第5章 アルセーヌ、ジークフリート合編 運命の邂逅
第1節 南部へ
―アルカディア大陸東北中部 湖水地方シルバニア―
あの戦い、シルバニア攻防戦から1ヶ月経った。
総司令である聖騎士団団長ライネスを失った聖教会連合軍は、シルバニアから撤退し、アルカディア連邦軍は再びシルバニアに戻ってきた。
シルバニアの街は、攻防戦で破壊の跡が目立っていたが、問題はそれだけではなかった。
ピサロの攪乱作戦で、独立派と王党派の対立もあり、治安は大いに乱れていた。
連邦軍総司令ワトソンは、始めにシルバニアの治安回復と復興に力を入れた。
連邦軍の兵たちは、復興作業を優先させ、地域住民の支持を得ようとした。
そして、王党派についても、処分をできるだけ軽くし、不満を軽減させた。
さらに、ジル・ド・クランら異端審問官による秘密の拷問の実態を暴き、連合軍を共通の敵として認識させることで、住民の対立の目をそらした。
まだ両派の間に多少の確執はあったが、ワトソンの政策は功を奏し、連邦軍はシルバニアで支持を得ることが出来た。
連邦軍は、幾度にも渡る敗北からついに初勝利を収め、苦難の道から解放された。
フランボワーズ王国から参戦の協力を得て、今まさに勢いに乗ろうとしていた。
連邦軍の誰もが、戦局が大きく変わったことに気づき、士気が高まっていた。
しかし、ただ一人、サム・アダムスだけは深く沈んでいた。
ジークフリートに砕かれた膝は、高位治療師によって回復されているが、その心は深く傷ついていた。
自身の組織した『自由の子どもたち』のメンバーのほとんどが、未成年の子供のままその生命を散らしていたからだ。
その理由が、自分を助けるために『十字路の悪魔』に魂を売り渡して、力を手に入れたからである。
悪魔との契約は絶大な力を得ることができるが、その代償は大きく、魂を悪魔に奪われる。
成熟した力強い魂であれば、寿命を縮めるだけですむが、未熟な弱い魂であれば、絶大な力に耐えきれず精神崩壊や身体が崩壊するのだ。
そう。
あの戦いの後、聖騎士団長親衛隊を足止めしていた『自由の子どもたち』は、その暗黒の力に耐え切れず、身体が塵となって消えてしまったのだ。
事態を知ったサムの目の前でだ。
サムは自分を責めた。
なぜ、子どもたちを戦場に立たせてしまったのだと。
自分が、後を顧みない自殺行為の行動をしたせいで、後に続く子どもたちも自分と同じように後先考えずに破滅の道を選んでしまったのだと。
組織のリーダーとしての無責任さが、この悲劇を招いてしまったのだと。
サムはこの戦争で、その心は癒えない大きな傷を負ってしまった。
そのサムは、この1ヶ月の間自分を責め続けた。
悩み続けた。
そして、ある決断に踏み切った。
「……ワトソン将軍、今お時間よろしいでしょうか?」
「おお、サムか!……どうしたのだ?」
ワトソンは、サムがようやく自室から出てくれたことを嬉しく思ったように、山積みにされた書類から顔を上げた。
しかし、やつれきったサムの顔に、悲愴な決意が見て取れ、顔をしかめた。
「実は……」
サムは、連邦軍を離れることを伝えた。
そして、『十字路の悪魔』を討つ決意を語った。
ワトソンは腕を組んで深く考え込んだ。
どうすればいいのか迷っているようだった。
「ワトソン殿、行かせてやりましょう」
ワトソンに、サムの離脱を勧めたのは、サムの父アダムスだった。
サムは意外な相手がやってきたことに目を丸くした。
「どうして、あんたが……」
「当然だ、サム。私はお前の父親でもあるからだ」
「オレに興味もなかったあんたが今更何を言うんだ?」
サムはアダムスを睨みつけるように言い捨てた。
だが、アダムスは真っ直ぐにサムの目を見つめ返した。
サムは、思わず目をそらしてうつむいた。
「私は、興味がなかったわけじゃない。子育てというものが出来なくて、どうお前たちに接すればいいのか分からなかっただけだ。しかし、今父親として言っておく。行って来い、サム。自分の決意を果たせ」
「でも、オレは連邦軍の幹部だぞ? そんな簡単に抜けるだなんて……」
「それこそお前の気にすることではない。元々、戦争は大人たちの身勝手な理由で起こるものだ。子どもたちがやらなければならない義務はない。どんな大義名分があろうとも、子供が戦争を行う世界など間違っているのだ。そんな世界に明るい未来は無い。憎しみの連鎖がどこまでも続くのだ。子供たちこそ、未来を作る宝だ。自由への戦いは、我々大人たちがお前達次の世代のために勝ち取る。お前は、自分の信じる道を行け」
サムは、熱く語るアダムスの言葉に静かに涙を流した。
「……ありがとう……父さん」
そして、初めてアダムスを父と呼び、部屋を出て肩を震わせた。
―アルカディア大陸東部、ビッグアイランド南部ヨークシン―
僕たち聖教会連合軍は、シルバニアの敗戦から、ヨークシンへと撤退した。
総司令である団長を失い、僕たちは統率を失っていたからだ。
「何よ! 何か文句でもあるの? 団長を殺したあのクソオヤジをぶっ殺しに行くことの何が悪いのよ!」
「当たり前です! 我々は聖教会の神聖なる聖騎士なのですよ? 私怨のために動くのではなく、聖教会のために反逆者共と戦うべきなのです!」
「はぁ!? だったら、裏切り者をぶっ殺すことの何がいけないのよ! 同じことじゃない!」
「私が言っているのは、優先すべきことを優先すると言っているのです!」
「だから、あたしは……」
今日もまた、副団長のアリスと聖騎士団幹部ジル・ド・クランは自分の意見を言い合っている。
もうひとりの幹部であるアイゼンハイムは、北部軍との戦いが楽しくて今も戦場に出たままだ。
このように、曲者の『七聖剣』をまとめることの出来た団長を失ったことで、僕たちはバラバラな状態だ。
僕は言い合いを続ける二人を置いて、外へと歩いていった。
「あ! ジーク様、作戦はどうなりましたか?」
僕の従士であるヨハンは、
ブリュンヒルデは、この地のヘビ型モンスター、サイドワインダーを捕まえて食べているところだ。
僕を見て、何か一鳴きしたが、お腹が満たされて機嫌が良さそうだ。
「やあ、ヨハン。……それが、今日も何も決まりそうにないよ」
僕は困ったように肩をすくめた。
ヨハンも残念そうに肩を落とした。
「どうした、二人共? 随分と暗いな?」
オリヴィエが、汗を軽くかいて笑いながらやってきた。
どうやら、待機の間、訓練をしてきたようだ。
僕はピサロにしてやられてしまった後、今の状態を打開するために僕に出来ることは何なのだろうか、ひたすら悩み続けていた。
とりあえず、オリヴィエにまだ方針が決まらないことを伝えた。
「……そうか。致し方あるまい。それだけ、団長の存在が大きかったのだ」
確かに、オリヴィエの言うとおりだと思う。
団長がいたからこそ、連合軍が成り立っていたのだとよく分かった。
まさに『雷帝』、帝王として相応しい人だった。
僕だって尊敬していた。
僕たちの支えだった。
今のバラバラな僕たちの状況も、ピサロの狙い通りだったのかもしれない。
団長が存命だった頃よりも、明らかに組織として成り立っていない。
それだけ、上に立つ人物が重要なのだろう。
「なあ、ジーク? 総本山とは連絡は取れないのか?」
「ええ、何が問題なのか分かりませんけど、通信魔道具が作動しないんです」
「そうか。……だとしたら、ピサロが何かやっているかもしれんな」
「そう、なのですか?」
僕にはよくわからないことだ。
確かに、ピサロはこちらの動きをすべて読んで、まるで僕たちの行動が筒抜けかのように先回りをしていた。
何か、仕掛けがあるのかもしれない。
だとしたら、通信魔道具の妨害も出来る、のか?
「考えすぎるな、ジーク。今のは、私のただのカンだ」
オリヴィエは、深く考え込んでいた僕を笑った。
でも、僕は何かが引っかかった。
そうか!
「分かりました、オリヴィエさん!」
「な、何が分かったのだ?」
「ええ。団長が言っていたんです。どうして強欲なピサロがすんなりとシルバニアの街を明け渡しのかって」
「それがどうしたのだ? 我々を油断させる作戦だったのだろう?」
「ええ、そうです。僕たちを油断させてシルバニアの街に足止めするためです。そして、あの多方面作戦を実行した」
「ああ、そうだ。だが……待てよ? もし、今の通信不能の状態がピサロの行っていることだとすれば、同じように通信情報を盗む事もできる?」
「そうです! もし通信情報が盗まれていれば、僕たちのすべてに先回りが出来ます!」
「……なるほど。だとすると、シルバニアには通信情報を盗む魔道具が仕込まれていた可能性がある。確かに、ピサロの配下たちは見たことも無い魔道具を持っていた。そういう魔道具も存在するかもしれん」
オリヴィエと意見が一致したことで、僕は意気揚々と作戦室に引き返した。
そして、僕の考えをアリスとジル・ド・クランに話した。
二人共、僕の意見をよく聞いてしっかりと考え、同意してくれた。
「……ふむ。ならば、ピサロの粛清が最優先になりますね。ヤツを始末しないことには、この戦争には勝てそうもありませんね」
「そうね。これで、あのクソヒゲをやっと殺しに行けるわ」
「ですが、全軍では向かえませんよ? 反乱軍の抑えも必要です。少数精鋭で行きましょう。ところで、ジークフリート様はいかが致します?」
ジル・ド・クランは、興味深そうに僕を見ている。
アリスも同じだ。
僕は少し興奮して力強く答えた。
「僕は南部へと向かいます! そして、ピサロの首を取ってきます!」
―アルカディア大陸南部 ピサロ領 ケチュア―
聖騎士団団長ライネスという枷を失ったピサロは、天下を取ったかのように、絶頂にいた。
連邦軍と同盟関係にあるが、理念は別にある。
ピサロは私欲の限りを尽くし、アルカディア大陸南部にある自身の領地で乱痴気騒ぎをしていた。
しかし、ピサロの天下は長くは続かなかった。
南部の主要産業であり、三角貿易の一角、綿花が輸出できなくなったのだ。
ピサロは、絶頂から一気に破産の崖っぷちに立たされた。
激怒したピサロは、その原因究明に全力を尽くした。
そして、その原因を突き止めた。
海上が海の魔物によって封鎖され、貿易が完全に麻痺したのだ。
その首謀者が『魔王』カーミラ、そして、因縁の相手『聖帝』の息子、アルセーヌ・ド・シュヴァリエであることが判明した。
こうして、北部のアルカディア独立戦争と同時に、南部では奴隷解放運動が巻き起こることになったのだ。
―アルカディア大陸南東部 大農園地帯、ニューオルレアン―
俺は今、川沿いで『魔王』カーミラと焼きとうもろこしを食べている。
屋台で美味しそうな香りが漂ってきたので、小腹が空いてきてしまったからだ。
今のカーミラは人間に化けているので、道行く人々には魔王どころか魔族とはバレていない。
「まったく! 貴様という男は、どこまでもマイペースだな?」
カーミラは文句を言いながらも、焼きとうもろこしを美味しそうに頬張っている。
性格は悪いが、元が超美人なので、何をしていても絵になる。
本当に、性格以外は。
「へいへい。俺はいつだってお気楽男ですよ、女王様?」
流石に、カーミラとは1ヶ月の付き合いになるので、こんな感じで軽口を言えるような関係になっていた。
もちろん、俺は未だに嫌われているが、行動を共にしている。
「良いのだ、カミッチ! 腹が減っては戦は出来ぬのだ!」
妖精の姿の駄女神イシスは、俺の頭の上で焼きとうもろこしを一粒かぶりついた。
意外にも、そんなことわざを知っているとは思わなかった。
いや、流石にバカにし過ぎか。
「ハハァ! イシス様の仰せのままに!」
「……まったくよ。イシスの半分ぐらいは俺も大切に扱われたいね」
「抜かせ! 貴様など、同じ空気を吸っているだけマシだと思え!」
と、こんな感じの俺達だが、実は大仕事から帰ってきたばかりだ。
話は、1ヶ月前に遡る。
俺は、カーミラに三角貿易、奴隷貿易のシステムをぶっ壊すと豪語した。
もちろん、そのために色々と水面下で動いてきた。
それが、海上封鎖だ。
これがかなりの大仕事になるわけだが、俺達だけでは当然不可能だ。
そこで、『魔王』カーミラとしてのツテで、海の王者『海王』に謁見しに行った。
俺だけだったら、当然門前払いだが、『魔王』が一緒にいれば問題はなかった。
というよりも、『海王』は魔王軍評議会13席とかいうのに入っているらしく、カーミラとは古い付き合いらしい。
一応、魔王と海王は同格だが、カーミラは『海王』を嫌っている。
その理由が、かなりの女好きで毎回カーミラにセクハラをするからだそうだ。
今回、『海王』に協力を頼みに行くのもかなり嫌がった。
俺の説得により、カーミラは渋々会いに行った。
もちろん、カーミラに愛人になれと迫ってきたが、怖い嫁が出来ていたのですぐに黙らされた。
これに調子に乗ったカーミラに、過去の悪行の数々を嫁にバラすと脅され、無事?に『海王』の協力を得ることができた。
こうして、海の魔物たちを借りて、海上に出てくる貿易船を次々と沈めた。
こんなことをしていれば、魔物の討伐が行われるだろうが、今は独立戦争中らしく、聖教会や冒険者ギルドなどは出てこれないのだ。
他にも、バミューダトライアングルのように、このあたりの海域には怪現象が起きるというデマを広めた。
船乗りは迷信を信じやすいので、一部の海域の海上封鎖は簡単だった。
他の海域では、海賊を雇い、奴隷船を襲わせた。
そうして、解放した奴隷たちを海賊にし、奴隷の魔族や獣人たちを解放していった。
ただし、完全に海上封鎖をすることはしなかった。
貨物積載量をごく僅かに抑えることで高速で航行する封鎖突破船は海上を抜けさせた。
もちろん、生命を奪うことはしないで、積み荷だけを沈めるように徹底した。
被害を大きくさせると、抵抗が大きくなるからな。
このように海上封鎖が成功すると、貿易は大打撃を受け、奴隷貿易が儲からなくなったと広まった。
これで、新しい奴隷を連れてくることは少なくなり、後は現地の奴隷を解放していくことに集中できるようになった。
ところで、この海上封鎖、実は俺のオリジナルではない。
確か、南北戦争でリンカーンが行ったことだと思う。
歴史を知ることは、何かしら役に立つってもんだな。
「……さて、久々に陸に戻ってきたし、みんなと早く合流してえなあ」
俺達は焼きとうもろこしを食べ終わり、大きく伸びをした。
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