第三節 女の戦い?
私がこの不思議な移動型魔道具の外を覗くと、外では大変な騒ぎになっていた。
武装した騎士団に囲まれているけど、どうやらアルセーヌが必死に説明しているようで、無事にこの騒ぎは収まりそうかな。
相変わらず、誰かのために苦労していて、クスッと笑ってしまった。
でも、その原因となったロクサーヌは、退屈そうにあくびをしてハッチに腰掛けて足をぶらぶらさせている。
この人は本当に無責任で気まぐれで困ってしまう。
私は、ハァっとため息をついて一歩外に出た。
「ああ! ロザ姉たまですニャ!」
と、ネコ獣人の少女レアが私を見ると、すごい勢いで飛びついてきた。
相変わらず元気一杯で、私も笑顔がこぼれてしまった。
「あはは。レア、久しぶり。北はどうだった?」
「楽しかったですニャ! ロザ姉たまと一緒に行きたかったですニャ!」
レアは大げさに顔を擦り付けてくるから、私も笑いながら相変わらず甘えん坊なレアの柔らかい白い髪を撫でた。
そこで、レアの後ろから灰色の子狼がこっちへ興味津々にピンク色の舌を出しながら、ちょこちょこ駆け寄って来た。
「ロザ姉たま、紹介しますニャ! 新しい友達のロロですニャ!」
子狼のロロは、かがんだ私の元に恐る恐る近付いてきた。
私の差し出した手の匂いを嗅いで、そしてペロリと舐めた。
「ああん、カワイイ!」
私はロロをぎゅっと抱きしめると、ロロもしっぽを大きく振って楽しそうだ。
お腹を出してコロンと転がったので、私はわしわしと撫で続けた。
私が満足してスッと立ち上がった時だった。
「おお、マイエンジェル!」
「ふぇ!?」
突然抱きしめられ、私は変な声を上げてしまった。
ええ!?
なに、なに!?
アル、セーヌなの!?
いきなり、どど、どうしたの!?
わ、私はまだ、こ、心の準備が……
……はっ!?
「やめなさい!」
「ゴブッ!?」
私は焦って、アルセーヌの腹に思いっきりパンチをした。
アルセーヌが苦しそうにしゃがみ込み、その先にいる相手の前で平静を装って咳払いをした。
その相手、ヴィクトリアがすごい形相で私を睨みつけていたのだ。
「これは、ヴィクトリア王女様、お久しぶりでございます」
「ええ、お久しぶりですね、ロザリーさん? 学業を疎かにしていてよろしいのですか?」
「ええ、問題ありません。すでに大学での許可を頂いて、新大陸アルカディアでの研究調査の準備は整っております」
「へえ? ロザリーさんもご一緒されるのですか。そうですか、それならば……」
ヴィクトリアは、また私を睨んでからブツブツ呟きながら、ツカツカとどこかに歩いていった。
その後ろ姿を見て、私はハァっと大きなため息をついた。
本当に、このお姫様には困ってしまう。
半年前の護衛任務で、アルセーヌのことを本気で好きになってしまったらしい。
子供とはいえ、本当に侮れない。
グイグイ攻めるし、今回の冬将軍でも船に忍び込んで無理やり付いて行くし、行動力もとんでもない。
人前でも気にしないで、唇を奪いに行く大胆さまで持っているんだから。
私だってそんなこと、まだ……
「へっへっへ! 姉御も姫様ぐらい素直になればいい……ぶべら!?」
「……何か言った?」
「……な、何でもないっす……」
私は余計なことを言うフィリップを氷弾で吹っ飛ばした。
フィリップは、ピクピクと小刻みに痙攣している。
「ろ、ロザ姉たま、怖いですニャ」
「くぅーん」
レアとロロが抱きしめ合って、ガタガタ震えていた。
アルセーヌが領主たちに説明を終え、この騒ぎは一段落した。
この街の騎士団も納得してくれたみたいで、それぞれの持場に帰っていった。
そして、アルセーヌたちはお世話になった領主一家と別れを告げて、この魔道具の中に乗り込もうと荷物を詰め込んでいた。
「ふ! お前も忙しいやつだな? アルカディアでも一旗揚げてこい!」
「おう! オーズさんも、マリーさんと上手くいくことを応援してるぜ!」
「ば、バカ言うな! お、俺は、別に……」
「へ! 自信持っていけよ! あの冬将軍を乗り越えたんだから、これ以上怖えもんはねえだろ?」
「ま、まあな。……また会おう、友よ!」
「おう!」
オーズは笑いながら、アルセーヌと握手をして、力強く抱きしめ合った。
この二人は、この旅で本当に仲良くなったみたいだ。
男同士は、素の自分を出し合って仲良く慣れるから、羨ましい。
「お待ち下さい、アルセーヌ様! わたくしもご一緒いたします!」
ヴィクトリアは急いで走ってきて、飛び立とうとする私達を呼び止めた。
これに一番驚いたのは、アルセーヌだった。
「い、いやいや! ヴィクトリア様は、オーズさんたちと王都に帰るんじゃないですか!」
「いいえ! わたくしも皆様とご一緒いたしますよ? 母上も爺も了承してくれました」
「ええ!? い、良いんですか、王女様なのにそんなに自由で!?」
アルセーヌは、驚きすぎてワタワタと混乱しているようだ。
このアルセーヌの態度に、ヴィクトリアは頬をぷぅっと膨らませた。
「むぅ! アルセーヌ様は、わたくしとご一緒は嫌なのですか?」
「い、いえ、そんなわけでは……お、俺にも通信魔道具を貸してください!」
「ええ、もちろんですわ」
アルセーヌは、ヴィクトリアから通信魔道具の手鏡を受け取ると、離宮のメアリー王妃と連絡をとっているようだ。
かなり焦っているようで、何度も驚きの声を上げている。
私がそのアルセーヌの背中を心配そうに見ていると、ヴィクトリアは勝ち誇った顔で私の方を見た。
どうやら、私もアルセーヌと一緒に行くことで、対抗心を燃やしているみたいだ。
ああ、この旅は大変なことが起こりそうな予感しかしない。
・・・・・・
―フランボワーズ王国王宮とある一室にて―
「キィィー! 何なのよ! こんなに、こんなにも、あなたのことを愛しているのに! 20年もあなただけに尽くしてきたのに! この私を捨てて若い女に走って! 絶対、絶対許さない!」
その部屋で荒れている女は、第一王子エドガールの第一夫人テレーズである。
テレーズはロートリンゲン大公家の出身で、フランボーズ王家との同盟関係の強化のためだけに、成人前に政略結婚でやって来たのだった。
王侯貴族の政略結婚は当たり前の話で、テレーズも初めから結婚生活には何も期待していなかった。
しかし、結婚相手となるエドガールの太陽のような明るさ、気遣いのできる紳士的な態度など、テレーズはすぐに恋に落ちた。
まさに、病的なまでに。
テレーズは元々、控えめどころか誰ともまともに話もできないほど引っ込み思案な少女だった。
だが、さらりとした長い亜麻色の髪、透き通るほどの白い肌、儚げな深窓の令嬢と言われるほど、見た目は脆い繊細な美しさがあった。
そのため、年も近く、美男子であるエドガールにふさわしい相手として選ばれたのだった。
それから、20年の歳月が流れていた。
この魑魅魍魎の巣である王宮の中で、どのように変化したのかは、想像しやすいのだろうか、それとも想像を絶するのだろうか?
「随分と荒れておられますね、義姉上?」
そこに現れたのは、第七王子リシャールであった。
背を曲げ、右足を引きずりながら杖をつき、歪んだ顔を出来るだけ穏やかに笑っているように見せている。
これに、ハッとしてテレーズは平静を装った。
「こ、これは、リシャール様。わ、わたくしは、な、何も……」
「アハハ。僕に様なんて付けなくてもよろしいのですよ? 貴女様は、エドガール兄上の第一夫人ではありませんか。」
「で、ですが、わ、わたくしは、その……」
テレーズはうまく言葉を出せずに、ゴニョゴニョと言い淀んでしまった。
これに、リシャールは言葉をかぶせた。
「おっしゃらずとも、僕には分かりますよ。義姉上が、どれほど兄上を深く愛しておられるのかぐらい」
「ええ! わたくしの気持ちがお分かりになるのは、リシャール様だけです! わたくしが、まだ年若い娘の時代から今に至るまで、いや、未来永劫あの御方を愛し続けるのです!」
テレーズは、若い娘のように頬に朱が差し、恍惚と自分の世界に入った。
「ですが、その兄上は、年若い身分もはるかに下の娘に夢中になっておられるようですね? そういえば、その相手は子供まで身ごもっていると……」
「キィィ! そう、そうだったわ! そ、そんな、そんなどこの、どこぞの売女なんかが! わ、わた、わたくしの、わたくしのエドガール様を! エ、エド、エドガール様の子種を、う、うば、奪った、売女の股の間から、し、しし、子宮ごと、き、斬り裂いて、や、やるぅ!」
テレーズは興奮しすぎてドモリ、瞳孔を開いてワナワナと震えた。
このテレーズの取り乱しようを見て、リシャールは内心ニヤリとした。
リシャールは、このテレーズの病的なまでの嫉妬心をすでに知っていたのだ。
エドガールには、このテレーズ以外に第二夫人もいた。
しかし、子宝を授かったある日、王宮の畔の湖で溺死して見つかった。
その死因は事故死として片付けられたが、嫉妬に駆られたテレーズが犯人であるという噂が立っていた。
本当は、真犯人が誰なのかは、誰もが分かっていた。
だが、エドガールの欠点は、人の悪意について鈍いことだった。
嘆き悲しんだエドガールは、第一夫人を疑うことなく、噂を無視して幾日も共に過ごして慰められた。
この結果に、テレーズはますますエスカレートし、エドガールの寵愛を独占しようと躍起になった。
社交の場でエドガールに近づこうとする女達を、徹底的に影でいじめ倒して排除し、第三婦人を招こうと画策する取り巻き達も、ことごとく裏で処分していった。
その一人が、エドガールの叔父であるロワール元公爵で、先の陰謀事件で黒幕のリシャールの共犯であるフォア侯爵に、テレーズも手を貸していたのだ。
まさに、怨念ともいえるほどの執着心である。
「僕も嘆かわしいですよ。義姉上に手紙もよこさないほど、その女に夢中になっているなんて。荒れ果てた河川地帯をまとめるという高い志があったから、僕も兄上を支持したのですが」
と、リシャールは嘆いているように困り顔で首を横に振り、息をするように嘘をついた。
そもそも、エドガールに河川地帯へ行くように唆したのは、リシャールだ。
そして、エドガールは手紙を何度もテレーズ宛によこしていたのだが、それをリシャールが握りつぶしていたのだ。
当然、その事を知るのは『ザイオンの民』の駒だけである。
その事実を知らないテレーズは、リシャールに煽られてさらに興奮した。
「ええ、ええ! その、その女さえ、い、いなければ! そ、その女さえ、きき、消えれば……」
「いえ、それはありえませんよ?」
リシャールが自分に否定的な事を口にしたので、テレーズは突き刺すほどの目つきでリシャールを睨みつけた。
「な、なな、何ですって!? わ、わわ、わたくしが、エドガール様に、あい、愛されていないと、も、申すのか、こ、こんのクッソ、ガキャァ!?」
テレーズは、リシャールに掴みかかって滅多刺しにしそうな勢いだったので、この悪魔の子ですら、これには腰が引けてしまった。
だが、表向きは平静を装って、リシャールは、興奮しすぎて顔の歪んでいるテレーズの目の前に指をさっと出して注意をそらした。
「ま、まあまあ、義姉上。今の兄上が夢中になっているのは二つです」
リシャールは少し言葉を区切って、テレーズが話を聞いていることを確かめた。
テレーズは、興奮して息が荒いが、話を聞いているようだ。
「1つ目は、先程から話をしている女です。2つ目は、河川地帯をまとめ上げるという使命感です。もし、この二つを失ったとしたら?」
リシャールの言うことをじっと聞いていたテレーズは、思案の海に潜ったかのように静かになった。
そして、ハッとして尋常ではない笑みを浮かべた。
「そ、そうですね。ふ、ふふ、ふふふ。エドガール様が、全てを失えば、またわたくしの元に、戻って? う、うふふ。うっふっふ!」
このテレーズの様子を見て、リシャールは内心ほくそ笑んだことだろう。
そして、最後のひと押しをした。
「では、義姉上が落ち着かれたようなので、僕は戻りますよ。ああ、そうそう。聖教会でお祈りを捧げれば、義姉上のお心も休まることでしょう」
「せ、聖教会!? そ、そうだわ! 聖教会があったわ。ふ、ふふふ。こ、これで、い、愛しいあの御方が、戻ってこられるわ! ふふふ!」
テレーズは狂った笑いを続けていたが、リシャールはこの部屋を後にした。
「……ふぅ、やれやれ。プッツン女の相手は疲れるなぁ。でも、これで面白いことになるだろうなぁ」
リシャールは自室に戻り、クスクスと笑っていた。
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