第十三節 儀式

―アルカディア大陸西部 世界樹の大森林、エルフの村―


 私はこれから『子宮回帰』と呼ばれる儀式に参加することになった。

 治癒と浄化の意味もあり、蒸し風呂のような発汗小屋に入るらしい。


 この発汗小屋は、柳などのようにしなやかな木の枝を組み、ドームのように骨組みを造る。

 そして、バッファローの毛皮で覆う。


 柳の棒が差し込まれる地面の穴も象徴に満ちており、それぞれ太陽、動き、大地、石、月、風、充足感と調和、バッファロー、ベアー、方位、精霊、精神と物質といった意味が振りあてられている。


 炉の穴は死んでいった家族縁者などを表し、小屋は子宮全体を表している。

 すべては円で構成されており、これは『すべてが繋がっており、始まりもなければ終わりもない』という世界観をイメージしている。


「それじゃあ、始めるわよ。準備はいい、ロザリーちゃん?」

「は、はい!」


 呪術師シャーマンを担当するのは、ロクサーヌだ。

 全エルフの中でも最高のシャーマンらしく、ロクサーヌに担当してもらうことはかなり光栄なことらしい。

 普段がいい加減すぎるだけあって信じられないけどね。


 私は衣服を脱いで、装飾品とともに祭壇に供え、完全に生まれたままの姿になった。

 そして、太陽の動きに倣い、シャーマンであるロクサーヌを先頭に、右回りに小屋を回って中へ入り、入口の右側に座った。

 中は真っ暗で、左側には、儀式の介添え人の若い?エルフが座った。

 シャーマンは東側に座るのが正式らしい。


 配置についたところで、表にいるファイヤーマン(火の番人)役のカレタカが、鹿の角に真っ赤に焼けた石を乗せ、小屋の中へと渡した。

 シャーマンが聖なるパイプの火皿で石に触れ、石の導き通りに炉の中に置く石の位置を決めていく。

 石の数はだいたい16個ほど積まれる。

 その焼かれた石の熱は肌が焼けるように熱く、もうすでに全身から汗が吹き出してきた。


「……さぁ、小屋の中に神聖な気配が満ちてきたわ」


 少し時間が経った頃、ロクサーヌがつぶやいた。

 こうして、儀式が始まった。


「ワカン・タンカ、ツンカシラ、ピラマエ」

「ワカン・タンカ、ツンカシラ、ピラマエ」


 私達は全員で祈りの言葉を捧げ、熱した石にセージや杉の葉が振りかけられ、小屋の中は芳しい香の煙で一杯になった。


「ゲフッ!?」


 この煙を手で引き寄せて吸いこもうとしたら、私はむせてしまった。


「げふげふ。……すぅ、ぐ、げふ。……すぅ、ふぅ」


 私は何とか煙を吸い込めた。


 ロクサーヌは何も言わなかったが、私は事前に説明された儀式の手順通りに、身体にその煙を擦り込んだ。

 続いて、シャーマンによってスイートグラスの葉で水が振りかけられ、室内に蒸気が充満する。

 

「うぅ!?」


 真っ赤に熱せられた石から立ち上る蒸気は非常に高温で、儀式に慣れない私の肌は水膨れが出来るほどで、手で口と鼻を覆わなければ呼吸もままならなくなった。

 その私をロクサーヌが一瞬心配そうな顔をしたが、すぐに無表情にシャーマンの顔になった。


 多分、ロクサーヌは私がこの儀式に耐えられるだろうと思って、やってくれているんだ。

 だったら私もこの信頼に答えよう。

 私は覆っていた手を口と鼻から下ろし、全身の力を抜いて静かに呼吸を整えた。

 ロクサーヌは、耐えた私を見て一瞬微笑み、祈りの歌を歌った。


 しばらくこの高温の蒸気の中で過ごすと、ロクサーヌは入口の毛皮を開けて外の空気を入れてくれた。

 これは、『4つの扉』と呼ばれる息継ぎ、休息である。


 その後、再び儀式を行い、これを4回繰り返した。

 この4ラウンドの間に、『大いなる神秘グレートスピリッツ』に対して、自分がこれまで経験し学んだことについて感謝し、自分と自分以外のものについて頼みごとをし、あらゆる我欲を差し出し、啓示を求めた。

 

 私は意識が朦朧として、何度も途中で熱さに耐えきれなくなりそうだった。

 でも、私は最後までやり遂げた。


 最後に聖なるパイプが渡されて、これを手に祈りの言葉を唱えた。

 こうして、儀式は終わりを告げた。


 心身ともに爽快な気分となり、私は啓示を受けた。

 私はただ静かに涙を流した。


 私が何を願い、どんな啓示を受けたのかは、私だけの秘密。

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