第10節 潜入作戦

―アルカディア大陸南部 ピサロ領 旧ダークエルフ帝都ケチュア近郊上空―


 蛇神ケツアルコアトルの口から火属性の魔導砲が放たれた。

 対して、神鳥ブリュンヒルデは華麗に翼を翻し、風を切り裂いて難なくかわした。


 なるほど。

 これがピサロ側の空戦兵器か。

 用心して飛空艇で来なくてよかった。

 小回りのきかない飛空艇では、撃墜されていたことだろう。

 

 今、神獣同士の戦いは拮抗している。

 巨躯のケツアルコアトルを身軽なブリュンヒルデが神速で翻弄している。

 が、大地そのものを彷彿とさせる頑丈な体躯、地を変動させるほどの火力の前に、ブリュンヒルデは決定力を欠く。

 シルバニアでの戦いで決着がつかなかったのも頷ける。

 むしろ、まだ成鳥になりきっていないブリュンヒルデでは分が悪いかもしれない。


 でも、今は僕も一緒にいる。


鎧化アルマ! ハァアアア、聖闘気開放!」


 僕は首飾りのクルスに仕舞っていた聖騎士の鎧を身に纏わせ、聖闘気を解放した。

 そして、聖剣バルムンクを構える。


「じゃあ、試してみるか。……光牙斬ルクス・レイ!」


 聖騎士の基本技の一つ、剣に纏わせた聖闘気で飛ぶ斬撃をケツアルコアトルに放った。


『グギャハァアアア!?』


 僕がブリュンヒルデの上にいることを気にも留めていなかったケツアルコアトルはまともに顔面に喰らった。


『グゥ、オオオオオオ!』

「ハハハ。どうやら怒らせただけのようだね?……でも、全く効かないことはなさそうだ」


 ケツアルコアトルは口から紫の血を垂らし、激昂して魔導砲を次々と放った。

 それらをブリュンヒルデは軽々とかわし、挑発するように鳴いた。


『クァックァッ!』

「アハハ。やるね、ブリュンヒルデ? 僕たちのコンビなら、勝てない相手じゃなさそうだね?」


 と、余裕で笑っていたのも束の間、ピサロの居城から敵の空戦部隊が編隊を組んでやって来た。

 ペガサスに騎乗した聖騎士10騎、翼竜型ドラゴンの下位種族ワイバーンの騎兵百騎ほど、か。


 さすがに数が多いな。

 でも、これも予想通り。

 

 ロクサーヌの小型飛空艇が近づいてきて、中で親指を立てているのが見える。

 僕も頷いて返事を返した。

 

 ロクサーヌの小型飛空艇が一気に加速して、敵の編隊の中に突っ込んでいく。

 

 おお、すごい!

 あの飛空艇は、小型の魔導砲も撃てるのか!


 ワイバーン達を次々と撃ち抜いていく。

 さらに、ペガサスをも上回る速さと機動力で敵部隊を翻弄し、突然ハッチが開いた。


 と、同時に3人の少女たち、と言ったら『氷の女王』に怒られるな。

 アイゼンハイム云わく、怒らせたら男の聖騎士ですらタマが縮み上がる、恐怖のアマゾネス隊三強が空を舞った。

 そして、ペガサスの騎兵に見事飛び移り、完全に不意を突かれた聖騎士たちは地上へと真っ逆さまに突き落とされた。

 アリスたちはペガサスを三騎乗っ取り、編隊は完全に乱れ、ロクサーヌの小型飛空艇と共に縦横無尽に暴れた。


 これで、ピサロの空戦部隊は総崩れになり、ワイバーン騎兵たちは次々と撃墜されていった。


 すごいな。

 この戦果は陽動以上になりそうだ。

 さて、地上では作戦通り進んでいるのかな?


・・・・・・・・・


―アルカディア大陸南部 ピサロ領 ケチュア旧市街地 地下トンネル、ピサロ居城入り口―


 俺はピサロの居城への秘密の地下通路内で困っていた。


「嫌ですニャ! レアは戻りたくないですニャ!」


 レアはニャーニャーと駄々をこねていた。

 困る俺にフィリップが苦笑いをしながらフォローしてくれた。


「でも、お嬢? こっから先はオレらじゃ足手まといっすよ?」

「嫌ですニャ! レアだって、ヴィッキーたまとロザ姉たまを助けに行きたいですニャ!」


 まいった、どうしよう?

 ここに来て、まさかの足止めだ。


 普段のレアは聞き分けの良い子なのだが、どうやっても譲る気はなさそうだ。

 俺だって、まだ子供の、大事に思っているレアを危険な場所に連れて行くほど無責任なことをしたくない。

 自分自身ですらどうなるかわからないのに、レアまで守るほどの余裕はないのだ。

 だが、平行線をたどる俺達に、意外にもカーミラが助け舟を出した。


「……良いではないか。レアも連れて行こう」

「な!? 何を……」

「勘違いするな。貴様程度の雑魚に任す気はない。我が『魔王』として責任を持って面倒を見てやろう」

「か、勝手な……」

「やったーニャ! ありがとうございますニャ、カーミラたま!」


 レアはカーミラのでかい胸に飛びつき大喜びだ。

 これで俺は何も言えなくなって、ぐぬぬと拳を握りしめた。

 そんな俺に、カーミラは大きなため息をつき、きつく睨みつけた。

 

「……やれやれ。貴様は置いていかれる方の気持ちを考えたことがあるか?」

「あん? そんなもん……ねえ、な」

「そうだろう? だから貴様は独りよがりなのだ。レアを子供扱いして仲間として信用しておらん、と言っているのと同じことだ」

「ああ!? だったら、お前は……」


 分かるのか?

 と言おうとして口をつぐんだ。

 

 カーミラは痛いほど、いや、身も心も張り裂けそうなほど分かっている。

 あの400年前の大戦で、全てを捧げた『大魔王』の力になれず、最期を看取ることすら出来なかった。

 無力だった自分をどれだけ悔やんだのだろうか?

 

 いや、違う!

 そういうことじゃない。

 レアは俺達の、俺の力になるはずだとカーミラは見込んでいるんだ。

 過去の自分とは違って、主君の力になれると信じている。

 レアだって、目の前で親兄弟を無惨に殺されて強くなろうと努力していたんだ。

 自分も大切な二人を助けに行こうと、覚悟を決めている。

 もう何も出来ずに待つだけの子供じゃないんだ。


 それなのに、俺がレアの気持ちを無視して置いていこうとしていることに憤っているんだ。

 自分を慕って力になろうとしてくれている仲間を信じずに置いていくのか、と。

 カーミラは誰よりも理解している。

 400年も味わったんだ。

 置いていかれる、残される側の辛さを。


 本当に、俺はダメな奴だ。

 前にも同じようなことがあったな。

 また同じことを繰り返していたのか。


 俺はぽんっとレアの頭の上に手を置いた。

 レアはまだ断られると思ったのか、不安そうな顔でおずおずと俺を見上げた。

 俺は安心させるようにニッと口端をあげた。


「ごめんな、レア。レアが大事だから、危険なことをさせたくなかったんだ。でも、俺が間違っていたよ。レアも二人を助けたいんだもんな?」

「ハイですニャ! レアも戦いますニャ!」


 レアは真剣な表情で口を固く結んだ。

 俺も真剣な顔でうなずき、カーミラに力強く向き直った。


「……俺は自分のことで手一杯だ。レアを頼むぞ?」

「ああ、任せろ」


 カーミラは言葉短く頷いた。

 だが、本気の目だ。

 普段はいがみ合ってばかりだが、正直言うと俺はカーミラのことを信頼している。

 約束を裏切ることはないと、これまでの付き合いで分かった。

 それに、俺よりもカーミラの側のほうが安全だ。

 何と言っても『魔王』様だからな。


 へ!

 おかしなもんだぜ。

 人間以上に『魔王』を信頼するどころか、人間を相手に手を組むなんてな。


「……何をヘラヘラとしておる? 緊張感のないやつめ」

「いや、そんなことはねえぞ? 今の俺はやる気マックスだぜ。……ありがとよ、カーミラ。お前が味方で良かったぜ?」

「な!? き、貴様、突然恥ずかしいことを言うでないわ!」


 カーミラは顔を真赤にして悪態をついているが、俺はダークエルフのゲリラたちに合図を送った。

 ゲリラたちは了承し、各箇所にある地上への秘密の出口から陽動に出撃した。

 

 これで少し遅れたが、地下にいる俺達も奪還作戦を開始するために、城の中に潜入した。

 さて、誰かは知らねえが、地上にいるジークフリートの仲間たちも潜入できたのだろうか?


・・・・・・・・・


―アルカディア大陸南部 ピサロ領 旧ダークエルフ帝都ケチュア ピサロ居城裏門―


「フッ! ジークめ、派手にやっているな」


 オリヴィエは過激な空中戦を繰り広げるジークフリート達を見上げ、フッと目を細めた。

 その隣に立つアウグスタも素直に同意し、頷いた。


「そうだな。ジークフリート殿はやはり天才だな。剣を持たせれば、神獣ですら手玉に取るか。そして、アリス様たちも素晴らしい。敵のペガサスをあっさりと乗っ取る手際、寡兵だというのに敵部隊を見事に圧倒なされている。さすが私の憧れの『氷の女王』だ」

「それに、あのロクサーヌというエルフも凄まじいな。魔道具を駆使しているとはいえ、聖騎士いや『七聖剣』と肩並べているとは。このような手練が名を知られずにいたとは、世界の広さを痛感させられる」

「あはは。やっぱりお二人は従兄弟同士ですね? 一緒に並んでいると仲良さそうです」


 ヨハンが空中戦を眺める二人のシュヴァリエに、嬉しいものを見るように笑った。

 アウグスタはハッとして、オリヴィエから離れて悪態をついた。 


「き、気持ち悪いことを言うな! べ、別に私は……」

「……おいおい、あんたらブタの耳でも作る気か? 真面目にやれよ」


 サムはブリタニカ流の皮肉を交えて、オリヴィエたちにジトッとした半目を向けた。

 その後ろのイヴたち『自由の子どもたち』もまた、真面目にやれというようにムスッとしている。


「ああ、すまない。私も君たちのように決死の覚悟で望むつもりでいるのだがな」

「はん! どこがだい! あたいたちは命がけで自由を得るために戦ってきたんだ! あんたら裕福なお坊ちゃん、お嬢ちゃんとは違って、本気で戦っていたんだ! それなのに、捨て駒に使われて、挙げ句に悪魔に唆されて子どもたちだって……」


 錬金術師リディアは言葉に詰まって嗚咽を漏らした。

 共通の敵のために共同戦線を、と割り切ってはいたが、やはりそう簡単に人の感情は割り切れるものではなかった。

 オリヴィエたち聖騎士組とサムたち『自由の子どもたち』は、戦争で敵味方に争った者同士、その溝は深く広がっている。

 リディアを慰めるハンコックは、申し訳無さそうにため息をついた。


「……すまない。やはり、僕たちは君たちと共には戦えそうにない。ここまで連れてきてもらったのに……」

「気にするな。そう簡単に戦争で殺し合った者同士が仲良くなれたら、悲劇など起きるものではない。潜入したら、我々は別行動をしよう」


 オリヴィエの提案に一同が頷いた時だった。

 城下町の方から怒声や破壊音が響いてきた。

 そして、裏口門が開かれた。


「オマエタチ、ロクサーヌ、イッテタ、ヤツラカ?」


 姿を現したのはダークエルフの雑用奴隷、ロクサーヌの話ではゲリラたちのスパイとして潜入している。

 片言ではあるが、聖教会圏の共通語だ。

 オリヴィエたちは言葉を理解し、頷いた。


 案内をされたオリヴィエたちとサムたちは二手に分かれて、それぞれの標的を目指した。


 これで、潜入作戦は決行された。

 これに対して、待ち構えるピサロたちはどうだろうか?


・・・・・・・・・


―アルカディア大陸南部 ピサロ領 旧ダークエルフ帝都ケチュア ピサロ居城内―


「ぐへへへ。やっと煩えジュリアがいなくなったぜ。さあて、女どもをいたぶって犯すぜ。オレは未熟なロリにしか興奮しねえからな。へっへっへ」


 ゲスな顔でニヤけるブタのような顔をした暗黒騎士2名、いや2匹。

 オークと見間違えられるほど太った男共は、ロザリーとヴィクトリアが監禁されている部屋を開けようとしていた。


 他の暗黒騎士や聖騎士は迎撃の任務についているのに、何を愚かなことをしているのか。

 悪魔の力を得た暗黒騎士は、力の代償に寿命だけでなく精神にまで異常をきたし、知能まで低下する。

 二人の少女たちの元に、ゲス共の魔の手が伸びようとしていた。


「な!? 何ですか、あなたたちは!?」


 扉の先には、着替えている途中のヴィクトリアがいた。

 突然のことに驚き、未発達の身体を両手で隠した。

 驚き恥じらう少女を見て、ゲス共の興奮はさらに高まった。


「ぐへへへ、いいねえ! その気の強そうな目の感じ! 無理矢理犯して、ハイライトを無くさせたら最高に気持ちいいだろうな!」

「ぐっへっへ?……あれ? もうひとりはどこ行った? あの人に似てるから力づくで屈服させてぇのによぉ」


 卑猥なゲス共は、ロザリーのいないことに気が付いた。

 ゲス共が横を向くと、入り口の死角でロザリーがブツブツとつぶやいているのが見えた。

 そして、何をしているのか気が付いた時には遅かった。

 

「精霊魔法:絶対零度の嵐ゼルム・アプソルートゥム!」

「「ぎょえええ!?」」


 ロザリーの唱えた氷属性の最上級精霊魔法によって、ゲス共は吹き飛ばされて凍りついた。

 一応、暗黒騎士なので、このくらいでは死んではいないだろうが、どうでも良い。


「……うわぁー、すごいですね、ロザリーさん」

「この旅の間に、ロクサーヌさんに精霊魔法を伝授されましたからね。まだ『大魔道士』には及びませんが、暗黒騎士に通用するまでにはなったようです……急ぎましょう、ヴィクトリア様」

「は、はい!」


 着替え終わったヴィクトリアとともに、ロザリーは廊下を走った。

 

 この敵の本拠地である城の中でどこに向かおうというのだろうか?


 ロザリーに考えがないわけではなかった。

 そして、目的地の部屋へとやって来た。

 そこには誰もいなかった。

 しかし、外の騒ぎを起こしているゲリラたちと繋がっている通信魔道具を発見した。


「……やっぱり、あの人は……」


 ロザリーは通信魔道具を手に取り、ヴィクトリアとともに再び次の部屋へと向かった。


 そして、この城の主ピサロはどうだろうか?


・・・・・・・・・


―アルカディア大陸南部 ピサロ領 旧ダークエルフ帝都ケチュア ピサロ居城玉座の間―


 元聖騎士『七聖剣』ピサロは玉座につき、元聖騎士団長ライネスの髑髏で作った盃で赤ワインを口に含み、余裕の表情でニヤついている。

 

 これだけ多方面から攻められているというのに、どういったことだろうか?

 その傍らに立つ副官兼愛人、ダークエルフの元皇女グウィネスは無表情だ。


「待たせたわねぇ、ピサロ。さて、行きましょうかぁ?」


 『十字路の悪魔』ゲーデが玉座の間にやって来ると、ピサロの前に立った。

 ピサロはゲーデを待っていたようだ。

 ゲーデがやって来ると高笑いを始めた。


「クハハハ! 愚かな連中だ! ライネスの仇を討とうとこんなところまでわざわざ乗り込んでくるとは! おびき出されたとも分からずにな! さぁて、吾輩の秘密兵器で返り討ちにするか。ならば、如何に『神の子』といえども塵と化すわ!」


 ジュリアら暗黒騎士たち、ピサロに従う聖騎士たちも同調して大笑いをした。

 グウィネスは何も言わずに無表情のまま、ゲーデはくだらないとため息をついて歩き出した。


 ピサロは高笑いをやめて、怒気を含んだ表情でジュリアを睨みつけた。

 ジュリアはビクッと震え上がった。


「ジュリア! 貴様が余計なことをして『魔王』まで連れてきたのだ! 責任をとって始末しろ! 貴様はここに残れ!」

「そ、そんな……わ、分かりました」


 ジュリアはうなだれて跪いた。


 ピサロは一喝だけすると、ゲーデの後をついて玉座の間を後にした。

 他の騎士たちは、力を得て調子に乗っていたジュリアを嘲笑いながら、ピサロに付き従った。


「クックック。あの秘密兵器で聖教会最強の駒『神の子』を始末してやる。そして、息子共の首を手土産に、憎き『聖帝』をも始末してやるわ! クハハハ!」

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