第18節 決戦の火蓋
―アルカディア大陸東北中部 湖水地方シルバニア―
「クッ!? これは、まずいぞ」
オリヴィエは剣を構えてはいるが、緊張して冷や汗を流している。
いくら並の聖騎士よりも実力が一段上とはいえ、流石に多数に無勢である。
「ど、どどうしましょう、オリヴィエさん!?」
ヨハンはただオロオロとしている。
一応、未だに呆然としているアウグスタを守ろうと抱きかかえてはいる。
「……仕方がない、退くぞ、ヨハン!」
「そうはさせないよ、お兄ちゃん!」
「あ! 危ない、オリヴィエさん!」
「む、ジュリア!……クソッ、3人、いや4人がかりだと!?」
オリヴィエが退却の指示をヨハンに出そうとした時だった。
ジュリアの動きとともに、暗黒騎士たちはオリヴィエに襲いかかった。
オリヴィエは、ヨハンとアウグスタを守ろうと真っ向から暗黒騎士たちを食い止めた。
しかし、完全に取り囲まれてしまった。
「ぐ! まだまだだ!……うぉおお、
オリヴィエは剣と魔法も交えて、暗黒騎士達を牽制している。
聖騎士に匹敵する暗黒騎士たち4人がかりと互角にやりあえているから、名門武家シュヴァリエ家長男の肩書は伊達ではない。
「キャハ! さすが、お兄ちゃん! センパイたちに囲まれてもまだ戦えるなんて! でも、凌ぐだけで精一杯だね? じゃあ、あたしは……」
「ひぃ!?」
ジュリアは孤軍奮闘を見せるオリヴィエからヨハンに獲物を変えた。
その目には殺意が宿り、夜叉の形相だ。
ヨハンは恐怖のあまり後ずさりをした。
が、ジュリアの方が動き出しは早かった。
「いつまで、汚らわしい手でお姉ちゃんに触ってるのよ!」
「げほ!?」
ジュリアは一瞬にして間合いを詰め、ヨハンの腹を蹴り飛ばした。
ふっ飛ばされたヨハンは、胃液を吐き出して咳き込んでいる。
「あんたは、後でぶっ殺すから!……ああ、お姉ちゃんをやっと殺せる。嬉……!?」
「させないわよ!」
ジュリアはうっとりとした目でアウグスタを見下ろしていたが、突然現れた氷の弾によって弾き飛ばされた。
とっさにレイピアで防御したが、今の一撃で折れてしまっていた。
「まったく、これはどういう状況なのかしら?」
「「アリス副団長!!??」」
さっそうと現れたのは、アリス率いるアマゾネス隊だった。
数の上では互角、形勢が覆されたことで、オリヴィエを相手していた暗黒騎士たちも一旦退いた。
「にしし! あたしたちが来るまでよく頑張ったでし!」
「……うん、お疲れ(棒)」
「あ、ありがとうございます」
アリスの従者兼副官コンビ、キャロルとルイーズはヨハンの頭を撫でるようにポンポンと叩いた。
ふたりとも見た目が幼い少女だから、何とも複雑な心境のヨハンである。
「……まあ、あんたらはよく頑張ったんじゃない? でも……」
「っ!?」
アリスは、呆然と座り込んでいたアウグスタのところまで歩いていき、頬を思いっきり平手打ちをした。
アウグスタは混乱した頭でアリスを見ている。
「え? アリス、隊長?」
「あんたは何やってんの! いつまでも情けない顔してんじゃないわよ! もう一発いくわよ!」
「ハッ! す、すみません、すぐに!」
アウグスタは慌てて立ち上がり、ビシッと敬礼をした。
そして、アマゾネス隊の戦列に加わった。
「……で、あんたらは何なの? ピサロの部下の教会騎士じゃなかったかしら?」
「はい、そうですよ、副団長。でも、あたしたちは暗黒騎士として、生きながら転生したんです」
「生きながら転生? よく意味がわからないんだけど?……まあいいわ、あんたらを始末してから、生き残ったやつに聞くことにするわ。……
アリスは有無を言わさずに必殺技で決めようとした。
しかし、暗黒騎士たちのさらに後ろから何者かが光線を放った。
威力は互角で、二つは対消滅をした。
「おお! アリス様の魔法と互角! すごいでし!」
「……うん、そうだね。見たこと無い魔道具だけど、何だろ?」
キャロルとルイーズは共にその相手を見ていた。
その相手は、手に銃を持つピサロの副官グウィネスだった。
「なるほど。最大出力のフェイザー銃ですら撃ち勝てない、か。流石は『氷の女王』」
「……誰よ、あんた? あたしのこと知ってるの?……ま、関係ないわ。ダークエルフだろうと、あたしには勝てないわよ?」
「まともにやりあえば、な。だが……いでよ、ケツァルコアトル!」
『グオアアアアア!』
グウィネスは天高く魔力を捧げると、そこには羽を持つ巨大な蛇神が現れた。
そして、いきなり口から破壊光線を放ってきた。
「な!? し、しま……」
誰もが不意をつかれ、やられるかと思った。
『クァアアアアア!』
だが、そうはならなかった。
別方向から放たれた熱光線によってかき消された。
地上では衝撃波が吹き荒れ、建物の屋根などが吹き飛ばされた。
「……う、うーん、い、一体何が……あ!」
ヨハンも同じように吹き飛ばされて目を回していたが、上空に驚きの目が見開かれた。
そこには、ブリュンヒルデがいたのだ。
いつも世話をしてくれていたヨハンとオリヴィエを助けに、急いで飛んできたのだった。
「あ、ありがとう、ブリュンヒルデ!」
「あ、ああ、助かったぞ、ブリュンヒルデ」
「……へぇ。ペットも意外と役に立つのね」
「「ブリュンヒルデは家族です!!」」
ブリュンヒルデをペット扱いするアリスに、ヨハンとオリヴィエは声がハモっていた。
アリスはふんと鼻を鳴らして、グウィネス率いる暗黒騎士と再び対峙した。
「これで、上の化け物は気にしなくていいわね。地上戦は好きに暴れるわよ! あんたら、しっかりついてきなさい!」
「「はい!!」」
アマゾネス隊とオリヴィエたちは暗黒騎士たちとぶつかりあった。
☆☆☆
「……どういうつもりだ?」
サムは僕に斬りかかってくるかと思ったが、急に足を止めた。
その目は不快に僕を睨みつけている。
それもそうかもしれない。
「どういうつもりも何も、僕は君を殺す気が無いからだよ?」
僕が手に持っているのは、いつもアウグスタを相手にしている時の木剣だ。
対して、サムはオリハルコン製のかなりの業物、おそらく聖剣クラスのショートソードだ。
これには流石にプライドを傷つけられたのか、サムは怒りに震えていた。
「ふざけるな! オレは真剣に命をかけてるんだ! どこまでもバカにしやがって!」
「別に、バカになんてしていないよ。でも、僕には現実が見えているんだ。君の実力が聖騎士並みとはいっても、僕は聖騎士の序列第一位だ。実際、僕は現役の聖騎士を、いつもこの木剣で相手をしているんだ」
「そうかよ。だったら、あんたを本気にさせてやる!」
サムは聖闘気を迸らせてはいるが、剣を体の上部に掲げて切っ先を下に垂らすように構えた姿勢のままジリジリと迫ってきた。
なるほど、これがブリタニカ流の剣術か。
防御面に随分と偏っている。
アウグスタのようなアーゴン流の、まるでダンスでも踊るかのように華麗に戦う攻撃的なスタイルとは違う。
僕の得意とするロートリンゲン流の能率性を重視したスタイルとも違う。
面白い。
聖教会圏の中だけでも、これほど剣術の多様性があるのか。
だったら、試してみよう。
僕はわずかに見えるスキを突こうと斬り下ろした。
やはり、そのスキはわざと作っていたワナだったようで、サムはカウンターの突きを繰り出してきた。
僕も当然カウンターを読んでいたので、軽くかわして再び距離を取った。
ふーん。
僕が様子見をしているだけとサムも感づいているのか、今のやり取りに表情を変えることもなく構えたままだ。
僕は面白くなってきて、少しずつ動きを速くしていった。
何合も攻防を繰り返した。
「ハハハ! いいねえ、これもさばくのか!」
「クソ! どこまでもお遊び気分か!……だが、これもピサロの読みどおりか」
僕はサムの呟きにピタリと足が止まった。
高揚していた楽しい気分が一気に消え去ってしまった。
何か、嫌な感じがする。
何かは説明できないけど、何かが僕の気付かないところで事態が動いている嫌な感じ。
まるで、『修羅の国』で起こったあの夜の出来事のようだ。
「……それって、どういうこと?」
「さぁて? 何のことだろうね?」
サムは肩をすくめてとぼけている。
僕の中で何かがムカムカとこみ上げてきた。
「……そうかい。じゃあ、無理矢理にでも聞き出すさ!」
「な!? は、速……クッ!?」
僕は一気にトップギアに切り替えてサムを追い詰めていった。
サムはすでに余裕はなく、僕の繰り出す攻撃をただ凌ぐだけだ。
僕は少しずつサムの防御を崩していった。
そして、僕が少しスキを作って攻撃をした時が決定的だった。
「っ! もらった!!」
「甘いよ」
サムのカウンターをおびき寄せ、その突きをかわして僕は河津掛けでサムを倒した。
「ぐぅ、ああ!?」
これで、勝負はついただろう。
サムの右膝の関節が壊れた感触がした。
下手な回復魔法では治せないほどのダメージは与えたはずだ。
専門的な治療師がいない限り、治せないだろう。
サムは膝を抱えて倒れ込んでいる。
「これで、終わりだ。さて、話してもらおうか?」
「……はは。嫌だ、と言ったら?」
サムはまだ気力は尽きていないのか、目に光を宿している。
大した男だ。
でも、僕はこれ以上付き合う気はなかった。
背中のバルムンクを抜いた。
「……じゃあ、死んでもらうしか無いね?」
「そうかい。でも、オレもただで死んでやる気はないよ。う、おああああ!」
サムは砕けた膝で無理矢理に立ち上がった。
体のダメージは大きいだろう。
でも、聖闘気はさらに大きく膨れ上がっている。
まさに、命を削り、魂を燃やし尽くさんばかりだ。
「……やっぱり君は、殺すには惜しいよ」
「へへ。じゃあ、見逃してくれるのか?」
「君が素直に全てを話してくれたらね」
「それは、無理だ」
「……そっか。さようなら、サム・アダムス」
僕はサムの脳天にバルムンクを振り下ろした。
☆☆☆
シルバニアの都市のすぐ外側では、連合軍と連邦軍は対峙していた。
不気味なまでの静けさが漂っている。
「フフフ。いかがなさいますか、団長殿?」
ジル・ド・クランは不気味な笑顔で団長の隣に立っている。
団長は目を閉じ、腕を組んでいるだけだったが、声をかけられて静かに目を開いた。
「……うむ。お前にはいつもどおり斬り込み役を任せる。だが、気に食わんな」
「何がでしょうか?」
「全てが後手に回っていることだ。ピサロが我らの手の内を知り尽くしているとはいえ、こうまで先手を取られるものか?」
「……団長殿は、内通者がいるとお疑いですか?」
「いや、そうも言ってはおらん。ただ、何かが引っかかるのだ」
団長は唸り、前方の連邦軍を見据えた。
ジル・ド・クランはふぅっとため息をつき、不気味な笑顔で笑った。
「フフフ。ならば、私めが、先陣を切って団長殿をご安心させてみせます」
「うむ、任せたぞ、ジル・ド・クランよ。すでに、アイゼンハイム、アリスと戦力は分散させられている。おそらく、姿の見えないジークフリートもピサロの策略で足止めを食らっているはずだ。気をつけていけ」
「ハッ! お任せ下さい!」
ジル・ド・クランは、先頭にいる自身の部隊に合流するために前に出た。
これで、団長の周囲には『七聖剣』は誰もいなくなった。
対して、連邦軍。
こちらの陣営は、ワトソンが総大将を務めている。
その傍らには、アダムスがいる。
他の幹部たちは、それぞれの師団を率いている。
「これで形勢逆転して、完全に決着を着けたいところだな?」
「ええ、そうですね。気に食いませんけど、この形に持ってこれたのはピサロ殿の功績でしょうな?」
「うむ。そうだな。ヤツがおらねば、ワシらはすでに瓦解していたことだろう。それは認めねばならん」
ワトソンとアダムスは、戦場の肌のひりつく緊張感に身震いをした。
その眼前には、連合軍の聖騎士たちが立ちふさがっていた。
「だが、ワシらにはまだやらねばならん大仕事がある」
「ええ、ありますね。我々二人で出来ますかね?」
「ふん! 弱気になるでないわ! サムの相手に比べればまだマシだ!」
「そう、でしたね。父親として情けない限りですよ」
ワトソンの一喝に、アダムスは情けない顔で苦笑いだ。
だが、アダムスはすぐに顔を引き締めた。
「……では、行くか。全軍、突撃!」
「「うおおおおお!!」」
総大将ワトソンの号令で、連邦軍は死力を尽くすかのごとく全力で突撃をかけた。
ワトソンとアダムスもまた、自分の相手に全力を尽くした。
その相手『白炎の処刑人』ジル・ド・クランである。
「フフフ。反乱軍の総大将が私の相手とは、実に光栄ですね? ですが、たったの二人でよろしいのですか?」
「ナメるでないわ! ワシは老いたりとはいえ、かつては伝説の傭兵とまで呼ばれておる! 若かりし頃は、貴様ら聖騎士以上の戦果も上げてきておるわ!」
「……そうだな。私も仮にも冒険者ギルドマスターだ。聖騎士にも引けは取らんと自負している!」
ワトソンとアダムスは聖闘気を纏い、戦闘態勢に入った。
ジル・ド・クランは不気味な笑顔でニタリと笑った。
最前線の戦いは、一進一退の攻防を繰り広げていた。
これは、今までにないほど連邦軍が善戦をしている証拠である。
これまでは聖騎士の圧倒的な力の前になすすべもなかった連邦軍だったが、数と連携で聖騎士達を手こずらせている。
士気の高さとアダムスの訓練が早くも実を結んだようだ。
だが、聖騎士団団長ライネスも指揮能力は高い。
遊撃隊に連邦軍の側面を突かせるために部隊を動かした。
その動きに呼応するようにピサロ直属の配下、元アルカディア聖騎士隊が何もない空間から現れた。
最前線は再び膠着状態になった。
「チッ! ピサロめ、この手も防ぐか」
団長は苛立ちの声を漏らした。
その周囲には、すでに親衛隊しか残されていないほど手薄である。
「クックック。これで、チェックメイトだな、ライネス?」
団長の背後に現れたのは、ピサロであった。
どうやら転移してきたようだ。
勝ち誇ったかのようにニタァと笑っている。
「……なるほど、私との一騎打ちが貴様の望みか、ピサロ? チェックメイトには、まだ早いのではないか?」
団長もまた負けてはいない。
背後を取られはしたが、全く動揺はしていない。
静かに振り向き、堂々とピサロと対峙した。
そして、親衛隊たちが団長を守るように周りを固めた。
「ふん! 木っ端共が邪魔だな?」
ピサロが手で合図をすると、次々と兵たちが現れた。
だが、誰もが様子がおかしい。
その目は血のように真っ赤に染まり、暗黒闘気を纏っていた。
「子供!? だが、どういうことだ? 暗黒闘気、だと?」
「そうだ。『自由の子どもたち』とかいう甘ったれた理想を掲げていたガキどもの下っ端共だ。クックック」
ピサロは不敵に笑い、『自由の子どもたち』のメンバーたちはうつろな目で立っている。
中には、年端もいかない子供も混じっている。
歴戦の親衛隊員たちですら、この異様さに動揺が広がり出した。
ただ一人、団長だけは冷静にピサロを睨みつけた。
「……貴様、何をした?」
「クックック。知れたこと。こやつらがリーダーの力になりたいと吾輩に泣きついてきてな。望み通り力をくれてやったまでのこと。」
「何? 貴様にそんな能力はなかったはずだ」
「ああ、吾輩の力ではない。この大陸は、他所とは違って不思議な土地なのだ。いや、世界にはまだまだ人智の及ばないことが山程あるのだ。これは、その一端に過ぎん。力を得るために『十字路の悪魔』と契約させただけのことだ。最も、まだ成熟しきっていない魂だから、理性は壊れてしまったがな。クックック」
「悪魔だと!? 貴様何ということを!」
団長は怒りのあまり聖闘気が爆発した。
その周囲には雷が迸り、味方の親衛隊員ですら『雷帝』の怒りに戦慄している。
団長の怒りも当然のことだろう。
悪魔崇拝、しかも契約まで結んだとなれば、聖教会の戒律の最大の冒涜である。
しかも、善悪の判断のつかない子どもたちを道具とするために道を外させたのだから、ピサロの卑劣さには怒りを禁じえないだろう。
だが、ピサロは何でもないかのように平然としている。
「それがどうしたというのだ? 戒律などというものは、過去の者が勝手に決めただけのことだ。破って何が悪い? おっと! 偉そうに説教などするなよ? 貴様と教義の議論をするつもりはない」
団長は口を開こうとしたが、ピサロに制されてしまった。
ピサロは挑発するようにほくそ笑み、団長の怒りはついに頂点に達した。
「やはり貴様は私の手で粛清せねばならん! 覚悟しろ、外道が!」
「やれるものならやってみろ! 今日ここで、貴様の名声は地に堕ちるのだ! クハハハハ!」
今、決戦の火蓋が切られることになる。
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