第4節 相撲

 僕が『修羅王』オダ・カズサの側について、早くも数日が経っていた。


 カズサは、早朝に起き出し、夜遅くに寝るまでいつも忙しそうに何かをしている。

 例えば、書物をしているかと思えば、突然家臣を呼び出し、何かを怒鳴るように一方的に命令していた。

 そうかと思えば、軍事訓練にも勤しみ、とりわけ魔弾銃と呼ばれる魔法を込めた弾を撃ち出すことの出来る長距離用の武器を好んでいた。

 初めて世界地図を見た時、世界が丸いという説にも、理に適っていると言って納得し、柔軟な発想の持ち主でもあるようだ。

 他の家臣たちとは違い、つばがついた山高帽子に、長いマントや幅が広いズボン、襞襟を着用し、ルイスたちの故郷アーゴン王国のような服装をしている。

 目新しいものはすぐに取り入れて自分の物にしているようだ。


 性格は非常にせっかちで、すぐに激昂し、部下たちは非常に畏れているようだった。

 かと思えば、妻をぞんざいに扱う家臣の妻に励ましの手紙を送るという紳士な面も持ち合わせていた。

 絶対君主のように君臨しているのかと思えば、身分がはるかに下の平民とも親しく話をしたりする。

 僕では推し量ることも出来ない程、複雑で懐が深く、大きい人物のようだった。


 そんな彼が格別愛好したのは、茶の湯、良馬、刀剣、鷹狩りであり、目前で身分の高い者も低い者も裸体で、スモウというものをとらせることを好んだ。

 僕もそのスモウというものを初めて見ることになった。


 スモウというのは、土俵と呼ばれる舞台の上で力士と呼ばれる二人が組合って戦う形を取る、この国古来の神事であり、同時に武芸でもあり武道でもあり、娯楽でもある。

 スモウの歴史は、この国の神話の時代まで遡ることが出来るらしい。

 カズサは、スモウがとにかく好きで、毎年城下町の寺の境内でスモウ大会を開いている。


 ただ好きなだけではなく、統治者として合理的に力自慢の家臣を増やすチャンスとしてもスモウを利用していて、勝者を家臣として召し抱えることもあった。

 勝者には与えられる褒美も超豪華で、金銀飾りの太刀、『修羅王』直轄の領地の一部、場合によっては私邸まで与えられたので、参加する側も気合が入り、かなりの盛り上がりだった。


「のう、ジンスケよ? うぬも参加せよ!」


 『修羅王』は僕の方を向いて、ニヤリと笑って命令した。

 この国の人には、ジークフリートとは呼びにくいようで、僕はジンスケと名付けられていた。

 初めはなかなか慣れなかったけど、今では意外と気に入っている。


「デモ、ワタシ、ヤッタコト、アーリマセン」


 僕も今では片言だけど、この国の言葉が分かるようになった。

 この国の言葉に堪能なカーミラに、毎日寝る時まで教えてもらった成果が出ている。

 そのカーミラは、僕の成長を嬉しそうに隣でにこやかに見ている。


「遠慮するでないわ! それほど難しいものではない。うぬは南蛮人で一番強いのであろう?」

「ええ、もちろんですわ! 御屋形様といえども、ジークフリート様のお力をご覧になれば、腰を抜かしますわよ?」

「ハッハッハ! それは楽しみであるな!」


 と、カーミラが勝手に承諾して決めてしまった。

 カーミラのこの押しの強さに、僕はいつも振り回されている気がする。

 でも、実は僕もやってみたかった。

 張り切って、会場まで降りていった。


 僕は、相撲奉行の家臣にマワシを巻いてもらって外に出た。

 何だか、裸になるよりも恥ずかしい気がする。


「まあ! ジークフリート様はどのようなお姿でも素晴らしいですわ!」

「いや、恥ずかしいから、やめて」

「何をおっしゃいます! その引き締まった美しいお尻など、食べてしまいたいですわ!」


 カーミラは今にもよだれを垂らしそうに見入っている。

 うう。

 他の人が見ている前ではやめてほしいよ。


「……はぁ。毎度毎度、サカリ過ぎだぞ? はしたない女だな?」


 オリヴィエが呆れ顔でやって来た。

 後ろには、ヨハンとルイスも苦笑いで一緒に歩いてきた。


「はぁ? 私の情熱的な愛情表現をバカにしないでくださる? 貴婦人に対する口の聞き方がなってないわね。あんたみたいな石頭じゃモテないわよ?」

「ぐぬぬ! 貴様のどこが貴婦人だ! まったく、ジークを悪い道に引き込んだら許さんぞ!」


 と、オリヴィエとカーミラはいつものように言い合いを始めた。

 生真面目なオリヴィエと大胆で奔放なカーミラとでは、やっぱり相性が悪かった。


「だ、ダメですよ、お二人共! こんなところでケンカをされては、ジーク様の迷惑ですよ!」


 ヨハンがオロオロしつつも二人を止めてくれている。


「ウッハッハ! 良いじゃねえか、ケンカするほど仲が良いってもんだぜぃ!」

「「それは違います!!」」


 と、陽気に笑うルイスにオリヴィエとカーミラは全力で否定した。

 僕たちが揃うと、これが最近のパターンになりつつあった。


 僕は苦笑いしつつ、土俵の上に立った。

 相手は、この国の人族にしては大柄で、僕と同じぐらいの背の高さがあり、横幅は僕よりもある。


「おうおう! 南蛮人の僕ちゃんが相手か! 殺しちゃったらごめんな!」


 どうやら僕をナメているようでニヤニヤしている。

 僕はまだ完璧にこの国の言葉が出来ないが、それだけは分かった。

 僕は堂々と胸を張って、言い返した。


「ダイジョブデース! ワタシ、ゼツリンデース!」

「……は?」


 あれ?

 僕は、何か変なことを言ったのだろうか?


 相手が、キョトンとして固まってしまった。

 そして、会場中が大爆笑してしまった。


 な、なんで!?

 僕は、自分が凄いって言ったはずなのに、何を間違えたんだ!?


 カーミラを見ると、ああっと恥ずかしそうに頭を抱えている。


「ガッハッハ! そっかそっか、あの姉ちゃんは色っぽいもんなぁ! 下半身は鍛えられてんのか!」


 と、相手はよだれを垂らしそうなほどだらしない顔で、カーミラを見た。

 これに対して、カーミラは顔を真赤にして怒った。


「こ、この無礼者! じ、ジークフリート様、そこの不届き者をやっつけてください!」


 どうやら昨晩教えてもらった言葉は、違う意味だったらしい。

 

 このカーミラの野次を合図に僕たちは立ち会った。

 他の試合を見て、やり方はなんとなく分かっている。

 とりあえず、相手を倒すか、輪の外に出せばいいんだ。

 相手が暗黒闘気を纏うと、僕も聖闘気を纏った。


「はっけよい、のこった!」

 

 僕は、合図とともに突っ込んでいったが、相手の突っ張りで出鼻をくじかれた。


「ぐっ!?」


 僕は頭を跳ね上げられた。

 今ので、口の中を切ったみたいで血が垂れてきた。


 なるほど。

 これも、アリなんだな。


 相手は僕を初心者だと思って、完全にナメているようだ。

 このスキに攻めてこなかった。


 僕はもう一度突っ込んだが、今度は相手の張り手をかいくぐり、マワシを掴んで投げ飛ばした。

 これで勝負あった。


「何をやっとるか、貴様!」


 怒鳴り声が聞こえてきたかと思ったら、カズサが刀を抜いて、土俵際に大股でやって来た。


「ひぃ!? も、もうしわ……っ!?」


 そして、僕の対戦相手の首を有無を言わさずに刎ねた。


 え!?

 な、なんで!?


 あまりにも突然のことで、僕は唖然として固まってしまった。


「たわけが! 土俵は、命がけの真剣勝負をする神聖な場だ! 気の抜けた真似をするでないわ!」


 この『修羅王』の怒りで、一気に場に緊張した雰囲気が漂った。


 な、なるほど。

 僕をバカにして、無様な真似をしたせいか。

 この容赦の無さが、この王の恐ろしさの一端なんだな。


「もう一度、やり直せ! ジンスケの相手は誰ぞ!」


 下手なことをしたら、自分もこの男と同じ目に遭うと恐れて誰もが俯いているようだ。

 この場で名乗りを上げる者が誰もいないのかと思われた時だった。


「では、拙者が相手をいたしましょう!」

「おう、ライデンか! うぬに任す!」

「はっ!」


 次に出てきたライデンという男は、先程の相手とよりもさらに上の体格で、闘気は遥かに格上だ。

 間違いなく強者だと分かり、気持ちが高ぶってきた。


「逸ってはダメですよ、ジークフリート様。相手は前回の優勝者ですからね」


 と、絶妙なタイミングでカーミラが声をかけてくれたので、逸る気持ちが落ち着いた。


 首を刎ねられた男の死体が片付けられると、ライデンと土俵の上で向き合った。


 確かに、強いな。

 土俵の外よりも、さらに大きく感じる。

 お互いに闘気を解放した。

 ライデンは僕と同じ聖闘気か。


「はっけよい、のこった!」


 合図とともに、僕たちはぶつかり合い、お互いに後ろに弾かれそうになった。

 だが、お互いにマワシをつかみ合い組み合った。


 こ、これは!?


 今のぶつかり合いで、衝撃が体の芯に響いている。

 どうやら、力のぶつかり合いは互角。


 強い!


 聖闘気を全開に解放しているのに、僕と真っ向からやり合える相手がこの国にもいるなんて。


「「うおおお!」」


 僕たちは、お互いにつかみ合ったまま力を入れるが、ビクともしない。

 単純な力の比べ合いなら互角だ。

 だが、一歩も動かず、まるで巨大な岩山を持ち上げようとしてるかのようだ。


 え!?


 いきなりバランスが崩れて倒されそうになった。

 な、何をしたんだ、投げ技か?

 僕はギリギリ踏ん張り、土俵際で踏ん張った。


「くそ、まだまだ……っ!?」


 僕が切り返し、全力で突っ込もうとしたら、顔が跳ね上げられた。


 突っ張り!?


 さっきの相手とは、速さも威力も桁外れだ。

 一瞬、意識が飛びそうになった。

 が、僕はここでも踏ん張った。


「があああ!」


 僕は、突っ張りを何度も繰り出した。

 しかし、ライデンにこれをことごとくさばかれた。


 す、凄い!

 真っ向勝負で、こんなに強い相手がいるなんて!


 僕はまた、いつものように腹の底から笑いがこみ上げてきた。


「よし、もらった!」


 僕は、ライデンの張り手をかいくぐり、懐に潜り込んでマワシを掴んだ。

 が、突然バランスが崩れて空を見上げていた。


「あ、負けちゃった」


 僕は、土俵の上でがっくりと倒れ込んでしまった。

 剣での勝負ではないけど、立ち会いで負けたのは初めてだ。

 ちょっとショックだ。


「強かったぜ! 初めてでこんなに強えなんて驚きだ! まさか、このオレが初心者相手に技に逃げちまったとは!」


 相手のライデンが、倒れ込んでいる僕に笑いながら手を差し出してきた。

 僕もその手を握り返して立ち上がり、笑った。

 負けたのに、気分が晴れやかだ。


 なんて、世界は広いんだろう!


 この国の独特な技を身につければ、剣の高みに更に登れる気がした。

 

 この後、ライデンは優勝し、カズサから熨斗付きの太刀と脇差を賜った。

 僕も負けたとはいえ、圧倒的な強さで優勝したライデンといい勝負をしたと、カズサに厚遇されるようになった。


 この日から、小姓として重要な場に連れて行かれるようになり、僕は『修羅王』オダ・カズサという人と深く関わっていくことになった。


 この時はまだ分からなかったが、この事が僕の運命に大きな影響を与えることになるとは、露ほどにも思わなかった。

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