第二十一節 手の内

―アルカディア大陸中央部 カンザス大平原―


エルフ軍曹「オレたち、エルフの、フォーリアー!」

エルフ兵隊「オレたち、エルフの、フォーリアー!」

エルフ軍曹「人間どもをー、ぶっ殺す!」

エルフ兵隊「人間どもをー、ぶっ殺す!」

エルフ軍曹「皮を剥げ!」

エルフ兵隊「皮を剥げ!」

エルフ軍曹「肉を削げ!」

エルフ兵隊「肉を削げ!」

エルフ軍曹「オーイエー!」

エルフ兵隊「オーイエー!」

エルフ軍曹「日の出とともに………」


 や、やべえ。

 牙一族みたいな格好したエルフたちが、『軍曹ソング』を歌いながらランニングしている。

 しかも、みんな何か異常にゴツいんですけど?


「うえ、ひっく、ぐず」


 檻に閉じ込められている俺の横では、コヨーテの獣人の子供がひらすら泣きじゃくっている。

 俺たちと一緒に連れ去られてしまってから、ずっとこんな調子だ。

 俺はため息をついて、獣人の子供の頭を撫でた。


『ったく。そんなに泣いてたってしょうがねえだろ?』

『だって。ママが言ってたもん。あの悪魔たちに捕まったら皮剥がれるんだもん。あんなふうに毛皮にされて、食べられちゃうんだもん。ボクが約束破って、遠くに一人で遊びに行っちゃったからいけないんだ、うえええん』


 と、外をランニングするゴツいエルフたちを見て、また泣き出した。


 確かに、コヨーテみたいな毛皮を被り、手にはトマホークを持っている。

 あの『軍曹ソング』を聞いていたら、そんなことを想像してしまうのも無理ないだろう。


『あーちゃん、ロロも怖い』


 大狼の子供ロロも怯えた目で俺にすり寄ってきた。

 俺はロロの頭を撫でて、強がって笑った。


「大丈夫だ。俺たちを本当に殺す気なら、とっくに死んでるよ」


 と、言ってはみたものの、俺も正直ビビっている。

 頼れる相手もいないんだし、俺がしっかりしないといけないからな。

 本当は、俺だって神様に祈りたいよ?

 でもね、これがこの世界の神様なんだからさ。


「ほ、ほほ、本当、アル~?」


 この世界の創造主にして頂点、駄女神イシスがガクガクと震えている。

 この情けないのが、この世界の神様にして『大いなる神秘グレートスピリッツ』だなんて誰が思うんだろう。


 ……マジで使えねえ神様だよ。

 トイレの紙様の方がはるかにマシだ。

 俺は呆れて大きなため息をついた。


「まあ、ただの予想だけどな。だが、そんなに見当違いではねえだろうぜ?」

「……ほ、本当?」


 獣人の子供は、泣き止んで希望を求めるように潤んだ目で俺を見上げた。

 俺はできるだけ安心させるように笑った。


「ああ。偶然俺たちに出くわしただけだったら、あの歌通りに俺達はあの場でバラバラにされてるよ。それを手間をかけてまでこんな遠くまで連れ帰ってきたんだ。初めっから何かしらに使おうって気があったんじゃねえかと思うぜ?」

「そ、そうなの?……ふっふっふ。そっか、そうなのね。さっすが、あたちの選んだ管理者なのだ! 何でもお見通しなのね?」

「い、いや、別にそういうわけじゃねえけど。ただのカンだし、あってるか分かんねえぞ?」

「それなら、あたちに任せなさい! 偵察に行くのだ! とう!」

「おい、バカ! 不用心に外に出る……あ」


 イシスは、調子に乗って檻の隙間から外へと飛び出した。

 そして、歩いていたエルフにパシッと簡単に捕まった。


「ギャー!? は、離すのだ! あ、アルー、た、助けてー!」


 イシスは手の内でもがいているけど、片手で掴まれて連れていかれてしまった。


「う、うえええん! やっぱりダメなんだぁ!」

「……だ、大丈夫だ。あいつなら自力でどうにかするはずだ……多分」


 俺はただ唖然と見送るだけだった。


 そして、夜の帳が落ちた。

 遠くで、コヨーテか、狼の遠吠えが聞こえる。

 遠いので、さすがに何を言っているのかは分からない。

 獣人の子供は泣き疲れて寝てしまった。

 ロロも丸くなって寝ていたが、ピクッと何かが近づいてくる音に反応して頭を起こした。


『あーちゃん、誰か来るよ?』

「ああ、そうみてえだな」


 俺は緊張して体をこわばらせて警戒していた。

 ランタンのような灯りが揺らめき、足音が近づいてきた。


 俺達の檻の前に現れたのは、一人目は牙大王のようなゴツい軍曹エルフ。

 そして、もうひとりには思わず息を飲んでしまった。


 銀色の髪の妖艶な美女、明らかに人間とは違う妖しい雰囲気を醸し出している。

 雪のように白い肌、真っ赤な瞳、尖った耳に、口には牙が生えている。

 その背には大きなコウモリのような翼、はち切れんばかりの大きな胸元を大胆に開き、腰は細くくびれ、ムッチリと肉感のある尻、まるでサキュバスのような女悪魔のようにエロ怖い。


 マジで、スタイルが良すぎて、ルパンダイブをしたくなるほど見惚れちまう。

 女神イシスの本体に匹敵するほど平伏したくなるような、いや、対極的に男を堕落させる悪魔女的な妖しい美しさだ。

 不○子ちゃんも嫉妬しちまうぐらいだぜ!


 だが、その女は俺をじろっと見た後、明らかに不快そうに顔をしかめた。


「チッ! 『大いなる神秘グレートスピリッツ』が呼び寄せた人族というから気になっていたが、まさか憎きシュヴァリエだとは。しかも、相も変わらずこの我を汚らわしい目付きで舐め回すように見よって! 反吐が出るわ!」


 あれ?

 思ってることが顔に出ちまった?

 やべえ、恥ずかしい。


 しかし、まさか初対面の相手に、名指しで罵られるとは思いもしなかった。

 シュヴァリエ家の知り合い、なのか?


 この女、一体何者だ?


・・・・・・・・・


―フランボワーズ王国 河川地帯、ソレル砦外 タッソー家陣営―


 ソレル砦外でエドガール軍と対峙していたタッソー軍は、異変に気がついた。

 時は夜明け前、北の空が真っ赤に染まっていたのだ。

 総大将であるタッソーもまた、寝起きとともに同じ空を見上げていた。


「な、何だ、あれは? 朝日にしては方角がおかしいぞ?」


 タッソーが寝ぼけた頭で呟いた時だった。

 半狂乱の伝令が飛び込んできた。


「た、大変です! ボー・ヴェンハイム砦が焼き討ちにあっております!」

「な、何だと!?」


 タッソーは悪夢を見ているのではないかと愕然とした。

 だが、仮にもあの恐るべき宰相から旗手として選ばれた男ではある、すぐに気を取り直し、側近たちを招集した。


「むぅ! よもやこの包囲網から脱出していたとは!」

「クソ! マルシャルのやつ、よくも裏切りよって!」


 と、悪態をついているのは、タッソーと最側近サックスのみである。

 他の側近たちは黙ってうつむき、何やら考え込んでいる。


「だが、まだチャンスは有りますぞ! この奇襲には、必ずあの王子がいるはずです! この機に黙って見ているだけの男では有りません!……ハッ! そうか、寡兵の彼奴らが一か八かの勝負に出たならば、ソレル砦はガラ空き、か?」

「何と!? そうであれば、こちらも総攻撃で目の前の砦を落としてやろうではないか! クックック。退路を断ってしまえば、数ですり潰してくれるわ!……ヴァルミー、3千の兵を率いよ! 貴様に先鋒を命じる! 残る全軍は後詰めだ!」


 タッソーは、意気揚々と司令を出したが、当のヴァルミーは貧乏くじを引きたくないと猛反対をした。


「お、お待ち下さい! もし後方の兵糧を全て失う事となれば、我等は進退に窮する事となり、自滅致します。我には、ボー・ヴェンハイム砦の救援に向かわせてください。そちらの方が重要でございます!」

「ヴァルミー殿の読みは誤っておられますぞ? 敵の基地を攻撃する方がはるかにマシであります。状況から言って、陣地への攻撃を知れば、あの王子は必ず引き返して来ます。そこを叩けば一石二鳥ですぞ。あの王子さえ潰せば、こちらの勝ちではありませんかな?」

 

 サックスがまたも己の意見を通そうと弁舌を振るった。

 軍師のゴダールがいれば、この老人に対抗していただろう。

 しかしながら、そのゴダールの首はすでに落ちている。

 側近たちは同じ轍を踏まないように口を閉ざした。


 タッソーは結局、サックスの策に乗った。

 そして、ソレル砦内へと視点が移る。


「ファッファッファ! なるほど、全軍で攻めてきたようじゃな?」


 エドガール軍軍師リュウキは、砦の城壁の上で指揮車に腰を下ろしていた。

 その眼下には、タッソー軍が大挙して攻めてきている様が映っていた。


「で、ですが、この事態はまずいのではないですか?」


 心配顔でリュウキの側に立つのは、この砦の主ソレルである。


 タッソーたちの読み通り、エドガールたちはほぼ全軍で兵糧保管基地に攻め込んでいた。


 このソレル砦内には、元々の守備兵100名とリュウキだけである。

 間違いなくこの砦は落ちると、誰でも想像に難しくない。

 しかし、リュウキは余裕の表情で微笑んでいる。


「問題ない。全ては手の内じゃ。……のう、ソレル殿? 何故、妾が『リュウキ』と名乗っておるか知っているか?」

「い、いえ、存じませんが。そ、それが一体どういう?」


 ソレルはただ戸惑い、迫りくるヴァルミーたちの大軍に恐れおののいていた。

 リュウキは立ち上がり、不敵に笑い高らかに両手を天にかざした。


 どこからともなく黒雲が現れ、リュウキの上に雷が落ちた。

 そして、その幼女の肉体はみるみるうちに巨大に膨れ上がり、その真の姿を現した。

 真っ白な光り輝く龍、東洋の伝承に登場する胴が細長いタイプのドラゴンである。


 ヴァルミーたちは突然現れたドラゴンに呆然と立ち尽くしていた。

 3千もの軍が、である。

 リュウキは空へと舞い上がり、威圧するように尊厳に声を上げた。


「聞くが良い、愚かで矮小なる人族共よ! 妾は、光の化身たる『神聖龍』が御子リュウキである! 妾はフランボワーズ王国第一王子エドガールに味方することに決めた! これより、一歩でもこの砦に近づこうものなら真竜の怒りを買うものと思うが良い! 分からぬ者のために、教えてやろう!」


 リュウキは聖闘気を高めると、光の波動砲が口元の一点へと集まった。

 そして、咆哮とともに放ち、ヴァルミーたちとソレル砦の間の地面が吹き飛んだ。

 そこには、巨大な大穴が空き、えぐれた地面に川の水が入り込んで新たな湖が出来た。


「う、うわあぁああ!? ほ、本物のドラゴンの頂点、真竜だぁああ!?」


 ヴァルミーたちは蜘蛛の子を散らすように我先にと逃げ帰っていった。


 その様を見留めると、リュウキは再び幼女の姿に戻った。

 隣りにいたソレルは、腰を抜かして唖然とリュウキを見上げていた。


「どうじゃ、ソレル殿? これで分かったであろう? 妾の名が何故『龍姫リュウキ』なのじゃと。これが妾の奥の手じゃ。奥の手とは、ここぞという時まで取っておくものじゃよ。……ん? これはしくじった。お気に入りの仙女の衣が破れてしまったわい。ファーッファッファッファ!」


 リュウキは、一糸まとわぬ姿で楽しそうに高らかと笑った。

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