第12節 不気味な予言

―天空の城内部 司令室―


 スーパーレーザー砲とジークフリートの渾身の必殺技がぶつかり合った閃光が霧散した後、ピサロの怒声が『天空の城』内部に響き渡った。


「ど、どういうことだ!? なぜ『神の子』の小僧が消えておらんのだ!? この秘密兵器の魔導砲は星をも砕くのではなかったのか!?」


 ピサロは激怒のあまり、祝杯を上げようとしていたスパークリングワインの注がれているグラスを粉々に握りつぶした。

 聖闘気が迸っているピサロの手には傷一つ付くことはないが、そのグラス一杯で安値奴隷の売買金額に匹敵する雫が滴り落ちている。

 その拳を副官兼愛人のグウィネスに振り上げようとしたが、その姿がないことにさらに怒りを膨らませ、スパークリングワインのボトルの載ったテーブルを叩き割った。


「あのアマ、どこに行きよったのだ!」


 ピサロの憤怒に配下の聖騎士や暗黒騎士たちは言葉もなく青い顔をして立ち尽くしている。

 ただひとり冷静に『十字路の悪魔』ゲーデは、ピサロに呆れてため息をついた。


「……はぁ。グウィネスならぁ、誰かが後をつけてきているからぁ、始末に向かったわよぅ」

「何!? なぜ吾輩に何も言わんのだ!」

「さぁ? あたくしに言われても知らないわよぅ」

「ぐぬぬ! どいつもこいつも役立たず共め!」

「はぁ!? あんた、このあたくしにナメた口を利くわねぇ?」


 口汚く罵倒するピサロに、ゲーデはピクリと眉をひそめ、暗黒闘気をユラリと漂わせた。

 『魔王』に匹敵する悪魔の威嚇に、さすがの傲慢なピサロですら熱くなっていた憤怒が冷たい汗によって冷まされた。


「ぐぬ! す、すまない。吾輩は不要に熱くなってしまっていたようだ」

「良いのよぅ? あたくしもこの程度では本気で怒らないからぁ。でも、忘れないで頂戴? あたくしはあんたの部下じゃなくて、協力者よぅ? 二度とナメた口を効かないでくださるぅ?」

「う、うむ。以後気を付ける」


 ピサロは謝罪の言葉を述べているが、本心ではないことはゲーデにも伝わっている。

 しかし、ゲーデは笑って許した。


「ま、いいわよぅ。……それにしても、さすがは『神の子』だわぁ。あの御方大魔王様の再臨と見込まれているだけはあるわぁ」

「大魔王? 勇者ではなかったか?」

「ああ、あんたら人族はそっちの方だと見込んでいるのだったわねぇ? 確かに、今は勇者の方が強いわねぇ。でもぉ、あの子が勇者大魔王どちらに転ぶかでこの世界の運命は決まるのよぅ、オーホッホッホ!」


 ゲーデは不気味な予言をして高笑いをした。

 そして、司令室を出ていった。

 ピサロは冷たいモノが背筋を凍らせたが、虚勢を張って鼻を鳴らした。


「ふ、ふん! まあ吾輩にとってはどちらでも良いわ。今の一撃は所詮は試し打ちだ。充電したら、次の一撃で『神の子』の小僧も消滅するのだ! ……おい! 進路を火山地帯へと向けろ!」


 『天空の城』はアンディ山脈の奥地、超巨大火山スーパーボルケーノラパカン山へと進路を向けて飛んでいった。


☆☆☆


―ピサロ居城内部 回廊―


 死せる賢者は回廊の窓から飛ぶ去っていく『天空の城』を眺めて髑髏の空洞の闇を細めた。


「クフフフ。ゲーデはうまくピサロを操っておるのか、どうやら計画通りに事が運んでいるようだ。……さて、我はこちらの実験の帰結を見届けねばならんのだ。そろそろ遊びは終わりにしようではないか」


 死せる賢者が視線を対峙しているオリヴィエに戻した。

 オリヴィエは膝をつき、口から血を流し肩で息をしていた。


「く、クソ! 卑怯な真似を!」

「卑怯? 勝利のためならば相手の弱みをつくことは当然ではないのか? 貴様ら人族の常套手段であろう? クフフフ」

「う、うう! す、すみません、オリヴィエさん! ぼ、ボクのせいで……」


 死せる賢者はヨハンを暗黒闘気で捕らえ、オリヴィエへの盾にしていた。

 手の出せないオリヴィエを死せる賢者は、ただいたぶっていたのだ。


「我は勝つため、目的のためならば手段は選ばぬ。ただでさえ、貴様ら聖騎士、特にシュヴァリエの強い光は我らアンデッドの天敵なのだからな。相性が最悪の相手に真っ向勝負など愚の骨頂というもの、これはただの安全策だ」

「ぐ、お、おのれ!」


 オリヴィエが怒りに震えて立ち上がろうとした。

 しかし、死せる賢者の暗黒闘気の拘束が強まった。

  

「う、あああああ!」

「く!? よ、ヨハン!」

「クフフフ。おとなしくしていろ。……愚かな連中だ。手を出そうが出すまいが、どちらにしろ屍と化すものを。情などというくだらんものに振り回されて手が出せないとは。どうやらあの娘も同じようだな?」


 死せる賢者が、ジュリアと対峙しているアウグスタに視線を移した。

 完全に闇に堕ちたジュリアの猛攻の前に、アウグスタは手を出せずに防戦一方だった。

 聖騎士の鎧は傷だらけになり、致命傷ではないが全身の刃傷からは血が流れ出ている。


「キャはハは! オネエチャン、ダイスキ、コロシタイ」

「く、クソ! ジュリア、目を覚ませ!」

「クフフフ。無駄だ。その娘はもう助からん。死ぬまでそのままだ。我が闇の眷属と化したのだ」

「貴様、何という事……グハッ!?」


 怒りに燃えるオリヴィエだったが、死せる賢者の暗黒闘気で壁に叩きつけられた。


「お、オリヴィエさん!?……ボクが弱いせいで……うおお……っ!?」

「うるさい、黙っていろ」


 ヨハンが聖闘気を覚醒しそうになったが、死せる賢者の暗黒闘気で意識を刈り取られた。

 死せる賢者はヨハンを放し、次に地に伏せるオリヴィエをジュリアとアウグスタの間に投げ捨てた。


「ぐ、ぐぅ……」

「さて、ジュリアよ、そいつを、殺れ!」

「ハイ! ダイスキなオニイチャン、シンデ?」

「お、お兄ちゃん!? ジュリア、や、やめるんだ!」


 命令のままに凶行へと及ぼうとするジュリアに、アウグスタは必死に止めに走った。

 だが距離が遠すぎて、ジュリアが剣を振り下ろすまでに間に合わない。


「クハハハ! 己の無力さのせいで愛する者を目の前で失えば、人はどうなる? さあ見せてみ……何!?」


 高笑いをする死せる賢者は、顔のない髑髏が驚愕の表情になっているのかと錯覚するほど狼狽えた。

 実験が成功するかと思われた矢先、ジュリアが突然の猛吹雪で吹き飛ばされたからだ。


「……まったく! このあたしの手を煩わせるとはいい度胸じゃないの! あんたら、帰ったら説教よ!」


 聖騎士団副団長『氷の女王』アリスが危機一髪で颯爽と登場したのだった。


☆☆☆


―ケチュア上空―


 ピサロの秘密兵器『天空の城』の魔導砲は防ぐことが出来た。

 でも、僕は全ての力を使い切り、ブリュンヒルデの背に膝をついた。


『クァアアア?』

「アハハ。心配してくれてるの、ブリュンヒルデ? 僕は大丈夫」


 僕は懐から聖教会最前線基地から持ってきていたエリクサーを取り出し、一気にあおった。

 

 うげぇ、まずい。

 やたらと甘いんだけど、この独特な臭みが嫌なんだよなぁ。

 

 でも、文句も言ってられない。

 僕は完全回復して再び立ち上がった。


「さぁ、追いかけよう」

『クァアアアア!』


 アンディ山脈の奥地へと飛んでいった『天空の城』を追いかけてブリュンヒルデは、風を切り裂いて飛んでいった。


☆☆☆


―ピサロ居城内部 転移魔法陣前―


 私は、迷いなく先を急ぐロザリーの後をついて走った。

 一度も迷うことなく、おかしな模様の描かれた金属の箱の中に入った。


「ヴィクトリア様、今から転移します」

「え、あ、はい」


 私はロザリーの有無を言わさない口調に思わず頷いてしまった。


 うーん?

 何かいつものロザリーと違うような?

 

 でも、何が違うのかはよく分からない。


「ふわ!?」


 私が考え込んでいると突然目眩がしたと思ったら、目の前の景色が変わった。

 見たこともない金属だらけの中、ううん、ロクサーヌの空飛ぶ魔道具の中によく似ている。

 呆然としているとロザリーがまた声をかけてきた。


「ヴィクトリア様、この先は敵の懐です。離れないで、しっかりとついてきてください」 

「は、はい!」


 やっぱり、いつもと違うなぁ?


 今度の私達は、急いで走ることはなく、敵に遭遇しないように慎重に進んだ。

 ロザリーはまるで未来が見えているかのように、見回りの裏をかいて目的の部屋の前にやってきた。


「え!? あんたがなんでここに!?」


 この部屋の中には私達と歳の近い人達が4人いた。

 彼らはロザリーを知っているような反応をしているけど私は知らない相手だ。


「……私はあなた方のご存じの方ではありません。」

「は? 『氷の女王』じゃなかったら、あんたは誰だよ?」

「私は……いえ、今は説明している時間が惜しいのでここを出ましょう」

「お、おい、待てよ! いきなりそんな事言われても、はいそうですかとついていけるかよ!」

「それならば、ここで何もせず、決着をただ待っていますか?」


 ロザリーは別人のように冷たく言い放った。

 彼らもロザリーの勢いに何も言えず、不満そうな顔で後をついてくるだけだった。 


☆☆☆


―話は少し遡る―


 話を聞いてみたら、やっぱりロザリーじゃなかった。

 アリスという聖騎士団の副団長らしい。

 でも、どっからどう見てもロザリーなんだけどなぁ?


 俺があれこれと考えていると、レアが後ろから俺に抱きついてきた。

 後ろを振り向くとレアのネコ耳を後ろに伏せて、身体が小さくなっている。


「どうしたんだ、レア?」

「ご、ご主人たま、だって、聖騎士……」


 と、口ごもってしまった。

 

 なるほど。

 アリスがロザリーに似ているといっても、聖騎士の鎧を着ているせいで怖がっているのか。


 怪訝そうなアリスたちが首を傾げているので、俺が事情を説明した。


「……へぇ? それは、クソ野郎が悪いことをしたわね。誰か知らないけど、分かったらやっつけておくわ」

「そうでし! 目の前でお兄ちゃんを殺すなんて許せないでし!」

「……うん」


 アリスたちは話を聞いて怒ってくれた。

 聖騎士でも考え方は色々なんだなぁ。

 もしかしたら、あのイカレ野郎を本当にやっつけてくれたりして。


「ありがとうございますニャ!」


 レアもそのおかげでアリスたちから警戒心を解いたようだ。

 後ろを向いて寝かせていたネコ耳が元の位置に戻った。

 と、同時にレアの耳がピクリと何かに反応した。


「うにゃ? 誰かが戦っているような音がしますニャ」

「ほう? さすがはネコの獣人だな。我よりも耳が良いとは」


 カーミラは感心してレアの頭を撫でている。

 レアも嬉しそうにしっぽを立てて目を細めた。


「もしかしたら、あんたらの他の仲間かもな。レア、どこか分かるか?」

「ハイですニャ! お任せくださいニャ!」


 俺達は自信満々に歩くレアの後ろについていった。

 当然、レアを守るようにカーミラもすぐ近くにいる。


 ある程度まで近づいてくると俺にも戦闘の様子が聞こえてきた。


「さて、ジュリアよ、そいつを、殺れ!」


 と、物騒な声が聞こえてきた。


「む? この声、まさか……」

「お、おい、カーミラ! 考え込んでる場合じゃねえぞ! これまずいんじゃねえのか!?」


 俺が焦って声を荒げたと同時に、アリスが駆け出した。


「チッ! 氷弾乱舞グラシェ・サルト!!」


 そして、猛吹雪のような氷魔法を放った。

 間一髪、ギリギリで間に合ったようだ。


「……まったく! このあたしの手を煩わせるとはいい度胸じゃないの! あんたら、帰ったら説教よ!」


 俺達が回廊を曲がるとその先に、アリスが堂々と漆黒のローブを纏った骸骨と対峙していた。

 だが、ただの骸骨じゃないことは俺でも分かる。

 とんでもない暗黒闘気が迸ってやがる。

 

「貴様は『死せる賢者』!? 貴様もピサロとつるんでいたのか!?」


 カーミラが一歩前に踏み出し、怒りを顕に暗黒闘気が爆発するように迸った。

 死せる賢者はカーミラを見据えると不快そうに鼻で笑った。


「ふん! あの御方大魔王様のお気に入りだっただけで『魔王』になれた小娘か。何をしに来た?」

「何をしに来た、だと!? 貴様は……」

「ま、魔王だって!?」


 アリスたちはカーミラが魔王だと聞いて俺達から距離を取り警戒態勢に入った。

 

 まさかの俺達は、三竦みの状態になってしまった。

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