人物録3
吾輩は大狼である
吾輩は
名前はまだ無い。
どこで生れたか・・・
あああああ~!?
ナニナニ!?
ボクが兄弟たちと一緒に、おっきなママの上に乗っかって寝ていたら、いきなり体がぬわ~って持ち上げられて、何だか足がふわふわする。
ボクが驚いて固まっていると、ここで初めて人というものを見た。
顔の毛が真っ黒ですごく怖い。
後で聞くと、それは海賊王という、人という種族の中で一番
ドウアクって何だろう?
何だか、怖そう。
ボクは、このまま食べられちゃうのかなぁ?
って、怯えていたら、スーッて違う人の顔が目の前に映った。
今度の顔は不思議で、赤い毛があるのは頭のテッペンだけで、顔には毛がなくてつるつるしている。
ボクのママや兄弟たちみたいに毛が無くて、寒くないのかなぁ?
でも、さっきの黒い毛だらけの顔とは違って、小さくて優しそうで怖くない。
これも後で聞いたけど、子供っていう小さい生き物なんだって。
赤毛の子供は、ボクが不思議そうに首を傾げて見ていると、パーッと明るい顔で顔の形が変わった。
よくわからないけど、赤毛の子供は嬉しいみたいで、ボクと黒い毛の人を交互に見て何か叫んでいる。
ボクも何だか嬉しくなってきて、ビュンビュンしっぽを振った。
そのボクを見て、赤毛の子供はもっと嬉しくなったみたいで、ボクをギュッと抱きしめた。
ああ。
何だか、暖かいものが伝わってきて、ボクももっと嬉しくなって、赤毛の子供の顔をペロペロ舐めた。
ねえねえ。
ボクと友だちになってよ?
この日から、ボクはこの赤毛の子供と一緒にいることが多くなった。
ボクがちょっとだけ大きくなったからなんだって。
この時期に、人とか他の動物と一緒に遊ぶのが大事なんだって。
何だか、よく分かんないや。
ボクは一緒に遊べるだけで、楽しいよ?
一緒に走り回るのは楽しかったけど、人って不思議な生き物だ。
他の兄弟達と一緒に、違う子どもたちと遊んだけど、人はみんな同じだった。
二本の後ろ足だけで立って走るから、すっごく変。
四本足のほうが楽なのに、なんでだろう?
他にも、この赤毛の子供についていって、色々な生き物も初めて見た。
その中に、アウズンブラっていう、ずーっと草とか苔ばっかり食べて、モーモー鳴くおっきい生き物がいた。
赤毛の子供は、大人っていうおっきい生き物の手伝いで、おっぱいを絞ってミルクを集めていた。
すごいいっぱい出て、びっくりしちゃった。
見てたらボクもおなかが空いてきちゃったから、ママのいるところまで走っていった。
そうしたら、兄弟たちがみんな集まって、おっぱいを飲んでいた。
ああ、ズルい!
ボクも~!!
ボクの友達の赤毛の子供は、どうやらいじめられっ子のようだ。
いつも他の子供に泣かされている。
原因は、他の子供より小さいからみたいだ。
ボクたち
本気のケンカになった時でも、ちゃんと教育されていれば、相手にケガはさせないよ。
人って、変わった生き物だよね?
ボクが間に入って助けに行こうとすると、いつも先に助けに来る人がいる。
お姉ちゃんっていう、子供のメスがいるんだ。
すっごく強くて、他の子供達はみんな逃げて行っちゃうんだ。
ボクのおっきい兄弟の友達で、カッコいいんだ。
でも、ボクの友達は、お姉ちゃんに怒られてまた泣いちゃった。
人のオスって、ボクたち
オスって、どの種族も大変なんだね。
ボクはいつも通り、赤毛の子供の顔を、ペロペロ舐めて慰めている。
大丈夫だよ?
ボクは、ずっと友達だからね?
ボクは大きくなり、自分をオレと呼ぶようになった。
オレは、すでに成狼になったが、相棒は子供から少年になった程度だ。
人は長く生きる分、成長が遅い。
オレ達
オレの場合は、狼王の直系の血族なので、30年は生きられる。
他のウルフ種たちよりは、はるかに長生きだが、それでも人よりは短い。
相棒も少年とはいっても、かなり成長している。
姉と最近いつも一緒にいるオスに鍛えられて、いじめられっ子からは脱出したようだ。
だが、海賊王の息子だけはいまだに相棒を、一人前のオスと認めていないようだがな。
オレは群れの中で、それなりの地位になった。
狼王の息子として、跡継ぎ候補になっている。
狼王は、一世代に一頭しかいなく、魂の継承を行うことで命と引換えに世代交代を行うのだ。
その時期は、狼王が死期を悟った時に行われるので、いつになるのかは分からない。
オレ達
だが、選ばれなかったからといっても、恨むことはしない。
その時は、新しい狼王を全力で立てる。
それが、オレたちの本能による社会形成、この厳しい自然世界で生き残るための知恵だ。
仲間同士で争っていたら、この大地ではすぐに滅びてしまうからだ。
オレが成狼になるまでに、様々な訓練が行われた。
もちろん、人族の言葉もすでに分かるようになった。
この頃に、オレと相棒は魔術契約を結び、魂の繋がりができた。
どこにいても、影移動で相棒の元へと向かえるようにするためだ。
最も大事なことは、これが真の相棒になった証でもあるからだ。
どの
他にも、犬ぞり、狩り、放牧の家畜の見張りなど、実に多くのことを学んだ。
他のウルフ種では、どれか一つでも出来れば上出来だそうだが、オレ達
それだけではなく、この氷の大地で生き残るには、人族の何でもこなせる相棒になる必要があったからだ。
その理由として、この大地には、冬将軍という全ての生き物を殺戮する厄災があるからだ。
これについては、他の家畜たちについても同じことだろう。
生き残るために、ミルクを捧げ、毛を捧げ、他にも別の形で人族とともに共生している様々な種がいる。
厄災から逃れるため、人族の家畜になることを選んだのだ。
それは、この大地の人族、ヴァイキングが冬将軍に対抗するすべと使命感を持っているからだ。
中には、ベヒーモスもどきという大型魔獣がいるが、気性が荒く、人族の家畜にならないので、年々数を減らしているそうだ。
この大地で協力関係を築けなければ、冬将軍による滅びの道が待っているのだ。
相棒も成人になり、冬将軍に初めて参戦した。
姉はかなり心配そうだったが、相棒は強がっていた。
実は、初陣でガチガチに緊張していて、誰から見ても丸わかりだったがな。
この頃には、あのオスもこの姉と番いになり、一人目の赤ん坊が生まれていた。
あのオスは、相棒の兄弟として緊張をほぐそうと大声で笑っていた。
このオスはオレも気に入っていて、オレよりも一世代前の兄弟の相棒でもある。
この相棒の初陣は終わり、太陽の光とともに戻ってきた。
かなりやつれ果てていて、落ち込んでいた。
その理由は、生き残れはしたが、役に立てなかった自分に腹を立てていたようだ。
その日から少し経って、相棒は固い決意に立ち上がった。
心の弱い自分を鍛えるために、外の世界へ修行に出ることを決めたようだ。
そして、オレも相棒に一緒についていった。
国を出てすぐは、遠くに交易というものに出る他の船と一緒に並んでいた。
オレと相棒は、外の世界が楽しみで、完全に気が緩んでいた。
この時に、海というものの怖さをいきなり教えられた。
オレたちが途中の島で休憩しようとしたら、それはアスピドケロンという海に棲む大型のモンスターの背中だった。
オレたちは、危うく海の底に引きずり込まれて喰われそうになったが、仲間の船に助けられた。
この時に、ヴァイキングの海での戦いを初めて見たが、凄まじかった。
あんな島ぐらい大きいモンスターを手銛だけで倒してしまったのだ。
ヴァイキングが偉大な海の戦士だというのも納得だ。
この時の一番銛が、相棒の兄弟のあのオスだったので、『豪胆』と呼ばれるようになった。
相棒は、また何も出来なくて悔しそうだったな。
だが、それはオレも同じだ。
海というものを侮ってはいけないようだ。
一緒に強くなろうぜ、なぁ相棒?
このモンスターを本土に運ぶために、一部の船と別れた。
このモンスターは捨てるところが無いぐらい何でも使えるみたいで、かなり貴重らしい。
失われた伝説の生き物、クジラと同じような生き物らしい。
オレも食べてみたかったけど、仕方がない。
次の機会だ。
そして、南の大陸にやって来た。
この時に初めて知ったが、南の人族というのは小さく子供のようだ。
誰もが、大きいヴァイキングや
後で知ったのだが、ヴァイキングというのは外の世界では危険な海賊だと思われているらしい。
本当は誇り高い戦士で、狩猟や牧畜、交易で飯を食っているのだがな。
そうそう、この時に工業都市の領主に出会ったんだよな。
ヴァイキングの中でも、特に荒くれ者の海賊王の息子と何かモメてたな。
相棒は、いつもいじめられてたあの息子にビビってたけど、初めて戦いを挑んでいた。
まあ、結果は一方的にやられたけど、ひどいことにはならなかった。
あの領主は、仲裁してくれた相棒に感謝して、この川を通る許可証をくれた。
少し遠回りになるが、オレたちを領地に歓迎してもてなしてくれるそうだ。
ここでオレたちは他のヴァイキングたちと別れて、更に南に進んでいった。
相棒が言うには、暗黒大陸という危険な場所に行くそうだ。
そこには、ヴァイキングとは違った強者がたくさんいるらしく、そいつらと戦って自信をつけたいらしい。
どんなところか知らないけど、相棒の行くところなら、オレはどこまでもついて行くぜ?
オレたちは、工業地帯の領主たちと一緒に川を通っていったが、何を言っているのか全く分からなかった。
人族というのは、場所が違うと言葉が変わるようだ。
同じ種族なのに、変な連中だ。
相棒は話をできているようだが、オレには全くわからない。
工業都市も過ぎ、更に南に進み、海に出るため支流に入った。
そして、フランボワーズ王国の王都に初めてやって来たのだ。
この時は、まさかここにずっと住むことになるとは微塵たりとも頭になかった。
南というのはよっぽど平和なのだろうか、敵意はどこからも感じないし、危険は何も感じなかった。
オレたちはかなりダラケきっていた。
だが、こういう時に限って、いつもトラブルは起こるものだ。
相棒は財布をスられて金がなくなってしまった。
これには困ってしまった。
人族というのは、金が無いと何も出来ない生き物らしい。
途方に暮れていたオレたちは、冒険者というものをすることになった。
この選択が、オレたちの運命を決めてしまった。
相棒は、そこにいた人族のメスを一目見て、違う世界へ行ってしまったようだ。
武者修行という目的をあっさり忘れた。
そして、発情のニオイがした。
人族というのは奇妙な生き物で、1年中いつでも発情することが出来る生き物だ。
だが、オレ達
オスとメスは、お互いに長々とした求愛行動や結婚という儀式が必要になるそうだ。
オレにはよく理解できないことである。
相棒はその求愛行動が下手なようで、相手のメスは何も気付いていないようだ。
それは仕方がないことだ。
相棒は自分に自信を持てず、子供の頃から姉以外のメスとはまともに話ができなかったからだ。
それ以外でも、相棒は落ち込むことが多かった。
南の人族とパーティーという群れになって、狩りに出かけた時だ。
ゴブリンとかいう小さいモンスターの巣穴に行ったのだが、相棒はつい暗黒闘気を使ってしまった。
そのせいで、ビビってしまったパーティーは解散、ヴァイキング以外の人族に本気で恐れられ、相棒は本土以外で本気で戦うことが怖くなってしまったのだ。
オレからしたら、この程度で怖くなるなんて、南の人族って軟弱なんだなと思うがな。
だが、あのメスだけは違った。
相棒が暗黒闘気で戦う姿を見ても、変わらずに接してくれた。
オレ以外にも相棒の理解者がいてくれて、オレもあのメスに心を許すようになった。
相棒はそれ以上に発情のニオイが強くなったがな。
それから何年もオレたちはこの王都で過ごした。
もちろん、冬将軍の時だけは本土に戻っていたけどな。
相棒は変わらずに、あのメスにうまく求愛行動が出来ないでいる。
だが、一時だけ心が折れてこの王都から去ろうとしたこともあった。
あのメスに婚約者とかいうやつが出来て、相棒は今まで見たこともないほど落ち込んでいた。
あれは気に食わないやつだった。
あんなに嫌な胡散臭いニオイがしていたのに、あのメスは気付いていなかった。
だが、あの婚約者とかいうクソ野郎はいつの間にか消えた。
原因は分からないけど、ジイサンってやつからおかしな気配がしたから、何かしたのだろう。
もう少し遅かったら、オレが喉笛噛みちぎっていたけどな。
そんなことにあのメスは気付いていなくて落ち込んでいた。
相棒は、こんなチャンスでもおろおろして側にいるだけで、オレは呆れて見ているしか出来なかった。
そんな時だった。
あの変なやつが現れたのは。
オレは、あいつの様子を黙って見ていた。
オスのくせにヘタれたヘラヘラしたやつだった。
すぐに、オレの中のランキングでは最低辺に位置づけた。
だが、不思議なことに人族ではああいうやつが気に入られるようだ。
魔術師のメスから、あいつに対して発情したニオイがプンプンした。
しかし、あいつはただのヘタレじゃなかった。
人族に虐げられていたネコ族を助けた。
酒臭いやつがやる気を出して元気になった。
他にも、あいつといるだけで、みんな明るくなった。
この年の冬将軍の時期が近付いてきた時だった。
あいつがオレたちについてくることになった。
あいつがエロバカ面しているから、つい話しかけちまった。
それが、まさかオレ達
内心驚いていたけど、あいつにビビっているのがバレたくなかったから、悪態をついた。
そのせいかは知らないけど、オレたちは旅の間ずっと言い合いをしていた。
しかし、あの最底辺だと思っていたあいつは、意外と根性があった。
相棒の暗黒闘気を見ても、変わらずにいてくれたことが嬉しかった。
冬将軍に向けて必死に訓練に励んでいたことも褒めてやりたい。
それにしても、砦が崩れて相棒のところに行こうとしたのに、あいつのところに影移動してしまったのには驚いた。
何が起こったのか?
あいつは絶望して諦めず、最後の戦いにも立ち向かった。
だが、あいつを連れて行くことが出来て良かった。
暴走した相棒を本気で止めに行ってくれた。
オレは、あいつを認めよう。
あいつも本物の勇敢な戦士だ。
相棒の仲間だ。
オレの仲間だ。
オレは眠りから覚め、大きく伸びをした。
何だか、長い夢を見ていたようだ。
冬将軍が終わり、少し暖かくなってきたせいか?
海の氷が溶けて、オレたちはまた南へ向かう時がやってきたみたいだ。
そして、オレは大きく遠吠えをした。
吾輩は
名前は・・・ユーリである。
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