第五節 常春の楽園

 プリマヴェーラ諸島 

 

 そこは、聖教会圏で最も南西にある国、アーゴン王国からさらに南西に1000キロメートル、暗黒大陸北西部から西に800キロメートルの海上に位置する。


 ヨーラジア大陸とアルカディア大陸の間の広い海、アトランティス海に浮かぶ、大小5つの火山島から成り立っている。

 そして、温暖な気候と豊かな自然、火山島ならではの特異な景観、青い海と輝く太陽、年間を通じてのカラフルな花やフルーツ。

 常春の自然の楽園である。


 ここは『海に浮かぶ庭園』と呼ばれるが、そう呼んでいるのは人族だけではない。

 一部の穏健派の魔族、エルフたちがリゾート地として訪れている。

 だが、彼らがやって来るのは、5つの島の1つだけである。


 この島だけは、外から好き勝手に入れないように結界が張られ、人族に存在が知られないように手厚く保護されている。

 この島には希少な原住民、妖精族が住んでいるからである。


 ここは、人族を排除することによって初めて出来た牧歌的な理想郷、通称『妖精島』


「うわぁああ! すごく海がキレイですわ!」

「ニャー! 風が気持ちいいですニャ!」


 ヴィクトリアとレアはシャトル○ッドから降りて、恐ろしく高い崖の上から海を眺めて、ぴょんぴょん飛び跳ねてはしゃいでいる。

 子狼のフレイヤとロロも一緒にくるくると走り回っている。


 うん、やっぱり子供だな。

 ヴィクトリアはすっかりご機嫌になって、レアたちと遊んでいる。

 ああ、良かった。

 面倒くさいことにならなくて。


「本当に、キレイ。ここの砂浜は金色なんだね」


 ロザリーは感動してしまったのか、一人静かにしみじみとその場に佇んでいる。

 そして、ほろりと涙が一滴垂れた。

 俺は不思議に思って、ロザリーの横に立った。


「……なぁ、ロザリー、大丈夫か?」

「え、うん。大丈夫、ちょっと故郷を思い出しちゃった」

「ああ、そっか。確か、海の近くなんだっけ?」

「うん。こことは違って、寒いんだけどね。でも、やっぱりちょっと思い出しちゃったな。王都に出てから海を見たのも初めてだし」


 ロザリーは、すぅっと遠くの方に目をやった。

 まるで、海の向こうに故郷が見えるかのように。


 そうだよな。

 ロザリーがしっかり者でも、まだ17歳、いや、18歳になったばっかりだ。

 家族が恋しくて当然だろうな。


「なぁ、ロザリー、帰ったら……のわ!?」


 俺がロザリーの方を向いたら、予想外のものが目の前にいて驚いて尻餅をついた。

 体長20センチ程度の透明な蝶の羽のようなものを背中に付けた、小人の少女の姿、妖精だ。


『キャハハ! びっくりしちゃったね!』


 妖精は俺がびっくりして尻餅をついたのを、楽しそうに空を飛びながら宙返りして笑っている。

 ロザリーもびっくりして固まってしまっていた。


「きゃあ! も、もしかして、妖精!?」

「ニャー! 初めて見ましたニャ!」

『『んー? なになに?』』


 妖精がいることに気付いて、子どもたちが駆け寄ってきた。

 子どもたちのキラキラした興味津々の目に、妖精は調子に乗って腰に手を当てて大きく後ろにのけぞった、俺の頭の上で。


『キャハハハ! あたちを崇めなさい! さぁ、愚民どもよ、あたちをたてまつ……ギャー!?』


 妖精は、ちょんとつまみ上げられて小さい悲鳴を上げた。

 その相手は、眉を吊り上げているロクサーヌだった。


『まったくもう! あんたは何やってるのよ!』

『うう。べ、別にあたちは……』


 いたずらを怒られた妖精は、シュンと肩を落とした。


『まあいいわ。今夜、あたしたちが泊まるから、しっかりともてなしなさい!』

『ええ!? ロクたんが泊まるの!? やだ、ヤダあぁ!』


 妖精は、ちぎれんばかりにブンブン首を横に振って本気で嫌がっている。


 どんだけ嫌われてんだ、この女?

 だが、ロクサーヌは気にせず、黒い顔で笑った。


『へぇ? せっかく、あんたらの大好物の甘いミルクとビスケットをたくさん持ってきたのになぁ?』

『キャー! ロクたん大好き!』


 妖精はガラリと180度態度を変えて、最高の笑顔でロクサーヌの顔に抱きついた。


 ちょ、チョれぇ。

 妖精、チョロすぎる。


 妖精は、花が咲いたような満面の笑顔で巨木の森の方に飛んでいって、ポンっとエルフの子供に変身した。


『キャハハ! あたちの『妖精島』にようこそ! あたちはこの島の主、花咲き誇る女王ターニアだよ!』


 このチョロいのが、まさかの妖精女王だった。


 と、そこに巨大な木みたいな生き物が、重厚な足音を響かせながら走ってきた。

 両手は、太い木の枝のようで、両足は根の生えた幹のようだ。

 そして、硬そうな太い胴体の幹の上に顔のような空洞、その上には髪の毛のように緑の葉が生い茂っている。

 ロード・オブ・○・リングのエ○トのような生き物なのかな?


『ターニア様ー! 勝手さ森出で行ったら危ねよー!……な!? ひ、人族が!? ロクサーヌ! おめ、人族ば連れで来るなんて、どだなづもりだ!?』


 エント?は、俺たちに気づくと、両手を空高く上げ、臨戦態勢に入った。

 顔のような空洞も激怒したかのように、目と口の部分が大きく吊り上がった。


 俺達は青い顔で立ちすくみ、ロクサーヌの方を向いた。

 ロクサーヌはただ、不機嫌そうにブスッとした顔で腕を組んでいるだけだった。


・・・・・・


―フランボワーズ王国王宮 小評議会場―


 そこには、フランボワーズ王国宰相シャルル・ジラール公爵を中心に、大法官パトリック・フォア侯爵、財務大臣、軍務大臣などなど、フランボワーズ王国の重鎮たちが集まっている。

 これは、特に緊急会議ではなく、月毎の定例会議ではあるが、集まったメンバーや会議内容は閣僚会議に匹敵するほどの重要な議題だ。


「……では、次の議題は、難民問題ですね」


 宰相の言葉とともに、気まずそうに一同は目を逸らした。

 その難民がどこから出ているのかを誰もが分かっているからだ。


 そこは、かつての大領主ロワール家の領地、河川地帯からである。


 その河川地域は新領主の求心力がなく、各地区で小競り合いが続き、戦火は収まる気配はない。

 人族同士の戦いから、戦力の増強と称して魔族や獣人までも使役されたせいで、聖教会は異端者狩りに躍起になり、その状況は悪化の一途をたどっていた。

 農地は荒れ、盗賊が蔓延り、住む場所を追われた領民たちは生き延びるために、豊かな王都を目指し、王都圏の関所近くに難民キャンプが膨れ上がりつつあった。


 その原因は、あの『疑惑の裁判』で、この宰相がロワール家とその旗手達を徹底的に潰したからである。

 その後の粛清の凄まじさから、誰もが恐れて宰相の非難を口には出さなかった。


「難民、ですか。それは、頭の痛い問題ですな?」


 ただ一人、フォアだけは宰相を恐れずに口を開いた。

 宰相を挑発するように口はニヤリと笑い、横目でチラリと見た。

 だが、宰相も負けじと冷静に笑って受け流した。


「ええ、そうですね。ネズミのごとく集まってきて困りますよ」

「……ふむ。ネズミですか。彼らも同じ人だと思うのですがねぇ?」

「そうですか? 自分の頭で考えず、責任を誰かに押し付けるだけ。自分で行動を起こさず、不公平だと文句ばかり言う。自分は虐げられて哀れなのだと嘆くだけで、自ら現状を変えようと戦うこともせず、他人を批判して自分を慰めるだけ。そんな連中は、群れて安心しているだけのただの負け犬……ん?」

 

 宰相が、難民を差別して見下す発言をしている途中だった。

 知らせを届ける、記憶を司る大鴉ムニンが舞い込んできた。

 軍務大臣がその知らせを受け取り、報告書を読んで驚愕した。


「な、何と!? エドガール殿下が、タッソー家との初戦を制したと!?」


 これにより、小評議会場は歓喜の声で大騒ぎになった。

 もしエドガールが河川地帯をまとめれば、難民問題の責任を誰も取らなくてすむ事からの保身であろう。


 ただ一人、宰相ジラールだけが重苦しそうに頭が俯き、誰にも見られないように歯ぎしりをしていた。

 それを見逃さず、フォアはニヤリとほくそ笑んだ。

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