アルセーヌ編 第四章 世界樹と春の嵐
第一節 目指すは新大陸
草木は兄弟であり、姉妹だ。
皆、私たちに語りかけてくる。
耳をすませば、声が聴こえる。
アラポパ族の言葉
・・・・・・
ぼうけんをはじめますか?
➔ はい
いいえ
ひぇぇ!
つ、疲れた~。
もう、勘弁して~。
「アルセーヌ様! 早く来てください!」
フランボワーズ王国第九王女ヴィクトリアが、突然走り出したと思ったら、雑貨屋へと飛び込んだ。
「ご主人たま! こっちですニャ!」
俺のネコ獣人奴隷のレアは、今度は道の反対側の肉屋へと走り出した。
「ちょ、ちょっと二人共! バラバラにアッチコッチ行かないでくれ!」
そして、俺は自由奔放な少女二人に振り回されて、へろへろだ。
俺達は今、ロートリンゲン大公国の工業都市ラインハルトで買い物をしていた。
冬将軍を乗り切った俺達は、ロジーナ王国から再び南へと戻っていった。
もちろん、海賊王黒ひげラグナルには、帰国する前に挨拶をするために謁見をした。
いつでも歓迎すると豪快に笑っていた。
初対面の時は、世紀○覇王のように恐ろしかったが、冬将軍が終わってからは山のフ○ウぐらい雰囲気が優しくなった。
多分、最高責任者の海賊王として、冬将軍で最も気を張っていたからだと思う。
同じように、他のヴァイキングの勇敢な戦士たちも、今では強い女達の尻に敷かれている。
これが、この国の平時の平和な姿なんだなぁ、とほっこりした。
冬将軍の犠牲も大きかったが、ギリギリ生き延びた俺達は、帰りもオーズの船に乗せてもらった。
オーズの姉ユミルたち一家に見送られたが、その隣には一家の大黒柱『豪胆』ビョルンの姿はなくて、俺は思わず涙が出そうになった。
でも、一番つらいはずのユミルが笑顔で見送ってくれたので、俺達も笑顔で別れることが出来た。
そのユミル達や冬将軍で男手を失った他の家族たちは、国全体で世話をされるそうだ。
この国は、共産主義のような社会構造をしているが、指導者がしっかりしているし、国民もまた働き者なので、上手く機能しているようだ。
どの社会構造が良いのかは、その国の国民性や置かれている環境によって異なるということを教えられた気がする。
俺たちは、すでに片道で旅費がほぼ底をついている。
もちろん、ヴィクトリアが実家の王家の離宮からくすねてきた金はあるのだが、これは一応税金なので、これ以上手をつける気はない。
俺は一応、この世界の管理者なので、そのへんのケジメもしっかりとヴィクトリアに教えなければいけない。
指導者階級こそ私腹を肥やさず、世の中の為になるような税金の使い方をしなければ、その国は腐っていくものだと俺は思う。
さて、そんな金のない俺たちがどうするかというと、冬将軍で働いた報酬がある。
この国の報酬は金ではなく、現物支給だ。
その物品を売るなりして、金にしなければいけないのだ。
それが、ヴァイキングの主要産業の交易である。
俺がいた城壁部隊は、ヘイズルーンとかいう羊のようなヤギのような家畜から取れる毛織物を2反ずつ貰った。
これが聖教会圏で人気があるようで、良い値段で買い取ってくれるらしい。
オーズ達最前線部隊は、ベヒーモスもどきとかいう巨大なマンモスみたいなモンスターの巨大な牙を2本ずつだ。
これはかなりの高級品らしく、工芸品や粉にして薬にも使えるようで、俺達全員分の旅費に使っても、かなりお釣りが来るどころか旅費以上余るそうだ。
これらを俺達は、ネーデルランドの港湾都市ローテルダムの商業ギルドで全て金に替えた。
ちなみに、最大功労者のヴィクトリアは、ブリーシンガメンというヴァイキングの神話に出てくる首飾りの模造品ではあるが、国宝級の首飾りを貰っていた。
それを羨ましそうに見ていたレアは、ユミルになめし革の首輪に可愛らしいリボンを作ってもらった。
主の俺は恐縮だったが、色々と手伝ってもらったお礼だそうだ。
こっちこそ、本当にお世話になりっぱなしだな。
そうして旅費の出来た俺達は、同じようにリーン川を船で上っていき、この工業都市まで戻ってきたわけだ。
なのだが、俺達はここでまた一泊させてもらい、例によってここの領主ヴェルンドに酔い潰されたが、今回は割愛しよう。
今俺たちがここで買い物をしている理由、それは俺たちに仲間が増えたからだ。
『あー! ゔぃーちゃん、ゔぃーちゃん!!』
『わーい! れーちゃんもかえってきた!!』
俺たちがヴェルンドの居城に戻ると、ヴィクトリア(ゔぃーちゃん)とレア(れーちゃん)にちょこちょこと、2つの灰色のもふもふが駆け寄ってきた。
「わぁ! カワイイですね、フレイヤ!!」
「ニャー! ロロもカワイイですニャ!!」
と、ヴィクトリアとレアも駆け寄り、その新しい仲間たちを抱きしめた。
その仲間とは、
俺たちがロジーナ王国に滞在中、ヴィクトリアとレアは生まれたばかりだったこの子狼たちの世話もしていたのだ。
ユミルたちの家にいたメスの
ヴィクトリアはメスのフレイヤ、レアはオスのロロだ。
子狼とはいっても、元々が超大型種の
これが、俺が買い物に振り回されていた理由だ。
でも、この二人と二匹の楽しそうな姿を見ていれば、その苦労も一気に吹っ飛ぶってもんだ。
『へ! 何をバカ面してんだ、てめえは?』
ほっこりしていた俺の横に来て、
でも、今の俺は冬将軍を共に乗り越えたことで、ユーリと仲良くなったと思う。
軽く受け流した。
「当たりめえじゃねえか。子供の笑顔に癒やされるのが、親心ってもんじゃねえかよ」
俺は笑いながら、子どもたちの側に歩いていった。
『あー! あーちゃん!』
『あーちゃんだ!』
この世界の俺は、動物とも会話が出来るので色々と世話もしやすい。
でも、どっちもまだまだ子供なのでしつけが大変だ。
今も俺の手をガジガジと甘噛みしている。
「こらこら、人の手を噛んだらダメだぞ」
これはこれで可愛くていいのだが、変な噛み癖が付くといけないので、しっかり躾けておいた。
代わりに、買ってきたおもちゃを絶賛甘噛み中だ。
俺たちがその様子をほっこりと眺めていると、城の中からオーズが出てきた。
そろそろ出発かなと思ったら、違った。
「おい、アルセーヌ! ロクサーヌから通信が入ったぞ!」
と、手には通信魔道具の手鏡を持ってきた。
何だろうかと、不思議に俺たちは首を傾げた。
その通信魔道具の片割れは、普段はヴィクトリアの母親の第四王妃メアリーの住む離宮に置いてある。
ヴィクトリアは王女なので、毎日無事を報告していたのだ。
一応、その魔道具の製作者は、冒険者ギルドの先輩である女エルフのロクサーヌだが、一体なんだろうかと、俺はその通信魔道具を受け取った。
・・・・・・
空も灰色っぽく濁るどんよりとした底冷えのする冬も、少しずつ青空の見える日も増えてきた。
柔らかい暖かな日差しと白い花のマグノリアが咲き出し、仄かな心地よい香りに春の訪れを感じさせられる。
講義室の窓から外を眺め、私ももうすぐ大学も卒業なんだなぁ、と少ししみじみとした。
私は今、講義もほぼ修了し、残る大きな課題、卒業研究の論文を書き始めていた。
でも、これがかなり大変で、ただ論文を書けば良いわけではなく、その論文を卒業論文審査員の教授たちに審査してもらい、彼等の承諾を得られれば、最後に卒業論文審査会で審査員たちに論文の内容を報告(要するに発表)する。
そこで審査員の質疑応答を経て、彼等が卒業候補者は学士としてふさわしいと判断したら、卒業証明書が授与される。
これで、やっと大学を卒業と認められるわけだ。
私の専攻している魔法科は、卒業できれば上級魔術士として認められ、宮廷魔術士や魔術ギルドでも高待遇で招かれる。
それだけ、王立大学の魔法科は、権威と実績があり、レベルが高いのである。
私はその卒業論文のために、大学の図書館で資料を漁っているのだが、探すだけで大変だ。
ここには古今東西のあらゆる蔵書があり、世界有数の大図書館なのだが、あまりにも膨大で広い。
それでも、私のほしい資料が中々見つからず、途方に暮れていた。
「やっほー、ロザリーちゃん!」
「ふぇ!? ろ、ロクサーヌさん、どうしてこんなところに!?」
私が資料が見つからずにがっくりと机に突っ伏していた時に、冒険者ギルドの先輩で女エルフのロクサーヌが突然図書館に現れた。
この図書館は一般人の立ち入りは禁止されているので、私は思わずおかしな声を上げてしまった。
当然、そこら中から冷たい白い目で見られてしまったので、私は慌てて口をつぐんだ。
「ろ、ロクサーヌさん、こんなところで何をやってるんですか?」
「ま、いいから、いいから。行くわよ!」
「ふぇ!? い、行くって、どこに!? わ、私は論文が……あぁー!?」
私はロクサーヌに無理矢理手を引っ張られて、連れて行かれてしまった。
そして、やって来たのは大学の学長室の前だった。
ただの学生の私が来たこともない場所なので、ますます頭が混乱してしまった。
と、思っていたら、ロクサーヌはノックもしないでそのドアを思いっきり開けた。
その中で、私はとんでもないものを見てしまった。
「のわぁー!?」
「キャー!?」
中では、太った学長の椅子の上で、若い秘書が跨っていたのだ。
二人は慌てて乱れた服を着直し、秘書は慌てて部屋から逃げるように出ていった。
残された学長はあぶら汗を流しながら、大慌てで下げていたズボンを直している。
私は驚愕で目が落ちそうなほど見開いてしまった。
「おーっほっほっほ! み~ちゃった、み~ちゃった! 言いふらしちゃおっかなぁ? こわーい奥さんにバレたらどうなるのかな?」
ロクサーヌは悪魔のように黒い笑顔で笑っている。
学長は真っ青な顔でガクブルと震えている。
「ひ、ひぃ!? か、かか、勘弁してください、ロクサーヌ様!」
「うーん、どうしよっかなぁ? あたしのお願い聞いてくれたらいいんだけどなぁ?」
「は、はい! な、何でもお申し付けくださいぃ!」
学長は従順な奴隷のように、ロクサーヌに媚びるような笑顔だ。
ロクサーヌはまたも、ニヒッと黒い笑顔になった。
「それじゃ、ロザリーちゃんを今日から外に連れて行くから、この後の単位を全部付けておきなさい、この豚野郎が!」
「ぶひぃ、喜んで! ハァハァハァ」
これに学長は即答したけど、私の方がびっくりしてしまった。
「な、何を言ってるんですか、ロクサーヌさん! わたしはそんな……」
「心配しなくても良いわよ、ロザリーちゃん。これからあたしが連れて行く場所のほうが勉強になるわよ? それに、ここにはロザリーちゃんの卒論の資料無いでしょ?」
「え? どうしてロクサーヌさんがその事を?」
私が不思議に思って首をひねっていると、ロクサーヌは偉そうに仁王立ちしながら高笑いをした。
「うっふっふ! あたしはここの魔法科の特別栄誉教授よ。つまり、ロザリーちゃんの担当教授の元同僚なのよ」
「え、えええ!?」
う、嘘でしょ?
こ、このいつもエッチな絵ばっかり描いてる巫山戯た人が、私の教授の元同僚?
特別栄誉教授って、学術の発展に著しい貢献をした者に対して、大学や研究機関から授与される名誉称号のはず。
仕事しているのをまったく見たこと無いのに、そんなに偉い人なの?
そ、そんな……
世の中って、不公平だ。
私の努力って、一体?
「さあ、行くわよ!」
「……あの、行くって、どこにですか?」
私は自信を喪失してがっくりうなだれている。
もう、どこでも連れて行ってよ。
ほとんどヤケだった。
ロクサーヌは私の気持ちを知ってか知らずか、明るい笑顔で笑った。
「あたしの故郷、世界樹の大森林よ! 向かうは、アルカディア大陸!」
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