第十一節 本音を吐き出す
―アルカディア西部、世界樹の大森林、エルフの村―
ロザリーは、明らかにショックを受けているようだ。
ぼんやりと池の畔で座り込んでいる。
それもそうだな。
18歳という多感な年頃に、自分のルーツを揺るがされちまったんだからな。
俺みたいなお気楽な脳みそをしていたら大して気にもしないだろうけど、色々な感情が入り交じるのは当然、か。
ロクサーヌの叔母も全く悪気はなかったんだろうけど、種族の違いのせいなのか、何が悪いのかも分かっていないようだ。
少し離れた場所でロクサーヌが怒っている。
ロクサーヌも、人間の社会での生活が長いせいか、ロザリーの気持ちも考えてくれているようだ。
フィリップの野郎も意外にも気を使って、ヴィクトリアとレア、子狼たちを連れて村の散策に出掛けた。
俺は、ロザリーに何て声をかければいいのか分からず、隣りに座って一緒に遠くの世界樹を眺めた。
「……何だか、不思議だね? 世界樹を見てたら、元気になってきた気がする。大きいものを見ていたら、人の悩みなんてちっぽけなものなんだって思えるよね? あ、私って、人じゃないんだった。アハハ」
ロザリーはぎこちなく笑って、立ち上がろうとした。
明らかに無理していることが分かる。
「なぁ、ロザリー、俺の前では遠慮すんなよ?」
「え? べ、別にそんなことは……」
「にひひ、ごまかしても分かるぜ? 俺にとっての一番の相棒はロザリーなんだぜ?」
俺はできるだけ明るく笑ってみせると、ロザリーは顔を真赤にして俯いた。
それからポタポタと地面に雫が垂れた。
「う。ず、ずるいよ、アル。そんなにいい笑顔されたら、我慢できないよ」
「へへ、良いじゃねえか、好きなこと言えよ。俺はどんなことでも聞くぜ?」
ロザリーは、少し迷ったような顔をしていたが、思っていることを話してくれた。
ずっと隠されていた。
自分だけが知らなかったのか?
知らなかった本当の両親がいるかもしれない事を知り、悲しくなった。
もし本当の両親がいるなら、どうして自分を捨てたのか?
幼少期の幸せな思い出が、嘘だったのか?
王都に出る時の別れの涙は、本当だったのか?
色々考えて嫌になった。
ということを、ロザリーは溢れ出てくるように、次々と語ってくれた。
俺はただ黙って、相槌を打って聞いているだけだった。
そもそも、俺はありふれたことを言って、適当なことを言う気もなかった。
胸の内にもやもやしたものを溜め込んでいたって、自分の本当の気持ちに気づかないんじゃないかと思う。
だったら、好きなように本音を出させてあげることが大事だ。
人の想いに、答えのある事なんて無いはずだ。
それぞれの想いに、それぞれの答えを見つけていくことが人生なんじゃないかと俺は思う。
だから、一緒に考えてあげることが本当の仲間なんだと思う。
ロザリーは、全てを吐き出すことが出来たのだろうか?
静かに黙り込んだ。
「ありがとうな、ロザリー。全てを話してくれて」
俺は、できるだけ安心してくれるように笑いかけた。
ロザリーの空色の澄んだ瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「……私こそ、ありがとうだよ。ずっと聞いててくれて。こんなの面白くないのに」
「良いってこった。困った時に助け合うのが、相棒だろ?」
「……本当にアルって年下なの? 何だか、すごく大人っぽい」
ロザリーは、両膝を抱えて上目遣いに俺を見ている。
まあ、確かに。
15歳、もうすぐで16歳のガキらしくなかった気がする。
仕方ないか。
俺は、別に隠しているわけじゃないしな。
でも、どうしようか。
本当の俺のことを言ったほうが良いのだろうか?
俺は少し考えた。
そして、正直に全てを話すことにした。
ロザリーは驚いて混乱しているようだが、全てを理解できていないかもしれない。
俺だって、逆の立場なら信じられないしな。
「えっと、あなたは、アルセーヌ・ド・シュヴァリエではない? 異世界人って? もしかして、天使?」
「て、天使!? お、俺が?……ぷ! は、ハハハ!」
「な、なんで笑うの!」
ロザリーは真っ赤な顔でプンプン怒っている。
俺は腹が痛くなるほど大爆笑してしまった。
まさか、この品のない俺が高貴な天使様だなんて!
似合わねえ。
似合わなすぎる!
確かに、駄女神に遣わされてこの世界にきたけど、それは考えてもいなかったぜ!
「わ、わりぃ、わりぃ!……へへ、でも、少し元気出たんじゃねえの?」
「あ、うん、そう、みたい。そっか。私を元気にさせようと冗談を言ってくれたんだね。ありがとう、アル」
ロザリーは、目尻に涙をためてニッコリと笑った。
「でも、そのこと、冗談でも他の人には言わないで。聖教会が本気にしたら、悪魔が憑いていると思われるかも」
どうやら、俺が異世界人だというのは冗談だと思って信じてくれなかったようだ。
確かに信じられないし、聖教会にバレたらヤバいことになりそうだ。
黙っておこう。
でも、ロザリーが元気になってくれたようで俺も嬉しくなってきた。
俺って、単純なやつだな?
「俺は、ロザリーが何者だろうと、ずっと大事なパートナーでいるよ」
「え!? ず、ずっとって、そんなの……」
ロザリーは、顔を真赤にして茹で上がりそうになっている。
あれ?
俺変なこと言ったっけ?
俺は真剣に考えたが、心当たりが全くなかった。
「もう! そんな事いいから、みんなのところに行くわよ!」
「お、おう!」
ロザリーはなぜか急にツンツンしてしまって、俺は困ってしまった。
でも、いつものロザリーに戻ったようだし、まあいっか!
早足で歩くロザリーにおいていかれないように、俺は急いでついていき、今夜泊めてもらうことになるエルフの村の中へと入っていった。
・・・・・・
―フランボワーズ王国王都、王宮内―
フランボワーズ王国宰相ジラールは、この日も書類仕事に忙殺されていた。
ジラールは、中央集権体制の確立と王権の強化に成功し、何十年もかけて絶対王政を築き上げていた。
しかしながら、政務全般を行うジラールは実質フランボワーズ王国の真の支配者となったが、国家の奉仕者と化すほど誰よりも働くこととなった。
部下を信頼せず、自分で全てを処理しようとする完璧主義もあるのだろう。
しかしその最大の理由は、現王が『畜生王』と呼ばれるほどの暗君、政務を放棄して放蕩三昧だからである。
絶対王政も、有能な先王の時代は機能していた。
それどころか、フランボワーズ王国の黄金時代でもあった。
しかし、王が変わった瞬間に、その黄金は陰りが見え始めていた。
この日も王は日も高いうちから堂々と、愛妾とともに愛の井戸を掘り続けている。
だが、ジラールにとってはそれでもまだマシだと思っていた。
前の愛妾は、自分が機知や教養に優れて賢いと思いこんでいたようで、国政にまで口出しをしてきた。
ジラールはその度にうんざりしながら煙に巻いていたが、ある時宰相である自分を飛び越えて、王の勅命でブリタニカ王国に宣戦布告をしたのだ。
その結果が、ブリタニカ王国とアーゴン王国を組ませ、同盟国であるロートリンゲン大公国を巻き込み、十年に及ぶ戦争を行い、両陣営に大打撃を与える本当の勝者のいない敗北を喫したのだ。
そのせいで、アルカディア大陸にあった植民地を多く失い、フランボワーズ王国のみならず、聖教会圏各国の財政は大きく傾いた。
ジラールは、その愛妾を病死と見せかけて闇ギルドに毒殺させた。
後に判明したことだが、その愛妾は『ザイオンの民』の刺客であり、聖教会圏各国に大打撃を与える任務を見事に果たした。
愛妾を失った王は嘆き悲しみ、ジラールはこれでいい薬になり、少しはマシな王になってくれると信じた。
しかし、王は性懲りもなく新しい愛妾にのめり込んだ。
ジラールが諫言を呈したが、王は「余が国家だ!好きに生きて何が悪い!」と、聞く耳を持たなかった。
ジラールも失望感に耐えかね、「この畜生が!」と、王が愛妾とともに寝室に消えた後の謁見の間で人目をはばからずに叫んだ。
第15代フランボワーズ国王が『畜生王』とこの時から影で呼ばれるようになった出来事でもある。
この後から、ジラールは権力を自身にさらに集約させた。
ジラールは政治家としては有能であり、外交から国内政策まで一気に手掛けていった。
フランボワーズ王国は、ジラールが一人で支えていると言っても過言ではないほどの多忙さであった。
その聖教会枢機卿であり、宰相ジラールを観察している目が光っていた。
第七王子リシャールである。
リシャールにとって、玉座を手に入れるのに最大の障壁となるのがジラールだとよく理解していた。
自分が聖教会の敵『ザイオンの民』と組んでいることも、すぐに知られるだろうことも分かっていた。
リシャールは今、選択に迫られている。
第一王子エドガールをこのまま誘導してジラールと聖教会にぶつけるか、それともジラールを排除してエドガールに王位継承権最有力候補に返り咲かせるほど力をつけさせるか?
他の王子や王女は、敵ではないほど役不足ということは明白だ。
エドガールがこのまま力をつけたら、ジラールはただではすまないことは分かっているだろう。
エドガールを潰す手を次々と打ってくることは間違いない。
今のエドガールでは、聖教会を動かすことの出来る宰相ジラールには遠く及ばない。
もしかしたら、エドガールを屈服させ、傀儡に据える可能性もある。
そして、ジラールがエドガールを潰しリシャールを次の王に据えようとするならば、素性を徹底的に調べることだろう。
その時、自分を排除しにジラールと直接対決するはずだ。
リシャール自身、ジラールと真っ向から勝負をして絶対に勝てると思えるほど自惚れていない。
もし敗れれば、傀儡どころか完全に排除されることだろう。
それに、リシャールの真の狙いを誰にも気付かれるわけにはいかない。
だが、エドガールを傀儡にしてでも、現王『畜生王』よりは遥かにマシだということも分かっているだろう。
宰相ジラールは、意外にも自分を犠牲にするほど、国家を第一に考えている。
だからこそ、王のすげ替えが近いことは、リシャールも理解していた。
リシャールの悪魔的知略は、全力で考えを巡らせていた。
玉座を手に入れるために、最適解を見つけ出した。
「……これは、僕にもリスクがあるな。でも、虎穴に入らずんば虎子を得ず、だね。フフフ、僕のことを感づかれる前に、厄介な宰相に退場してもらおうかな? せっかく策を巡らせたけど、予定変更か。まあ仕方ない。愛しい彼女を手に入れるためならば、損失は厭わないよ」
リシャールは、王の寝室の扉の前で見張りに付く、特別な近衛騎士を見つめた。
非緋色の甲冑に全身を包み、顔を見ることは出来ない。
だが、リシャールの目は、うっとりと熱を帯びていた。
何者よりも美しく、何者よりも強い、玉座の守護神である、心のない人形へと。
「後少しだよ? 君を解放できるのは、僕だけだからね」
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