第十節 エルフの村

―アルカディア大陸西部、世界樹の大森林エルフの村―

 

 私達は、ムスッとした顔でズンズンと歩くロクサーヌを先頭に、出迎えてくれた男エルフ、カレタカの後をついてエルフの村に向かって歩いていった。


 エルフは聖教会圏では亜人種の一種族として扱われ、400年前の聖魔大戦で人族とともに大魔王軍と戦ったので、人族と同じ権利を有している。

 でも、生活習慣が違うらしく、聖教会圏ではほとんど見かけることすらなかった。


 私はロクサーヌ以外のエルフと会うのはこの旅が初めてのことで、本の中でしか知らない。

 本によると、神に最も近い種族とされ、とても美しく若々しい外見を持ち、人族の10倍近くの長命種、森などの魔素の濃く且つ澄んだ場所に住んでいるとされる。

 賢明である反面、閉鎖的で無愛想、短命種の人族を見下していると言われてもいる。


 カレタカもその例とは違わないようで、スラリとして細身の透き通った白い肌、金色のさらりとした長い髪、中性的な整った若々しい顔立ちをしている。

 そして、無口で無表情なため、何を考えているのかよく分からない。

 自由奔放なロクサーヌはかなりの変わり者なのだと思う。


 エルフの村は、木で出来ていた。

 その家々は、ただの木造建築物ではなく、大樹そのものの中にあった。


 太く短い切り株のような外壁、屋根は緑の枝葉で覆われ、細かい枝々が装飾やバルコニー、外階段を形作っている。

 節の抜けたような壁には、飾り窓が取り付けられている。

 大小様々な家々があり、まさに森と調和、いや、森そのものの中に生活圏が築かれているようだった。


 私はこの光景を初めて見たはずなのに、なぜか懐かしく、心が安らかになっていくような気がする。


「凄いです。どこに行っても驚かされるばかりです。世界って本当に広いのですね」


 私の前でレアと並んでいるヴィクトリアは、感嘆のため息を漏らした。

 そのヴィクトリアに、アルセーヌは守護騎士シュヴァリエのように優しく笑いかけた。


「ええ、本当にそうですね、ヴィクトリア様。この世界って素晴らしいもので溢れていますね」

「はい! 本当にありがとうございます、アルセーヌ様! わたくしを外の世界に連れて行ってくださって!」

「ハハハ。喜んでいただけて光栄です。俺はヴィクトリア様にはもっともっと多くのものを見て、視野を広げてほしいと思っています。ヴィクトリア様の(成長の)ためならば、何でもいたします」

「ま、まぁ! そ、そこまで、わたくしのことを!」


 守護者のようにニッコリと優しく笑うアルセーヌに、ヴィクトリアはうっとりとした目で火照って赤くなる頬を両手で覆っている。


 え?

 何これ?

 なんでいい雰囲気みたいになってるの?


 ヴィクトリアは勘違いして、口説かれているみたいにうっとりとしている。

 アルセーヌは自分の発言に何も気づかないで、ニコニコと笑ってエルフの村に目を向け直して、隣りにいるヴィクトリアの様子に全く気づいていない。


 何よ、この天然女ったらし!

 いつも女の子を勘違いさせることを無責任に言って!

 やっぱり、シュヴァリエ家のドンファンの孫じゃない!

 元々かっこいい顔しているのに、『冬将軍』でさらに一段と男らしくなっているんだから、自分の発言に気をつけなさいよ!

 どうせ、北への旅でも同じことしてたんでしょ、このバカ!

 ああん、もう、ムカムカする!


「ん? どうした、ロザリー? そんなに怖い顔して……もしかして、生r……カハァ!?」


 私は、デリカシーの欠片もない事を言うアルセーヌのバカ面に氷弾を投げつけた。


「……アニキ、バカだろ?」

「……ご主人たま、バカですニャ」


 フィリップとレアは、吹っ飛ばされたアルセーヌに呆れた白い目を向けている。


「「……わ、わふん!?」」


 子狼のロロとフレイアは、びっくりして私の前にピンとおすわりをした。

 多分、今ので私がこの群れの頂点だと、本能的に勘違いしてしまったようだ。


「あ、アルセーヌ様!?」


 ヴィクトリアだけは、慌ててアルセーヌのもとに駆け寄っていった。

 それから、私に非難の目を向けてきた。


「ひどいですわ、ロザリーさん! ご自分がお相手にされないからって、こんな。

さ、アルセーヌ様、あのような暴力女のことは忘れて、わ、わたくしと……」


 ヴィクトリアは、地面に転がるアルセーヌに聞き捨てならない事を呟いている。

 い、意外と油断できないお姫様だわ。


「こら! あんたたちは、また遊んで!」


 ロクサーヌはまだ不機嫌なままだ。

 と、村からエルフたちがやって来た。


『あらあら、貴女は相変わらず騒がしいわね、?』


 その一人、ロクサーヌとよく似たエルフが精霊語でロクサーヌに語りかけた。

 勉強中の私には、何を言っているのかはっきりとは分からない。

 ロクサーヌはさらに不機嫌にムスッとした。


『……その呼び方は、やめてよ、叔母さん。その名前は嫌いよ』

『そうはいっても、貴女は歴代最高のシャーマンの娘なのよ? ハシェバード=善意の女神の名前を継いで当然……あら? あの子は……』


 ロクサーヌの叔母は、珍しいものを見る目で私のところにやって来た。

 私は不思議に首を傾げているとそのエルフは、軽く微笑んでいるように聖教会圏の共通語で話しかけてきた。


「本当に珍しいお客さんね? ニンフ族がまだ東の大陸で生き残っていたのね」

「え? ニンフ?」

「あら? 貴女は自分の事を知らないのかしら?」


 エルフは困ったように、ロクサーヌの方を向いた。

 ロクサーヌは、声を荒げてそのエルフを咎めた。


「もう、叔母さん! 余計なこと言わないでよ! いっつも人のプライバシーにズカズカと入り込むんだから!」

「あらあら? 私はただ気になったことを聞いただけよ?」

「だから、それがダメなのよ!」


 と、ロクサーヌとその叔母は、言い合いというよりもロクサーヌが一方的に怒って、叔母はひょうひょうと受け流しているだけだが。


 でも、私は頭が混乱してしまっていた。


 もしかして、私って人族じゃないの?

 私が両親と似てないのって、そういうこと?

 私だけが家族の中で魔法が得意なのってそういうことなの?

 私って、養子?拾い子?取り替え子チェンジリング

 私って……誰?


・・・・・・


―フランボワーズ王国、河川地帯旧クレベール家領内ソレル砦―


 エドガール軍は、ギュスターヴの大活躍により、タッソー家の二枚看板クザン、デュバルを撃破した。

 しかし、初戦の大勝利を収めたが、所詮は局地戦であったため、圧倒的に数で勝るタッソー家に物量で押され、エドガール軍の最前線は撤退した。

 そして、リーン川の支流が複雑に絡み合う防衛に向いたソレル砦に立て籠もった。

 

 ソレル砦は、エドガールたちの本拠地コルマール砦の隣の小領主ソレル家が治めている。

 ソレルもエドガール軍に加わっており、決して強兵ではないが、地の利を生かしてタッソー家の進軍を防いでいた。


 この砦の周囲には小川が流れ込んでいて、天然の堀が張り巡らされている上に、見事なまでに頑丈な城壁、要所要所に望楼が建てられている。

 東は天然の要塞リーン川の主要な支流エル川が流れ、北側には大湿地帯があり、さらに念を入れてエル川から水を引き入れて底なし沼にしている。

 南側は唯一のコルマール砦からの補給路があり、おのずと相手を誘い込むのは西側となる。


 この砦は、400年前の聖魔大戦の頃に築かれ、大小様々な戦争で難攻不落の砦として活躍してきた。

 ソレル家は、名門武家旧クレベール家の守備の要でもあった。

 

「どうだ、守備の方は?」


 エドガールは、守備責任者でもある砦の主ソレルの元へとやって来た。

 その後には、親衛隊長ギュスターヴと軍師のリュウキもいる。

 ソレルは、エドガールの前に慌てて跪いた。


「こ、これは殿下! え、ええ、敵の猛攻は凌いでおります」


 ソレルは、凌いでいると言いつつも、どこか歯切れが悪かった。

 そこに、エドガールはピクリと片眉を上げて反応した。


「ふむ? 何か問題でもあるのか?」

「は、はい。敵は数に余裕があるせいか、堂々と正攻法で攻めてきております。」

「なるほど。こちらが奇策で両看板を討ち取ったが、相手にはまだ余裕があるようじゃな」


 リュウキは二人の話を聞いていて、何が起こっているのか予測は出来たようだ。

 ちょうどその時、相手からの攻撃魔法の火炎弾が飛んできて、ギュスターヴはエドガールを盾で守った。


「ハハハ! さすがは、ギュスターヴだな! いつでもどこでも目が光っているな!」

「何言ってるんですか。俺が何もしなくても、殿下なら余裕で防げたでしょうが」


 エドガールは、ギュスターヴをからかうように笑い、ギュスターヴは呆れながら軽くふぅっとため息をついた。


「ハハハ! そう冷たいことを言うな、我が友よ! だが、私もこれでよく分かったぞ。なるほど、遠距離攻撃での空中戦か。定石通りの攻撃だが、10倍もの兵力差になると恐ろしく手強いな」


 敵の戦法をあっさりと見抜いた主君に、リュウキは満足したようにニコリと笑った。


「そういうことじゃ。相手は我らに誘われたように西側に陣を敷いておるが、さすがに相手もバカではない。土の丘を築いて、その上に櫓を組み上げたようじゃ。そして、そこから矢や魔法による空中戦を仕掛けてきたか」

「うむ。定石は昔から研究されて使い古されているが、最善の方法だ。大軍に兵法なし、とはよく言ったものだ」

「……でもよ、どうすんだ? 敵がどっしりと腰を据えちまったら、勝ち目はねえんじゃねえの?」


 リュウキとエドガールが余裕で相手を褒めていたが、ギュスターヴはそんな二人に呆れて腕を組んでいる。

 心配するギュスターヴに、リュウキはニヒッといたずらっぽく笑った。


「ふぁっふぁっふぁ! 心配するでない『爆炎剣』よ。妾を誰と心得ておる? 寡兵よく大軍を破る、そのために妾を招いたのであろう?」

 

―ソレル砦西側、タッソー家陣営―


 タッソーは宰相ジラールから叱責の書状を受け取り、顔が青ざめていた。


 ジラールが後ろ盾についていたからこそ、タッソーはこれほどの大勢力を手に入れていたのだった。

 このままエドガールに対して敗北が続けば、あの恐ろしい宰相に粉砕されるのは自分であるかもしれないと恐れたからだ。

 この様を見て、軍師のゴダールは深い溜め息をついて、助言を述べた。

 

「殿、そのように恐れずとも問題はありませんよ。宰相様がお怒りになっているのは、相手を侮り短期決戦にこだわって、クザン、デュバルの猛将を失ったからでしょう? 要は最後に勝てばよいのです。焦らず長期決戦に持ち込めば確実に勝てます」


 これによって、タッソーは安心したように頭をバッと上げた。

 これに反論をしたのは、またしても、最古参のサックスであった。


「何をおっしゃいます。あの恐ろしい宰相様が、いつまでも初戦の敗北の責を見過ごすはずがありませんよ。このままのんびりしていたら、あの御方はまた首のすげ替えに望むでしょうな? そうなる前に、早めに手を打つことです」


 この二つの意見にタッソーは大きく頭を悩ませた。


 タッソー軍は、今は定石通りに空中戦を展開しているが、まだ方針を決めかねていた。

 戦況はまだまだ有利であるのに、勝手に自滅していく主君にゴダールは内心呆れ果てていた。

 その時、戦場では大地が震え、轟音が鳴り響いた。

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