第3節 剣舞
僕の得意とする剣術は、ロートリンゲン大公国のいたるところで使われている両手剣の戦闘技術の事である。
この剣術の祖は、ヨハネス・ニュルンベルクという名であり、「偉大なる師」と呼ばれ、その技を習得するために多くの地を旅したと言われている。
僕の師であるシグムンド・フォン・ザルツァの師匠でもある。
この剣術の特徴は、簡略さと速さ、能率性が強調された、真剣勝負にふさわしい殺人術でありながら、騎士道を追求している。
神を愛し、婦人を尊ぶこと、それができれば、自身の名誉も育つ。
騎士道を実践すれば自身を気高くし、戦いによって名誉をもたらす作法を学べ。
と、いうことがまず始めにある。
このことから、この剣術が僕の故郷の騎士たちの基本となる。
しかしながら、この剣術を高い次元で扱える者は少ない。
その理由として、この教えは韻文的で難解であるため、使う者を選ぶからだと言われている。
僕はこの剣術を高い次元で扱えてはいるが、まだ極めたとは思っていない。
「何かを極めるということは、生涯をかけても出来る事かわからないものであり、もし極めたと思えば、その時点で自分の限界を決めたということになる」
と、いうことを幼い頃にシグムンド先生に教わった。
僕は、その教えを今でも忠実に守り、高みを目指し続けている。
聖騎士の頂点に立ったとはいえ、僕はまだ剣の道を極めてはいないのだから。
僕がこれから披露する剣舞は、この剣術の基本の型の集合体だ。
鍛冶ギルドで踊られるソードダンスとは別物になる。
それはそれで、興が乗るとは思うが、僕には出来ない。
僕の出来る剣舞は武骨で単純、無駄のない動きだが、高い次元で昇華するとどうなるか?
僕の持てる全てで、魅せたいと思う。
僕はまず、『神の子』と呼ばれる事になった聖闘気を解放し、見た目から入った。
そして、ここから基本となる、4つの基本構え、5つの達人の動き、さらに時間概念を組み合わせていく。
『基本構え』の1つ「日」、右肩上もしくは頭上に剣を構える基本型から『達人の攻撃』の1つ「怒りの斬撃」、相手の上体に袈裟懸けに強く斬り付ける。
ここで剣が下に下りきったところで次の『基本構え』「愚者」、下段に構え、切先は地面に向け、『達人の攻撃』「弧の斬撃」、相手との間の直線を横切るように、左から右あるいは右から左に斬り付ける。
この斬撃は、『基本構え』「雄牛」を崩すのに有効だ。
「雄牛」は、頭の左右どちらかの側に剣を構え、切先を牛の角のように相手の顔に向ける構えになり、『達人の攻撃』「十字の斬撃」、高めの水平斬りで、右からの攻撃する場合は裏刃で、左からの場合は表刃を使う。
この斬撃は、最初の構え「日」の構えを崩す。
最後の『基本構え』「鋤」、後ろ腰の左右どちらかの側に剣を構え、切先を相手の顔に向ける。
今回は、『達人の攻撃』「横の斬撃」、狙うと見せかけたところとは別の部分を攻撃するフェイントを行う。
これは、「鋤」の構えを崩し、最後の『達人の攻撃』「縦の斬撃」、相手の上段への垂直の斬り付けで、「愚者」の構えを崩す。
これらが基本の動きだが、さらに先、後、柔、剛、間と呼ばれるあらゆる戦闘における基礎にして核となる作法がある。
「先」は、相手の行動を読み、戦闘を支配している状態の攻撃的姿勢
「後」は、相手の行動に応じている状態の防御的姿勢
「剛」と「柔」は、用いられる力の総量に関わり、相手の行動への反撃には対となる反応をする必要がある。
「柔」は「剛」を制し、「剛」は「柔」を制する。
「間」は、相手の刃と自分の刃の接触の瞬間に関わり、熟練した剣士は相手の次の行動を読み、その「間」を計って、もっとも適切な行動を判断する。
これらの基本の型でもって、目の前に相手がいるものと想定して斬り結ぶ。
僕は集中し、己の剣と架空の相手だけの世界に入り込んだ。
僕が剣を振ると、相手も返して来ることを想定して、次の行動へと移る。
相手が剣を振ってくると想定して、僕は返し技へと行動する。
もちろん、戦士ではない相手にも見えるような速さで優雅に行うことで、剣舞として見えるようになる。
先を取り、後を取り、柔剛使い分け、間を持って、作法となす。
僕は剣となり、剣は僕となる。
世界の境界はなくなり、僕は空へと溶け込んでいく。
世界もまた、僕の中に入り込んでくる。
何者でも無くなり、自我の囚われから解放されていく。
大いなる流れとひとつになり、そして無にもなった。
―カーミラ視点―
す、凄い。
な、なんて、美しい。
ただの剣術の基本の型なのに、清らかな水が雄大な大地を流れるようで、それでいて、暖かい火が穏やかな風の中舞い踊っている。
そして、まばゆいばかりの光に包まれ、闇の化身である私までもが惹きつけられる。
まさに、この世の全てを体現している。
この御方こそ『神の子』
この無常な世界を根底から救うことの出来る救世主となられる御方。
かつて愛したあの御方を継承する御方。
そして、今も私が愛し、未来永劫永遠に愛し続ける御方。
やはり私の使命は、この御方を全てを統べる『覇王』へと育て上げること。
この身がどうなろうとも、この御方の側に永遠にお仕えしよう。
―ジークフリート視点へ―
僕は、再び自我へと戻ってきた。
そして、剣舞を終えた。
でも、誰も何も言わなかった。
一体、どうしたんだろう?
僕は、気に入ってもらえなかったのだろうかと不安になってきた頃、拍手の音が聞こえてきた。
その相手は『修羅王』その人だった。
『あっぱれである!』
僕にはどういう意味なのかわからなかったが、満面の笑みなので気に入ってくれたようだ。
ホッと一安心して、胸をなでおろした。
「うっきゃー! ジークフリート様、素敵でしたわ!」
「うわ!? か、カーミラ、ちょ、ちょっとやめ……」
カーミラがすごい勢いで抱きついてきたので、僕はそのまま倒れ込んでしまった。
完全に我を忘れて大はしゃぎしている。
これにはルイスは青い顔で大慌てだ。
「お、おいぃぃ!!? か、カーミラちゃん、落ち着けって! 御屋形様の前で無礼だぞ!」
「はっ! や、やってしまいました! 400年、いえ、久しぶりに我を忘れてしまいました」
カーミラは、パっと立ち上がり、申し訳無さそうに『修羅王』に平謝りしている。
僕も立ち上がり、すすっと後ろに引き下がろうとした。
それを『修羅王』は楽しそうな笑顔で止めた。
『ハッハッハ! 気にするでないわ! 南蛮人とは賑やかで面白いものであるな! のう、キンカンよ?』
何を言っているのかわからないが、隣の苦笑いしている側近に何か話しかけている。
『う、うう。申し訳ありません。幼子のようにはしゃいでしまって』
『良いわ! うぬらの教えそのものではないか! 人を愛せよ、だったか? 見事に体現しておるではないか。うむ。その方らの布教活動を認めようではないか!』
『ええ!? い、イイの、デスカ!?』
『ただし!』
『修羅王』が高らかに何かを宣言したことで、ルイスは驚きで喜色を浮かべたが、次の言葉でゴクリとつばを飲み込んだ。
『そこの『神の子』を寄越せぃ!』
『エ!? い、イヤ、そ、ソレハ……』
『もちろん、よろしいですわ!』
『エ!? カーミラちゃん!?』
『ハッハッハ! これで話は決まったな! 明日からワシの側使えじゃ!』
『修羅王』は高笑いをしながら、奥へと消えていった。
どうやら、これで謁見は終わったみたいだけど、何を言っているのか全く分からなかったが、嫌な予感だけはする。
僕たちは大聖堂へと戻り、事の顛末を話し合った。
「ええ!? ど、どういうことですか!?」
ヨハンの驚きは当然の反応だと思う。
僕だって聞きたい。
「ま、まあ相手の王様が『神の子』を気に入っちまったからな。仕方ねえよ」
ルイスは申し訳無さそうに答えた。
というよりも、兄である聖騎士団長にどう言い訳しようか悩んでいるのだろう。
「そうですよ。今更無理だなんて言ったら、この国から追い出されるだけではすみませんよ?」
カーミラは独断で決めてしまった事を悪いとも思っていないようで、にこやかに笑っている。
これに怒ったのは、オリヴィエだ。
「あなたは何ということをしてくれたのだ! ただの通訳でありながら、このような重大な事案に独断で!」
「何が悪いのかしら? この方法でしか、この国で布教活動を認められなかったのですよ。感謝してほしいぐらいですわ」
「ふざけるな! ジークの恋人だからと調子に乗りおって!」
「あら? あのシュヴァリエ家ともあろう御方が、このくらいで怒るなんて。お父上とは違って、器が小さいですね?」
「父上は関係ない! 貴様は……」
「ちょっと、二人共止めて!」
僕は、大ケンカを始めそうになったカーミラとオリヴィエの間に入った。
まったくもう。
この二人がケンカを始めたら、この教会が吹き飛んじゃうよ。
「オリヴィエさん、落ち着いて。カーミラも煽らないでよ」
と、二人はそっぽを向いている。
僕にとっては、二人共大事な人だから仲良くしてほしいんだけどなぁと苦笑いだ。
「とりあえず、みんな色々言いたいだろうけど、僕はカーミラに賛成だ」
「な、何を!?」
「ごめん、オリヴィエさん。僕のことを心配してくれてるんだろうけど、僕はこれで良かったと思うんだ。これまで総本山にいたけど、実は自分の中で何かが停滞してたんだ。だから、新しい環境で違うこともやってみたいんだ」
僕は口下手で、言いたいことの半分も言えなかったと思う。
上手く伝わったかな?
恐る恐るオリヴィエの反応を待っていたが、何も言わなかった。
代わりにヨハンが口を開いた。
「ぼ、ボクもジーク様が残るなら残ります! ボクは教会騎士ですけど、ジーク様の専属従者ですので、ジーク様の決定に従います!」
「……ふぅ。仕方がないな。私も今はジークの部下だからな。遊撃騎士長殿についていこうではないか」
と言って、オリヴィエはフッと笑った。
「ああ、まいったぜぃ。兄貴に何て言い訳すりゃいいんだよ?」
と、ルイスはぼやいているが、口元は笑っている。
多分、宣教師としては、協力してくれて嬉しいんだと思う。
その夜、僕たちはそれぞれの部屋へと別れた。
この国の生活様式にはベッドがなく、畳の上にフトンという寝具が敷いているだけだ。
僕は、その上に今後のことを考えながら寝っ転がっていた。
そして、ノックの音が聞こえたので襖を開けた。
「やっぱり、カーミラか」
「うふふ、当然です。私はずっと一人で寂しかったのですよ?」
と、カーミラは僕に口づけをして、布団の上に押し倒して跨ってきた。
僕たちはお互いにとっくに準備が出来ていて、すぐに繋がった。
僕たちが離れていたのは、それほど長い時間ではない。
でも、僕たちはいつまでも求め合い、何度も交わった。
カーミラが寝息をたて始めた頃、僕は満足したように穏やかな寝顔のカーミラを見つめた。
この時に、総本山にいた頃に感じなかった満たされた気持ちになった。
僕も寂しかったんだなとわかった。
もちろん、喜んでばかりもいられない。
僕たちは禁断の関係なんだともわかっている。
聖教会の教えでは、魔族と肉体関係を持つことは禁忌とされているからだ。
僕は聖教会の宝で『神の子』と呼ばれている。
でも、僕はこの宗教、ルクス聖教に対して信仰心は大して持っていない。
僕の師匠のシグムンド先生は、敬虔な信者だった。
僕も『神の子』として、敬虔な信者になろうと思ったことはある。
僕は幼い頃から剣の修行ばかりだったとはいえ、それなりに聖教会の教えを学んできた。
それでも僕は、教義に反したことをしていても心が痛まない。
多分、カーミラと触れ合って、魔族に対する見方が変わったからだと思う。
そんな僕が布教活動に混ざって良い訳がないと分かってはいる。
おそらく、僕はカーミラの望む『覇王』への道を進み出しているのかもしれない。
でも、僕は望んでいないし、僕に王は向いていない。
僕に出来ることは剣を振ることだけだからだ。
そして、もう一つ分かったことがある。
僕は、異端者だ。
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