第十三節 冬将軍

 俺と海賊王黒ひげの配下イーヴァルは、武器を手に持ち向かい合っている。

 海賊王の謁見の間で、玉座に座る黒ひげの目の前で、だ。

 俺の実力が、冬将軍についてこれるかどうか、試されるのだ。


 根本的に大間違いをしていた俺は、オーズから冬将軍についてようやく教えてもらった。

 冬将軍とは、俺の元の世界では、厳しい寒波の到来を擬人化することを指す。

 だが、この世界では全く違った。


 その年に非業の死を遂げた、亡者の軍団の襲来のことだ。


 亡者たちは強力なアンデッドだが、それだけならヴァイキングの戦士たちにとっては相手ではない。

 このアンデッドたちを確実に倒したとしても、しばらく経つと何事もなかったかのように復活してくるのだ。

 これが、真の冬の間、日の昇らない極夜が続く二ヶ月間、延々と繰り返されるのだ。


 では、この亡者たちがどこからやってくるのか?


 それは、この北の大陸の奥地、ニブルヘイムと呼ばれる場所だ。

 そこは北極点のあたりにあり、地獄とつながっていると信じられている。

 だが、その地に辿り着いた者は歴史上存在しないため、ただの言い伝えの話だ。


 しかし、その話は、ただの想像上の荒唐無稽な話ではなく、信憑性もある。

 亡者の軍団は、毎年必ずその方角からやって来て、復活した亡者もまた同じ方向から戻ってくるのだ。

 亡者の魂が、ニブルヘイムへと集められ、循環しているという事だ。


 もし、この冬将軍の戦いに敗れればどうなるか?


 それは、世界の終わりを意味する。

 亡者は、生者をどこまでも殺戮しつくすだけの存在だ。

 北の大陸が落ちれば、亡者の冷気によって海は凍り、他の大陸に向かって行軍はどこまでも続く。


 ヴァイキングたちは、この冬将軍の戦いを世界を守る栄誉ある聖戦だと考えている。

 自分たちは神話の時代から世界を守り続ける、偉大なる海の戦士の末裔だと誇りに思っている。

 だからこそ、偉大なる戦士の資格のない者と共に戦う気はない。

 俺に、偉大なる戦士たちと共に戦う資格があるのか疑っているのだ。


 俺は今、偉大なる戦士たる器があるのか、試されようとしている。


「すまないな、アルセーヌ。お前には苦労をかけさせる。俺の考えが甘すぎた。」


 オーズは、試されようとしている俺の横で、申し訳無さそうに俯いている。

 レアとヴィクトリアは、訳も分からずにただオロオロと不安そうだ。


「いえ、オーズさんのせいじゃないですよ。行く前から念押しされていたのに、俺の認識が足りなかったせいです。でも、オーズさんはどうして俺をこんなに推してくれるんですか?」


 この質問は、当然の疑問だと思う。

 俺とオーズは、この旅をする前は、一緒に仕事すらしたことが無かったのだ。

 オーズは俺の疑問に対して、フッと小さく笑った。


「初めて会った頃のお前は、調子のいいだけの子供だと思っていた。その頃のお前なら、頼まれても一緒に連れてくることはなかった。だが、レアを引き取った辺りから、雰囲気が変わった。覚悟を背負った男の目になった。ギュスターヴの厳しい修行にも必死についていって、日増しに強くなっていくのが、見ているだけの俺でもわかった。試しに連れてきてもいいかと思った。」

「でも、それだけだったら、王に睨まれてまで俺を強く推す理由にはなりませんよ?」

「ああ、そうだな。だが、お前を本気で認めることになった出来事がこの旅の中であった。俺が力に飲まれて暴走した時の事だ。」


 オーズはその事を思い出したのか、少し言葉を区切って嬉しそうに口端を上げた。

 オーズが暴走した時、盗賊に襲われていた船を助けに行った時だ。


「でも、俺はほとんど何もしていませんよ?」

「俺はそうは思わない。お前は、逃げることもなく子どもたちを守ろうとした。理由はそれだけで充分だ。その大切な相手を守ろうという強い意志こそが、冬将軍の戦いで最も大事なことになる。歴戦のヴァイキングの戦士ですら、いつ終わるともわからない戦いに、心が折れそうになる時がある。その時に、家族や子供、遠くの地にいる大切な誰かを守ろうという意志の、強い魂の力が、折れそうな時に立ち上がらせ、奮い立たせてくれるのだ。お前は、その片鱗を見せてくれたのだ。」


 こうまでべた褒めされると、恥ずかしいを通り越して、本当にそうなのかなと思ってしまう。

 俺は、オーズの信頼に応えて見せようという気にはなった。


「……ありがとうございます、オーズさん。行ってきます!」

「ああ、くれぐれも死なないでくれ。イーヴァルは、強いぞ。」


 これらのやり取りが、立ち会いを始める前のことだった。


『よう、覚悟はいいか、?』

『ドヴェルグ?』

『おう、小人の名前だ。チビのより小せえだろ?』


 イーヴァルはニヤニヤしながら、俺を見下ろしている。

 3メートルもある巨人からしたら、170センチそこそこの俺なんて小人にしか見えねえんだろうな。

 イーヴァルは、その巨体よりも長い槍を肩に担いで、完全に俺をナメきっているようだ。


 さて、どうする?

 やるか?

 ……よし!

 先手必勝だ!


 俺は、思いっきり踏み込んで、逆袈裟斬りに斬り上げた。


『うお!?』


 イーヴァルは完全に不意を突かれていたが、焦って後ろに飛んで俺の一撃を避けた。

 だが、完全に避けきれず、イーヴァルは薄皮一枚切れた脇腹から血を少し滲ませている。


 当然、俺が合図のある前に攻撃したので、野次馬たちは大ブーイングだ。

 黒ひげは、これをどう思っているのかわからないが、玉座でじっと黙って俺を見ている。

 今のを見ても、ピクリとも動いていない。

 何を考えているのか、全くわからない。


 上等だ。

 もう一発挑発してやる。


『いやぁ、悪かったぜ!まさか、偉大なる戦士のヴァイキングが、合図もねえと立ち会いもできねえ程、お上品だとは思わなかったよ!』


 野次馬たちは、俺をぶっ殺すと殺気立っている。

 だが、イーヴァルは静かに立ったままだ。


『……ブッハ!フハハハ!こいつは一本取られたな!確かに、油断してたオレが悪いな!冬将軍の戦いは、この程度の不意打ちなんぞ当たりめえだからな!』


 イーヴァルは、俺の安っぽい挑発なんか笑い飛ばしてしまった。


 くそ!

 こいつはマジで厄介な相手だ。

 ただの脳筋じゃねえ。


 俺は、始めから全身に夢幻闘気を50%纏っていたが、さらに30%追加した。


『お?初めて見る闘気だな?面白えじゃねえか。オレも見せてやるぜ?狂戦士化!』


 イーヴァルが暗黒闘気を解放したので、俺は緊張感を増して身構えた。

 だが、イーヴァルは暴走して襲いかかってはこなかった。


 大蛇のように恐ろしく、ニィっと口端を持ち上げたが、理性を保ったままのようだ。

 この相手は、疑いようもない程の一流の戦士だ。

 俺はゴクリとつばを飲み込み、じりっと間合いを詰めた。

 この瞬間、本能が警戒音を全開で鳴らし出した。


 何だ、これ!?


 俺は、とっさに横に跳んだ。

 そこで信じられないものを見た。

 俺のいた場所には、すでにイーヴァルの槍があった。


「な!?……ぐおおお!!?」


 そして、風圧だけで俺は吹き飛び、遅れて音がやって来た。


 マジかよ?

 ただの様子見の槍の一突きが、音速を軽く超えてやがる。

 おまけに、ただの通常攻撃にソニックブームまで付加されている。


 俺は、今の攻撃が見えていたわけではなかった。

 運良くかわせただけだ。


 くそ!

 俺とイーヴァルの実力差は、本当に巨人と小人ぐらいの差があるようだ。

 俺は完全に黒い恐怖に飲まれそうになった。


「ご主人たま!」

「アルセーヌ様!」


 俺を呼ぶ声のする方を見ると、レアとヴィクトリアが不安に耐えるように必死に俺を応援している。

 その横では、オーズが腕を組んで微動だにしていなかった。

 ったくよ、どこまで俺を買いかぶってんだよ?


「うおおおお!!」


 俺は、自分を奮い立たせるように雄叫びを上げた。

 緊張感を持ったまま、恐怖心だけは吹き飛んだ気がした。

 膝をついていた俺が立ち上がったのを見て、イーヴァルはニィっと楽しそうに笑っている気がする。

 俺は、ドンと床を踏み込み、盾を俺の体の真正面に構えた。


 どうせ、見えないんなら全力で受け止めてやる!


『フハハハ!のくせに、この『蛇の眼』イーヴァルの槍を受け止めようってのか?気に入ったぜ!』


 イーヴァルが言うのとほぼ同時だった。


 俺は、高速道路で10トントラックに跳ね飛ばされるのが、こんな感じなのかと想像した。

 ぶつかった衝撃の後、コマ送りで見る映像のように、少しずつ宙を舞う自分を感じた。

 そして、壁にぶつかり、そのままスローモーションで突き破っていき、外へと放り出された。

 地面をえぐりながらどこまでも飛ばされていき、止まった。

 えぐられた地面に這いつくばると、時間の流れが元に戻った。


 まだ、意識があった。

 どうやら、生きているようだ。


「げぼ!?」


 俺は立ち上がろうとしたところで、血反吐を吐いた。

 生きてはいるようだが、受け止めた衝撃で内臓にまでダメージが来ているようだ。

 左腕に装備していた銀の盾は粉々に砕け散り、腕はへし折れ、骨が飛び出ている。


 それでも俺は立ち上がり、重い足を引きずって壁の穴に向かって、血反吐を吐きながら歩いていった。

 なんで、のたうち回るほどの苦しみを味わいながら、こんな事をやっているんだ?

 と、一瞬脳裏に浮かんだが、俺は霞む視界の中、一歩一歩歩き続けた。


 そして、再び海賊王の謁見の間に戻ってきた。

 野次馬たちが何か叫んでいるようだが、俺にはもう何も聞こえなかった。

 俺は、再びなくなった盾を持つように構えて立った。

 イーヴァルは、一瞬目を大きく見開いて驚いた顔をしたが、ニィっと笑って槍を構えた。

 

『止めいっ!!』


 この一声で、俺の聴覚は戻ってきた。

 黒ひげが玉座から立ち上がっている。


『……よ。そのを手当してやれ。冬将軍までに死なねえように鍛えろ!』


 黒ひげは後ろを振り向いて、城の奥に去っていった。

 どうやら、俺は海賊王に認められたようだ。

 安心したと同時に、俺は意識を失った。


~北の大陸奥地、ニブルヘイムと呼ばれる大穴~


「ガーハッハッハ!まさか、復活するとは思わなかったぜ!」


 地獄の淵に立ち、『狂戦士』エイリーク・ゴームが高笑いをしていた。


「ふん!地獄に落ちるやつは亡者として復活する、か。」


 隣には、全盛期の頃の若い姿の元傭兵ギルドマスター、ドン・コローネの姿もある。


「よう、爺さんよ。約束通り、世界中に喧嘩売りに行こうぜ!祭りの始まりだぜ!!」


 エイリークとコローネが、先頭に立って歩き出した。

 その後ろには、理性のない亡者の軍団が続々と付き従っている。


 この日、冬将軍の行軍が始まった。


・・・・・・・・・


 王宮の一室で、第七王子リシャールと大法官フォア侯爵がテーブルを挟んで向かい合っていた。

 手には、赤ワインの入った銀のカップを持っている。


「クフフ。殿下は、何手先まで見越しておられるのですかな?」


 フォアは、横幅の広い体を特注の椅子に深く預けながら、単刀直入に言葉を発した。

 リシャールは、とぼけたように首をひねった。


「さて?僕にはご質問の意味がわかりかねますね?」


 フォアは、この王子の本心の見えない漆黒の瞳には、会う度に背筋を凍らされる。


 元々、フォアは貧乏貴族の落とし子だった。

 そのフォアが王宮に小間使いとして入ったのは、『ザイオンの民』の中心人物、豪商ロチルドの計画である。

 『ザイオンの民』のスパイ、侍女役のアンヌに通信魔道具の力を持つ鏡を離宮へと持ち込ませ、フォアの居室の鏡へと繋がせたのだ。

 そして、偶然を装って対話し、リシャールを操り、フランボワーズ王国を乗っ取る計画だった。


 だが、ロチルドですら予想がつかなかった。

 このリシャールが、悪魔ですら恐れおののくほどの狡猾な知略を持つ子供だったことを。


 フォアに娼館経営を勧めたのも、リシャールだ。

 これで金を稼ぎ、人脈を広げ、様々な情報を集めていった。

 狡猾な貴族たちの権力争いでの助言もリシャールがした。

 フォアは瞬く間に、大貴族の一角に数えられるまでになった。


 ロチルドの計画では、20年かかるはずだった。

 しかし、リシャールはわずか10年足らずで、他の王位継承者たちを蹴落とし、『ザイオンの民』であるフォアを権力の中枢に据えた。

 しかも、それを誰にも悟らせずに、だ。


「アハハ、冗談ですよ。候爵がお聞きになりたいのは、兄上のことでしょう?」


 リシャールは、年相応の若者らしい屈託のなさそうな笑顔で答えた。

 これがただの演技だとわかっているフォアは、バカにするなと内心で悪態をついた。

 フォアもまた、その感情を表に出さず、にこやかに笑ってみせた。


「ええ、ギュスターヴをよこしてほしいと突然おっしゃるので何かと思えば、エドガール殿下の共につけるとは。」

「フフフ。あのコンビは、面白いと思いませんか?兄上は、宰相ジラールの一派に図られて散った、『爆炎剣』の儚い悲恋の物語が好きでしたからね。ご自分の境遇と重ねて、親しみが湧いたのでしょう。まんまと唆されましたよ。」


 リシャールはクスクスと歪めた顔で笑った。

 自分の母親の悲劇でもあるのだが、この王子が母親ですら道具として利用していることは、陰謀の片棒を担いでいるフォアですら不快に思った。

 フォアは軽くため息をついた。


「……とはいえ、エドガール殿下は上手くやれますかね?いくら何でも、あの河川地帯をまとめるのは、厳しいのではありませんか?」

「それも問題ありませんよ。兄上は、間違いなく王者の器です。時代が違えば、名君と呼ばれてもおかしくありませんよ。」

「な!?そ、それを分かっていながら、行かせたのですか?も、もし……」

「もし、その兄上が河川地帯を復興させたら、王位継承権の最有力候補に返り咲くでしょうね。あのエドガール第一王子は、あなた方が考えているよりも、遥かに有能です。あなた方が絵図を描いたように、素直に宰相ジラールとぶつかるとは限りません。そうなったら、あなた方『ザイオンの民』の野望も潰えるかも知れませんね?」


 リシャールは、ぐぬぬと歯ぎしりをするフォアを見て、クスクスとまた笑った。

 そして、心の隙きを突くタイミングで次の策謀を仄めかした。


「ですが、そうはなりません。あの河川地帯には最も厄介な存在がいることを忘れてはいけませんよ?」


 リシャールの指摘する言葉に、フォアはハッと思い至った。

 リシャールはさらに話を続けた。


「そうです。聖教会ですよ。あなた方『ザイオンの民』の宿敵ですね。そして、現在あの地には、その中でも最も危険な狂信者が派遣されています。あの狂信者とあのエドガール第一王子と、馬が合うと思いますか?もし、その二人が出会ったら、きっと面白いことになるでしょうね?アッハッハ!」


 リシャールはその時を想像して楽しそうに笑った。

 フォアも一緒になって楽しそうに笑っていたが、内心別のことを考えていた。


 自分たちは、とんでもない悪魔を担ぎ上げてしまったのではないのだろうか?

 この王子は、聖教会以上の敵になるのではないか?

 だが、フォアはその不安を盲目的に否定した。

 『ザイオンの民』が待ち望む、救世主メシアさえ再臨すれば、全てが解決すると。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る