第四節 ハーレムなんて・・・

 えーと、これ、どういう状況なの?


 俺はシャト○ポッドに乗っているわけだが、それはいいとしよう。

 銀メタリックの内装を基調にして、オレンジの明るい照明、よくわからない計器盤、などなど、SF要素満載なのもギリギリ良しとしよう。

 前方のコックピットに、黒革張りのパイロット席に耳の尖った女エルフのロクサーヌと、助手席になぜかフィリップがいるのは、とりあえず許すとしよう。


 俺は後方の2人用のベンチシートに、なぜか右隣にロザリー、左隣にヴィクトリアと3人で座っている。

 二人共小柄なのでそれでも良いはずなのだが、なぜか落ち着かない。

 両サイドから殺気が迸っているせいだ。


「ロザリーさん? アルセーヌ様にくっつき過ぎではありませんか?」


 ヴィクトリアは俺の左腕に両手で抱きつきながら座わり、メラメラと燃えるように全身が熱い気がする。


「いえいえ、ヴィクトリア様ほどではありませんよ? 私はあるはずの席がないので、仕方なくここに座っているだけですので」


 ロザリーはニコリと笑ったはずだけど、なぜか凍りつきそうな冷気を感じるんですけど?

 俺はただダラダラ冷や汗を流して、真っ直ぐにピンと姿勢を正して固まっている。

 

 俺は対面のベンチシートのレアと、子狼のロロとフレイヤを見た。

 気持ちよさそうに、くっついてすでに寝ている。


 はい。

 俺が間違ってましたね。

 子ネコと子狼に助けを求めること自体間違ってましたねー。


 俺は一瞬、コックピットにいるフィリップと目が合った。

 

 こ、この豚野郎!

 全力で目を逸らしやがった。

 クソ!

 要領よく逃げやがって!

 後でシメてやる!


 その隣で、このシャトル○ッドを操縦しているロクサーヌが、俺を見てプククと含み笑いをしている。


 ああ、そうかよ!

 俺の不幸がそんなに楽しいのかよ、このクソ○ッチ!


 ……ていうか、おかしいだろ!

 なんで俺がこんなラブコメ展開に巻き込まれねばならんのだ!


 まあ、このじゃじゃ馬姫が色々勘違いしてやらかすことは、分からんでもない。

 まだまだ子供だしな。

 だが、ロザリーには、もうちょっと年上の余裕を見せてほしいよ。

 ヴィクトリアにケンカ売られてるからって、同じレベルで対抗しなくてもいいのに。

 俺達は結婚してるわけでも、付き合ってるわけでもないじゃん。

 確かに、一番の相棒だし、一緒に住んでたよ?


 ま、まあ、俺が思いっきりロザリーに抱きついたせいで、ヴィクトリアにヤキモチ焼かせたのがいけないんだけどさ。

 だって、久しぶりに会えて嬉しかったし、そ、それに、ロロをモフモフしてる時の無邪気な笑顔も可愛かったしさ。

 い、いや、いきなり抱きついたら、セクハラってことぐらい分かってるよ?

 分かってるけど、我慢できなかったんだもん!

 もうね、ロザリーがいるだけで凄い安心しちゃってさ、つい。

 

「……ねえ、アル? さっきから変なことばっかり考えてない?」


 ロザリーは、誰かに言い訳するように考え込んでいた俺をジトーっとした半目で見ている。

 俺は、ハッとして顔を上げて、笑ってごまかした。


「ハハハ! べ、別にそんな事無いって!」

「そうですよ、ロザリーさん。被害もーそーってやつじゃないですか?」


 と、ヴィクトリアはまた挑発するようなことを言う。

 ロザリーはそれを鼻で笑って鋭く切り返した。


「そうでもありませんよ? 私の方が、アルとの付き合いが長いので、考えていることぐらいすぐに分かりますよ?」

 

 だから、簡単に挑発に乗るなよ!

 って、そんな簡単に俺の考えが読まれてる事自体怖いんけど!?

 え、俺ってそんなにわかりやすいの?


 と思ったけど、そうでもなさそうだ。

 ヴィクトリアは分からないようで、悔しそうに涙をためてロザリーを睨んだ。

 あ、やべ、ほっといたら、泣くぞ!


「ま、まあまあ、ヴィクトリア様。前回の旅では、俺たちもかなり濃い付き合いだったではありませんか?」

「まあ、嬉しいですわ! アルセーヌ様も、わたくしと同じく親密な関係だと思っていてくださったのですね!」


 ヴィクトリアは、俺に最高の笑顔でギュッと全身で抱き締めてきた。

 今度はロザリーが、ピキッと凍りつくような見下す目で俺を睨んだ。


「……へえ? アルは子供にも手を出す変態だったんだ? ふーん?」

「え!? ち、ちが! そういう意味じゃないって! お、俺にとって一番のパートナーはロザリーだし、そ、それに、にぎゃぁ!?」

「むぅ! アルセーヌ様は、どっちの味方なのですか!」


 ヴィクトリアは真っ赤な顔で頬を膨らませて、俺の脇腹を思いっきりつねった。


 か、勘弁してください!

 い、胃がキリキリ痛むんですけど!

 ハーレムやりたいやつの気がしれねえよ!

 リアルな女を知っていたら、ハーレムなんてマジでありえねえよ!

 二人を相手にするだけで限界だよぉおお!

 ハーレムなんて、イヤだぁあああ!

 は、早く到着してくだせぇえええ!!


 俺は、この世界の駄女神に祈った。

 目的地で、これ以上の困難が待ち受けているとも知らずに。


・・・・・・


 ―河川地帯某所、タッソー家本陣―


「報告いたします! 賊軍本隊、リーン川南部より北上中です! その数、九百!」

 

 伝令の報告を受け、葉巻をくわえていたタッソー家当主ジョセフは鼻で冷ややかに笑った。

 それもそのはず、タッソー家の軍勢は1万で、圧倒的に数で勝っているからである。


「何と愚かな。王家の第一王子というのは、戦というものを分かっておらんのか?」


 このタッソーの嘲りの言葉に、周囲の側近たちも追従して大笑いした。

 そして、次の伝令がやってきた。


「報告いたします! 賊軍別働隊百名、リーン川対岸を大きく北上中です!」


 この伝令を聞き、タッソーは大笑いをした。


「ハッハッハ! 少ない軍を更に分けて、背後から奇襲をかけるつもりとは! 何とも、健気なことだなぁ? 軍の動きが筒抜けだというのに、クックック!」

「まったくです! 寡兵で勝ち目がないからとはいえ、たかが書状だけで寝返れとは片腹痛いですな! ハッハッハ!」


 タッソーの側近は、エドガールの署名の入ったリュウキの書いた書状を破いて捨てた。

 そこには今回の戦について、エドガールこそが河川地帯の正当な統治者であるため軍門に下り、別働隊と呼応して内部で撹乱するように、と書いてあった。

 だが、この側近はその書状の内容をタッソーに逐一報告し、虚偽ではないかと念の為に斥候まで放っていたのだ。


「クックック。これで、愚かな第一王子を屈服させ、この地区を平定してやる。この勢いのまま、河川地帯全ての覇者となるのだ!」


 タッソーは頭頂の薄くなった灰色の髪だが、野心に満ちた獰猛な顔でニヤリと笑った。

 そして、大柄な武将を呼んだ。


「クザン! 我軍最強の貴様が、絶望を与えてやれ!」

「御意!」


 顔中に真っ黒なヒゲの大男クザンが、千の騎馬隊を率い、大河であるリーン川を渡河するために船に乗り込んでいった。


 クザン隊は、急いで北上するエドガール達別働隊を堂々と待ち構えていた。

 リーン川の畔の開けた地点、川の反対側は深い森があるが、クザンは先に動く気配はない。

 多勢で侮りはあるだろうが、下手に動くよりも相手を先に攻めさせて、数で飲み込む作戦のようだ。

 そのクザン隊が見えた時、エドガール達は立ち止まった。


「ハッハッハ! 見事にこの動きをとは、驚きではないか!」


 エドガールはクザンの隊を見て楽しそうに笑った。

 その隣でギュスターヴは、やれやれと苦笑いだ。


「殿下。この数で負けてる状態で真っ向からやり合うんですよ?」

「そうだな! だが、そなたは、大抵の将軍にも一騎打ちなら勝てるのであろう?」


 この圧倒的に不利な状況でもエドガールは明るく笑った。

 その大将が疑うことなく己を信じ、ギュスターヴは少し恥ずかしそうに頭をかいた。


「……ハァ、殿下には敵いませんよ」

「ハハハ! 私は『爆炎剣』だから出来ると信じておる。それとも、相手のクザンに臆しておるのか?」


 エドガールはニヤリと笑い、ギュスターヴを挑発するような目で見た。

 ギュスターヴは、少しムッと顔をしかめて相手の旗印を見た。


 タッソー家に付き従う騎士クザンは、フランボワーズ王国内で名の知られた武芸者である。

 かつての武闘派クレベール家の騎士の中でも、実力は頭一つ抜け出ていた。

 クザン駆け抜けるところ草木もひれ伏す、とまで言われるほどの猛将でもある。

 そして、フランボワーズ王国で最も名のある武芸大会『剣聖祭』でも、前回出場している。

 不運にも、初戦で現聖騎士長フランソワ・クーロンに敗れはしたが、相手が悪かったことでその株を落としてはいない。

 ちなみに、そのフランソワ・クーロンが優勝者で、その師のジル・ド・クランは出場すらしていなかったが。


「まさか! この俺が、あんな力押ししか能のないイノシシに負けるわけ無いですよ」

「ハッハッハ、そうだな! この私が憧れた『爆炎剣』がその程度のはずがないな!」


 エドガールは、ギュスターヴとの話を終え、後ろに控える兵たちに体を向けた。


「そなたらは、奇跡が見たいか!」


 エドガールの声は明るく、自信に満ちていてよく響く。


「「おう!」」


 兵たちもこの不思議な声色に無意識のうちに高ぶっている。

 エドガールはその声だけを聞き、目を閉じて空を仰いだ。


「この戦は、未だ前哨戦。なれど、ここから全てが始まる。我らが魂の唄を奏でる時だ。さぁ、最高の晴れ舞台だ! 全軍、私に続け!」


 エドガールはカッと目を見開き、抜いた剣を空高く掲げ、全力で駆け出した。


「「「うおお!!!」」」


 兵たちが覇気に満ちた掛け声とともに、全隊突撃した。

 

 これを見て、クザンは小馬鹿にするように笑った。


「ほぉ? この勝ち目のない状況で、突撃とは。クックック。堂々と蹴散らしてやろう。……両翼歩兵隊、広がって包み込め! 中央魔導兵、撃てい!」


 クザンの号令とともに、正面から魔導砲が先頭のエドガールに襲いかかった。


「へ! こいつは予想通りだぜ!……てめえら、死んでも殿下を守れ!」

「「は!!」」


 ギュスターヴの号令で、親衛隊はミスリルの盾でエドガールを守った。

 ギュスターヴの爆炎魔法で、冬の間徹底的に鍛えられただけあって、半端な魔導砲ではびくともしなかった。


 しかし、これだけでは数の差には敵わなかった。

 エドガール隊は魔導砲と矢だけで押し戻され、突撃の勢いが消されてしまった。


「っと、さすがに数の差か。……よし、全軍引けぇ!」


 エドガールの号令と共に、全隊敗走していった。


 これを見て、クザンは嘲って鼻で笑った。


「ふん! 弱い! 弱すぎる! 何の策もなく敗走とは、片腹痛いわ! 全軍、追撃だ! 徹底的に蹂躙しろ!」


 クザン隊は、全力で敗走していくエドガールの隊を飲み込もうと追撃していった。

 

 これを虎視眈々と待ち続けている者達がいた。

 木の生い茂る森の中で息を潜め、虫にその肌を刺されようとも、爬虫類がその身の上を這い回ろうとも、じっと身動き一つせず、ひたすら待ち続けていた。


「……よし。キタ、キタ。行くぞ、みんな、ついてこい!」

「「うおおおお!!」」


 その者たちとは、アンリ達コルマール砦の兵、エドガール軍の最精鋭部隊だった。


 クザン隊は、エドガールたちを侮り、全隊がバラけて数の優位を失ってしまい、長く伸びすぎてしまっていた。

 アンリ達伏兵に側面を突かれ、一気に足並みが乱れた。


「何!? くそ、ぬかったわ! だが、数は負けておらん! うろたえるな!」


 クザンの怒号で、乱れた隊が再び足並みを揃えかけた時だった。


「全体、反転!!」


 エドガールのよく響く声で、エドガール隊が見事に反転し、クザン隊に向き直った。

 そして、一番に切り込んでいったのは、この男ギュスターヴである。

 その狙いは、一直線でクザンの首を狙っていた。

 が、クザンも待ち構え、ギュスターヴとの一騎打ちに乗り出した。


「甘いわ! どこの馬の骨かは知らんが、死に急ぐでないわ! このワシをナメるな!」


 クザンは、ギュスターヴに向かって一気に駆け出した。

 そして、ギュスターヴの脳天から叩き切ろうと、馬上から巨大な鋼鉄のハルバートを振り下ろした。


「遅え!」


 ギュスターヴは、馬上で更に飛び上がり、クザンの一撃を身軽にかわした。

 照りつける太陽を背に、クザンへとそのまま斬りかかった。

 クザンはほんの一瞬太陽で目が眩み、ギュスターヴの一撃を受け止めようと頭上でハルバートを防御に構えた。


「うおおお! 爆炎剣フラゴ・スパーダ!」

「チッ!? ま、眩……ぶばあああん!?」


 ギュスターヴの必殺の爆炎の魔法剣は、クザンのハルバートを真ん中からへし折り、クザンの脳天を鋼鉄の兜ごと爆破した。


 たったの一撃だった。

 この一撃でクザン隊は恐慌状態に陥った。


「さあ、貴様らの隊長は討ち取られたぞ! 我軍には、戦女神に愛されし、一騎当千の『爆炎剣』ギュスターヴがいる! 退くならば、見逃してやるぞ!」


 エドガールの良く通る声で、隊長のいなくなったクザン隊は恐れ慄き潰走していった。

 

「さあ、初戦は我らが制したぞ! 勝鬨をあげよ!」


 エドガールの号令で、勝鬨が大きくこだました。


「ハッハッハ! 見事に、リュウキのであったな?」


 エドガールは楽しそうに笑いながら、剣を収めたギュスターヴに話しかけた。


「ええ、見事でしたね。あの偽情報の書状だけで、相手が俺達を侮ってくることも、最強の駒のクザンを無駄に使ってくることまでも操るとは。恐ろしい程ですね」

「そうだな。あの軍師が味方で良かった。もちろん、そなたも流石『爆炎剣』だったぞ?」

「ありがとうございます。あの程度の相手に勝てないようじゃ、俺の存在価値はないですよ」


 エドガールとギュスターヴは笑い合い、奇襲を成功させたアンリも合流した。


 こうして、エドガールは最初の一歩目を歴史に刻んだ。

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