第十四節 変化の時

―アルカディア大陸西部 世界樹の大森林、エルフの村―


『Space, the final frontier …………』


 私達は、テレビという四角い箱をポカーンと眺めている。


 初めは、この箱の中で妖精のような小人が劇をしているのかと思った。

 私とレアは、不思議そうに中に人がいるのかとテレビの後ろを見たり、画面を触ったけど何もいなかった。

 小さい人がいるわけじゃなくて、映像というのが流れているらしい。

 アルセーヌが説明をしてくれたけど、私達はまったく意味がわからなかった。

 

『It’s illogical, captain』


 今は、エルフみたいに耳の尖った人が映っているけど、何を言っているのかさっぱりとわからない。

 アルセーヌだけは、「懐かしいなぁ」と言いながら笑っている。


 あ。

 ここに来るまで乗ってきた魔道具が映ってる。

 うわぁ、凄い。

 空の向こうってこんな風になってるんだぁ。


「……ご主人たま、つまんないですニャ」

「そうだぜ、アニキ。何言ってんのか全然分かんねえよ」


 レアとフィリップは、遠慮することなくアルセーヌに文句を言った。

 一人だけ楽しそうにテレビを見ていたアルセーヌは、ハッとして二人の冷たい視線に気がついたようだ。


「お、おう、そうか?……じゃあ、こいつはどうだ!」


 アルセーヌが自信満々にDVDという不思議な円盤を入れ替えた。


『Animal planet』


 草原の中に、首の長い黄色い魔獣と鼻の長い魔獣が映っている。


「ニャー! ま、魔獣がいっぱいですニャ!」


 レアは、目を輝かせて画面の前に大人しく座った。

 さっきまで退屈で寝ていた、子狼のロロとフレイアは興味津々に舌を出して、レアの隣におすわりをした。

 アルセーヌは満足そうに笑って、レアをあぐらをかいた足の上に座らせた。

 まるで、兄妹、父娘?のように仲良くテレビを見ている。


 う、羨ましい!

 う、うう。

 わ、私も甘えたい!


 私がフラフラと二人と一緒に座ろうとした時だった。


「ただいま!」


 儀式をしていたロクサーヌが元気に帰ってきた。

 私はビクッとして、慌てて元の位置に戻った。

 その私を見て、フィリップがプククと含み笑いをしたので、柔らかいお腹を蹴った。


「ゴブッ!?」


 フィリップはお腹を抱えて、床の上を転がった。


「……何やってんの、あんたたち?」

「な、何でも無いです!」


 ロクサーヌは、フィリップを蹴り飛ばした私を見て、訝しげに眉をひそめている。

 私は慌ててごまかした。


「ハッハッハ! ヴィクトリア様もフィリップと仲良くなったみたいで、俺も嬉しいですよ」


 アルセーヌは何も気づかなかったみたいで楽しそうに笑った。

 うう、この人は!


「……アニキ、何も言えねえ」


 フィリップは床に転がりながらアルセーヌに冷たい目を向けていた。

 

「ニャー! ロザ姉たまもおかえりニャ!」


 レアは、ロクサーヌの後ろにいたロザリーに気づいて、飛びつくように抱きついて顔を擦り寄せた。

 ロロとフレイヤもしっぽを振りながらロザリーの元に走っていった。


「えへへ、ただいま、レア。ロロとフレイヤも」


 と言って、ロザリーはレアたちの頭を優しく撫でた。

 その顔は、女の私から見ても、胸がドキッとした。

 私は、ちらりとアルセーヌの方を見ると放心したようにロザリーの顔を見つめていた。


「……どうしたの、アル? 変な顔して?」

「お、おお、そうか?……ロザリーが何か大人っぽくなった気がしてさ」


 と、アルセーヌは頭をかいてドギマギしながらロザリーを褒めている。

 ロザリーも顔を少し上気させてニコリとした。


「儀式は、大丈夫だったのか?」

「うん、すごく良かったよ。スッキリして迷いが無くなった、かな?」

「そっか。ロザリーが元気になってくれて俺も嬉しいよ」

「……うん、ありがと」


 何だかいい雰囲気の二人を見て、私の頬が勝手に膨れてきた。


 むぅ!

 だらしない顔して!


 私は一気に不機嫌になったけど、それ以上に悔しかった。


 儀式を受ける前のロザリーは、年齢よりも幼い感じがしたのに、今はいきなり大人になったみたいに落ち着いた雰囲気が出ている。

 見た目も体型も何も変わっていない。

 でも、何かが吹っ切れたかのようにスッキリとして、大人の余裕?のような雰囲気を感じる。


 何だか、負けたような気がした。 


「ムフフ。妬いちゃってるの、姫ちゃん?」

「むぅ! そ、そんなことはありません!」


 ロクサーヌは私の肩に腕を回して、片目をつぶりながら耳元でぽそっと呟いた。

 私は腕を組んでプイッとそっぽを向いた。


「ほら! あんたたちもいつまでもイチャイチャしないわよ! 明日は早いんだから、今夜は張り切りすぎるんじゃないわよ!」

「べ、別にそんなことしませんよ!」


 ロクサーヌにツッコまれて、アルセーヌは赤くなって慌てて否定した。

 

「ウニャ? 何を張り切るんですかニャ、ご主人たま?」


 レアは不思議そうに首を傾げてアルセーヌを見上げた。


「な、何にもしないって! あの変態の言うことを信じてはいけません!」


 アルセーヌは、純真な目のレアに焦ってごまかし、ロクサーヌを睨みつけた。

 ロクサーヌは少しエッチな顔で笑っていた。


「ついに明日は世界樹に行くんだ。『大いなる神秘グレートスピリッツ』、か」


 ロザリーは、遠くに見える世界樹を窓から眺めていた。


・・・・・・・・・


―ソレル砦内部、エドガール陣営―


 タッソー軍はこの日も籠城するエドガールたちに猛攻を仕掛けてきた。

 だが、エドガールたちの反撃に遭うとすぐに退却していった。


「……うーむ? こんな事を繰り返して、連中は何を考えておるのだ?」


 エドガールは城壁の上で、退却していくタッソー軍を見て、首を傾げていた。

 そのとなりには、ギュスターヴが大きなあくびをしている。


「ぐわっ!?」

「これ! 気を抜くでないぞ、『爆炎剣』!」


 ギュスターヴは背後からやって来た軍師リュウキに、扇子で頭を叩かれた。

 父娘ほどの年の差の有りそうな、見た目だけは幼女な軍師に怒られるエドガール軍最強の男だった。


「……ああ、うっせえな。あいつらが夜もうるせえから、あんまし寝てねえんだよ」

「馬鹿者! それがヤツラの策じゃ!」

「む? そうなのか?」


 エドガールものんきに気が抜けていた。


「……やれやれ、殿下も困ったものだ。こちらはまだまだ劣勢なのじゃぞ? 今まで勝てておったとはいえ、数の差というのはそれほど戦では重要なことじゃ。我らは、一歩でも間違えば薄氷を踏み抜いて、いつでも地獄に真っ逆さまじゃ」


 リュウキが語ることは至極真っ当なことだと思う。

 だが、見た目のせいで子供が背伸びをしているだけに見えるのがもったいない。


「そうは、言ってもな、リュウキよ。相手の軍師のゴダールは消えたのであろう?」


 エドガールは、長々と説教をするリュウキに苦笑いを浮かべた。

 リュウキはふぅっと、大きなため息をついた。


「致し方ないな。分からねば、見せてやるわ」

 

 リュウキに連れられ、エドガールたちは城壁下の内側にやって来た。

 そこでは、アンリが数名の兵とともに大瓶に水を張って、塹壕の前で待機していた。


「どうじゃ、アンリ?」


 リュウキが声をかけると、アンリは神妙な面持ちで頷いた。

 その様子を見て、リュウキはニカリと顔をほころばせた。

 そして、アンリに手で合図を送ると、兵たちは塹壕の中に河から引いてきていた大量の水を流し込んだ。


「「が、がぼぉぼお!?」」

「な、何だこの奇声は!?」


 エドガールとギュスターヴが大きく目を見開いて驚愕の表情だ。

 その二人を見て、リュウキはしてやったりと大笑いをした。


「ファッファッファ! 今のは、タッソーの兵どもが流されていった悲鳴じゃて!」

「ま、マジかよ。ヤツラ、こんなところから攻めてきてやがったのか」

「そういうことじゃ。無意味な突撃に見えたのは、地下の坑道から目をそらすためじゃ。魔法で掘っておるから、短期間でここまで攻めてきておったのだ」

「そ、そうであったのか。うーむ、相手もバカではなかったというわけか」

「これで分かったであろう? 油断こそが、最大の敵じゃよ?」


 リュウキが腕を組んでドヤッというようにニヤリと笑った。

 エドガールとギュスターヴは、ゴクリとツバを飲み込んで気を引き締め直した。


 この夜、エドガールは一報の伝令に顔から血の気が引いた。


「……わ、私は、コルマール砦に帰るぞ!」

「だ、ダメです、殿下!」

「ええい離せ、ギュスターヴ!」


 エドガールは、自分を羽交い締めにするギュスターヴを引き剥がさんと我を忘れたように大暴れをしていた。

 エドガールのこの取り乱しようは尋常ではなく、誰もがどうすればいいのかオロオロと戸惑っていた。

 

惰眠ドルミーレ!!」

「ぬ!? ぐ、……ぐぅ」


 エドガールは、リュウキの睡眠魔法によって、意識を失った。

 ギュスターヴが意識の失ったエドガールを寝室へと運び、この場は何とか収まった。

 しかし、リュウキはこの非常事態に渋い顔をしていた。


「……これは、まいったことになった」


 エドガール軍の本拠地、懐妊しているエドガールの第三婦人ベアトリスの残るコルマール砦が強襲されたのだった。

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