第十二節 海賊国家ロジーナ王国

 海賊国家ロジーナ王国へとやって来た。

 国家とは言っても、ぱっと見た感じはただの質素な集落にしか見えない。

 だが、近づいてくると、その異様さがよく分かる。


「お、大きいですね。」

「み、みんなおっきいですニャ。」


 ヴィクトリアとレアが唖然として呟いた。

 そう、全てが大きいのだ。

 

 俺の身長が大体170センチ前後、オーズが220センチぐらいだが、この国の平均身長が300センチぐらいでオーガと大体同じ、ちなみにヴィクトリアは150センチに少し足りないぐらいで、レアが140センチぐらい。


 オーズですら小柄になるほど、この国の人間はみんなでかい。

 子馬ぐらいの大きさもあるダイアウルフが、飼い主に並ぶとただのシベリアンハスキーぐらいにしか見えなくなるほどだ。


 この巨人とも言える民族が住む家だから、当然大きい。

 骨組みは木造だが、その周囲は土や石、草で覆われている。

 パっと見は、バカでかいホ○ットの家みたいだ。


「あれ?オーズさん、あの奥に見えるのは何ですか?」


 俺は、他の建物とは違うドームのような建造物に首をひねった。

 古墳のように見えないことはないが、何なのかよく分からなかった。


「ああ、あれか。あれは、俺達ヴァイキングの王、海賊王の居城だ。初代の王が、この地に棲んでいた伝説のアイスドラゴンを仕留めて、その骨で造ったと言われている。」


 オーズの説明で、俺達はほえぇと口を開けて海賊王の城を見ている。

 この城は、他の建物よりも桁外れに大きい。

 もしその話が本当なら、そのアイスドラゴンはゴ○ラ並みの大きさなんじゃないかと思われる。

 つくづく、ここがファンタジー世界なのだと実感させられる。


『あ!、おかえり!あんた相変わらずちっちゃいね?ちゃんとご飯食べてるのかい?』


 と、オーズのところにでかい女の人がやって来た。

 オーズと同じ赤髪だが、どことは言わないがすべての出っ張りも大きい。

 オーズよりも頭一つ分大きく、分厚い毛皮のコートを羽織っている。

 まるで、ウィンター・イズ・カミングが、口癖になりそうなファッションだ。


『ああ、姉上。久しぶりだな。元気だった……おわ!?』

『叔父ちゃん!お土産!』

『おみゃぁげ~!』


 姉と話をしようとしていたオーズの足元に、二人の男女の子どもたちがすごい勢いで走ってきてまとわりついた。

 背はヴィクトリアとレアと同じぐらいだが、この国の人間のサイズなら2、3歳ぐらいだと思われる。


『コラ!今オーズ叔父さんと話してんだから、邪魔すんじゃないよ!』

『うえーん!ママこわ~い!』

『こあ~い!』


 オーズは苦笑いをしながら、お土産のフランボワーズ産のマカロンを子どもたちに渡した。

 子どもたちは、一気に満面の笑みになって、家の中に走っていった。


『まったく!あんたはすぐ甘やかすんだから!』

『う!す、すまない、姉上。』


 オーズは姉に怒られてタジタジになった。

 どうやら、この国の女の人はかなり強いようだ。 


『ん?あんた子供連れてきたのかい?やっと、結婚したのかい?』

『い、いや、まだしてない。二人共、このアルセーヌの身内だ。』


 オーズの姉は、俺たちの存在に気が付いたようだ。

 俺達はお互いに自己紹介した。

 オーズの姉はユミルという名前で、この名前もまた巨人としか思えない。

 レアとヴィクトリアはフランボワーズ語で挨拶し、俺はこの国の言葉で挨拶をした。

 ユミルもこれには驚いてしまった。


『うひゃー、たまげたね。こんなに流暢にあたし達の言葉話せる南部人なんて初めてだよ。あたしは、国の外に出たこと無いけど、この国に来る行商人でもこんなにうまくはないよ。』

『そういう奴だ、このアルセーヌというのは。色々と驚かせてくれるからな。冬将軍でも役に立ってくれるはずだ。』

『え!?あんたより、リレ(チビ)なのに大丈夫なのかい!?』


 ユミルはかなり不安そうに俺を見ている。

 俺も今更ながら、かなり不安になってきた。

 ただの冬支度だと思っていたけど、違う気がしてきた。


 や、やばいぞ。

 もうここまで来たら、帰れない。


『こいつなら大丈夫だ。俺達は、陛下に挨拶に行くから、後で家に顔を出すよ。』


 オーズは、俺の不安をよそに、海賊王の居城へと向かっていった。


 海賊王の居城に入ると、広さに圧倒された。

 内部は、石やレンガを組み合わせて造っているようだ。


 そして、俺達は海賊王の謁見の間にやって来た。

 石畳の床が続き、一段高くなったその先には、巨大なアイスドラゴンの頭骨を削って作られた玉座があった。


 そこには、金の冠を冠る黒ひげの海賊王が座っている。

 俺はただ立ちすくんで、ゴクリとつばを飲み込んだ。

 黒ひげはただ、肘掛けに頬杖をついて座っているだけである。

 それだけなのに、この別次元の覇気に気圧されていた。

 フランボワーズ国王みたいな名前だけの王とは違う、本物の王者の貫禄だった。


 オーズが、すっと前に出て跪いた。

 俺も子どもたちですら、オーズに従って無意識の内に跪いていた。

 本能がこうするのが当然だと教えてくれたようだった。


『よく来たな、よ。今年も励むが良い。』

『御意!』


 謁見の挨拶は、たったのこれだけだった。

 この後、ラム酒を一樽献上して終わりになるはずだった。

 だが、黒ひげはオーズの後に控える俺達の存在に気が付いた。

 オーズは、黒ひげに俺達のことを紹介した。


『ふぅん?南部のお姫様を連れてくるとはな。身代金でもふんだくる気か?』

『い、いえ!そのようなつもりではありません!ただの客人です!』

『で、そっちのガキは何だ?一端に剣を持ってやがるけどよ?』


 黒ひげはジロリと俺を値踏みするように見た。

 たったのこれだけでビクリと体を震わせ、口の中がカラカラに乾いてきた。


『ええ、このアルセーヌも冬将軍に参加させるつもりです。』


 オーズの一言で、空気が一変した。

 これから嵐が起こる前のように、不気味なまでに静まり返った。


『……今のは、俺の聞き間違いか?』

『いえ、陛下に間違いはございません。このアルセーヌも参加させます。』

『ふざけるな!』


 ドン!とまさに嵐が吹き荒れたかのようだった。

 子どもたちは後にコロンと転がり、俺も気圧されて倒れそうになった。

 必死に歯を食いしばらないと、泡を吹いて気を失いそうだ。

 だが、オーズは堂々としたものだった。


『陛下、俺はふざけてなどいません。真剣にこのアルセーヌも戦力になると判断いたしました。』

『言うじゃねえか。だったら、偉大なる海の戦士だった、貴様の父の名に誓えるか?』

『ええ、誓いましょう!』


 オーズはどこまでも本気だった。

 話題の中心である俺は、ただただ困惑して動けない。

 黒ひげは、オーズを恫喝するように睨んでいたが、フンと鼻を鳴らした。


『良いだろう。その小僧が、どれほどのもんか試してやる。……エイリーク!』


 黒ひげは、大声で叫んで誰かを呼び出した。

 だが、部下たちはザワザワして目を泳がしている。


『……も、申し訳ありません、陛下。エ、エイリーク殿下は戻っておられないようでして……』

『何だと!?この大事な時期に、どこをほっつき歩いとるんだ、あのドラ息子が!』


 側近は黒ひげの憤怒の覇気を当てられ、腰が引けて崩れ落ちそうだ。

 どうやら、エイリークというのは、よっぽどの問題児のようだ。


『まあいい!あのバカ息子のことは後だ!……イーヴァル!』

『は!お呼びでございましょうか!』


 今度は、すぐに呼ばれた相手がやって来た。

 背の高さの割には、細身の体型だ。

 だが、他の民族からしたらかなりの筋肉量だ。


『貴様がの後ろにいる小僧と遊んでやれ。やり方は好きにしろ。』


 イーヴァルは黒ひげにそう命令され、ちらりと俺を見た。

 まるでヘビのように冷たく、爬虫類のような目をしている。

 そして、ふぅと困った顔でため息をついた。


『良いのですか、陛下?の連れなのでしょう?』

『……貴様。俺の言葉が聞こえなかったのか?と言ったはずだ。』


 黒ひげは、眉間にシワを寄せ、ドスの利いた低音で言葉を放っただけだった。

 イーヴァルはビクッと体を震わせ、姿勢を正した。


『それにな、その小僧も冬将軍に参加するのだぞ?』

『ほう?それは聞き捨てなりませんね。』


 と言って、イーヴァルは舌なめずりをしながら、手に持っていた槍に力を入れた。

 俺は冷たい汗が止まらなかったが、この場を生きて切り抜けるには覚悟を決めるしかなかった。


・・・・・・・・・


「……ハァハァ。クソ!」


 暗い森の中で、聖騎士の男が膝をついた。

 その正面には、黒い毛に覆われた大柄な雄の人狼が、爪に血をつけて相対している。


「うおおお!」

「ぐわあああ!?」


 人狼の一撃が聖騎士を捉え、兜を飛ばして倒した。

 聖騎士は、立ち上がる力もなく、倒れ込んだままだ。

 人狼は、聖騎士が動かないのを確認して、全力で駆け出した。

 背には、矢が刺さり、全身には大小様々な創傷があった。

 だが、人狼は自らの傷を顧みず、全力で走り続けた。

 人狼は、森の中の開けた場所にたどり着くと、足を止めた。


「ハァハァハァ。え?こ、これは……?」

「あ、パパァ!ママァ、パパかえってきたよ!」


 小さい子犬のような顔をした獣人の子供が、人狼に気づいてしっぽを振りながら駆け寄ってきた。

 ここは小さな集落になっていて、人狼の家族たちが住んでいる。

 この人狼もこの集落の住人である。


「きゃあ!?あ、あなたどうしたの、そのケガ!?」


 家の中から毛並みの良いメスの人狼が出てきた。

 夫である人狼のケガを見て、悲鳴を上げながら駆け寄ってきた。


「お、オレは大したことはない。だ、だが、どういう事だ?この集落が、聖教会の連中に襲われているという知らせがあって飛んできたのに。」

「え?そんな事何もなかったわよ?」


 妻がキョトンとした顔で首をひねるのを見て、人狼はホッとして膝をついた。

 誤報だったようだ、と思うのも束の間だった。


「討伐されるのは、これからだ。」


 人狼が声のした方をバッと振り向くと、そこには倒したはずの聖騎士の男がいた。

 平然とした顔で歩き、教会騎士たちを引き連れている。


「どうした、そんな面して?人族最強戦力の聖騎士が、貴様如き野良犬にやられると思ったのか?思い上がるのも甚だしいぞ、この神の敵が!」


 聖騎士の下卑た笑い顔を見て、人狼は青い顔をして悟った。

 自分は罠に嵌められたのだと。


「クックック。ようやく気づいたようだな?そうだ、貴様が我々をこのケモノの巣に呼び込む役だったのだ。」

「た、頼む。や、やめてくれ。お、オレは、オレたちは、新しい領主様に手を貸していただけだ。兵として力を貸せば、この集落には手を出さないと。」

「ほう?それは、嘆かわしい事だ。新しい旗手までも異端者だとは。」


 聖騎士は首を振り、やれやれというようにため息をついた。

 情に訴えかけても無駄だと悟り、人狼は自分の腕の中で震えている妻子をかばうように、聖騎士の前に立ちはだかった。


「に、逃げるんだ、お前たち!ここは、オレが食い止め……え?」

「ギャアアア!!?」


 狼男が立ち上がった瞬間、集落の中から断末魔の声が上がった。

 そして、周囲を取り囲んでいた教会騎士たちは、次々とこの集落の中の戦えない老人や子供達を剣や槍で串刺しにしていった。


「な、何ということを。こ、この、悪魔が。オレたちが、何をした?オレたちは、ただ、獣人として、生まれただけだ。オレたちは、ささやかに、穏やかに、生きてきた。オレたちが、神の敵、だと?貴様らの言う、神とは、何者……!?」


 人狼が恨みの言葉をすべて言う前に、聖騎士によって首を刎ね飛ばされた。


「ひぃ!?いやあああああ!!!?」


 次に、気が狂ったように泣き叫ぶ妻の頭を割り、訳も分からず呆然と立ち尽くしていた子供は、胴切りに真っ二つにした。

 聖騎士が手で合図をすると、この集落は炎に包まれた。

 この一連の虐殺を、この聖騎士は事務的に淡々と実行した。


「フフフ。よくやりましたよ、フランソワ。これでこの地も浄化される事でしょう。」


 フランソワと呼ばれた聖騎士に声をかけたのは、狂信者とも呼ばれるアルビノの男ジル・ド・クランだった。

 このフランボワーズ王国付き聖騎士長は、部下の仕事を密かに総評していたのだ。


 フランソワは、声をかけられたと同時に、完璧なまでの敬礼のまま微動だにしていなかった。

 この聖騎士は、狂信者の弟子と称され、ジル・ド・クランの思想を完璧なまでに教育されていた。


「フフフ。少々回りくどかったですが、十分に合格点ですよ。ライネス団長殿には、次の聖騎士長として推薦しておきます。」

「は!ありがたき幸せ!」


 フランソワは固く無表情で敬礼したままだったが、内心はどうかは分からない。

 ジル・ド・クランは、狂信者の後継者を見て、例の不気味な笑顔で嬉しそうに笑った。


「フフフ。これで私も、安心してこのフランボワーズ王国を離れられるというものです。私は序列などに興味はなかったのですが、『七聖剣』の席が未だに一つ空いていますからね。これで、敬愛するあの御方と席を並べれますよ。フッフッフ。」


 狂信者たちは、炎を背に、次の異端者狩りへと足を向けた。

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