第十五節 ベアーダンス

―アルカディア大陸西部 世界樹の大森林、エルフの村―


 ちゅどーーーんん!!!


「ぬわーーっっ!」

「ふにゃーーっ!」

『『キャイーーン!!』』


 俺とレア、子狼達は、突然の大爆発音に穏やかな朝の眠りから飛び起きた。


 な、何だ、今の爆発音は?

 て、テロか?


 俺達は、事件の現場へと大慌てで急行した。

 ロザリーも寝癖のまま起き出してきた。

 現場では、黒煙がもうもうと立ち昇り、フィリップが唖然と立ちすくんでいた。


「い、一体何が?」


 俺達はただ立ち尽くして呆然としていた。


「げーっほ、げほげほ!」


 と、黒煙が少し晴れてくると、そこには全身煤だらけで真っ黒になったヴィクトリアが咳き込んでいた。


「ゔぃ、ヴィクトリア様!? い、一体何が!?」


 俺は、ヴィクトリアに怪我がないか心配で駆け寄っていった。


「あうう、あ、アルセーヌ様、じ、実は……」


 ヴィクトリアが心苦しそうに口を開こうとした時だった。


「ああ!? あ、あたしの特製キッチンが!?」


 スケスケのネグリジェで現れたのは、この家の持ち主ロクサーヌだった。

 キッチンのあった場所が吹き飛び、その先には青い空が広がっている。

 そして、村のエルフたちが集まってきていた。


「ひ、姫ちゃん? あんたは何をしたのかな?」


 ロクサーヌは仁王立ちで腕を組み、顔は引き攣っていた。

 ヴィクトリアは、ひぃっと慌てて言い訳をした。


「も、申し訳ありません! わ、わたくしはただ、皆様に朝食を作ろうと……」

「はぁ!? それがなんで爆発するのよ!」

「だ、だって、ヴァイキングの国で教わったときは、まず始めに火を点けると……」

 

 う、うん。

 確かに、この世界では、火をおこしてから料理をするのは基本だ。

 だが、ロクサーヌの家の場合は違う。

 この家は、なぜか俺のいた時代の日本と同じ住宅設備だ。

 そう。

 台所はシステムキッチンなのだ、ガスの。

 

「そんな事しちゃダメでしょ! 魔道具で出来ているんだから、火を点けたらダメ!」

「あうう、す、すみません」


 ヴィクトリアは、反省しているようにしゅんと小さくなってしまった。

 ガミガミと怒っているロクサーヌだが、ロクサーヌの叔母サカガウィアが笑いながらやって来た。


「あらあら。朝から何事かと思いましたが、こういうことでしたの?」

「ごめんなさいね、叔母さん。この子ったら、もう!」

「ふふふ。あなたも昔は魔道具作りに失敗して、同じようなことしていたじゃないの?」

「そ、それとこれとは、違うわよ!……まあいいわ。誰も怪我してないし、また作り直せばいいだけだわ」


 ロクサーヌは、少し顔を赤くしてプイッとそっぽを向いた。

 ヴィクトリアは、説教から解放されてホッとしたようだ。


「ヴィクトリア様? どうして、こんな慣れないことをしたんです?」

「そ、それは……知りません!」


 ヴィクトリアは、ちらりとロザリーを見て、逃げるように部屋へと戻っていった。

 俺は、困ってぽりぽりと頭をかいた。


 さて、俺達はこれから世界樹の根本へと向かう。

 俺達とはいっても、このエルフの村総出で向かうのだ。


 これから行われるのは、エルフの年に一度の最も大事な祭事、大地の精霊であるベアー、熊のような生き物を讃え、部族繁栄を祈る祭りだ。


 俺達一行は、ただのゲストで、エルフたちに混ぜてもらうだけだ。

 どういうことなのかはよく分からないが、『偉大なる神秘グレートスピリッツ』とやらが、俺達も連れてくるようにとロクサーヌにお告げをしたらしい。

 はっきりと姿形は分からないそうだが、エルフのシャーマンであるロクサーヌは特に繋がりが強いようで、この儀式で最も重要なポジションらしい。


 そのロクサーヌが俺達の参加を説明したからこそ、完全な部外者の俺達もエルフたちから快く許可されたのだ。

 サカガウィア以外のエルフたちは、無愛想で無口だから分かりづらいけど。


「す、げえな」


 俺はつぶやき、世界樹を見上げた。


 今はもう、日が暮れて周囲は暗く、空には煌々と輝く満月がある。

 世界樹の根本までやって来ると、幹はまるで分厚い壁のように太い。

 そして、樹冠が見えないほど空高くそびえ立っている。

 まるでこの世界の柱のようだ。


「うん。すごい、ね」


 ロザリーも同じようにつぶやいて世界樹を見上げていた。

 

 ロザリーは、卒業研究の最大の目的だった世界樹へとやってこれて感無量だろう。

 それに、知らなかった自分のルーツへと導いてくれた『大いなる神秘グレートスピリッツ』の存在もあるのだろう。


 これから行われる祭事『ベアーダンス』で、『大いなる神秘グレートスピリッツ』と交信を行うのだ。

 その交信儀式は、ロザリーの研究テーマ、自然精霊魔導学というものの最高峰に当たるらしい。

 この祭事に参加するのは、人族では伝説の勇者パーティー以来史上二組目で、歴史的な出来事のようだ。


 やって来たエルフたちは、世界樹の前で大きな円陣を組んだ。

 その服装は、まるでネイティブアメリカンのような羽飾りを身に着けている。

 そして、シャーマンであるロクサーヌは、クマのような毛皮を頭から被って、円陣の中心に膝をついてしゃがみ込んだ。


 まずは鈴の音が静かに響き、太鼓のような打楽器の音が鳴らされ、リズムを刻みだした。


「エイヤー、エイヤー! エーヤ、エーヤ! エーヤ、エーヤ!」


 周囲のエルフたちも歌い出した。

 そして、ロクサーヌも少しずつリズムに乗って動き出した。

 まるでクマの精神が乗り移ったかのように、動き踊り、魂が躍動し始めた。


「ヘイヤー、アーアー、ヘイヤ、エーアー!」


 俺達は自然と魅せられ、魂が共振するかのように全身がリズムを取っていた。

 この土地に住む精霊たちも踊るように、様々な魂の色を光り輝やかせている。

 静かに、大きく魔力が、魂の力が満ちていき、大きな流れが揺らめいていた。

 円陣の中心で踊るロクサーヌに、魂の力が集い、どこまでも高まり続けていた。

 そして、儀式が最高潮に高まった時、ロクサーヌは集まった全ての魂の力を世界樹に捧げ、その光は天高く昇って行った。


「うわあ! 凄いです!」


 ヴィクトリアは、目を輝かせて叫んだ。

 俺達もまた、口々に驚嘆の声を漏らした。


 その後、沈黙が訪れた。


 儀式が終わったようだ。

 何も起こらないのかと思った。

 だが、大きな光の柱が再び天から世界樹へと舞い降りてきた。


「う、うおお!? な、何だこれ!?」


 す、凄い魂の力だ。

 エルフたちは、この光に跪いていた。

 あの傍若無人なロクサーヌですら跪いている。


 まさか、これが『大いなる神秘グレートスピリッツ』?

 本当に、降臨してきたのか。

 一体何者なんだ?


 俺は、少しずつ目が慣れてきた。

 もう少しで、光の正体が分かりそうだ。

 そしてその瞬間、俺はアゴが外れそうになるほど、驚愕した。


 『大いなる神秘グレートスピリッツ』の正体、

 この世界の創造主、駄女神イシス・エメラルドだった。


・・・・・・・・・


―フランボワーズ王国河川地帯 コルマール砦―


 時は少し遡る。

 エドガールたちが、タッソーたちの連日の突撃を撃退している頃だった。


 この砦の元女剣士ベアトリスは、短く刈り込んでいた赤髪も今では少し伸び、後少しでショートボブヘアに見えるまでになっていた。

 そして、盗賊と化していた兵たちを束ねていた男勝りも、すっかりと落ち着いて母の顔で腹の中にいる愛しい我が子を撫でているかのようだった。


 その様子を見て、前線に赴かずに砦の守備に残っていた最古参の老兵アンソニーは、感無量と言った感じで今にも涙を流しそうだった。

 それもそのはず、この老兵はベアトリスの祖父の時代から仕え、ベアトリスを孫のように思っていたからである。

 それだけではなく、器量も良くなく、男勝りの性格をしていたため、結婚は無理だろうと諦めていたからでもあった。


 さて、そんな穏やかな日々を過ごしていたが、ベアトリスは戦場にいるエドガールたちが心配だった。

 自分はかつては兵たちの先頭に立っていたが、帰りを待つ身になるとそれ以上に気苦労が絶えなかった。


「はぁ。」

「ほっほっほ。お嬢、気持ちを明るくせんと、お腹の子に触りますぞ?」

「じ、爺、分かっている! わ、私はだな……」

「おお! そのようにおなごらしく恥じらう姿、しかも母となるなど、この爺、長生きして良かったですぞ!」


 と、アンソニーはついに号泣した。

 ベアトリスは、大げさな老兵に呆れて何も言えなくなってしまった。


「ほ、報告です!」

「何じゃ!」


 アンソニーは、急に飛び込んできた守備兵に別人のように怒鳴った。

 守備兵は、アンソニーの変わりように一瞬戸惑ったが、すぐに気を取り直して報告した。


 ソレル砦でエドガール軍と交戦していたタッソー軍の別働隊が、大回りをしてこのコルマール砦に攻めてきたのである。

 この可能性があることは、事前に軍師のリュウキから伝わっていた。

 ベアトリスもアンソニーも取り乱すことはなかった。


「うむ、やはり来たか。籠城じゃ!」


 すぐに、籠城の構えを取った。


 この砦には、守備兵として、クレベール軍から移籍してきた兵50名がいる。

 そして、近隣の村の住民もこの事態に備えて、砦内に避難してきていた。

 村に残れば、略奪に遭うことは必至だからだというのは、想像に容易いことだろう。 

 

 実は、この村にはひとつ大きな問題があった。

 それは、若い男がいないのである。

 その理由として、先の陰謀でこの地区の旗手クレベール家は、真っ先に王家に反旗を翻し、聖教会に殲滅されていた。

 その時に、この村も例外にもれず徴兵され、若い男たちはその命を散らしていたのだ。

 

 そこに目を付けたのが軍師リュウキである。

 帰る場所のなかった食いつめ者だったクレベールの若い兵たち。

 そして、重要な労働力であった若い男のいなくなった農村。

 ならば、この2つをくっつけてしまえばいい。


 農民というのは、実は賢い。

 税で作物を徴収されるが、こっそりと税で取られない保存食を隠しているものである。


 とはいえ、さすがに50名もの新参者を養うだけの食料はないだろう。

 その不足分を見越しているのも、リュウキである。

 無ければ、どこかから持ってくれば良い。

 その話は後日に語るとしよう。


 さて、これで若い兵たちは普段は村の農民となり、今回のような有事には砦の守備兵となった。

 中には村の娘と結婚する者も出来、守るものも出来た者は必死に働くことだろう。

 

 だが、これでもタッソー家と戦うには数が少ない。

 別働隊だけでも500はいることだろう。

 この状態だけでは、前線のエドガール軍が勝つまで持ちこたえることが出来るかは、運任せになる。

 もちろん、リュウキはこの事態にも備えていた。

 籠城の蓄えもある。

 しかし、リュウキの想定では、この事態は最悪の状況だ。


「……エドガール様」


 ベアトリスたちに出来ることは、エドガールたちの勝利を信じることだけだ。

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