第二十二節 うねり

―アルカディア大陸中央部 カンザス大平原―


「なぜだ! なぜ、よりにもよって、シュヴァリエなのだ!」

「そ、そうはおっしゃっても、カーミラ様。我らはカーミラ様のご命令どおりに『偉大なる神秘グレートスピリッツ』の呼び寄せた人族を連れてきた次第で……」


 カーミラと呼ばれたエロい女は、ヒステリックに喚いている。

 牙大王みたいな軍曹エルフは、厳つい顔をしているが、このカーミラという女のご機嫌を取ろうとへーこらしている。


 どうやらこの女は、この牙一族たちみたいなエルフたちのボスのようだ。

 カーミラは、言い訳を続ける軍曹エルフを気の毒になるほど罵倒している。

 元の世界の顧客でキツかった女社長を思い出し、中間管理職ってどこの世界も変わらないんだなぁと眺めていた。

 

「……ギリッ! まあ良い。そやつらを連れてこい!」

「へ、へい」

 

 カーミラは気が済んだのか、大きなテントの中に入っていった。

 軍曹エルフは、解放されてホッとしたように安心した顔になった。

 俺達は檻から出され、カーミラの入っていったテントの中に連れて行かれた。


 中に入ると、カーミラはすでにテーブルに付いていた。

 不貞腐れたようにイスに腰掛け、艶めかしい足を組んでいる。


「もっちゃもっちゃ。ごきゅん。……むむ!? アル、みんなも解放されたんだ! 良かったのだ!」


 イシスはテーブルの上に両足を投げ出して、ケーキを貪っていた。

 顔中クリームまみれで、幸せそうな顔をしている。


 何といえば良いのか。

 ……まあ、無事で良かったよ、か?


「当然ですよ、イシス様。貴女様との約束を破るわけには参りませんので」


 カーミラは恭しくイシスに頭を下げた。


 さっきまでとはうって変わり、尊大で傲慢そうな感じは消え失せていた。

 駄女神イシスに敬意を払っていることがあまりにも意外だ。

 イシスはさも当然とばかりに、偉そうに胸を張って立ち上がった。


「ふっふっふ。さすがはカミッチなのだ! 褒めて遣わすのだ!」

「ふふふ、ありがたき幸せです。『偉大なる神秘グレートスピリッツ』よ」

「え!? イシスのこと、信じたのか!?」

「……黙れ、下郎が。今はイシス様とお話中だろうが」

「い、いや、だってよ! だ、誰も信じてくんなかったぞ!」

「ふん! この御方の高貴なオーラに気づかぬとは、エルフ共も大したことはないな?」


 カーミラはイシスを褒めちぎり、イシスは鼻高々にドヤ顔だ。


 え、ええ!?

 ど、どう見たら、このアホ面の駄女神に高貴なオーラが出てるんだ?

 し、信じらんねえ。

 

「ま、まあ、それでよ、俺たちに用があったんじゃね?」

「あ! 忘れてたのだ!……アル! 世界の管理者としての仕事なのだ!」

「……は? 意味分かんねえけど?」

「はぁ。仕方あるまい。イシス様のお顔を立てて、貴様如き低能ザルにも分かるように説明してやろう」

「ええ? ていうか、俺が頼まれる方だよね? なんで頼む方が上から目線なの? なんで俺がけなされてるの? なんで……」

「黙れ!」


 カーミラは、ブツブツ文句を言う俺を黙れドン!で黙らせた後、要件を話し出した。


 簡単にまとめると、今この大陸の東側で独立戦争が勃発しているらしい。

 その隙きを突いて、魔族や獣人奴隷の解放をしたいから手伝えという話だった。


 一応、話だけは聞いた。

 俺は何も返事はしていない。

 だが、俺はすでに強制参加が確定しているような口ぶりだ。

 というのも、イシスがたかがケーキ一個で買収され、俺を売ったらしい。


 俺の命の値段ってどんだけ安いの?

 たかがケーキ一個で、俺って命がけで戦わさせられるの?

 そりゃさ、安請け合いで世界の管理者やるって言ったけど、いくら何でも俺の扱い酷くね?

 助けに行く奴隷より、俺って安いんじゃねえの?

 それにさ、俺チート能力無いんだけど?

 普通に死ぬよね?

 しかも、ここのボスのカーミラになぜか嫌われてるんだから、絶対に捨て駒にされるよね?

 何この罰ゲーム?


「そういうことなのだ、アル!」

「いや、そういうことじゃねえだろ! どういうことだよ!」

「むむむ! アルは話を聞いていて何も思わなかったの!?」

「そりゃ、色々と思ったけどよ。奴隷たちの扱いの酷さを聞いてたら、そりゃよ」

「だったら、カミッチを手伝うのだ! 管理者だったら絶対にやらないといけないのだ! あたちは、奴隷なんて酷いこと認めないのだ!」


 イシスはどこまでも熱くなって、ギャアギャアと喚き立てた。


 俺はやれやれと頭をかくしか無い。

 俺だって奴隷制度は気に入らないし、出来れば無くしたいとは思う。

 俺にもレアを保護した時の苦労はよく覚えている。


 だが、無策で挑むのはただの自殺行為だ。

 多勢に無勢だなんて戦力差じゃない。

 それに、首謀者のカーミラのことだって何にも知らないんだ。

 

「……まあ、話は分かったけどよ。こんなどえれえことをやろうだなんて、あんた何者だ?」

「……ふん! 貴様如きに教える気は……」

「ふっふっふ! 聞いて驚くのだ、アル! カミッチは、何と『魔王』なのだ!」

「はぁあああ!? ま、『魔王』!? ただのパイオツカイデーチャンネーじゃねえか!」

「……ほう? 我を愚弄するとはいい度胸だな?」


 カーミラの全身から、闇の底に沈んだかのような漆黒の暗黒闘気のうねりが迸った。


 や、やばい!

 この体のバカ!

 なんで思ったことをすぐ口に出しちゃうのかな!!


「あ、ち、ちが……ぬわーーっっ!!」


 そして、俺は断末魔の叫びを上げた。


・・・・・・・・・


―フランボワーズ王国 河川地帯 ボー・ヴェンハイム砦―


「……ふむ。全ての物資を焼き尽くしてしまったのは、もったいなかったか?」


 エドガールは、自ら焼き討ちをした砦内を見回して、困り顔で呟いた。

 まだ所々で火の手は上がっているが、ほぼ焼き尽くし真っ黒い灰となっている。


「こればかりは致し方ありませんよ。物資を奪うのでは、ためらいもなく奇襲をかけれなかったことでしょう。それに奪い返そうとするタッソー軍に、我らは包囲殲滅されていたはずです。それならば、全てを焼き尽くし、敵に混乱を起こさせた方が得策というわけです。こうなってしまえば、奴らは戦線を維持できなくなるというものです。それにしても、リュウキ殿は実に恐ろしい知略の持ち主ですな」

「ああ、そうだな。こうまで見事に読み通りだとは、俺様ですら恐ろしくなるぜ」


 エドガールの隣に立つリューセック、アンリとギュスターヴは、作戦が分かっていたにも関わらず、何とも言い難い表情で焼け跡を見回した。


 砦の兵たちはすでに戦う気力をなくして、おとなしく捕縛されていた。

 あまりにも呆気なさ過ぎて、逆にギュスターヴたちは落ち着かなかった。

 だが、エドガールは高らかに笑った。


「ハハハ! そう言ってやるな! その軍師殿は我らの味方だ!」


 と、そこに伝令がやって来た。

 タッソー軍が砦の救援にやって来たようだが、様子がおかしいとのことだった。

 エドガールたちは、疑問に首を傾げたが、兵をまとめて前線へと赴いた。


「……待たせたな。私が、フランボワーズ王家第一王子エドガールである」


 エドガールがやって来たと同時に、二人の男たちは素早く跪いた。

 その二人は、ソレル砦攻略の最前線に立たされていたヴァルミー父子であった。

 この父子は、ついにタッソーを見限り、エドガール軍に投降してきたのだ。

 

 このほんの少し前、サックスの策で全軍でソレル砦攻略に向かったが、真の姿を現したリュウキによって呆気なく追い払われていた。

 しかし、あろうことかサックスはその潰走の責任をヴァルミーに転嫁したのだ。


 曰く、ヴァルミーは初めから不満で、勝つ心算は無く、むしろ当て付けの為にわざと敗れたとのたまった。

 ヴァルミーは、腸が煮えくり返るほどだったが、その場は堪えた。

 短気で浅慮なタッソーに、首を落とされたゴダールのことが記憶に新しかったからだ。


 ソレル砦から後退したタッソー軍はその足で、そのままこのボー・ヴェンハイム砦にいるエドガールたちを殲滅しに来たのだ。

 その先鋒にヴァルミーは志願し、そのまま寝返ったというわけだ。


「……だが、信じられませんよ?」


 そう進言したのは、元地区領主の一族クレベールである。

 それにも、理由はある。


 ヴァルミー父子は、クザン、デュバル両将には武勇では一歩劣るが、騎兵隊司令官としては有能なのである。

 タッソー軍の中では勇将であることから、それほどの人物が裏切るのだろうかと疑っても仕方がないことである。

 そして、もう一つの理由もある。


「そうだな、私もそう思う。……貴公たちは、あの宰相ジラールの配下ではなかったか? タッソーの背後にいるのは、あの恐るべき宰相であろう? あの古狐が自分を裏切ったと知ったら、配下にいる貴公たちにはどうなるか分かるのでないか?」


 エドガールは、今この地が荒れ果てているのはあの宰相のせいだと蛇蝎のごとく忌み嫌っている。

 ただ冷たく言い放った。

 

「ええ、分かっております。ですが、すでに過去のことなのです。我らはもはや宰相様に忠誠を誓う必要などありません。……もしや、殿下はご存じないのですか? 宰相様は、亡くなったのですよ?」

「な、何と!? それは、誠か!?」


 ヴァルミーの思いがけない事実に、エドガールはひっくり返りそうになるほど驚いた。

 これには、ギュスターヴたちも驚きを隠せなかったが、リューセックはニヤリと笑って頷いた。


「本当でございます、殿下。この情報はすでに得てはいたのですが、黙っておくようにとリュウキ殿がおっしゃいましてな。曰く、あの宰相が背後に控えているという緊張感があるから決死の覚悟で挑める、あの強大な影が無くなって気が緩んだらいかん、だそうです」

「……なんてこった。俺様たちも謀られていたというわけか」

「……ふ。はは、ハッハッハ! 我々もあの軍師殿の術中にハマっていたというわけか! 大したものよ。味方で実に良かったぞ!」


 エドガールは楽しそうに高らかと笑い、ヴァルミーたち3千の兵たちを受け入れた。

 そして、その勢いに乗って、タッソー軍の本隊を攻めた。

 タッソー軍は完全に混乱し、崩壊した。


 タッソーは、ついに側近たちに裏切られその首をエドガールに差し出された。

 最側近であったサックスはいつの間にか姿を消していた。


 こうして、フランボワーズ王国河川地帯旧クレベール地区、リーン川の戦いは終結した。


 世の大方の予想を覆し、エドガールは大勝利を収めた。

 この戦いによって、光の御子の末裔、エドガール・ロワール・ヴェルジーは大きく名を上げ、歴史の表舞台に躍り出た。

 ギュスターヴを始め、その配下たちもまた、宝石のような魂が一際輝き出した。

 この光の奔流は、さらに大きく輝いていくことだろう。


 しかしながら、この戦いは所詮、一地方の小競り合いに過ぎない。

 世界という大海の中では、ほんの小さな波紋に過ぎなかった。

 だが、この小さな波紋は次々と連鎖するように大きくなっていくことだろう。

 いずれ全ての欠片が噛み合った時、世界の命運を揺るがす、大きなうねりとなる。

 今はまだ、誰にも知る由のないことだ。


 運命だけが、静かに刻々とその糸を紡いでいた。

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