第19節 外道の戦い方

―アルカディア大陸東北中部 湖水地方シルバニア郊外―


「やめてぇ――――!」


 突然、甲高い悲鳴のような声が聞こえて、僕は冷徹に振り下ろそうとした剣を反射的に止めた。


 後少し、ほんの紙一重でサムの脳天を叩き切るところで止まっていた。

 そして、サムを守るように一人の少女が僕の前に立ちはだかった。

 その少女は、気丈にも緑がかったキレイな瞳で僕を睨みつけている。


「な、い、イヴ!? 何をやって……」

「あたしがサムを守るんだから!」

「何をバカな!? 君がこんな危険なことをしたらダメだ!」

「イヤよ! あたしだって戦えるんだから!」

「ダメだ! 何のために、オレが命を捨ててでもこの男の相手をしていると思っているんだ!」

「そんなのイヤ! あたしは戦争に勝っても、サムがいなくなったら耐えられない!」

「オレだってそうだ! イヴを犠牲にして生き残っても意味がないんだ!」


 と、サムとイヴは言い合いをし続けている。


 何だ、これ?

 僕は毒気が抜かれて、大きなため息をついて剣を下ろした。


「……もういいよ。君たちが想い合っているのは分かったからさ」

「「べ、別にそんなんじゃないんだから!!」」


 サムとイヴは息ぴったりに否定した。

 僕はフッと軽く笑った後、脅しをかけるように聖闘気を高めて威圧をした。


「でもさ、僕は知りたいんだよ。君たちが、ピサロさんが何を企んでいるのか、さ?」

「ひッ!? な、何、これ?」

「クッ!? やるなら、オレをや……グハッ!?」

「ちょっと、どいててよ?」


 僕はサムを蹴り飛ばし、威圧に震えるイヴの喉元に剣を突きつけた。

 イヴはひっと小さく悲鳴を上げ、サムは悔しそうにギリっと歯ぎしりをした。

 僕はできるだけ悪そうな顔をした。


「ねえ、サム・アダムス? 君は自分のことならいくらでも耐えられそうだけど、自分の大切な恋人を傷つけられるのは耐えられないだろう?」

「ぐ、ぐぐ!……ああ、分かった。教えるよ」


 サムは諦め、すべてを白状した。

 連邦軍の作戦もピサロの思惑まで。


「……なるほど。よく考えられた多方面作戦だ。僕たち『七聖剣』を団長の周囲から遠ざけ、一騎打ちに持ち込む、か。でも、ピサロさんは本当にあの団長に一騎打ちで勝てるのだろうか?」


 それは本当に疑問だ。

 いくらピサロが元『七聖剣』とはいえ、団長のほうが序列は上だ。

 策略にどれだけ優れていようとも、直接対決ならまず間違いなく勝ち目はないはずだ。

 

「……さあね? オレにはわからないけど、あの男は自信満々だったよ。何か秘策があるらしい」


 サムは吐き捨てるように僕の疑問に答えてくれた。

 同じ陣営で戦っているとはいえ、本当にピサロのことを嫌っているようだ。

 でも、とても気になることを言っている。


「……秘策? それって、何?」

「それは、オレたちには何も教えてくれなかったよ。あの男はオレたちをただの駒としか見ていないからな」


 サムはただ皮肉に笑った。

 僕はイヴに突きつけていた剣を下ろして、鞘にしまった。

 イヴはホッとしたのか、全身の力が抜けてその場に座り込んだ。


「イヴ!」


 サムは砕けた膝を引きずり、脱力したイヴの元へと急いで駆け寄ってきた。

 そして、無事を確認したイヴを抱きしめながら、僕を見上げた。


「……どういう、つもりだ? オレの言うことを信じたのか?」

「うん、信じるよ。君は大事な恋人を危険に晒しながら、嘘なんてつけない性格だろうからね?」

「べ、別に、オレは……」


 サムは少し赤い顔で目が泳ぎ、イヴもまた真っ赤な顔でサムに抱きついたままだ。

 僕は微笑ましい二人に口元が緩み、歩き出した。


「待てよ! オレがすべてを話したってことは、自分の役目を終えたからだぞ?」

「ああ、そうだろうね。命を捨ててでも僕を足止めしようとした君の覚悟ってやつは、そんなに軽くは無いだろうしね?」

「そうだな。オレ一人程度の命であんたを、最強の聖騎士を戦場から引き離すことが出来たんだ、安いもんだ。そのオレが自分の役目を果たしたって思ったってことは、戦場ではすでに決着のついた頃合いだってことだぞ?」


 サムの言いたいことは分かっている。

 僕が今更戦場にたどり着いたところでもう遅いのだろう。

 でも、僕は団長が敗れるわけがないことを信じている。

 それだけのことだ。


 僕は何も答えず、後ろも振り返らず、戦場に向けて一気に駆け出した。


☆☆☆


 時は少し遡る。


 聖騎士団団長ライネスは、ピサロと相対し、今まさにぶつかり合わんとしている。

 親衛隊は、団長を守ろうと動き出した。


「……木っ端共が、邪魔をするでないわ! 行けい、ガキども!」


 ピサロが叫ぶと、『自由の子供たち』は奇声を上げながら親衛隊に飛びかかっていった。


「「うがらぁあああ!!」」

「く、クソ! どうすればいいのだ!?」


 親衛隊たちは子供相手に、手を出すことに戸惑い、防戦一方だ。

 そこに、団長は一喝した。


「構わん! 徹底抗戦しろ! すでに悪魔に魂を奪われているのだ、最早救いようはない!」

「だ、団長……ハッ! 了解しました!」


 親衛隊たちは、団長のためらいのない命令によって、戦意を高めた。

 だが、相手が子供とはいえ、『十字路の悪魔』と契約した者たちである。

 その戦闘能力はすでに暗黒騎士であり、大人の聖騎士に匹敵し、親衛隊たちは一進一退の攻防を繰り広げることになった。


 これで、団長とピサロの一騎打ちは誰の横やりも入ることはなくなった。

 狙い通りの展開になったピサロは、下卑た笑いで一歩間合いを詰めた。


「良いのか、ライネス? ガキを殺す命令を出した事が公になれば、高潔で知られた貴様の名声に傷がつくのでは無いか?」

「そんなものはどうでも良い。私は聖騎士団団長として、非情な決断を下す覚悟は出来ている。たとえ子供とはいえ、魔に堕ちた者を生かしておくわけにはいかんのだ」

「クックック。聖教会の秩序を守るためとかいう、貴様の固っ苦しい信念のためか。相変わらず、石頭だな?」

「好きにほざけ。私のことなどどうでも良い。貴様はこれで終わりだ! おおおお、天空神の咆哮ケラウノス・ゼロ


 迸る『雷帝』の一撃!

 団長の振り下ろした剣は、光の奔流となり、天の裁きであるかのようにピサロに襲いかかった。

 しかし、何が起こったのだろうか?

 不敵に立つピサロを避け、雷は周囲に霧散し地に吸い込まれていった。


「何!? どういうことだ?」


 団長は冷や汗を流しながら立ち尽くし、驚愕の表情だ。

 そして、ピサロは満足そうに高笑いをした。


「クックック。クハハハ! 見事だ! フランクリンの開発した魔道具・避雷針は素晴らしいものだな!」

「なるほど、魔道具、か。それならば納得だ。だが、雷を封じたからといって、私に勝てると思うな!」


 団長は剣を構え、一気に直線距離でピサロに斬りかかった。


「ふん! 雷を失った『雷帝』など、恐るるに足らんわ! 鎖操術・蛇神の舞サナトス・ナーガ!!」


 が、ピサロは団長の攻撃を読んでいて、オリハルコンの鎖をまるで蛇が踊るかのように縦横無尽に繰り出した。

 

「チッ!?」


 団長はとっさに避けたが、ピサロの鎖は意思を持っているかのようにどこまでも襲いかかっていく。

 団長も剣でことごとく捌くが、剣の射程内に近づくことすら出来ない。


「クハハハハ! どうした、ライネス! 雷が使えねば、この程度か?」


 ピサロは高笑いをしながら、団長に向け鎖による攻撃を休むまもなく続けた。

 団長はピサロの挑発を無視し、攻撃をかわしながら隙を探っている。


「クックック。ついに、偽善者の貴様をこの手で殺せる。この日が来るのをどれほど待ちわびたことか」

「……そうか。それほど私が憎いか? これまで何度も貴様の尻拭いをしてきてやったのだがな」

「それが、許せんのだ!」


 ピサロは目を剥き、怒りによって滾らせた鎖は鋭さを増し、団長を捉えた。


「ぬぐあああ!?」


 団長は、ピサロの鎖を剣でガードをしたが、無数の攻撃のいくつかは身体に打ち込まれ、膝をついた。

 ピサロは悪意に満ちた顔でニィっと笑い、膝をつく団長を見下ろしている。


「クハハハ! いい眺めだ、ライネス! 貴様を見下ろすのが、これほど気分が良いとは! 貴様はずっと我輩をこのように見ていたのか!」

「……どういうことだ?」

「どういうこと、だと? 分からんか! ガキの頃からずっとそうだ!……いや、裕福な貴族の息子であった貴様には分からんか。ならば、教えてやる」


 ピサロはまた、得意気になり、過去の因縁を語りだした。


「吾輩が、貴族とは名ばかりの貧乏でクズな男が、知能のない奴隷女に孕ませた生まれであることは覚えているだろう? クックック、その目は覚えているのだろうな。吾輩もよく覚えておるぞ、貴様に初めて会った日もな。そうだ。あのクズが、我輩をこの世に生み出した奴隷女を酔っ払って殴り殺した日だ」


「そうだな。その日から、貴様は領主であった私達の家の下男としてやってきたな。だが、それほど待遇は悪くなかったはずだ。家族の一員として迎え入れたはずだ」


「ああ、そうだ。貴様ら上の者共はそうだったのかもしれん。だが、他の下僕共はそうでもなかったぞ? クズ貴族のガキの吾輩は、徹底的にいじめ抜かれたものだ。貴様ら上流階級の者は、卑しい身分の者共の真の姿を見てはおらんからな。どれほど惨めだったか、貴様は気づいてもいなかっただろうな? もっとも、吾輩もただやられるだけではなく、気に食わん奴に盗みの罪を着せて追い出させたこともあるからな。クックック。……まあ、そんなことはどうでも良いのだ。吾輩が許せんのは、貴様ら偽善者共が哀れなガキを引き取って、自分たちが善いことをしたと思い込んでおったことだ。ただの野良犬を拾っただけのようなことなのにな」


 ピサロは自分に酔っていた言葉を区切り、チラリと団長を見下ろした。

 団長は何も言わず、静かに膝をついているだけだ。


「だが、吾輩は、貴様ら偽善者共を利用することにした。お人好しの貴様をライネス様と呼び、ゴマをすってきた。ガキの頃からクズに繋がれてきた鎖を武器に変え、貴様らから戦い方を学んだ。吾輩にも聖闘気が使えたのは運が良かったがな。おかげで、同い年であった貴様と同じく聖教会にすんなりと入り、出世の階段を登る貴様について、吾輩も成り上がれたのだ」


「……だが、貴様のやり方は汚く、あいつを怒らせた」


「ああ、そうだ! ヤツ『聖帝』の怒りを買った。ヤツは理屈の通用しない理不尽な相手だった。あんなヤツがこの世に存在することは、さすがの吾輩も誤算だった。あの時は、吾輩も死を覚悟した。だが、貴様がヤツに頭を下げて我輩をかばったのだ。屈辱だった。これで、吾輩は一生貴様の後塵を拝することになるとな」

「それで、貴様はこの反乱を煽ったのか?」

「そういうことだ。自由などという甘ったれた理想に酔う連中を利用し、貴様に屈辱を与えることにしたのだ。大規模な反乱が起き、戦争にまでなれば、聖騎士団団長である貴様が、総司令としてこの大陸にやってくることは分かっていたからな。そして、『ザイオンの民』も『十字路の悪魔』も利用して、貴様を殺す! 今日ここで、吾輩が味わってきた屈辱を貴様に味あわせてやるのだ!」


 ピサロは、全てを語り終えた。


「死ねい!」

 

 そして、とどめを刺そうと団長に鎖を繰り出した。

 だが、鎖は膝をついていた団長をすり抜け、地面に突き刺さった。


「な、何ぃ!?」

「……残像だ」


 団長は、紫電の如く瞬時に、アーゴン流の必殺の剣技でピサロの懐に突きを繰り出した。


「ぐ、ぐぅおおお!?」


 ピサロは紙一重で防御が間に合い、鎖で防御したが団長の踏み込んだ一撃で吹き飛ばされた。

 街の入口である巨大な門を砕き、地面に這いつくばった。

 今度は、団長がピサロを見下ろす形となった。


「……なるほど、貴様がそれほど私を憎んでいたとはな。だが、貴様のくだらない逆恨みで、世界中を巻き込む大戦争を煽るとは、どうやら貴様を生かしていた私の甘さが原因か。やはり、私の手で貴様を粛清し、この戦争を終わらせねばならん!」


「ぐ、ぐぬぬぬぬ! わ、我輩を見下すな! 蛇神の舞サナトス・ナーガ!」


 ピサロは再び鎖を使った。

 だが、精神が乱れ、先程とは打って変わって稚拙な攻撃となった。


「甘い!」

「ば、バカな!?」


 団長はピサロの攻撃をことごとくかわし、剣技を次々と繰り出した。

 ピサロは最早、防戦一方で、その顔には焦りの色が在々と浮かんでいる。


「な、なぜだ!? なぜ、貴様の動きが急に鋭くなったのだ!?」


「わからんか、ピサロ? 私が鋭くなったのではない。貴様が鈍くなったのだ。トドメの一撃こそ、最大の隙ができる時なのだ。その隙を私がつき、貴様がうろたえただけだ。たかが、私の属性の雷を封じたからといって大した問題ではない。私は、聖騎士団団長だ。そして、聖教会圏筆頭名門武家シュヴァリエ家に次ぐ、アーゴン王国最強ライネス家だ。貴様とは、背負う重責も信念も違う! うおおおお!」


「ぐ、グギャハァアアア!?」


 ピサロは建物の中に弾き飛ばされ、血まみれで這いつくばった。

 団長は一歩一歩、重圧を与えるかのようにピサロのもとまで、ゆっくりと歩を進めた。


「ひ、ひぃいいい!?」

「諦めろ、ピサロ。これで終わりだ」


 たとえ雷を封じられても、聖騎士団団長ライネスは、敵対する者を畏怖させる『雷帝』だった。

 間違いなく、聖騎士を束ねる者としての器である。

 ピサロは恐怖に飲まれ、尻をついたまま後ずさり、無様に股を濡らしている。


 勝負は完全に着いていた。

 いや、はずだった。

 ピサロは建物内で何かを見つけ、ニヤリと笑った。

 

「いい加減、覚悟を決めろ、ピサロ。……む!?…なん……だと…?」

「く、クックック。クハハハ。ハーっハッハッハ!」


 何の運命の悪戯だったのだろうか?

 

 団長の目は驚愕に見開かれ、ピサロが高笑いをしてる。

 そして、ピサロの手の鎖は団長の心臓を貫き、血が滴っていた。


「ガハッ!……無、念……。」


 団長は膝を付き、そのまま命の火は潰えた。


「クックック。やはり、貴様は甘いな、ライネス?」


 ピサロが鎖を引き抜くと、団長との間にあった遺体をただその場に捨て去った。

 その遺体とは、この建物の住人である若い妊婦だった。


 そう。

 ピサロはこの妊婦を人質に取り、何のためらいもなく人質ごと、一瞬のためらいを見せた団長の心臓を貫いたのだ。

 これぞまさに、鬼畜、外道の戦い方だった。


「これが貴様の最大の弱点だ、ライネス。戦いに巻き込まれる無力な雑魚など捨て置けば良いものを。だが、偽善者の貴様だからこそ、勝てたはずの勝負で命を落としたのだ。クハハハハ!」


 これを運命の悪戯と言わずして、何というのだろうか?

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