第20節 うごめく陰謀

―アルカディア大陸東北中部 湖水地方シルバニア郊外―


 青空には、緑色の信号弾が勢いよく上がった。


「何と!? ピサロ殿は本当にやったのか!?」

「……どうやら、そのようだな」


 剣を構えるアダムスとワトソンは、空を見上げながら驚きを隠せていない。

 二人共、全身の至るところに浅い傷を負ってはいるが、ダメージは大きくなさそうだ。

 対して、ジル・ド・クランはほぼ無傷の状態だが、目にも留まらぬほどの高速の動きを止め、怪訝な表情で二人を睨みつけた。


「……どういうことです? あの裏切り者が何をしたというのです?」

「うむ。ワシらも信じられんが、ピサロが『雷帝』を討ち取ったらしい」

「バカな!? あの団長殿をあの外道の裏切り者が!? そのようなこと信じられませんよ!」


 ジル・ド・クランは信じられないというように、いつもの不気味な笑顔はなく、色素の薄い顔中には血管が無数に浮かび上がっている。

 困惑気味の二人だが、代わりに、伝令の教会騎士がジル・ド・クランの元に慌てて飛び込んできた。


「で、伝令です! ライネス団長殿、討ち死にいたしました!」

「信じられませんよ! どうなっているのです!」

「そ、それが、詳しいことは……」

「わからないのですか!? 何というガキの使い!……ぐぐ、致し方ありません。この場は、団長殿の元へと引きましょう!」

「は、ははっ!」


 ジル・ド・クランは、すぐに兵を引き上げ、団長がいるはずの本営へと引き返した。

 アダムスは、対峙していたジル・ド・クランの姿が見えなくなると、圧倒的な重圧から解放され、膝から崩れ落ちた。


「……は、はは。あのバケモノを足止めしていただけでこのザマとは、冒険者ギルドマスターとして、情けない限りですよ」

「気にするでない。相手が悪すぎた。あの狂信者は、おそらく単純な戦闘能力だけなら『雷帝』に匹敵する。防御に徹していなければ、とっくにやられておったわ。……だが、情けないのはワシも同じだ。若かりし頃なら、ワシ一人でもどうにか出来たかもしれんが、歳は取りたくないものだな」


 ワトソンも同様に、その場に座り込みたかったが、総司令としての責任感で歯を食いしばり踏ん張った。

 そして、連合軍が引き上げていくのを見送ると、全軍に指示を出した。


「よし、作戦通りワシらも退くぞ! 退いていく相手を追う必要はない! 向かってくる敵だけを相手にしながらシルバニアに入るのだ!」


 連邦軍は、この戦争に聖教会が介入して、初めての勝利を収めた。


☆☆☆


―アルカディア大陸東北中部 湖水地方シルバニア市街―


 神鳥ブリュンヒルデと蛇神ケツアルコアトルの戦いは、怪獣大決戦のように市街地を破壊していたが、誰もが見ないふりをしていた。


 同じ頃、暗黒騎士たちと対峙していたアリスたちも同じ信号弾を見上げていた。


「……何あれ?」

「……何でしか?」

「……さあ?」


 こうして、見た目の幼い3人が空を見上げているのは何とも可愛らしいのだが、そのことを言うと怖いので誰もが黙っている。

 だが、その疑問に答えたのは意外にもピサロの副官グウィネスだった。


「……どうやら、あの人が勝ったか」

「あの人? 何バカなこと言ってんのよ! あんなクソひげエロオヤジが団長に勝てるわけないじゃない!」


 グウィネスの答えに、アリスは憤慨した。

 その怒りの波動に周囲は冷気で満ち、凍りつき出した。

 誰もが『氷の女王』に戦慄していたが、グウィネスだけは無表情に対峙していた。


「どう考えようとあなたの勝手だ。だが、事実は事実だ。あの信号が上がったということは……」

「うるさい!」


 アリスは怒りに任せて氷魔法をグウィネスに放った。

 しかし、グウィネスは軽くかわして懐から転移魔道具を取り出した。


「やれやれ、気の短い人だ。……私達は役目を終えた。では、さらばだ」

「っ!? 待ちなさい!」


 アリスはまた氷魔法を放ったが、グウィネスは消え、暗黒騎士たちも消えていった。

 ジュリアは最後まで残り、捨て台詞を吐いていった。


「キャハハ! じゃあね、お姉ちゃん! また今度殺しに来るからね!」

「ジュリア!? 待て!」


 アウグスタは去っていくジュリアに手を差し出したが、その手は虚しく空を切るだけだった。

 悔しそうに落ち込むアウグスタの肩に、オリヴィエは優しく手を置いた。


「……また会える。今は事の真偽を確かめねばならん。本営に戻ろう」

「お、おにい……う、うるさい! それぐらい分かっている! 気安くさわるな!」


 アウグスタはオリヴィエの手を振り払い、アマゾネス隊の列に続いた。

 オリヴィエはやれやれと頭をかき、ヨハンとともに、瓦礫の山の上にとまっているブリュンヒルデの元へと歩いていった。

 ケツアルコアトルもどこかへと消えてしまい、ブリュンヒルデは静かに佇んでいる。

 娼館のあった歓楽街一帯は、瓦礫の山と化していて、戦いの激しさを物語っていた。


☆☆☆


 僕は急ぎ、風になり、光に追いつこうとしていた。

 しかし、間に合わなかった。


 団長とピサロの一騎打ちに決着がつき、ちょうどピサロが信号弾を上げているところだった。

 その手には団長の首を持ち、高笑いをしていた。

 そして、僕がやってきたことに気がつくと、ニタリと不敵に笑った。


「ほう? 『神の子』の小僧か。思っていたよりも早かったな? あの小僧はどうした?」

「……小僧? サム・アダムスですか? 生きていますよ」

「生きている?……ふん! 命を懸けて足止めするとイキっていたが、口ほどにもない。まあ良い。ライネスを殺るまでの時間を稼げただけでも褒めてやるか。クックック」


 上機嫌のピサロを見ていると、僕の内側からどうにも出来ないような不快感がこみ上げてくる。

 尊敬する団長を殺された憎しみなのだろうか?

 それとも、目の前の外道が僕の感情を逆なでするのだろうか?

 わからない。

 僕にとっては、初めて感じるタイプの負の感情だ。

 

「でも、僕は今、あなたの目の前にいる。団長の仇は、僕が取る!」

「クックック。分かっておらんな、小僧? だから、まだガキなのだ」

「……どういうことですか?」


 ピサロは余裕で笑い、僕は更に苛立ちが募ってきた。

 聖闘気は高まり、今にも爆発しそうだ。


「いいだろう、教えてやる。貴様は、この戦争に参加しておる誰よりも強い、圧倒的にな。吾輩よりもライネスよりもな。アキレースとの決闘を見て貴様のことが分かったことがある。貴様は戦闘能力だけなら、ヤツ『聖帝』と同格、世界最強クラスだ。だが、それだけだ。個人の戦闘能力がどれだけ高かろうとも戦争には勝てんのだ」


 自慢気に雄弁に語るピサロに、僕は何も言えずに睨みつけているだけだ。

 何が言いたいんだ?

 ピサロは僕を蔑む目でフッと鼻で笑った。


「まだ分からんか? 個人の武勇など、戦争、戦略という大局の中では大海の一滴に過ぎん。まあ、貴様ほどの武勇になれば、戦術においては影響が出るかもしれん。だが、それだけだ。ましてや、個人の武勇を誇ることを楽しむだけの小僧など、楽な相手だ。戦略どころか、戦術すら分かっておらん青二才など、戦場から孤立させてしまえば良い。つまり、始めから相手にせず戦わなければ良いだけだ。案の定、貴様はあの小僧に気を取られ、王を取られてしまったのだ。貴様など、所詮はただの駒、戦争というゲームの中では、吾輩の敵ですら無いのだ。クハハハハ!」


「うおおおお!」


 僕は怒りに任せて、ピサロに斬りかかった。

 しかし、ピサロは転移魔道具で逃げていった。


 クソ!

 完敗だ。

 僕は戦争というものが何も分かっていなかった。

 

「あああああ!」


 僕は癇癪を起こした子供のように、地面に力の限り剣を叩きつけた。

 周囲は吹き飛び、焦土と化していた。

 

 僕はただ、無力感のままその場に立ち尽くしていた。


・・・・・・・・・


―フランボワーズ王国王都 高級アパルトマン―


 ここは、『ザイオンの民』の高級娼婦マルゴの職場でもある。

 マルゴは非合法の娼婦でもあるにも関わらず、同じ『ザイオンの民』フォア侯爵の高級公娼館よりも上、最高級ランクに君臨している。

 男性客たちは、上品かつ退屈な妻にない楽しみを、彼女に求めているからであるが、そのぶん、彼女へ支払う金額は公娼などとは比べ物にならないほど高い。

 当然、その顧客達は上流階級の中でもほんの一握り、時の権力者たちである。

 

 かつては、元大法官公爵ジャン・ド・ロワールもいた。

 その子飼いの貴族ジョルジュ・ド・バリーもいたが、これは『ザイオンの民』ロチルドの刺客として送り込まれただけである。

 他にも、権力の中枢にいる者達が存在する。


 この日、『ザイオンの民』が聖騎士団団長ライネスの戦死の情報を得た日、そこにはマイアー・ロチルドが来ていた。

 『ザイオンの民』の中心人物であるロチルドが、マルゴから情報を受け取りに来ていたのだ。

 通信魔道具の鏡に映るのは、アルカディア大陸にいるフランクリンだった。


「……ということじゃ。ピサロがワシらの支援によって、予定通りライネスを討ちよったわ!」

「そうか、でかしたぞ! よし、よし! これで、我らの悲願『約束の地』にまた一歩近づいたわ!」

「フェッフェッフェ! そうじゃな、これでワシらも次の段階に入れる。ワシも今からフランボワーズ王国に飛ぶぞ」

「うむ! 王宮ではフォアが待っておる。秘密の転移魔法陣に、案内を用意しておくぞ」


 ロチルドは上機嫌にほくそ笑み、鼻息が荒くなっている。

 その様子を見て、べッドの上に寝転がり、マルゴは紫煙を燻らせていた。


「ウフフ。随分と楽しそうね?」

「当然だ! これまでの膨大な時間をかけた計画が、ついに成されようとしておるのだ。我が生涯をかけた、400年前から何世代にも渡って託されてきた悲願なのだ。我ら『ザイオンの民』が、歴史の闇に生きてきた我らが、ついに表舞台に立つ時が来たのだ!」

「でも、焦りは禁物よ? 最後の詰めを誤ったら、すべてが台無しよ?」

「ああ、分かっておる! 穀倉地帯では、蝗害の前兆の報告がある。予言にある『大いなる冬』の到来も近いようだ。野に放っておるルソーたちが、愚かな民衆共を啓蒙思想で煽っておる。次の作戦で、地方貴族共もやる気になるわ! 全ては、周到に準備されておる!」

「そうね。この計画が成功すれば、聖教会による偽りの平和も終わる」

「そういうことだ! 憎き聖教会もこの戦争で敗れ、次の作戦で崩壊するのだ! フハハハハ!」


 ロチルドは、マルゴの中に滾っていた興奮をすべて放った。

 満足したロチルドは、表の顔に切り替え、馬車に乗って去っていった。

 マルゴは、去っていくロチルドを窓から眺め、紫煙を静かに吐き出した。


「ウフフ。あなたは自分の計画通りだと思いこんでいるようだけど、残念ね。全ては運命の紡いだ糸で何もかも操られているのよ。あなたも、この世界もね」


 この数日後、フランボワーズ王国はアルカディア独立戦争に参戦することを表明した。

 すべては、フランボワーズ国王による独断だった。

 この参戦も、先の10年戦争でアルカディアの植民地を失ったことによる、ブリタニカ王国に対する個人的な報復である。


 唯一、この愚王を諌めることの出来た宰相ジラールが、すでにこの世にいないから起こり得たことだった。

 『ザイオンの民』フォアとフランクリンに唆され、フランボワーズ王国の国庫は破産することが決定的になった。


 この様子を陰で見ていた第七王子リシャールもまた、一人静かにほくそ笑んだ。


「『ザイオンの民』も僕の計画通り動いている。後は、河川地帯のエドガール兄上が計画通りに動くだけ。後少しで、君は僕のものだ」


 リシャールは、熱い目で王の隣に立つ人形を見つめている。

 

 独立戦争の裏側で、幾多の陰謀はそれぞれの思惑で蠢いていた。


・・・・・・・・・


 そして、もうひとりの主人公アルセーヌ。

 彼は『魔王』カーミラと組んで、どこで何をしているのだろうか?


 水面下で動く彼らが表舞台に出てきた時、独立戦争は新たな局面を迎えることになる。

 その時、聖教会の最高司令官聖騎士団団長ライネスを討ち取って絶頂にいたピサロは、憤怒によって動き出す。


 アルセーヌとジークフリート、二人の主人公が出会う時、運命に立ち向かうことになる。

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