第九節 アルカディア大陸到着

―アルカディア大陸西部、世界樹の大森林―


 妖精島から飛び立ち、途中の島でキャンプをしながら、2日目にアルカディア大陸に入った。

 さらにもう1日飛び続け、大陸を横断し、人族にとって未踏の地アルカディア大陸西部に到達した。

 

「……す、すごい。これが、世界樹の大森林」


 ロザリーは、思わずポツリとつぶやき、ゴクリとツバを飲み込んだ。


 遠くにそびえたつ山々、その手前には高くそびえる巨樹の木々といった景観は、大自然のスケールと美しさに息を飲まされる。

 その中でも一際天高くそびえ立つ巨樹、世界樹が目を惹く。


 『妖精島』も素晴らしい自然の楽園だったけど、ここはまた違った感じで雄大で力強い。

 カリフォルニアのジャイアントセコイア国立公園のようではあるが、そのスケールははるかに桁違いだ。


 俺が知っているのは、すでに人間が偉大な森の長老たちを強欲に浪費した後の姿だけだ。

 それでも、あの景観は圧倒されるものがあった。

 だが、ここはまだ人間がやってくる以前の手つかずの世界だ。

 筆舌に尽くしがたいとは、まさにこのことだろう。


「……小さき者は去れ、か」


 俺はポツリと呟いた。

 何かで読んだ気がする言葉だが、この森を目の前にすればそう口にしたくもなる。


 小さき者、つまりは人間のことだろう。

 自分が如何にちっぽけな存在なんだと教えられる。

 人間が世界の頂点だとは思ってはいけないんだ。


 人間自身が謙虚に、世界の上に住ませてもらっていると自覚しなければ、この世界でも同じような過ちを繰り返すことだろう。

 一度失われた森を本当に再生させるには、数百年、数千年もかかる。

 人間の文明なんて、所詮何かを犠牲に成り立っているのだから、人間の都合だけを優先すれば、いずれ思わぬしっぺ返しがくるに違いない。

 

「どうかなさったのですか、アルセーヌ様?」

「そうですニャ、ご主人たまお腹痛いのですかニャ?」


 ヴィクトリアとレアが心配そうに俺の顔を見上げている。

 俺は妖精島で起こった悲劇を聞いて、ガラにもなく、つい真面目に考え込んでしまったようだ。 


「へっへっへ、クソでも我慢してんのかよ、アニキ?」


 フィリップはニヤつきながらからかってきたので、たるんでいる腹に気合を入れてやった。

 まったく、ナメやがって。

 俺だって、真面目に考えることもあるんだよ!


「大丈夫よ、みんな。アルだってたまには真面目な顔をすることだってあるんだから」


 ロザリーは、困った顔で俺のフォローをしてくれた。

 さすが、俺の一番の理解者、嬉しいことを言ってくれる。

 一緒にいてくれるだけで安心だぜ!


「ロザリーの言う通りだぜ、みんな。俺だって、真面目に考えることもあるんだよ。さすが、俺のあいぼ……ぶふ!?」


 俺は照れ隠しにロザリーの肩を抱こうとしたら、それを分かっていたかのようにロザリーの拳が俺の脇腹に突き刺さった。

 クッ、ここまで俺の行動が読まれていたとは。


「むぅ! わ、わたくしだって、それぐらい分かっていました~!」


 ヴィクトリアは、頬をぷぅっと膨らませて悔しがっている。

 あれ?

 またロザリーに対抗心をむき出しにさせてしまったようだ。


「ニャーン! レアはご主人たまに抱き締めてほしいですニャ!」


 と、レアは、腹を押さえて蹲る俺に飛びついてきた。

 レアに押し倒された俺に、子狼のロロとフレイアも遊んでいると思って乗っかってきた。

 やっぱり、俺は小難しいことを考えないで、こうやってチャラけている方が性に合ってるな。


「こら! あんた達は遊んでないで早く来なさい! 置いていくわよ!」


 ロクサーヌはシャトルポッ○を停めると、俺達のいる小高い丘の上から下りようとしている。

 眉を吊り上げて怒ってはいるが、すぐに呆れたように笑った。

 そして、その目から一筋の涙がこぼれた。


「え? どうかしたんすか、ロクサーヌさん?」

「……あら、変ね? ホームシックってことは無いんだけどねえ?」


 ロクサーヌは不思議そうに首を傾げている。


 と、そのロクサーヌの後ろから、見た目の若い男のエルフが丘を上ってきた。

 そして、ヴァル○ン・サリュートで挨拶をしてから、恭しくロクサーヌに頭を下げた。

『おかえりなさいませ、様。酋長も村でお待ちしております』

『あっそう、カレタカ。『偉大なる神秘グレートスピリッツ』に呼ばれた者達を連れてきたわよ』

『……そうですか。人族がこの地にやって来るとは、実に400年ぶりですね。また何か良からぬことの起こる前触れでしょうか?』


 カレタカは、無表情だが俺達を値踏みするように見ている気がする。

 ロクサーヌはうんざりしたようなため息をついて、ふんと鼻で笑って怒鳴った。


『知らないわよ! あたしは帰る気なかったのに!』

『それは、無理な話ですよ。なぜなら、貴女様は……』

『うっさいわね! 分かってるわよ!』


 ロクサーヌは、プンプンしながら早足で丘を下っていった。

 事情の知らない俺達は、戸惑いながらも丘の麓の湖の畔、エルフの村へと向かって歩いていった。


・・・・・・


―フランボワーズ王国王都 大聖堂―


 エドガールの第一夫人テレーズは、平民に変装し懺悔室にやって来ていた。

 ローブを頭から被り、人目につかないようにしている。


「わたくしは罪の告白をいたします」


 その口調は温厚で控えめ、消え入りそうなほどの儚くも小さい声で呟いた。

 これは、演技でも何でも無い。

 この姿もまたテレーズの本当の姿の一面である。


 懺悔室の中にいた司祭は、ほぼ一日中訪れる者がいないため、居眠りをしかけていた。

 しかし、突然起こされたこともあり、不機嫌そうな顔であるが、外からはうかがい知ることは出来ない。

 テレーズは話し続けた。


「わたくしは、許しがたい罪を犯してしまいました。わたくしはある御方を愛し、その御方に愛されてきました。しかし、わたくしはあの御方を危険な地に行くことを止められもせず、きっとあの御方は今も苦しんでおられます。もし、あの時わたくしが止めていれば、あの御方が淫売の誘惑に負けることなく、今も二人で幸せに暮らせていたというのに。全ては、わたくしに意気地がなかったのがいけないのです。あの御方に不貞の罪を犯させてしまったのは、わたくしがいけないのです。わたくしが……」


 テレーズは罪の告解と言っておきながら、どこまでもエドガールへの愛情という名の偏執的な執着をただ語るだけだった。

 これは毎度のことではあるが、不幸にも今回の司祭はいつもとは別人でテレーズとは初めてだった。

 ついうっかりと悪態を呟いてしまった。


「チッ! 何なんだ、このイカレ女は? どうせ、このイカレ女から逃げたくて若い女に走ったんだろ……ぎぃやぁあああ!?」

「も、もう、もういっぺん、い、言って、言ってみろ、ゴラァアアア!?」


 突然激昂したテレーズは、懺悔室の仕切りを拳で突き破り、中の司祭の胸ぐらを掴んで外に引きずり出した。

 司祭はあまりにも予想外のことで、混乱して股を濡らし固まっていた。

 その目の前には、歯をむき出しにし、瞳孔の開いた目の常軌を逸したテレーズが見下ろしていた。

 

 この騒ぎに教会騎士たちが駆けつけてきたが、テレーズは興奮冷めやらず、黒い魔力を迸らせていた。

 ここに現れたのは、毎回テレーズの話しを聞いていた男だった。


「これは。大変失礼いたしました。この度は我々の落ち度でございます。こちらへお願いいたします」


 その男は、何とフランボワーズ王国宰相ジラールであった。


 このジラールは、宰相でありながら聖教会の枢機卿でもある。

 この立場であるため、先の粛清において、聖教会を動かすことが出来たのである。


 この宰相は、何十年もの間、フランボワーズ王国の宰相を務め、先代の王の時代からこの国を裏から操ってきた。

 権力の亡者と影で罵られてはいるが、実は私利私欲にとらわれない人物であり、フランボワーズ王国の発展に尽力する優れた政治家でもある。

 しかし、その反面、敵対者たちを徹底的に弾圧した。


 ジラールの苛烈な方法は彼の敵を威嚇するためのもので、恐るべき枢機卿は人を支配するよりも粉砕する、と評された。

 あの裁判で、ロワールを陰湿に追い詰めていたのもその現れだった。


 ジラールとロワールは政策の方針の違いがあり、事あるごとに対立してきた。

 ジラールは封建貴族たちの国政への影響力を抑制させようと画策し、大領主であるロワールは当然の如く反対した。

 決定的だったのが、聖教会の中でも宗派の違いがあるだろう。

 罠であることを承知で、あの裁判でロワールを排除するチャンスに乗っかった。

 

 ジラールは、フランボワーズ国内外にスパイ網を構築している。

 その一つが、闇ギルドでもあったが、それほど重要視をしていない。

 自分を陥れようと近付いてきた闇ギルドマスターを逆に取り込んだだけなので、自らの懐は傷んではいなかったからである。


 ジラールはすでに敵の正体に感づいていた。

 聖教会に敵対する者達『ザイオンの民』が、エドガールを裏で操ろうと企んでいることも。

 そのエドガールを自分にぶつけようと画策していることも。

 

 そのジラールがテレーズに接触してきた理由、それはエドガールにとってのアキレス腱、エドガールの寵愛を独占するためならば何でもする女だからである。

 

「……困りますなぁ、テレーズ様?」


 ジラールはテレーズを自分の執務室へと案内し、困り顔で振り向いた。

 テレーズは今では落ち着き、申し訳無さそうなまま俯いている。

 ジラールも、テレーズはエドガールのことがない限りは、おとなしい性格だということは長い付き合いで分かっていた。

 何も答えようとしないテレーズに、ジラールはため息をついた。


「やれやれ、エドガール殿下のことで何かありましたかな?」


 テレーズは、バッと顔を上げて、エドガールのことを爛々と興奮しながら語り出した。

 ジラールは毎度のことでうんざりとしていたが、いくつか興味深い情報もあったので、特に口を出さずに最後まで聞いていた。


「……ふむ。テレーズ様のご苦悩、よくご理解いたしました。邪なる者達に唆されたエドガール殿下をテレーズ様の元にお戻しになるように尽力いたします。心安らかならんことを、光あれ」


 ジラールがテレーズの告解を最後まで聞くと、テレーズは涙を流しながら礼を言い、帰っていった。

 ジラールは、テレーズの去っていく後ろ姿を見送ると、すぐに手紙をいくつかしたためた。


 宰相ジラールは今、牙を剥き、敵対する者達を粉砕するために、ついに動き出した。

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