第2節 次の戦いの幕が開く
―アルカディア大陸南東部 大農園地帯、ニューオルレアン―
私はこの1ヶ月、論文を書こうにも手がつかなかった。
それも、アルセーヌたちが突然どこかに連れ去られたからだ。
その連れ去られた先は、すぐに見つけたのだが、そこから更にどこかに連れてかれていた。
私達、というよりも、ロクサーヌが怒ってカンザス大平原にいたダークエルフたちをとっちめたら、このニューオルレアンにいるという話を聞き出した。
私達はすぐにこの街に飛んできたのだが、アルセーヌたちはどこにも見つからなかった。
私達は途方に暮れていたのだが、ある時奇妙な噂が広がっていた。
海上に魔物の群れが出て、船が出せなくなったらしい。
他の海域では、海賊が多発しているとのことだった。
その噂話の中に、妖精を連れた男が動いていると聞き、その男がアルセーヌだと私達はピンときた。
それで、この街でアルセーヌたちを待ち続けたのだ。
でも、この街は居心地が悪い。
獣人のレアを連れて歩いていると絡まれることが多いのだ。
それだけ、獣人や魔族の差別が強い土地柄なのだろう。
奴隷市場も堂々とあり、公衆の面前で奴隷取引が行われていた。
今日もまた、買い物に出掛けた私達は絡まれていた。
「ようよう、お嬢ちゃん? 誰に断って奴隷連れてんだ、あん!?」
傭兵ギルドの下っ端のような格好をした男たちが凄んでいる。
北部では、独立戦争があり、傭兵ギルドも参戦しているはずなので、多分、傭兵崩れか、脱走兵なのかな?
私は、人族に怯えるレアの前にかばうように立った。
他のみんなは別の場所で待っているので、私達だけだ。
通行人たちは、見て見ぬ振りをして通り過ぎていくだけだ。
私がしっかりしないと。
「誰にって、聖教会の許可証はありますよ!」
私は、この街に来て何度目になるかわからないけど、アルセーヌが置いていった聖教会の奴隷証明書を出して、男たちの目の前に突きつけた。
男たちは、じろりとその証明を見ている。
でも、いやらしく下品に笑った。
「ヒャッハッハ! 名前が違うんじゃねえの? どう見ても男の名前じゃねえか? なあ、嘘ついたらいけねえぜ、お嬢ちゃんよ!」
「嘘じゃないです! この子の主人は、私の友人です!」
「ハ! だったら、そいつを連れてこいよ! さもないと、そのネコは没収だぜ!」
「ふざけないで下さい! 何の権利があってあなた達がそんなこと出来るのですか!」
「ふざけてんのはどっちだ! ここは、オレらの縄張りなんだよ!」
男たちはどこまでもしつこかった。
いつもなら、ロクサーヌが力づくでどうにかするけど、今は私一人だ。
私が我慢の限界で杖を出そうとした時だった。
「……なあ、俺の連れに何やってんだ?」
あ、この声!
私は思わず、胸が高鳴った。
こんなベタな展開なのに、でも、嬉しいことは嬉しい。
「何だ、てめえ!?」
「何だって? 証明書よく読めよ。俺の名前が書いてあんだろ?」
「ああ!?」
男たちは、凄んでいたが、その一人が証明書をよく読んであることに気が付いた。
「お、おい! や、やべえぞ! な、名前、シュヴァリエって、まさか、あのシュヴァリエ家!?」
「そうだったら、どうすんの?」
「し、失礼しました!」
男たちは青い顔で逃げ去っていった。
そして、男たちが去っていくのを見送るとあの人は最高の笑顔で微笑んだ。
「よう、久しぶりだな、ロザリー、レア?」
「う、うん! ひ、ひさ……」
「ニャー! ご主人たま、会いたかったですニャ!」
私が返事を返そうとすると、レアはアルセーヌに全力で抱きついた。
全身を擦り寄せて甘え、アルセーヌは笑いながらレアの頭を撫でている。
ああ、いつもどおりの光景だ。
変わってなくて、嬉し……え?
私は、やっとアルセーヌに会えた嬉しさから一転、固まってしまった。
「……やれやれ、こんなに目立つところで何をしている?」
「よう、カーミラ」
アルセーヌの隣に、とんでもない美人がやってきた。
アルセーヌは、気軽にその相手と挨拶をしている。
え?
この1ヶ月一体何していたの?
私は、胸の中から言葉にできない何かがこみ上げてきた。
・・・・・・・・・
―フランボワーズ王国河川地帯 コルマール砦―
エドガールたちは、タッソー家との戦いを制し、多忙な日々を過ごしていた。
河川地帯の中規模領地、旧クレベール地区を手に入れ、その内政を執り行っていた。
この地区の領主は、エドガールが務め、公爵の位を授けられた。
その下の小領主の地位には、アンリ、クレベール、ソレル等、タッソー家との戦いで活躍した者たちが、それぞれに与えられた所領を収めている。
この戦いで、大きく名を上げたのは、エドガールを除いて3人である。
その一人が、アンリである。
かつての第一王子の従者の一人に過ぎなかった無名の若者が、今ではエドガール軍の主力部隊を率いるまでになったのだから、人々の話題に上った。
アンリの下には、多くの家督を継げない貴族家の次男や三男以下の若者たちが志願して集まってきた。
もうひとりが、クレベールである。
元名門武家の出とはいえ、無能と蔑まれてきていたし、実際に能力は低かった。
しかし、修羅場をくぐり抜け、間違いなく一皮むけることが出来た。
おそらく、その隣に、歳下のアンリが活躍していたのだから、負けじと必死になっていたことも要因だろう。
このクレベールの成長は、軍師のリュウキですら嬉しい誤算だったことだろう。
旧クレベール家の居城を与えられ、アンリと同格の男爵の位を授けられた。
そして、最後の一人がギュスターヴである。
かつての近衛騎士『爆炎剣』は、フランボワーズ王国有数の武芸者、クザン、デュバルといった猛将を一騎打ちで退けたことで脚光を浴びた。
男爵位は、子爵へと格上げされ、第一王子の右腕として堂々と立っている。
エドガールを守る騎士として、新たな英雄候補となっている。
しかし、彼らにも問題は山積みだった。
まずは、タッソー家との戦いで様々な物資、特に食料を多く失ったことだろう。
勝つためとはいえ、兵糧庫を焼き討ちしたのは大きな損失であった。
領地が広がったことにより、人口が大きく増えたことも利点ではあるが、様々な整備で忙しくなった。
エドガールの領地に人口が流入していけば、当然面白くない輩も出てくる。
それは、河川地帯の現領主である。
ロワール家の大領地を、元宰相ジラールから授けられていたが、まとめることが出来ず、内戦状態になるまで荒廃させてしまった無能領主である。
他の中規模領主たちは、エドガールの次の相手はこの領主だと確信していた。
この戦いで、河川地帯の雌雄が決することは誰もが分かっており、どちらに付くかで今度の立場が決まることも分かっていた。
しかし、どの領主も慎重だった。
その理由に、聖教会の存在があった。
聖教会は、間違いなくエドガールと敵対することになるからだ。
これが最大の問題だろう。
リュウキの正体が、竜族であると聖教会にバレてしまったことである。
聖教会の許可なく、竜族を含む、魔族、獣人を使役することは教義に反することであるからだ。
リュウキは当然、聖教会と事を構えることを分かっていて正体を現したのである。
その思惑は、聖教会と対立する『ザイオンの民』を表に引っ張り出すためである。
『ザイオンの民』は、エドガールを河川地帯の領主に据えたいからリュウキの思惑に乗らざるを得ないことだろう。
様々な立場の者たちが次の戦いにどう動くか思案していた。
しかし、最初に動いたのは、意外な者たちだった。
その者たちが、エドガールの下に馳せ参じたことから次の戦いの幕が上がる。
・・・・・・・・・
―アルカディア大陸東部、ビッグアイランド南部ヨークシン―
僕はこれから南部にいるピサロを討つため、その準備をしている。
僕に同行するのは、オリヴィエ、ヨハン、そして、アリスたちアマゾネス隊の一部だけだ。
アマゾネス隊には、アウグスタとアリスの従者たちルイーズとキャロルだけだ。
このメンバー七名と、当然ブリュンヒルデも連れていく。
ヨークシンには、ジル・ド・クランを一時的な指揮官として、他の聖騎士たちが残ることになった。
アイゼンハイムは、北部軍の抑えのために、ヨークシン北部に退いて守りを固めることになった。
ピサロの討伐に加わりたかったみたいだけど、強力な北部軍を抑える戦力として外すことは出来なかった。
渋々残り、僕たちとは完全に別行動になった。
僕たちは飛空艇に乗り込み、ピサロの支配するアルカディア最南部、ケチュアを目指す。
ピサロの居城は、元ダークエルフの帝国のあった帝都にあり、帝国を滅亡させてから占領している。
その当時、ピサロの後ろ盾にはアーゴン王国があり、聖騎士でありながら様々な特権を与えられていた。
しかし、今では聖教会圏を裏切ったため、その特権は剥奪されてる。
しかしながら、ピサロはダークエルフの帝国を完全に乗っ取り、その戦力はすでにアーゴン王国、つまり、一国の大国に匹敵する。
おまけに、未知の魔道具もある。
真っ向から攻めては、勝ち目はない。
僕たちに出来ることは、ただひとつピサロの暗殺だ。
そのために、まずは飛空艇で南部へと向かう。
そして、潜入チームの僕たちだけ途中の南東部の都市ニュー・オルレアンで降り、陸路でピサロの領地に侵入する。
飛空艇は、聖教会の最新兵器ではあるが、1隻だけではピサロの軍には対抗できないし、僕たちが侵入して来たことが事前にバレるわけにはいかない。
だから、僕たちを降ろしたら、飛空艇は乗組員たちだけで帰ってもらう。
出発の前夜、僕は飛空艇の甲板に何気なく立っていた。
上弦の月が浮かび、何となく見上げていた。
「あら? ジークフリート・フォン・バイエルン。君も来ていたの?」
「あ、副団長!」
アリスも甲板にやってきたので、僕は敬礼をした。
アリスは軽く笑って、敬礼をやめさせた。
「やめなさいよ。あたしは、副団長を、ううん、聖騎士を今回でやめるつもりだから」
「え!? ど、どういうことですか!?」
「そのままの意味よ。団長がいなくなったら、聖騎士なんてもうやる気ないわ」
アリスはあっさりとそう言い放ち、僕に背を向けて夜空を見上げた。
僕はただ絶句していた。
「……あの、副団長は、いえ、アリスさんは団長のことを愛して……」
「別に、そういう関係ではないわ。もちろん、尊敬はしていたわ。でも、それ以上に恩を感じていたの。返しきれないほどにね」
「それって一体?」
「いちいち詮索するなんて、野暮ってもんじゃないの?」
「あ! す、すみません!」
僕は慌てて謝った。
「ふふ、冗談よ」
そんな僕をアリスはいたずらっぽく笑った。
そして、団長との出会いを語ってくれた。
僕はここで、アリスたちが初めてニンフ族という亜人だと知った。
ニンフ族とは、半精霊の亜人らしい。
性別は女しか生まれず、幼い少女の姿ではあるが、人族の倍ほどの長命の種族だそうだ。
ニンフ族は本来、神聖な山や森、泉を守護しながら暮らしている。
近くに住む人族とも関わりがあり、庭園や牧場に花を咲かせたり、守護する泉の水を飲む者に予言の力を授けたり、病を治すなど、恩寵を与える者として崇拝されてもいた。
しかしながら、聖教会の発展とともにその存在は忘れ去られていった。
アリスは元々、自らの守護する泉の畔で暮らしていた。
その当時は、従者のルイーズとキャロル以外にも従者はいたそうだ。
ある時、アリスの守護する泉に冒険者の若者がやってきた。
アリスの守護する泉に、病を治す力があるという伝説があるらしい。
それで、アリスは快く泉の水を与えると冒険者は御礼を言って帰っていったそうだ。
それからも、その冒険者は何度もアリスの元へとやってきた。
その内に、アリスとその冒険者は恋に落ち、その冒険者との子供を身ごもった。
しかし、甘い時間はいつまでも続かなかった。
アリスの泉の話を聞き付けて、領主の軍がやってきた。
その領主は泉の力を強欲に奪いに来たのだ。
しかし、身ごもっているアリスは本来の力が使えず、只の人同然だった。
その冒険者はアリスを守ろうと領主に抗議をしたが、無礼であるとアリスの目の前でそのまま殺されてしまったのだ。
悲嘆に暮れたアリスによって、泉の守護の力は失われ、泉の水はただの水となってしまった。
その様に逆上した領主は、アリスの従者のニンフ族たちを虐殺していった。
ルイーズとキャロルに守られながら、アリスは逃げ続けた。
そして、アリスたちの窮地を救ったのが、その地の聖教会の視察に来ていた若き日の団長だった。
「……ま、そういうことよ。あたしには返しきれないほどの恩が団長にはあるの。でも、団長は責任を感じていたわ。もう少し早く来ていれば、他のみんなも救えたのにって。まったく、信じられないぐらい責任感の強い人よ、団長は」
アリスはそんな団長を思い出して軽く笑った。
僕も同意してつられて笑った。
アリスは真面目な顔になり、夜空に浮かぶ月を睨みつけた。
「だからね、あたしはあの男ピサロを殺しに行くわ。団長の仇を討つことで、少しは恩返しになるかしら?」
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