第二節 とんでもないもの

注意:この章では、これから何度も世界観の壊れるような場面が出てきますが、作者の悪ノリでも暴走でもありません。


・・・・・・


『ハッハッハ! どうしたよ? 俺程度に勝てねえようじゃ、うちのはやれねえぞ?』 

『うおお! シャイゼ!』


 俺は今、滞在中の工業都市の領主の長男アルミンに決闘を挑まれている。

 アルミンは本気で俺を叩きのめそうと、棍棒を力の限り振り回してくる。

 だが、俺は夢幻闘気を80%ほど解放しているので、軽くあしらっていた。


 このアルミンは、子供の頃から領主の嫡男として武芸を仕込まれていたが、冬将軍で死線をくぐり抜けた今の俺とでは格が違う。

 命がけの実戦経験の無い相手には、負ける気がしなかった。


 このアルミンは15歳で、今の俺と同い年だ。

 見た目は、カールした淡い金髪、琥珀色の瞳で、母親に似て白い肌の美形だが、父親のドワーフの血が少し入り、体毛は濃いめで手足が太くて体格が良い。

 そのせいで、15歳にして薄っすらとヒゲや胸毛が生え出しているのを気にする、悩める思春期少年だ。


『シャイゼ! 逃げ回るな、男らしく堂々と打ち合え!』

『へ! 嫌だね? 腕力で負ける相手に真正面からぶつかるなんて、バカのやることだろ?……うわっと!?』


 俺は避けた先の石に躓いて転びそうになった。

 そこに、アルミンは真っ向から突っ込んできた。


『もらった……な!?』


 しかし、アルミンは俺の仕込んでいた罠に引っかかって、思いっきり前のめりに倒れた。

 そこを俺は見逃さずに、アルミンの首筋に木剣を軽く当てた。


『はい、これで死亡。俺の勝ちだな?』

『ふざけんな! お前に騎士道は無いのか、この卑怯者!』


 アルミンは憤慨して棍棒を投げ捨てた。

 その棍棒は、俺が逃げ回りながら地面の石に仕込んでいた罠の、俺の闘気の光に引っかかって止まった。

 俺が闘気を解くと、周囲に仕込まれていた闘気もまた消えた。

 それを見て、俺は意地悪くニヤリと笑った。


『卑怯? 本物の戦場でそんな事言えるのかな? 命がけの戦いでそんなものは、ただの甘ったれた言い訳だぜ?』


 と、俺は偉そうなことを言っているが、普段からギュスターヴに仕込まれていることに過ぎない。

 誰もが正々堂々と戦いを挑んでくるわけがないので、こういう戦い方も教えられ、対処できるように訓練されていたのだ。

 王道な戦い方ではないが、俺にとってはこのやり方のほうが正論だと思う。

 名誉よりも命のほうが大事だ。

 綺麗事を優先して大切な相手を守れなかったら、全く意味がないからな。


 何も言い返せないアルミンは、悔しそうに地面に拳を叩きつけた。

 次期領主になるんだから、今のうちに世の中の汚さを少しは知っといた方がいいぜ、と俺は心の中で思ったが、口には出さなかった。


「あら? アルセーヌ様、剣のお稽古はこれで終わりですか?」


 ヴィクトリアが、レアと子狼達、ここの領主の娘たちと一緒に、俺たちが決闘をしていた城の中庭にやって来た。

 ヴィクトリアがニッコリと地面に膝をついていたアルミンに笑いかけると、アルミンは真っ赤な顔で悔しそうに城の中に走っていった。

 ヴィクトリアは不思議そうに首を傾げて、アルミンの背中を眺めていた。


 まあ、このヴィクトリアが俺たちの決闘していた理由だ。

 どうやら、アルミンはヴィクトリアに惚れてしまったらしく、仲の良い俺に嫉妬しているようだ。


 一応、俺とヴィクトリアは兄妹として身分を偽っているのだが、色々と思うところがあるらしい。

 俺は覚えていないのだが、昨夜酔っ払って、俺に勝てたらをくれてやってもいいと言っていたそうだ。

 俺はそんな事をすっかりと記憶から無くして、城下町に買い物へと行っていて、そのことでアルミンは激怒して決闘を挑んできたというわけだ。

 当事者のヴィクトリアはそんなことは知らない。


 そういえば、ヴィクトリアに許嫁がいるらしいけど……

 まあいっか!


 俺たちがそんな風にのんびり過ごしていたら、とんでもないものが空からやって来た。

 

 な、なん……だと……!?

 こ、これは、シャトル○ッド!?

 す、すげえ!

 本物か?

 ……って、違う!

 せ、世界観が全然違うだろ!?

 なぜいきなり、ファンタジーからSFに!?


「ええ!? な、何ですか、この鉄の塊は!? し、新種の魔獣!?」

「ニャー! こ、怖いですニャ、ご主人たま!」


 ヴィクトリアとレアは、初めて見る世界観の違う乗り物にガタガタ震えながら、俺の後ろに隠れた。

 領主の子どもたちも驚愕して固まってしまった。

 子狼のロロとフレイヤは、びっくりしすぎて、ジャバーっと地面を濡らした。

 俺ももう、目とアゴが外れそうになった。


 いやいや、俺だって怖いよ、著作権的に!

 な、何が起こっているんだ!?

 ま、まさか、上空にエンター○ライズ号がいるのか!?


 俺たちがそれぞれ怯えていると、シャトルの側面のハッチが、プシューッと開いた。

 そして、中からその正体が現れた。


「やっほー! お待たせ!」

 

 ハイテンションで笑いながら現れたのは、冒険者ギルドの先輩で脳みそピンクの女エルフ、ロクサーヌだった。

 

 ま、まさか、今までの世界観のズレは、この女が、いや、エルフが原因か?

 これから行く新大陸アルカディアで、かなり嫌な予感がしてきた。

 実は、エルフって……宇宙人?


・・・・・・


「ほう? 随分と美しい鳥ではないか」


 フランボワーズ王国第一王子エドガールは、にこやかに笑いながら本陣の外に出てきた。

 白銀のミスリル製のフルプレートアーマー姿だ。


 それに対して、シーナ帝国人の軍師リュウキが、幼い見た目ではありながら、桜色の仙女の羽衣を優雅にゆらめかせ、エドガールに一礼した。


「これは、殿下。……ああ、この伝説の鳥フマは、シーナ帝国の吉兆を運ぶ瑞獣、鳳凰と似た生き物なのじゃよ」

「そうか! ならば、この度の戦は、うまくいきそうではないか! ハッハッハ!」


 フマは飛び立ち、エドガールの上にその影が大きくかかった。

 それを見て、リュウキは驚いて笑った。


「ほう! これは、吉兆じゃな! フマの影にかかった者には、恩恵が与えられる。さらに、今の殿下のように頭に乗っているように見える者は、王の資質のある者だけじゃ!」

「ハッハッハ! 実に、めでたいではないか!」


 エドガールとリュウキは笑いながら、大将を待つ軍の元へと歩いていった。


「ハハハ! これは、壮観ではないか!」


 エドガールは千名の兵を前に大きく笑った。

 これに対して、笑いながらリュウキがたしなめた。


「何を言うておるのじゃ。殿下には、この十倍、百倍の帥となってもらわねば困る」

「というより、笑い事ではないですよ、殿下。相手は俺たちの10倍の1万の軍勢なんですよ?」


 親衛隊長についたギュスターヴは、圧倒的な寡兵ではあるが、声色は明るい。

 最側近の若き騎士アンリも同様に自信に満ちて堂々と立っている。

 だが、これに不快そうにクレベールは悪態をついた。


「殿下! 悠長に冬が終わるのを待っている間に、兵力にこれほどの差がついてしまったのですよ! 本当にこれで勝てるのですか!」

「ハッハッハ! 私がこの首を懸けると約したことを忘れたのか? 私は本気だぞ?」


 エドガールが余裕で笑っているのを見て、クレベールは疑心を深めたように顔を歪めた。


 春を迎えた現在、エドガールたちはリーン川畔で、タッソー家の軍勢と対峙をしていた。

 その数は、エドガール軍1千に対して、タッソー軍1万

 圧倒的に兵数で劣っていた。

 その理由として、大将である王族のエドガールに対する不信感と、様子見の旗手が多いということでもある。

 

 元々、河川地帯は大領主ロワール家が支配していた。

 その中に『七大旗』と呼ばれる7つの有力旗手家が直属の家臣にあり、クレベール家はその一つだった。

 しかし、クレベール家は先の陰謀事件『疑惑の裁判』で王家の名の下に取り潰しとなり、そのさらに下の小領主の一つ、タッソー家が王家からその引き継ぎを任されていた。


 それにこの地区の小領主たちは反発し、争いが繰り広げられていたが、タッソー家は武力でもって制圧していった。

 タッソー家がこの地区の支配を手にしようとした時、反旗を翻したのが、このクレベールである。

 だが、クレベールには人望も能力もないことは明白であり、そこを逆手に取ったのがエドガール、いや、軍師のリュウキであった。


 この戦によって、王家の血筋、並びにロワール家の血筋であるエドガールに、王者の器であることを見せつけることが最大の狙いである。

 この河川地帯は、あの陰謀事件で王家に対する不信感、聖教会の横暴で人心が荒廃しかけている。

 そのため、エドガールをカリスマ性のある英雄に仕立てようという狙いがあり、この無謀ともいえる戦に赴いたのである。


「では、行こうではないか!」


 エドガールの号令で、一部の兵たちが動き出した。

 

 これを見て、クレベールは悔しそうにギリッと歯ぎしりをした。


「本当に、これで勝てるのか?」

「そこは、お任せいたしましょう。我らも腹をくくるしかありませんよ」


 それに答えたのは、『ザイオンの民』のスパイ、副将のリューセックだった。

 軍師であるリュウキは、それを横目で見てクスリと笑った。


 リュウキは、すでに何重にも策を張り巡らせていた。

 戦に至るまでに何をするかが、最も大事なのである。

 戦の結果は、それまでの下準備にどれだけ力を費やすことが出来たのかに左右される。

 この地に来る前から、戦はとっくに始まっていたのだから。

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