が襲いかかってきた。

 が、オリヴィエは剣で弾き飛ばした。

 流石は聖騎士の精鋭にして名門シュヴァリエ家、オリヴィエとアウグスタは話をしながらでも臨戦態勢に入っていた。


「なるほど。雑兵は外に出払っているが、手練だけが中に残っているということか。それならば、敵の姿すら見かけなくとも当然か。ロクサーヌとやらを疑って悪かったようだな」

「……ふん、まあどちらでもいい。何者だろうが行く手を阻むものは……な!? お前は……」


 正面から姿を現した相手に、アウグスタは絶句した。

 姿を現したのは、正気を完全に失っているジュリアだったからだ。


「好き、殺す。好き、殺す。う、ふふ。きゃは? ……アグ姉ちゃん? オリヴィエお兄ちゃんも? キャッハー! 大好き、ぶっ殺す! コロス、ダイスキ!! きゃハはハ!!!」

「じゅ、ジュリア? な、何ということだ。シルバニアの時よりも精神がおかしくなっている?……クソ! やはりあの時に怪我を負わせることを躊躇わなければ……」


 オリヴィエは、悔しさのあまり口から血がにじむほど歯を噛み締めた。

 アウグスタが気を取り直し、狂乱してフラフラと歩いてくるジュリアに剣を構えた。


「悔やむな! 私達二人がかりなら、まだジュリアを抑えることは出来る!」

「クフフフ。そうはさせんぞ?」


 ジュリアを操るように、背後から死霊王リッチが現れた。

 

死霊王リッチ!? なるほどな。貴様がジュリアに何かしたのか?」

「いいや、我はただ神がお与えになった闇の力を増幅させただけだ」

「神、だと!? ジュリアを闇に堕としたのは『十字路の悪魔』だろう! 貴様ら闇の者共の神が悪魔だというのか?」


 オリヴィエは死霊王リッチの言葉に激昂した。

 だが、死霊王リッチは顔のない髑髏だが、醜悪に歪んでいるかのようにカタカタとアゴの骨を鳴らして笑った。


「クハハハ! 何という無知! 人族も悪魔も神の創ったただのおもちゃに過ぎんのに! 『十字路の悪魔』ゲーデは神との仲介役、悪魔は我ら闇の眷属の中でも特別な存在だが、絶対者ではない。だが、そんなことはどうでも良い。貴様は実験の邪魔だ。前回はよくも我が同志たちを滅してくれたな? 貴様の屍を我が眷属に加えてやるわ!」


 死霊王リッチから漆黒の闇、途方も無い暗黒闘気が迸った。

 聖騎士の精鋭オリヴィエですら、この圧力に驚愕の表情だ。


「何!? 何だ、この暗黒闘気は? 貴様、ただの死霊王リッチではないのか?」

「クハハハ! そうだ。我は、各地の闇に潜むアンデッドの王者である死霊王リッチたちを束ねる者であり、生前は賢者だった。我はアンデッドの王の中の王、魔王軍評議会13席に名を連ねる者『死せる賢者』である!」


☆☆☆


「いたぞ」


 オリヴィエたちと分かれたサムたち『自由の子どもたち』は、『十字路の悪魔』ゲーデを先頭に歩くピサロたちを発見した。

 サムたちは声を潜め、物陰からピサロ達の後をつけた。


「クハハハ! ついに吾輩に最大の屈辱を味わわせてくれた憎き『聖帝』を始末できるわ!」

「……ま、あの秘密兵器ならぁ、あの『聖帝』だってイチコロよぅ。でもぉ、今群がってきている他の連中をどうするつもりかしらぁ?」

「ふん! 連中なんぞ、秘密兵器の試運転の相手にちょうどよい。 エルフ共の開発した秘密兵器『天空の城』は恐怖の象徴らしいではないか、のう、グウィネスよ?」


 上機嫌のピサロは、後を付いてくる副官兼愛人のグウィネスにニタリと笑いかけた。

 ダークエルフの皇女であったグウィネスは無表情で答えた。


「……ええ。父の友であった世界樹の大森林に住むエルフが設計し、兄が途中まで建造していましたから、私もそのような話は聞いております。神の啓示では星をも砕いたそうです」

「だ、そうだ! ついに吾輩が世界の支配者となる日が来るか! クハハハ!」


 外の騒ぎを気にかけることもないピサロは上機嫌に高笑いをしている。

 サムたちはヘドを吐きそうなほど不快な表情だ。


「あの外道が世界の支配者になったら、ただの悪夢だ。独立戦争で命がけで戦って散ったみんなが浮かばれない」

「そうよ! お祖父様だって、傭兵を引退してのんびり牧場で過ごしていたのに!」

「おいおい、イヴ。声が大きいって」

「あ、ご、ごめん」


 サムたちはピサロたちに気付かれないかと不安になったが、ピサロが上機嫌に浮かれているため気付かれていなかった。

 ホッと一息ついて、再びピサロたちの後をつけていった。


 ピサロたちは城の奥の間にやって来た。

 そこには転移魔法陣が設置してあり、次々とどこかに転移していった。

 そして、誰もいなくなったことを見計らって、サムたちも転移した。

 

「……何だ、ここは?」


 サムたちは、転移先の異様な別世界に呆然と立ち尽くしていた。


「……なるほど。誰が後をつけてきているのかと思えば、あなたたちか」

「し、しまった!?」


 サムたちはその場に呆然と立ち尽くしたことで、相手に見つかってやっと意識を現実に戻した。

 その相手はグウィネスであった。


☆☆☆


―アルカディア大陸南部 ピサロ領 旧ダークエルフ帝都ケチュア近郊上空―


『グギャハァアアアアアア!?』


 僕が蛇神ケツアルコアトルの腕を斬り落とすと、ケツアルコアトルは苦痛の悲鳴を上げた。

 僕は宙を舞っていたが、ブリュンヒルデが落下点に絶妙なタイミングで僕の足元に飛んできた。

 

「ナイス、ブリュンヒルデ!」

『クァアアアア!』


 僕が褒めてブリュンヒルデの首筋を撫でると、ブリュンヒルデも嬉しそうに声を上げている。

 僕たちコンビの初陣なのに、まるで長年連れ添った相棒のように息がぴったりと合っていた。

 

 対して、ケツアルコアトルはすでに全身から紫の血を流し、今の一撃で戦意を喪失して怯えているかのようだ。

 神獣とはいえ、このままブリュンヒルデの食事の獲物となってしまうのだろうか?


 アリスたちとロクサーヌも敵の空戦部隊を次々と蹴散らし、勝負がついた。

 敵の空戦部隊が潰走していくと、アリスたちは後を追ってピサロの城の中に乗り込んだ。


 僕たちがケツアルコアトルにとどめを刺そうとしたところだった。

 轟音とともに、飛空艇をもはるかに上回る巨大な建造物が空に現れた。

 と同時に、ケツアルコアトルは光の粒子とともに姿を消した。


 なるほど。

 劣勢なように見せて、敵は作戦通りというわけか。


 敵の秘密兵器の全体に魔導砲充填の光が迸った。


 僕たちを城、街ごと吹き飛ばそうというのか?

 味方や領民の命すら平気で犠牲にする悪逆非道なピサロらしい作戦だ。

 独立戦争で嫌というほど味わった吐き気のする不快感だ。


 だが、僕たちもここまでは作戦通りだ!


 そうだ。

 この作戦が成功するかしないかは、僕次第。

 カーミラが僕を心配してついてこようとしてくれたことは、心の底から嬉しい。

 でも、僕を信じて任せてくれたことはもっと嬉しい。


 相手が秘密兵器を出すという情報は、ロクサーヌが内部にいるスパイから仕入れて僕たちにも伝わっていた。

 アルセーヌたちと偶然、いや、運命とも呼べる必然で出会えたからこそ、この常軌を逸した作戦を思いついた。


 今の僕は聖教会の最終兵器、未来では最強の『覇王』になる男らしい。

 僕には未来のことは分からないけど、今の僕は聖教会の最終兵器だという自覚はある。

 

「うおおおおお! 聖闘気全開放!」


 僕が全ての力を解放したと同時に、敵の秘密兵器から星をも砕くという魔導砲が放たれた。

 

 これが、この作戦の核となる、僕の真の役割。


 敵の秘密兵器『天空の城』を真っ向から抑えること


 あまりにも常軌を逸している。

 一個人がこの巨大兵器に戦いを挑むのだから。

 でも、僕が成功させなければ、みんな死ぬ。

 僕の役割はあまりにも重く、大きすぎる。

 だけど、僕は不思議と気分は高揚している。


「うおおおおお! 光牙天喰閃ルクス・シュクリオス!」


 聖騎士の基本技、光牙斬の最上位技、全闘気を剣に乗せて放つ最強の飛ぶ斬撃。

 この一撃に、僕は持つもの全てをかけた。


☆☆☆


 ―再びピサロ居城内へ―


 うおおおお!?

 ま、マジかよ、あいつ!?

 本当に、やりやがった!


 俺達が地下から地上階へと出たと同時だった。

 ジークフリートのアバン◯トラッシュみたいな月牙天◯みたいな必殺技が、『天空の城』のスーパーレーザー砲とぶつかり合った。

 その衝撃波だけで、俺達が侵入した城は吹き飛びそうなほど揺れた。


「うおおおお!?」

「きゃぁああ!?」


 俺はバランスを崩して壁に顔面を強打して鼻血を流した。

 ついでに俺の頭の上にいたイシスも転げ落ちた。

 

「ニャァアア!? ご主人たま、大丈夫ですかニャ!?」


 レアはカーミラに守られ、平気で立っていた。

 カーミラはレアを後ろから抱きしめながら、影魔法を展開し、俺を無視して窓の外から見えるジークフリートをうっとりとした目で見つめていた。


「ああ、ジークフリート様。さすがです。エルフ共の造った粗大ごみを真っ向から迎え撃つとは。やはり私の愛する『覇王』となられる御方です」


「おお! すごいのだ、ジーくん!」


 揺れが収まると、イシスが窓の外をキラキラした目で眺めていた。

 どうやら、スーパーレーザー砲を本当に真っ向から打ち消したようだ。

 マジであいつ、本当に人間か?


「当然です、イシス様! ジークフリート様は『神の子』ですよ!」

 

 カーミラはフンスって聞こえてきそうなほど興奮している。

 

 と、俺が興奮している魔王と駄女神を呆然と見ているとレアが興奮して叫んだ。


「ニャァ!? す、すごいおっきいですニャ! あれが『天空の城』ですかニャ!?」


 おお!

 そういえば敵の秘密兵器は『天空の城』だったよな?

 この辺は確か俺の世界にもマチュピチュがあるから『天空の城』もあるんだよな?

 この世界ならどうなんだろう?

 やっぱり、動力は飛行石かな?

 バ◯スって言えば壊れるかな?

 敵のボスのピサロに、目が目がーって言わせてぇ!


 俺はワクワクして窓の外へと身を乗り出した。

 しかし、そのまま窓から落ちそうになった。


「ニャァ!? ご、ご主人たま、落ちたらダメですニャ!」

 

 レアは必死に落ちそうになっている俺を両手で支えている。

 だが、俺はツッコミが多すぎて叫び続けた。


「ちがーう! これ、ちがーう! 『天空の城』これじゃねえー! これ、宇宙要塞だし! まんまデス◯ターじゃねえかー!! やべえよ! バレたらやべえよ!死ぬよ、色んな意味で!!」














 しばしお待ち下さい。



 











 さて、俺が一頻り叫んだところで再び潜入を開始した。

 

「……まったく! 貴様のせいで余計な時間を取られてしまっただろうが!」

「うぐ! す、すまねえ。でもよ、あれはマジでねえよ」

「そんな事無いのだ! デ◯スターを完璧に再現できていたのだ! さすが、ロクたん! あたちが秘蔵のDVDを授けただけは……うぎゃ!? 何するのだ、アル!?」


 俺は頭の上で調子に乗る駄女神イシスをつまみ上げ、無言で窓から外に放り投げた。

 イシスは空を飛べるので、すぐに俺の目の前に怒りながら戻ってきた。

 だが、温厚な俺もついに怒りが爆発した。


「何するのだ、じゃねえー! ったく、女神自ら世界のバランスを崩すなよ! お前のせいであんなもんの相手しなきゃいけねえんだろうが!」

「な、なんでなのだ!? だって、あれ造ったの、ロクたんだもん! あたちじゃないもん!」

「ほとんどお前のせいだっつうの! ネタを与えられたら、作りたくなるのがオタクってもんだろうが! 何でも作り出せる魔道具作りの天才にSF映画を見せたらダメに決まってんだろ! 見ろよ、世界観ぶっ壊れてんじゃねえか! このまんまオーバーテクノロジーが蔓延したら、この世界また滅びるぞ!」


 と、俺がイシスを責め続けると、イシスは黙り込み、ついに泣き出した。


「びええええん! だって、だって、何かお返ししたかったんだもん!」

「う、お、おおう? ま、まあ、待て、イシス、落ち着け。お、俺はだな……ぐえ!?」


 オロオロとする俺の頭に、カーミラがゲンコツを落とした。

 レアですら、雷を迸らせて毛が逆立っている。


「イシス様に何をする!」

「ご主人たま、ひどいですニャ!」


 ええ!?

 これ、俺が悪いの?


 俺がひたすら謝り慰めてイシスが泣き止んだところで、俺達は三度潜入を開始した。

 そして、俺達はロクサーヌと通信魔道具で打ち合わせをして、ジークフリートの仲間たちとの合流場所の広間までやって来た。

 すでに、誰か来ている。

 

「おお、悪いな。待たせちまったみてえだ……って、ロザリー!? な、なんでこんな、あれ? なんで聖騎士みてえな聖◯を……??」


 俺は完全に混乱していた。

 ジークフリートの仲間だっていうのに、なぜか捕まっているはずのロザリーがいるし、聖騎士だし?


 ロザリー?は、俺を見てジトッとしたいつもの目で俺を見た後、不愉快そうに悪態をついた。

 

「はぁ!? 誰よ、あんた? ロクサーヌってエルフも間違えたけど、あんたら誰と間違えてんのよ? あたしはアリス様よ!」


 ええ?

 どういうこと??

 ロザリーって双子だったの???

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