第十二節 大いなる神秘の存在

―アルカディア西部、世界樹の大森林、エルフの村―


 俺達は、再びエルフの村の中にやって来た。


「ニャ! ご主人たまとロザ姉たまが帰ってきたニャ!」


 レアは俺たちが村の中に戻ってきて、スリスリと抱きついてきた。

 特にロザリーには、全身で慰めるようにシッポでポンポンと背中を叩いている。


 やっぱり、うちの子はいい子だなぁ。

 ネコは気まぐれで個人主義だなんて言われるけど、実は仲間思いで愛情表現がたくさんあるのだ。

 レアは獣人だけど、自慢の娘だ!


「ありがとね、レア。私はもう大丈夫だから」


 ロザリーはレアを抱きしめ返して、ニコリと笑った。

 でも、まだ無理して強がっているように見える。

 それもそうだ。

 そう簡単に割り切れるもんじゃないしな。


「へっへっへ。さすがだな、アニキ? どんな魔法を使ったんだよ?」


 フィリップのやつは、いつものニヤケづらで笑っている。

 こいつも気を使って子どもたちの相手をしていてくれたんだから、役に立つ野郎だ。 

 見直してやろう。


「別に大したことはしてねえよ。なぁ?」


 俺は、レアと笑い合うロザリーに話を振った。

 だが、赤い顔でぷいとそっぽを向いた。


「むぅ! な、何をしていたのですか! ま、まさか……せ、せっぷ……」

「いやいや、それはないですよ、ヴィクトリア様」


 ヴィクトリアが赤い顔でマセたことを言うので、即答で否定した。

 俺みたいな中身がオッサンと、ロリ系美少女のロザリーがそんな関係だなんて、ほぼ犯罪じゃねえか。


 いや、ロザリーも一応18歳になったから、ついに合法になったのか?

 いやいや、落ち着け、俺!

 ……まったく、子供の戯言で気が惑わされるなんて、色々溜まってんのかなぁ?


「うふふん! 良いじゃないの、それぐらいどこでもしていいわよ。セッ◯スだっていいわよ、ねえ、ロザリーちゃん?」

「や、やめてください、ロクサーヌさん! わ、私は別に!」


 ロクサーヌは機嫌を直して、いつものように下ネタを発動させてきた。

 ロザリーもイジられて、少しずついつもの調子に戻り出していた。


「ウニャ? ご主人たま、セック◯って、何ですかニャ?」


 レアは純粋な曇のない目で俺を見上げている。

 俺は返答に困って口ごもってしまった。

 そんな俺を子狼のロロとフレイアは不思議そうに首を傾げて見上げていた。


 俺達は、族長であるロクサーヌの叔母サカガウィアに挨拶をしに行った。


「さっきはごめんなさいね? 貴女の気持ちを考えていなかったわ」


 サカガウィアは、ロザリーに素直に謝った。


「いえ、いいんです。私も自分の事を知れて良かった、と思います」


 ロザリーは、そう言ってはいるが、少し悲しそうだ。

 そんなロザリーに、サカガウィアはニコリと笑った。

 

「そうだわ! 明日、儀式に来なさいよ。きっと、スッキリすると思うわ」

「え、でも、私は……」

「良いと思うわ。エルフ独自の儀式だけど、変なものじゃないから。今のロザリーちゃんが世界樹に行っても、何も頭に入ってこないわよ?」


 サカガウィアの提案に戸惑うロザリーに、ロクサーヌも同意した。

 ロザリーは、困ったように俺を見た。

 ロクサーヌは、ワガママな下ネタ女だけど、身内に危害を加える女ではないと思う。


「俺も、良いと思う。試してみろよ?」


 ロザリーは、俺の言葉が後押しになり、明日の朝、儀式を受けることになった。


 さて、俺達は宿泊させてもらうロクサーヌの母親の家にやって来た。

 母親とはいっても、すでに亡くなっているので、今は空き家になっている。

 一応、村人たちが定期的に手入れをしているみたいで、中はキレイになっていた。


 ……って、ちょっと待てーい!


 俺はあまりの事態にアゴが外れそうになった。

 そんな俺を、みんなは頭が残念な人を見る目になっていた。


 それもそうだ。

 こんなの俺にしか分かるはずがない。

 この世界にあるはずのない物が所狭しと置いてあったからだ。


 大画面の薄型液晶テレビ、DVDが多数、それも俺の知っているものから知らないものまで、ハリウッドや日本の映画、海外ドラマなどなどだ。

 さらに、マンガ喫茶並みにマンガまで揃っている。

 どれもが、地球の、しかも俺のいた時代の物だ。

 ほ、北斗◯拳もある。

 ま、まさか、傭兵ギルドのザコの元ネタって……ここ?


「そ、そんなバカな。な、なんで?」


 俺はガクガクと震えてしまっている。

 そんな俺のつぶやきに答えたのは、この部屋の主であるロクサーヌだった。


「なんでって? あたしの母親の時代から『偉大なる神秘グレートスピリッツ』から授かってきた、あたしの宝物たちよ!」


 ロクサーヌは腕を組んで、フフンと自慢気に鼻を鳴らした。


・・・・・・


―ソレル砦西側、タッソー家陣営―


「な、何だ!? 何の音だ!?」


 大地が震え、体の芯から揺さぶられたタッソーは、驚愕の声を上げた。

 そして、激しい振動とともに、大崩壊音が響き渡った。


「ほ、報告します! み、味方の櫓が次々と崩れ落ちております!」

「な、何だと!? ど、どういうことだ!?」

「く、口では報告できません! そ、その目でご確認ください!」


 タッソー達首脳陣が表に飛び出すと、その目には信じられない光景が飛び込んできた。

 ソレル砦を狙いすましていた巨大櫓群が、砦内部から飛来してくる巨岩を浴びて、ことごとく崩れ落ちていた。


 次々に飛来する巨岩弾、矢や魔法の雨どころの比では無かった。

 ことごとく瓦礫と化す巨大櫓群からは、もうもうと砂塵が巻き上がり、戦場一面が阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。


「な、何ということだ。相手には強力な大規模魔法の使い手がいるのか? いや、違う。あれはただの岩だ。まさか、攻城兵器のカタパルトを籠城側が使ってくるとは。しかも、これほどの数、まさか初めからこの展開を想定してたのか?」


 ゴダールは、相手、リュウキの戦略に感嘆のため息を漏らした。

 のんきに相手を褒めるゴダールに、タッソーは怒りを爆発させた。


「何を言っておるか! ならばこちらも大規模魔法かカタパルトで打ち返さんか!」

「しかし、タッソー殿。進軍を急がせたせいで、全てのカタパルトがまだ前線に追いついてきておりません。それに、これ程の数の投石に敵う大規模魔法の使い手は聖騎士上位クラスです。今の手札だけでは、応戦できず、むざむざと潰されてしまいます」

「ぐ、ぐぬぬ! ならば、どうしろと!」


 タッソーはツバを飛ばしながら怒鳴り、ゴダールはやれやれと呆れたように進言した。


「こうなってしまっては致し方ありません。前線を後退させましょう。カタパルトの射程距離から離れて包囲網をしぶとく張りましょう」

「ふむ。これでゴダール殿の望む長期戦の算段が整いましたな?」


 サックスは、不穏な光を目に宿し、ニヤリと笑った。

 ゴダールは嫌な予感がして背筋に冷たいものが流れた。

 タッソーは、怒鳴るのをやめ、ピクリと眉を上げた。


「……何が言いたいのだ、サックス?」

「いや、何。こうもことごとく、相手が我らの動きに合わせるように動いてきているのです。初めから我らの動きの全てが分かっているかのように。そして、ゴダール殿の望む長期戦の様相が……」

「さ、サックス殿! 何をおっしゃるのです! わ、私がそのようなことを……」


 サックスが仄めかそうとした言葉を、ゴダールは心外だというように叫んだ。

 しかし、タッソーはその言葉に疑念が芽生え、数々の敗戦の怒りを爆発させた。


「そうか! ゴダール、貴様、敵と内通していたのか!」

「ち、違います! 私がなぜそのような事をせねばならんのですか!」

「いえいえ、分かっておりますよ。ゴダール殿は王宮で教鞭を取っておられたのでしょう? その頃から敵のエドガール殿下と交流があってもおかしくないですな?」

「そ、それは違います! 私が教鞭を取っていたのは、騎士団です! 王族の方々とはそのような……」

「ええい、黙らんか! そうか、そういうことか! 圧倒的に有利であった我らがここまで手こずっておったのは、貴様が! この裏切り者を捕らえよ!」

「「はっ!」」


 タッソーは、怒りに任せて軍師ゴダールを兵に捕縛させた。

 

「ば、バカな! な、なぜ私が……クソ! ならば、好きにせよ! 地獄の底で貴様の惨めな最期を笑ってやるわ!」

「な、何だと、貴様!」


 タッソーは、手元にあった剣を抜き放ち、ゴダールの首を刎ね飛ばした。


 ゴダールの恨みのこもった形相の首が転がり、側近一同は青い顔で口をつぐんだ。

 サックスは権力の座をものにし、他の者達は明日は我が身と諫言をすることはなくなった。


―ソレル砦内部、エドガール陣営―


「フッフッフ。ゴダールが消えたか。ヤツがいなくなれば、タッソーなんぞ御しやすい。順調に事が運んでいるようだな」


 クレベール副将リューセックは、タッソー家内に放っていた間者から報告の伝書を受け取った。

 『ザイオンの民』のスパイとして、計画通りの展開にニヤリとほくそ笑んだ。

 伝書を火炎魔法で証拠を隠滅すると、軍議の場に赴いて行った。

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