第4節 嘘と真実

―アルカディア大陸南東部 大農園地帯、ニューオルレアン郊外―


「……なるほどな」


 俺達は、カーミラから過去における話を聞き終えた。

 実に、長い話だった。

 すでに、夜の帳が下りていた。


 俺達は火を囲み、それぞれ物思いにふけっている。

 俺もまた、カーミラの話を自分の中で整理した。


 カーミラの話は、400年前の聖魔大戦にまつわる話だった。


 400年前、カーミラは当然、大魔王側についた。

 その当時は力も弱く、『魔王』どころか、大魔王軍の末端に過ぎなかった。

 末端とはいえ、大魔王とは親しかったらしく、カーミラは大魔王を崇拝し、大魔王はカーミラを可愛がっていたそうだ。

 驚いたことに、大魔王は『修羅の国』という元の世界で言えば日本によく似た島国出身の人間だった。

 

 なぜ、その人間が大魔王となってしまったのか?

 その理由はいくつかある。


 まずは、その大魔王は暗黒大陸のとある海岸に流れ着き、行き倒れていたところから話が始まる。

 どうやら船が難破したと思われ、現地の魔族に助けられた。

 しかし、大魔王は記憶を失っており、その地で何年も過ごした。


 その当時の暗黒大陸とヨーラジア大陸の間には、巨大な半島があり、その半島には、カリフと呼ばれる皇帝が存在し、魔族を中心とした帝国があった。

 その帝国の帝都は、交易、農業灌漑の発展によって繁栄し、当時の世界最大都市でもあった。

 また、アラブのような伝統文化を基礎とし、現在の聖教会圏やシーナ帝国の文化を融合させ、学問も著しい発展を遂げた。

 そして、すべての帝国民は平等な権利が認められ、魔族たちの黄金時代を築き上げた。

 魔族の帝国とはいえ、その実態は軍事国家ではなく、平和的な大商業帝国であった。 

 まるで、元の世界のイスラム帝国黄金時代かのようだ。


 大魔王は、その帝国を理想の国だと思い、魅了されたらしい。

 助けられた恩を何か返せないかと考えていた。


 その時に、当時のシーナ帝国から侵略戦争が起こった。

 魔族帝国の莫大な富を狙ってのことだった。

 当時のシーナ帝国は、現在と同じく軍事国家だったらしく、魔族帝国は劣勢に立たされていた。

 そこで、大魔王は立ち上がった。


 大魔王は『修羅の国』の侍大将としての記憶が戻り、前線に立ってシーナ帝国を退けた。

 大魔王は、その功績によって英雄に祭り上げられ、魔族帝国の大将軍になり、皇帝に次ぐ実力者となった。

 大魔王が大将軍になってから、魔族帝国はますます発展し、暗黒大陸が統一されるまでの大帝国になった。


 大魔王は、まるで源義経のような男だった。

 元の世界では、チンギス・ハン説があるが、この世界では大魔王になったようだ。


 しかし、この魔族帝国の富を狙うのはシーナ帝国だけではなかった。

 当時の聖教会圏諸国も狙った。

 まるで、十字軍の遠征のように当時の宗教指導者たちによって始められた。

 だが、当時のまとまりのない聖教会圏諸国では魔族帝国の相手にはならなかった。


 当時の聖教会圏諸国の指導者たちは、さらに戦力を投入し、大戦争へと拡大していった。

 魔族帝国と聖教会圏との境界線近くでは、略奪などが横行し、近隣の村々が大きな被害にあった。

 そこには、当時子供だったカーミラが住んでおり、奴隷として売り払われていた。

 その奴隷生活に絶望しかけていた時に、大魔王によって救われたのだった。


 聖魔大戦の真実としては、人族側から始めたことであった。

 聖教会の聖書では、大魔王軍側の侵略に抵抗するためだったと書かれているが、それは嘘だった。


 始めの戦いは大魔王側の圧勝であり、一方的な勝利というのは見る者によってはただの虐殺に見えるのだろう。

 この時から、魔族は絶対悪であるという考えが指導者達によって人々に植え付けられた。


 大魔王軍は、始めは人族の侵攻をはねのけるだけだった。

 しかし、それでは埒が明かないと苛立ち、聖教会圏をも大帝国の中に組み込もうと動き出した。

 それが、最大の失敗だったと歴史が証明している。


 大魔王軍は、聖教会圏諸国を次々と制圧していった。

 だが、人族の抵抗は激しかった。

 そして、後に勇者と呼ばれることになった者たちが現れた。


 勇者もまた、大魔王と同じく『修羅の国』の出身者であった。

 その勇者が、ヴィクトリアの先祖である。


 そして、その勇者を守護する者、それが俺の先祖であるシュヴァリエ家の始祖であり聖騎士の始祖、勇者の兄だった。

 つまり、シュヴァリエ家がなぜ聖教会圏で特別扱いなのかは、聖魔大戦の最大功労者であり、勇者の兄だったからだ。


 勇者たちが現れてから、戦況は一変した。

 冒険者ギルドの始まりであるパルチザン組織を立ち上げ、各地の有力魔族たちを倒していった。


 現在聖教会の管理している転移装置などの様々な魔道具は、ロクサーヌの母親であるエルフが開発し、勇者パーティーの主力メンバーの大魔道士になった。

 他にも、ロザリーと同じ種族のニンフ族や大狼ダイアウルフ、レアのような獣人の子供もいたそうだ。

 まるで、今の俺達とよく似たパーティーだったそうだ。


 カーミラは、聖教会の教祖になった大賢者だけは何も語らなかった。

 口に出すのも憚られるほどの憎しみを抱いているのだろうか?

 カーミラが今でも崇拝している大魔王を絶対悪とまで貶めた相手であり、現在でも魔族たちを弾圧している宗教を作った存在なのだから。


 最後に、皮肉なことがある。

 伝説の勇者は女性であり、大魔王とは婚約者だった。

 大魔王と勇者の兄、シュヴァリエの始祖は親友同士でもあった。

 

 大魔王が難破した船には、彼らも同船していたのだ。

 勇者たちがもしも聖教会圏に流れ着かず、大魔王と一緒に魔族帝国に流されていたら歴史は変わっていたことだろう。

 いや、その船に乗らなければならない運命がなかったら……


 最後の戦いの地、魔族帝国帝都のあった半島は、壮絶な戦いによって海の底に沈んでしまった。

 海の底では、大魔王とシュヴァリエの始祖が相打ち、永遠の眠りについている。


 フランボワーズ王国の初代女王となり、聖教会の救世主となった女性は、どんな気持ちで戦いの後過ごしていたのだろうか?


・・・・・・・・・


―フランボワーズ王国河川地帯中核都市グランディル郊外―


 フランボワーズ王国聖騎士長フランソワ・クーロンは、聖教会総本山から転移魔法陣のあるフランボワーズ王国聖教会本部のある王都に戻ってきた。

 そこからさらに、ペガサスに跨り、聖教会支部のあるこの街まで一気に飛んできた。

 その顔には、うんざりとしたような疲れが見える。


 クーロンは、出迎えられた従士である教会騎士から報告を受け、さらに不機嫌になった。

 クーロンはその足で、聖教会内の応接室へと向かった。


「おお! お待ちしておりましたぞ、聖騎士長殿!」


 応接室には、この河川地帯の大領主である、長く伸ばしたカイゼル髭が特徴的なギーズがウロウロと落ち着きなく待っていた。

 クーロンは厳しい顔を変えることなく、相手の大貴族の前にやってきた。


「何の用ですかな、ギーズ殿?」

「な、何の用ではありませんぞ! あの異端者に成り下がったエドガール殿下を始末しに行くのではなかったのですか!」


 ギーズはツバを飛ばしながら、クーロンに迫ってきた。

 クーロンは聖騎士であり、貴族たちのような身分関係とは別の世界に属している。

 高圧的な態度の初老の大貴族に、堂々と殺気を放った。


「ヒッ!?」


 ギーズはクーロンの無機質な冷たい目で睨まれ、思わず悲鳴を漏らし、膝から崩れ落ちそうになった。

 だが、大貴族の虚勢からか、その場で踏ん張って立ち止まった。

 クーロンはただフンッと不機嫌に鼻を鳴らした。


「……勘違いされては困りますな、ギーズ殿? 私は異端者の始末をしないわけではありませんよ。ただ、聖教会に大問題が発生しましてな。その件で総本山に呼ばれていたのですよ」

「な、なるほど。アルカディアの件ですか」

「ええ、よもや裏切り者に聖騎士団の長が敗れるなど前代未聞ですからな。緊急で各国の聖騎士長が呼び出されたのですよ」

「そ、そうですか。それで、その……」

「異端者の件ならばご心配なく。すぐに片付けます」

「お、おお! で、では!」

「ええ、予定通り南部のコルマール領へと向かいます」


 クーロンとギーズの話は終わった。

 ギーズが退室した後、クーロンは鼻で笑った。


「ふん、くだらんな? 無能な領主は、自分の権力の維持だけが心配か? あんな小物などどうでも良い。私の目的は、聖教会の権威を保つことだ。異端者の王子を始末し、アルカディアで聖教会の敵に協力しようとする王家をも、な」

 

 狂信者の弟子は、不敵に笑い進軍の準備に取り掛かった。


・・・・・・・・・


―再び、アルカディア大陸南東部 大農園地帯、ニューオルレアン郊外―


 何ということでしょう。

 今まで習ってきた聖書の話が嘘だったなんて!


 私は、火を囲んで座っているみんなを見回した。

 みんな真面目な顔で黙って考え込んでいる。


 あれ?

 レアとダイアウルフたちは火の前に寝っ転がってくつろいでいる。

 あう。

 動物って気楽でいいなぁ。


「やっぱり、あたちの名を語るなんて許せないのだ!」


 アルセーヌの頭の上で立ち上がった妖精のイシスは、怒りながら叫んだ。

 まるで自分が神様みたいに言っているけど、信じられないよね?

 私は思わずクスッと笑ってしまった。


「ああー! 何笑ってるの? あたちのこと信じてないでしょ、ヴィッキー!」

「ええ? そんなこと無いですよー」

「むむむ! あたちが、この世界の創造主なの!」

「ああ、はいはい。誰も信じてくれないから黙ってような?」

「アルー! あんたは知ってるくせに!」

「いてて! や、やめろって、バカ!」


 イシスは、ムキになってアルセーヌの髪の毛を引っ張っている。

 みんな深刻な顔で黙り込んでいたけど、二人のやり取りを見て楽しそうに笑っている。


「とても信じられないような話ばかりでしたけど、カーミラさんは嘘を言っていないと思います」


 と、ロザリーは笑い終わった後つぶやいた。

 会った時はヤキモチ焼いて怒っていたけど、今ではアルセーヌとは何もなかったと分かって落ち着いている。

 一人、下を向いていたカーミラは、えっというようにロザリーを信じられないように見ている。


「わ、我の話を信じてくれたのか!? ど、どうしてそんな……」

「私は、それほど敬虔な聖教会の信者ではありません。子供の頃に旅の賢者様から学問を習って、物の考え方を教わりました。今ある既成の事だけが真実ではないって。色々な方向から物事を見なさいって」

「へえ? 良いこと言うじゃない。ま、あたしもこの女は嫌いだけど、この話だけは嘘じゃないって分かってるからね」


 ロクサーヌは、ロザリーの頭を撫でながら笑った。

 ロザリーは、子供じゃないからやめてくださいって赤い顔をしている。

 

「そうだな。歴史なんてのは勝者が好きにいじれるからな。聖書に書いてあることだけが真実じゃないだろうぜ?」

「な!? き、貴様まで?」


 カーミラは驚いた目でアルセーヌを見ている。

 先祖は敵だったシュヴァリエ家のアルセーヌも信じてくれたことは本当に予想外だったんだなぁ。

 

「はい! わたくしもカーミラさんを信じていいと思います! わたくしには難しいことは分かりません。でも、わたくしはカーミラさんが嘘をついていないように感じます!」


 私は、嘘偽りなく本当にそう感じた。

 だから、正直に言っただけだ。


 カーミラはみんなに信じてもらって、ううん、多分それだけじゃないと思う。

 昔、私達の先祖様たちと戦争をして、本当に大好きな人を失ってしまった。

 悪役にまでさせられてしまったんだ。

 その悲しみと憎しみは私には想像もできない。

 でも、子孫の私達と出会って話をして、真実を信じてもらえて、何かが吹っ切れたんじゃないかな?

 カーミラは涙が止まらず、小さく震えていた。


「さあて! 後は、奴隷解放ですね? わたくしたちも手伝いますよ!」


 私は調子に乗って立ち上がり、胸を張ってニッコリと笑った。


「はぁ? そんなことさせないわよ?」

「ひぃ!?」


 突然、私の後ろの暗闇から気持ち悪いオカマ声が聞こえてきた。

 私は悲鳴を上げてアルセーヌに抱きついた。


 暗闇には、真っ赤な目が光り、やがて黒いシルクハットと燕尾服を着た男の人が現れた。

 その後ろには、次々と真っ赤な目をした聖騎士のような鎧を着込んでいる人達が現れた。

 私達は、あっという間に取り囲まれてしまった。


「な!? き、貴様は『十字路の悪魔』ゲーデか!?」


 カーミラはバッと立ち上がり、目の前で不気味に笑う悪魔を睨みつけた。

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