第3節 ちょっと待った!

―アルカディア大陸南東部 大農園地帯、ニューオルレアン―


 あれー?

 ど、どうしたんだろう?


「なぁ、ロザリー? この1ヶ月、そっちはどうだったんだ?」

「………(ぷい)」


 俺が話しかけても、ロザリーはツーンとして、全く口を利いてくれない。


 な、なぜ?

 俺、何かやっちゃいました?

 

「レ、レア? ロザリー、何か怒ってんのか?」

「……知らないニャ。自分の胸に聞いてみると良いニャ」


 と、レアまで冷たく俺を突き放してくる。


「……はぁ。アルはバカだなぁ」


 と、イシスは俺の頭の上で座りながらため息をついた。

 お前にバカ呼ばわりはされたくねえぞ、駄女神!


「……やれやれ、女心もわからんとは。これだから童貞は」

「べ、別に、童貞じゃねえし!」


 俺をディスるカーミラに反射的にツッコんだ。

 この世界に来てからは童貞だけど、元の世界ではそんなことねえし。

 そりゃ、結婚できなかったけどさ。


「嘘を付くな。貴様の全身から童貞オーラが出ているぞ?」

「どんなオーラだよ! そんなもん出てたまるか!」


 この女はどうして俺をいつもイジメてくるのだろうか。

 俺は最近日課になりつつあるカーミラとの言い合いを始めた。


 あれ?

 後ろにいるロザリーから冷気が漂ってきたような?


「ああ! いたいた、ロザリーちゃん……って、アルもいるじゃない!……あら? クソ◯ッチも一緒だったの? ふーん?」

「……はぁ? 誰が、クソビ◯チだって、このムネタイラーが?」

「あん? デカければいいってもんじゃないでしょうが。……何? 喧嘩売ってんの?」

「は? 貴様が先に喧嘩売ってきたのだろうが?」


 ロザリーを探しにやってきたロクサーヌは、カーミラとメンチを切り合っている。


 昭和の時代のスケバンかよ。

 っていうか、俺の知る二大最恐女が揃っちまったよ。

 どうすんだよ、これ。

 マジでカオスになっちまったよ。

 ……あれ?


「……もしかして、二人って知り合い?」

「ああ、不本意ながらな」

「そうよ。このクソビッ◯は嫌いだけどね」


 ロクサーヌとカーミラは、舌打ちをしながらお互いにそっぽを向いた。

 どうやら本当に知り合いだったらしい。

 どっちも、女ジャ◯アンみたいなタイプだからソリが合わないのも当然だな。


「へえ。ところで、どうしてみんなここにいるんですか?」

「何言ってるのよ! あんたが突然さらわれたって聞いたから探しに来たんじゃないの!」

「あ」


 しまった。

 みんなに言うのすっかり忘れてた。


 どうやら、ロザリーが怒っているのも心配をかけてしまったからのようだ。

 俺はさっきから不機嫌なロザリーの方を向いた。


「ごめんな、ロザリー。心配かけちまって。俺、全然気づかなかったよ。伝言ぐらい残しとけばよかった」

「……ん。いいよ、別に、それぐらい」


 ロザリーは、まだ不機嫌だけど少し顔を赤くして、ようやく口をきいてくれた。

 俺はほっと一安心だ。


「あれ? ヴィクトリア様は?」

「ん、ああ、ヴィクトリア様は……」

「もう、みなさん! 何をしているのですか! 待ちくたびれましたよ……ああ! アルセーヌ様!」


 フィリップと大狼たちを連れたヴィクトリアがちょうどやってきた。

 ちょっと頬を膨らませて不機嫌だったが、俺がいたことに気が付いて一気に満面の笑みになった。

 そして、俺のところに走ってやってきた時だった。


「な!? ヤ、ヤツは!?」


 カーミラから突然、暗黒闘気が溢れ出した。

 俺は反射的に全力で盾に闘気を纏い、動いていた。


「あ、ちょっと待った!」

「え、な、何!?」


 カーミラの、『魔王』の本気の殺意がヴィクトリアに届く前に俺は間に入れた。

 カーミラは暗黒闘気を纏った巨大な爪を、俺に突き刺す寸前に止めていた。

 だが、それは俺がいたから止まったわけではなかった。


「ダメなのだ、カミッチ!」

「……は! も、申し訳ありません、イシス様!」


 イシスが俺の頭の上にいたからだった。

 もし、イシスがいなかったら、カーミラは俺ごとヴィクトリアを殺していただろう。

 俺程度の防御なんて、『魔王』の本気の一撃の前では紙同然にすぎない。

 カーミラは我を取り戻し、大慌てでイシスの前に土下座をした。


「違うのだ、カミッチ! ヴィッキーに謝るのだ!」

「……う、そ、それは……」


 カーミラは、嫌そうにイシスから目をそらしている。

 イシスは怒って足をダンダンと踏んでいるけど、それ、俺の頭なんだけど?


「い、良いのです! わ、ワタクシは気にしていません!」

「……いや、気にしてくださいよ、ヴィクトリア様? もう少しで死ぬとこだったんですよ?」

「そうなのだ! 何でこんなことをしたのだ、カミッチ?」


 イシスはカーミラを問い詰めたが、言いたくないのか口ごもっている。

 この問に答えたのは、意外にもロクサーヌだった。


「それは、ヴィッキーのご先祖様のせいよ。っていうか、そのクソビ◯チがあたしたちを嫌っているのも、同じ理由よ。未練がましく過去を引きずる女なんてイヤね?」

「クッ! 過去をあっさりと捨てた貴様になど言われたくない!」

「はぁ? あたしは関係ないわよ。母親のしたことなんて知らないわ」

「嘘を付くな! 我には魂の本質が見えるのだ! 貴様は……」

「おいおい。二人共何言ってんだ? 話が全然見えねえよ?」


 ロクサーヌとカーミラの言い合いは、俺にはさっぱりと分からなかった。

 とりあえず、話を整理して聞いてみることにした。

 カーミラも話がそれたのか、それとも憎しみを吐き出したからなのか、少し冷静になったようだ。


「……まあいい。ここでは、人目に付きすぎる。静かなところで話そう」

 

 俺達は街中から移動して、郊外に止めてあるロクサーヌの船に向かった。


・・・・・・・・・


―フランボワーズ王国河川地帯 コルマール砦―


 砦の門の前では、少し騒ぎが起こっていた。

 門兵たちはどのように対応してよいのか分からず、困り果てていた。


「頼む! ぜひ、エドガール殿下に謁見させてくれ!」

「だ、ダメだ! お前たちを中に入れるわけにはいかん!」

「なぜだ!? 殿下は誰でも謁見させてくれると聞いたぞ!」

「「そうだ! そうだ!」」


 砦の中に入れてくれない門兵に、集った人々は暴動寸前にまでなっているようだ。

 エドガールは、旧クレベール地区、現コルマール地区の領主となり、新体制を築くために門戸を広く開けていた。

 領民の不平不満から問題点を改善していこうという、リュウキの考えのもとだった。


 しかし、集った人々に少々問題があった。

 そこに、このコルマール砦の主アンリが騒ぎを聞きつけてやって来た。


「これは、何の騒ぎだ!?」

「は、アンリ様! じ、実はこの者共が、殿下に謁見をしたいと……」


 門兵の説明を受け、アンリは集まった人々を眺めた。

 そして、困ったように眉をしかめたが、軽く息をついて決断した。


「……わかった。全員を入れるわけにはいかないから、代表者だけ案内しよう」


 この時のアンリの決断が、実は大きな分岐点だったと後に判明することになるが、今は誰にもわからないことだった。


 さて、謁見の間にはエドガールが正面に、ギュスターヴはエドガールをいつでも守れるように側に、リュウキは離れた席に座っていた。

 代表者は、圧倒されたかのようにツバをごくりと飲みこみ、エドガールの前に膝をついた。

 エドガールは、代表者の緊張をほぐすかのように柔らかく笑いかけた。


「ハハハ! そう固くなるでない。私に謁見したいとはどういったことかな、珍しき客人よ?」


 エドガールが珍しきと言ったことには理由があった。

 その相手は、黒い狼の姿を持つ獣人だったからだ。

 狼の獣人は、エドガールが差別の目を持っていないことに安堵し、謁見の理由を涙ながらすべて打ち明けた。


 河川地帯が荒れ果て、隠れ住んでいた獣人や魔族の隠れ里は、次々と略奪者や聖教会の弾圧で滅ぼされていっていること。

 先の冬では、自分の兄弟の隠れ里も聖教会の虐殺によって消滅したこと(第三章 十二節参照)。

 そして、自分たちの隠れ里をエドガールの庇護下に置いてほしいという内容だった。


 エドガールは話をすべて聞き終えた時、ニコリと笑い口を開こうとした。

 

「ちょっと、待って下さい、殿下!」

「む? どうしたのだ、ギュスターヴ?」

「どうしたではありませんよ。今、よく考えずに返事をしようとしたでしょ?」

「そんなことはないぞ。私は真面目に話を聞いてだな……」

「殿下ご自身の考えはそうでしょうけど、他の者達のことを考えたのですか? 殿下の行動で、俺、いや、すべての領民に関わってくるのですよ?」

「む、むう」


 エドガールは、ギュスターヴの制止によって考え込むように黙り込んだ。

 対面にいる獣人は、重苦しくうなだれているだけだ。


「……ふむ。二人共、しばしこちらへ」


 この二人のやり取りに対して、黙って聞いていたリュウキが立ち上がり、二人を外に連れ出した。

 獣人は、そのまま兵たちとともに謁見の間に残された。


「どうしたんだ、リュウキ?」

「どうしたではない、ギュスターヴ。謁見中に殿下のご意見を遮るとは無礼じゃぞ?」

「お、おお。だけどよ、あんな厄介な問題だっていうのに、殿下がよ……」

「それでも、じゃ! 我らはあくまでも臣下じゃ。私用であれば別じゃが、公用の場で主君に意見を申すでない!」

「う、うぐ」


 ギュスターヴは、リュウキに叱られ不満そうに黙り込んだ。

 だが、リュウキは今度はしたり顔のエドガールの方へと向いて同じように叱った。


「殿下もじゃ!」

「む。わ、私もか?」

「そうじゃ。今では、ただの第一王子ではない。名実ともに領地を持つ領主じゃ。軽々しく口を開くでない。自身の一言で何が起こるのかをよく考えられよ」

「う、うむ」


 エドガールは少し深く考え込んだ。

 

「……そうか。私があの者の願い通り、獣人たちを庇護下に置けば、聖教会と真っ向から対立する、ということか」

「そういうことじゃ。獣人、魔族は神の敵と聖教会が決めている以上、そういうことになる。だが、問題はそれだけではない」

「そうだな。私の臣下の者たちは聖教会の信徒たちでもある」

「そういうことじゃ。みなが殿下のように考えが柔軟なわけではない」

「柔軟かどうかは私には分からん。だが、どの種族だろうと私の領地に住んで助けを求めている以上、無視するわけにはいかん」


 エドガールは覚悟の決まった目で決断を下した。

 リュウキはニコリと嬉しそうに微笑んだ。


「うむ! それこそ、妾の見込んだ男じゃ!」

「まあ、俺も殿下に付いては行くぜ。どうも俺は、信仰心ってやつは薄いみたいだからな。だが、どうするんだ? この問題はかなり難しいぜ?」

「そこは、妾に任せよ。この事態も見込んで、妾は正体を現したのだからな。ファッファッファ」


 こうして、この聖教会圏の一国家の一地方の勢力争いから宗教改革へと発展していくのである。


・・・・・・・・・


―アルカディア大陸南東部上空 飛空艇甲板―


「……まさか、君たちだったとはね?」


 僕たちの前には、捕縛されたサム・アダムス達がいる。

 隣には彼の恋人であるイヴ、他二人の男女だ。

 誰もが僕と同じぐらいの世代の若者達だ。

 おそらく『自由の子供たち』という組織のメンバーたちだろう。

 サムは後ろ手に縛られているものの、僕を睨み返す気力は残っているようだ。


「む? 知っているのか、ジーク?」

「ええ、何度か剣を交えたことがあります」


 僕は、オリヴィエにサムのことを話した。

 オリヴィエは興味深そうに感嘆の息をもらした。


「ほう? ジークとやりあって無事に生きているとは。大したやつだな?」

「関係ないわよ。あたしたちの乗っている飛空艇に忍びこむなんていい度胸じゃない。今すぐ叩き出すわ」

「え!? ちょ、待って下さい、アリスさん!」


 問答無用に、サムたちを上空から突き落とそうとするアリスを慌てて止めた。

 僕たち男組は焦ったけど、アマゾネス隊は平然とした顔だ。

 いつもこんな感じなのだろうか?


「何よ? 戦争している相手なんか、どう扱ってもいいでしょうが!」

「し、しかしですね! 話を聞くぐらいは……」

「甘いわよ、ジークフリート・フォン・バイエルン? 人っていう生き物は油断の出来ない相手よ。殺れる時に殺っておかないと」


 大切な人を目の前で殺されたアリスだから重みのある言葉だ。

 でも、少し冷静さに欠けている。

 僕たちが言い争っていると、サムが楽しそうに笑った。


「ハハハ。あんたたち聖騎士は、やっぱりどこかおかしいよ。人の命を軽く考えてないかい?」

「はぁ? 何ナメたこと言って……」

「だ、だから、待ってくださいって!」


 アリスはサムの挑発に乗って、氷魔法を放とうとした。

 僕が二人の間に立つと、アリスはふんっと言って船室に降りていった。

 

「待ってくださいでし、アリス様!」

「……アリス様ー(棒)」

 

 アウグスタだけを残して、従者の二人もアリスを追っていった。

 僕はふぅっとため息をついた。

 そんな僕をサムは楽しそうに笑った。


「ハハハ! 普段のあんたは面白いな? 戦っている時の無敵感が微塵も感じられないよ」

「……まったく、君はどうしてそんなに人を挑発するのが好きなのかな?」

「いや、悪かったよ。オレはいつも余計なことを言ってしまうんだ」


 サムは肩をすくめて悪びれる様子はない。

 そんなサムを隣のイヴが叱った。


「もう、サム! そんな態度だと余計な敵を作るだけよ!」

「そうだぞ、サム。わざわざ口撃でマウントを取る必要はないだろ?」

「そうだよ。ハンコックの言っていたように始めっから素直に頼んで乗せてもらえばよかったんだよ」


 と、サムは仲間たちに次々と責められた。

 

「ああ、わかったよ! オレが悪かったよ! オレが忍び込むって決めたんだからさ!」


 サムは逆ギレして不貞腐れた。

 覚悟を決めて僕に命がけで挑んできた男も、仲間といる時は年相応の少年だったんだ。

 僕はつい笑ってしまった。


「……何笑ってるんだよ?」

「別に、ただ、ね。ハハハ」


 僕たちのやり取りに痺れを切らしたのか、アウグスタがサムに掴みかかった。


「貴様たちの目的は何だ!? 吐け!」

「ぐ!? ぐぅ……」

「まあ、待て、アウグスタ。首が締まってて喋ろうにも喋れないぞ?」


 オリヴィエが間に入ると、アウグスタは手を離して後ろに下がった。

 ピサロの部下の妹の事を聞き出したいのか焦ってはいるが、まだ冷静さも残っているようだ。

 サムが咳き込むと、話し出した。


「……まったく。まともなのはあんただけだな? 隠すことでもないから話すよ。オレたちは、南部にいる『十字路の悪魔』を討伐に行くんだ」

「ほう? 『十字路の悪魔』は、ピサロの仲間、お前達の同盟者じゃないのか?」

「いいや、違うね! ヤツは、オレたちの仲間、子供たちの魂を奪って地獄に落としたんだ。ヤツラは仲間なんかじゃない! 倒すべき、敵だ!」


 サムだけじゃない。

 他のメンバーも同じようにうなずいた。

 どうやら本当のようだ。


「なるほど、お前たちは『十字路の悪魔』、私達はピサロ、お互いに狙いは一致している、か。……どうする、ジーク?」


 オリヴィエは僕の方を向いて、意見を求めた。

 いや、どうやら僕が彼らの処遇を決めろと言いたいのだろう。


「……いい、と思います。いえ、いいでしょう。彼らと共同戦線を張りましょう」

「信用するのか? 裏切るとは考えないのか?」

「ああ、君ならそんなことはしないだろう? 僕は、なぜだか剣を交えた相手のことはよく分かるんだ」


 僕はずっと側で控えていたヨハンに頷いた。

 ヨハンがサムたちの拘束を解くと、僕はサムと共同戦線の握手を交わした。

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