第2節 異国の城

「ウハハ! カーミラちゃんと『神の子』が知り合いだなんて知らなかったぜぃ!」


 宣教師ルイスは楽しそうに陽気に笑っている。


「もう! 違いますわよ、ルイスさん。ジークフリート様と私はただの知り合いではありません。運命のお相手ですわ」


 カーミラはにこやかに、突然のことに理解できずに固まっている僕の腕へ全身で抱きついてきた。

 僕はツッコむことも出来ずに、唖然と固まっているだけだ。


「ええ!? じ、ジーク様、どういうことですか!?」

「あら? ジークフリート様にこんなにも可愛らしい妹君がいらしたのですね?」

「ち、違います! ボクはジーク様の従者で、従兄弟です!」

「ウッハッハ! ヤキモチ焼かなくても良いぞ、お嬢ちゃん? 聖教会の教えでは4人まで妻を持てるのだからな!」

「だから、違いますって! ボクは男です!」


 ヨハンはからかわれて、頬をぷぅっと膨らませて真っ赤になって怒っている。

 その仕草も女の子みたいだよ、とツッコみたかったが声が出なかった。


「……ふぅ。ジーク、これはどういうことだ? 本当に許せんぞ」


 オリヴィエは、呆れたようなため息をついて、僕を見下したような目をしている。

 この真面目な男からしたら、許嫁がいる僕が別の女性と関係を持っていることが許せないのかもしれない。

 しかも、その時期が友である自分が困っている時にだから、なおさらなのかもしれない。


「あ、いや、オリヴィエさん。ぼ、僕は、その……」

「今までこの私にまで黙っていたとは。我々は対等の友ではなかったのか?」


 と言って、オリヴィエはニヤリと笑った。

 どうやら、僕はからかわれていたようだ。

 困る僕を尻目に、みんなは大声で笑った。


「ちょっと、カーミラ! これは一体どういうことなんだ!」


 やっと正気を取り戻した僕は、裏にカーミラを連れていき、強い口調で問い詰めた。

 でも、カーミラは僕のそんな戸惑いとは裏腹にクスクスと笑っている。


「うふふ。嬉しいですわ。こんな人気のないところに連れ込むだなんて。私も早くジークフリート様と触れ合いとうございました」


 と、人の話を聞かずに、潤んだ瞳で僕に口づけをしてきた。

 僕もこの熱い吐息で脳髄がとろけそうに……


「って、違う! いきなり何をするだぁーっ!」


 僕はうろたえにうろたえたが、ギリギリで理性を保って、抱きついてきたカーミラを引き離した。


 あ、危ない。

 カーミラがあまりにも煽情的すぎて、ペースが乱されてしまう。

 ヴァンパイアのはずなのに、まるでサキュバスを相手にしているようだ。


「まあ、嫌ですわ、ジークフリート様。随分とご無沙汰でしたのに、冷たいですね」


 と、カーミラは拗ねたように口をとがらせてそっぽを向いた。


 ええ!?

 な、なんでカーミラが怒っているんだ?

 わからない。

 僕が、悪いのか?

 経験値が足りなさすぎて、全く意味がわからない!?


「ご、ごめん、カーミラ。僕は、その……」

「うふふ。冗談ですよ、ジークフリート様。やっとお会いできて浮かれてしまいました」


 カーミラはニコリと微笑んだ。


 な、なるほど。

 僕はからかわれていただけか。


 なぜかはわからないけど、カーミラが怒っていないようでホッとしてしまった。

 この後、カーミラがどうしてこの『修羅の国』にいるのか説明してくれた。

 

 カーミラは、交易でこの国に訪れていた商人の一団に紛れて、宣教師であるルイスに近づいたらしい。

 なぜかこの国の言葉が堪能であるカーミラは、事あるごとに通訳をしてあげて、ルイスの信用をすぐに得た。

 その時のルイスは、思うように布教が進んでいないことを悩んでいたそうだ。

 そして、カーミラは『神の子』である僕をこの国に呼ぶことを熱く勧めたそうで、ルイスはまんまと唆された。


 ルイスは布教の手助けとしてだが、カーミラの真の目的はこの『修羅の国』を統一しかけている『修羅王』と呼ばれるこの島国の覇者と僕を引き合わせること。

 つまり、僕に『覇王』としての経験を積ませることだった。


「……ねえ、カーミラ? 君って、まだ僕を『覇王』にさせたいの?」

「当たり前です! 何のために、私が愛しいジークフリート様と泣く泣く距離を置かれていたと思っているのですか? 全てはこの準備のためです!」


 と、カーミラは鼻息荒く力説した。


 カーミラが自分の正体を『魔王』だと打ち明けた次の日、僕たちは一旦別れた。

 僕は総本山へ転属となり、カーミラは暗黒大陸の奥地にある魔王城へと戻った。


 まさか、そのカーミラがこんな事を企んでいるとは思いもしなかった。

 聖教会圏の連合軍参謀本部は、魔王軍が一向に動かないことを不気味に思い、戦々恐々としていたが、事実は肩すかしどころの話ではない。

 脱力しすぎて、ある意味総崩れになるかもしれない。


 『魔王』が『神の子』に入れ込みすぎて、『覇王』に育てようとしているだなんて、聖教会の教えが根底から覆されることだろう。

 『魔王』が単独でこんな事をしていて、他の魔族たちは大丈夫なのだろうかと、敵ながら心配になってしまう。


「さあ、ジークフリート様! 張り切っていきますよ!」

「え!? ちょ、ちょっと!?」


 カーミラは僕の手を取って、弾けんばかりの笑顔で勢いよく表へと出ていった。


 あれ?

 こ、こんな性格だったっけ?


 見た目は妖艶な美女なのに、行動力がパワフルすぎる。

 僕は突然手を引っ張られて転びそうになってしまった。


 僕たちが大聖堂から出ると、目の前には信じられないほどの荘厳な景観が広がっていた。


「こ、これは、まさか、城?」


 僕は、ゴクリとつばを飲み込んだ。

 目の前にある小高い山全体を使って建造され、圧倒的な威容を誇っている。

 オリヴィエもヨハンも同じように圧倒されていた。


「ウッハッハ! いい反応だぜ? オイラも初めて見た時はおったまげたからな! でもな、本気で驚くのは入ってからだ!」


 ルイスは、自分の物ではないのに、まるで子供のように自慢している。

 そんなルイスを横目に、カーミラはにこやかに笑った。


「うふふ。その通りですよ、ジークフリート様。まだ驚くのは早いですよ?」


 唖然とする僕は、後に続いて城内を登っていった。


 麓からまっすぐ伸びる幅広い道はすべて石段で造られており、聖教会総本山以上の壮大なスケール。

 山の中腹からは幾重にも折れ曲がっており、複雑な地形を利用して侵入者を防げるような構造になっていた。

 そして、山頂には豪華絢爛な五層の建造物(この国の言葉で天主というらしい)が権勢を誇示するかのように鎮座していた。


「す、すごい」

「あ、ああ。これは見事だな。これほどの城は聖教会圏でも比較する城がないほどだな」


 ヨハンとオリヴィエは、ただ圧倒されているだけだ。

 聖教会圏の雄シュヴァリエ家の長男オリヴィエですらこの有様なのだから、僕なんてどう反応していいのかわからないほどだ。


「もう、ジークフリート様! 今からこの城の主に謁見するのですよ! シャンとしてください!」

「う、うん、そうだけど……」


 カーミラは、唖然としている僕の背筋を伸ばさせ、堂々と前を向かせた。

 この僕たちの様子を見て、ルイスは大笑いをした。


「ウッハッハ! 聖騎士最強の『神の子』もカーミラちゃんには敵わねえな! もう尻に敷かれてらぁ!」


 僕たちは天主の中に案内された。


 オリヴィエとヨハンは、ここから先には進ませてもらえず、表で待機することになった。

 二人共、上級貴族の家の生まれとはいえ聖騎士なので、文句を言うこともなく相手のやり方に従った。

 ここから先は、僕とカーミラ、ルイスの3人だ。


 この城を守る家臣たちは、サムライと呼ばれ、聖教会圏の騎士のようなものだ。

 見た目の違う型の鎧や刀と呼ばれる細身の剣を腰に佩いている。

 そして、背は平均的に低いみたいで、僕の視線からは見下ろしてしまうほどで、女性のカーミラですら背が高い方になっている。


 外部はいくつもの建築の妙技が尽くされていたが、内部もまた、四方に色彩豊かに壁全面を装飾で覆い尽くしている。

 これらは豪華ではあるが、気品のある技巧があり、見事なまでに美しさが調和していた。


 さらに進み、僕たちはついにこの壮大な城の主に謁見した。


 その間は、正八角形の造りになっており、朱塗りの柱に金碧の障壁画が描かれている。

 その間に入って正面、畳と呼ばれる草を編んで作られた座の上に、その男は胡座をかいて座っていた。


 見た目は中肉中背で、眼光の鋭い細面の初老の男だが、静かで重苦しいほどの威圧感がある。

 その程は、傍に控えている家臣たちの恐怖と尊敬の入り混じった態度が表している。

 誰もが、手と顔を床につけ面を上げていない。


 これまでに、聖教会圏の君主たちと顔を合わせたことがあるが、王者の雰囲気は別格だ。

 これが、自分の力で覇道を進んだ男と平穏な世で王座を受け継いだだけの者たちとの違いなのだろうか。


 僕も、カーミラとルイスと同じようにこの異国の王の前に平伏した。

 そして、この『修羅王』が何か言葉を発すると僕たちは顔を上げていいようだった。


 その後、ルイスがほとんど一方的に喋り、カーミラが通訳しているが、『修羅王』はたまに無表情で一言返事をするだけだ。

 デアルカ、とか言っているようだが、僕にはその言葉の意味がわからない。

 興味があるのか無いのか、怒っているのか笑っているのかも分からなかった。


 その時、『修羅王』は僕の方を向いて言葉を発した。

 何を言っているのか分からなかったので、助けを出してもらおうと困ったようにカーミラの方を向いた。


「うふふ。申し訳ありません、ジークフリート様。先程からルイスさんはずっと『神の子』について熱く話してらしたのです。それで、御屋形様、あ、こちらの王様のことですね。御屋形様がジークフリート様に興味を持たれたのです。何か特技はあるのか? と」


 カーミラは、『修羅王』が僕に興味を持ってくれたことが自分のことのように嬉しそうだ。

 本当にいい笑顔で、なぜか胸がドキッとした。


「え、う、うん。特技かぁ? ……僕には剣しか無いからなぁ。あ! 鍛錬の息抜きで剣舞を好きで踊ることはあるけど。特技なのかなぁ?」

「まあ! ぜひ私も見てみたいですわ!」

「おお! そうだな、そいつはありだぜぃ!」


 と、ルイスも賛成し、カーミラは喜んで通訳をしている。

 それを聞いて『修羅王』は、興味を持ったのか、ニィっと口端を少し上げた。

 あ、嫌な予感がする。


 その予感が的中し、僕は剣舞を披露することになった。

 ルイスとカーミラのコンビには、口下手な僕では太刀打ちできなかったのだ。

 相手の『修羅王』も僕の聖剣『バルムンク』がこの国の刀とは違って大剣なので、珍しそうに興味津々に見ている。

 こんなに注目されている中で踊るなんて、緊張して膝がガクガクしてきた。


「頼むぜぃ『神の子』! この国の布教活動は、おめえさんにかかってんだぜぃ!」

「そ、そんな、ルイスさん、僕は……」

「大丈夫ですよ。ジークフリート様ならば出来ます」


 と、カーミラは心臓が激しく鳴る僕の胸に手を置いた。


 ああ、不思議だなぁ。

 カーミラに触れられただけで、心が落ち着いてきた。

 うん。

 何でも出来る気がしてきた。


「おいおい、イチャついてねえで頼むぜぃ!」


 ルイスにバシンと背中を叩かれ、僕は広間の中心に立った。


 僕は剣を持つと、戦いに赴く時の高揚感と普段の僕にはない絶対の自信が湧いてくる。


 僕は大きく息を吐き出し、聖闘気を開放した。

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