第十節 川の終着点
や、やべえ。
き、気持ちわりい。
翌朝、俺はこの世界に来て、初めて本気の二日酔いになった。
この工業都市の領主に飲ませてもらったインペリアルスタウト、その後には、ドワーフが好んで飲むオルセニア産の火酒もしこたま飲んでしまったからだ。
火酒というのは、ストレートで飲むと、喉が焼けるように感じるほどアルコール度が高い酒だ。
癖が強くなくて、ほんのり甘めでまるでラム酒みたいな味だった。
つい調子に乗って飲みすぎたのもあるが、この体が酒を飲み慣れていないのか、思っていたよりも酔っ払ってしまったのだ。
俺がこの体を使うようになってからも、金が無いから飲んでも1杯か、多くても2杯しか飲めていなかったので、酒の耐性が前の世界よりも弱かったようだ。
「ご主人たまー!修行しましょうニャー!」
「アルセーヌ様!おはようございます!」
レアとヴィクトリアが、元気に俺を呼びに来たようだ。
ぎゃあああ!?
あ、頭に、響く!!?
俺は、すでにトイレの住人になってしまっていた。
「お、おはよう……おベぇー!!?」
「ニャー!?ご主人たま!?」
「キャー!?あ、アルセーヌ様!?だ、大丈夫ですか!?」
俺は、また便器に思いっきりぶちまけてしまった。
子どもたちは何事かと悲鳴を上げてしまっている。
や、やばい。
二日酔いが、こんなにきつかったことをすっかりと忘れていた。
こんな状態で今日は旅立てるのか?
『ナー?やはり、こうなりましたか。』
領主の妻ヒルデがクスクス笑いながらやって来た。
騒ぎを聞きつけて、領主の子どもたちも一緒だ。
俺は、バツは悪いが何とか口が開けたので、聞いてみた。
『や、やはり、とは?』
『ヤー。私の夫はドワーフの血を引いているから大酒飲みなのですよ。招いたお客様方は大抵酔い潰されますからね。ドワーフというのは、酔い潰すまで飲ませないと、饗しが足りないと思う文化なのですよ。』
な、なるほど。
後で聞いたが、俺以外にも衛兵のアドルフも死にかけていたらしい。
ヒルデがスッと近づいてくると、俺の背中に手を当てた。
介抱してくれるのだろうかと思っていたが違った。
何か暖かいものを感じると、気分が少しずつ良くなってきた。
『え?こ、これは?』
『ヤー。これは解毒魔法の一種で、二日酔いに効きます。』
『お、おお!す、凄え!完璧に気分が良くなりました!』
『ヤー。喜んでいただけて光栄です。これが会食後の私の朝の仕事ですからね。』
『あ、ありがとうございます!』
俺がお礼を言うと、ヒルデはニコニコしながら自分の仕事に戻っていった。
うん、人妻はいいなぁ。
気が利いて、エロくて、特に後から見る弾力のあるでかいケ……
「ご主人たま?」
「アルセーヌ様?」
レアとヴィクトリアは、じとーっとした半目で俺を見ている。
あれ?
お、おかしいな。
心の中を読まれたのか?
ちょっとエロいなぁ、とは思ったけど、手を出す気はないからね、うん。
それにしても、二日酔いに効く魔法まであるとは、便利なものだ。
二日酔いを気にしなくていいからいいよなぁとは思ったが、飲み過ぎたらその前に肝臓を壊しそうだ。
やっぱり、飲み過ぎは良くないな。
俺の体調が戻ったことで、子どもたちを連れて軽く素振りをした。
俺達の様子を、領主の子どもたちは興味深そうに眺めている。
俺は領主の子どもたちを呼んで、一緒にやってみた。
3人の息子達は、ドワーフの血が入っているが、見た目はほとんど普通の人間と変わりはない。
剣よりも斧のほうが得意みたいで、示現流みたいな一撃必殺の技が得意みたいだ。
思わず感心して、おおっと声を上げてしまった。
領主の息子として、しっかりと鍛え上げられているようだ。
闘気を使わなければ、長男は多分俺より強いかもしれない。
末っ子の5歳の息子は一生懸命素振りをする姿が可愛らしい。
娘たちは、何と銃を持っていた。
レアとヴィクトリアは珍しがって見ていたが、正直俺はヒヤヒヤしていた。
子供の玩具にしては、危険すぎる代物だからだ。
この世界の銃は構造が違って、弾に魔法を込めて撃つらしい。
今のところは、どこかに欠陥があるみたいで、普通に魔法を使うよりは威力がかなり弱く、ゴロツキ相手の護身用程度の物らしい。
そのため、世にはあまり出回っていないそうだ。
だが、改良され量産されたら間違いなく、この世界のパワーバランスが崩れるだろう。
今は銃を作れる職人はいないみたいで、これを領主に献上した職人は、すでに鬼籍に入っているのが救いだ。
俺達が仲良くしていると、オーズが呼びに来た。
どうやら、出港の準備が出来たようだ。
俺達は、手荷物をまとめ、領主ヴェルンドにもてなしのお礼を言った。
ヴェルンドはまた来てくれと楽しそうに笑い、ヒルデや子どもたちも暖かく見送ってくれた。
羨ましくなるぐらい、良い家族だなぁと思ってしまった。
戻ってきたら、また立ち寄りたいな。
ロザリーとフィリップも連れてきてあげたかった。
きっと気に入ってくれたことだろう。
お土産も、帰りにここで買っていきたいな。
特にロザリーにはいつもお世話になってるんだから、少しでもお返しをしてあげたい。
ロザリーも今頃は学校に出掛けてるのだろうか?
今までずっと一緒にいただけあって、少しの間離れただけで寂しく感じてしまう。
俺達は、この日はこの領地の外れの村で一泊し、次の日にはネーデルランドに入国した。
川沿いから大きな風車がいくつも見えて、長閑な田園風景がどこまでも続く国だ。
この長閑な国の村の一つに、途中でもう1回宿泊した。
その更に次の日、特に問題が起こることもなく、港湾都市ローテルダムに到着した。
ここが、川の旅の終着点だ。
「ニャ?ご主人たま、何か変なニオイがしますニャ。」
レアは鼻をヒクヒクさせて顔をしかめている。
俺はこの様子が可愛らしくて、少しからかいたくなった。
「そうか?俺には何も臭わないけどな?」
「ニャ!?おかしいニャ。レアの鼻が変ですニャ。」
「うん?わたくしはいい香りだと思いますわ。何でしょうか、説明できませんけど、懐かしい気がしてきます。」
ヴィクトリアは、すうっと息を吸い込んで目を閉じている。
でも、レアはその香りが何なのか分からなくて混乱して戸惑っている。
俺はちょっとかわいそうになってしまったので、レアの頭にぽんと手を置いた。
「ごめんな、レア。さっきのは冗談だ。今目の前にある水は、海というものだ。」
「ウミ?」
レアは、フニャンした顔で首を傾げて俺を見上げた。
でも、俺の言葉に大きく反応したのはヴィクトリアだった。
「海!これが、海なのですね!初めて見ました!湖とは違って、塩の水で出来ているのですよね!」
ヴィクトリアはかなり興奮して、顔を真赤にして目を輝かせている。
船から落ちるんじゃないか、というぐらいに飛び跳ねるので、俺は大慌てだ。
実際に落ちそうになったので、手を伸ばして抱き止めた。
「危ないですよ、ヴィクトリア様。今の水温が低い時期に海に落ちたら、風邪を引く程度じゃすみませんよ。」
「あうう!?あ、アルセーヌ様、こ、このような大胆なことは……」
ヴィクトリアは目を回しそうなほど狼狽えて、顔を真赤にした。
俺もちょっとキザっぽかったかなと反省しつつも、子供相手に焦る必要もない。
何度も言うように、俺はロリコンじゃねえからな!
「ず、ずるいですニャ!レアも抱きしめてほしいニャ!」
と、レアまで俺に飛びついてきた。
やれやれ、うちの子は甘えん坊だぜ。
さてと、ついに河口に着いたわけだ。
この街は海に面しているが、日本の漁港のように磯臭い感じがしない。
ネコの獣人のレアは、嗅覚が人間よりも優れているので、きつく感じたかもしれない。
だが、人間のヴィクトリアには、程よい潮の香りを薄っすらと感じる程度だ。
俺もほんのりとしか感じないが、それでも海はどこか郷愁を感じさせる。
この港湾都市は、世界最大規模を誇る聖教会圏の海の玄関口だ。
俺達が通ってきたリーン川は、聖教会圏の内陸を通る大動脈となっている。
この港湾都市の港では、世界中からの大小様々な船が行き交う。
俺達の目的地北の大陸ザビエート、東のシーナ帝国との北方貿易ルート、南は世界の裏側のオルセニア大陸、そして、西は新大陸アルカディアとなる。
この知識は、本で読んだ部分もあるが、ほとんどはこの旅の中でオーズに教えてもらったことだ。
口数の少ない寡黙な大男だが、人に物を教えるのが上手く、世話好きの気のいい男だ。
旅の前からすでにレアは懐いていたが、この旅が初対面のじゃじゃ馬姫のヴィクトリアですら今では懐いている。
『ぐごぎゅるるるぅー!』
俺達が穏やかな流れの船の上にいると、盛大な腹の音が聞こえた。
これは、俺ではない。
「ち、違います!わ、わたくしは、別に……」
ヴィクトリアは真っ赤になって、あわあわしている。
普段は、これ以上恥ずかしいことを平気でやるじゃじゃ馬姫なのに、今は女の子らしくて可愛らしい。
俺は、船を漕ぎながら軽く笑ってしまった。
「ハハハ。いいのですよ、ヴィクトリア様。俺もちょうど腹が減っていたところです。」
「そうですニャ!レアもお腹ペコペコですニャ!」
「ふ。育ち盛りだから仕方があるまい。よく食べて大きくなればいい。」
「もう、オーズ様!わたくしが食い意地の張っている、はしたない女だとお思いなのですか!」
と言って、ヴィクトリアはデリカシーのない発言をしたオーズをぽかぽかと叩いている。
俺も人のことは言えないけど、もう少し女心を教えないとマリーとはくっつかないなと思った。
俺達は宿を決める前に、食事をすることにした。
この街は、国際的な港湾都市なので、世界中の料理が食べられる。
だが、レアとヴィクトリアは海が初めてなので、新鮮な海の幸を食べてもらおうと俺は考えた。
この港湾都市は、高潮対策で水門が作られており、その内側にはいくつもの浮島がある。
どういう原理かはわからないが、特殊な魔道具を組み合わせて作っているらしい。
その中の一つの水上レストランにやって来た。
ここは、獣人の奴隷登録証明書があれば入れたので、レアもユーリも一緒だ。
ネコの獣人のレアは、食べられないものが多いので、注意が必要だ。
まず、俺の大好きな貝の白ワイン蒸しだが、この世界にムール貝がいないので、
ハマグリっぽくて美味しく頂いた。
レアは貝を食べれないので、スナック感覚で食べれる魚肉ソーセージ。
次は、白身魚のフィッシュアンドチップスだが、魚の種類はわからなかったが、タラみたいな味だった。
これは、レアも美味しくいただけた。
メインディッシュは、赤身魚のムニエルだが、サーモンっぽい感じの味だ。
これも間違いなく美味しいが、レアは玉ねぎが無理なので、俺が玉ねぎを多く食べた。
もちろん、ネコに玉ねぎは厳禁だからな。
締めに、キャラメルシロップを挟んだワッフル、ストロープワッフルをコーヒ-に添えていただいた。
子どもたちには、コーヒーの代わりにココアだ。
本来、ネコにココアは厳禁だが、レアは獣人なのでこれは美味しく飲むことが出来る。
子どもたちの満面の笑顔に、俺もオーズも大満足だ。
ちなみに、ユーリもテーブル下で食べている。
この世界に衛生観念はほとんどないので、動物もレストランに入って食べられるようだ。
俺の元の世界でも、発展途上国に行けば、犬が床の上をうろついて残飯を漁っているところもあるので、細かいことは気にしない。
俺達は揃って、宿屋へ行き、この日はゆっくりと休んだ。
この港湾都市は、世界中から様々な種族がやってくるので、酒場はいつまでも賑わっているようだった。
窓から外を見ると、一晩中明かりが灯され、眠らない街の様相を呈していた。
俺達は、子供連れなので、残念ながら宿屋で大人しく過ごした。
翌朝、俺達は満面の笑みで船に乗り込んだ。
この旅の俺達は、かなり運が良いようだ。
天候に悩まされることがほとんどない。
このあたりの地域はどんよりとした曇り空が普通なのにな。
そして、俺達は、ついに北のザビエート大陸に向けて大海原へと旅立ったのだ。
・・・・・・・・・
学校の講義が終わったので、まっすぐ帰ろうと思った。
校門の外で、ギルドの先輩女エルフのロクサーヌが私を待っていた。
「やっほー、ロザリーちゃん!」
「あ、ロクサーヌさん!すみません、お手間取らせてしまって。」
「良いってことよ!あたしは、ロザリーちゃんから夜の性活を聞かせてもらえるなら気にしないわよ。あ、今はアルのバカがいないから、一人で寂しく慰めているのかしら?ネタは何?」
「ちょ、ちょっと、ロクサーヌさん!わ、私はそんな!」
私は真っ赤になって、あわあわして手を振り回した。
この人は悪い人ではないけど、すぐに下ネタに話を持っていくので困ってしまう。
アルセーヌがいつも言うけど、子供の教育に悪い人だ。
ロクサーヌがなぜ私を待っていたかというと、闇ギルドが動いてくることを警戒してだ。
闇ギルドを退けたその日、私はそのまま冒険者ギルドに泊まった。
一人で家にいるのは危険だと、マリーに警告されたからだ。
その夕方、ギルドマスターが帰ってきて、騎士団を呼び出して現場検証を行った。
でも、闇ギルドの刺客の獣人たちは、奴隷紋の登録がなかったので詳しいことは分からず仕舞で終わった。
ギルドマスターは、騎士団たちが頼りなくて情けないと激怒し、自分で調べると言って聞かなかった。
マリーに止められていたけど、ギルドマスターは可愛い孫に手を出した闇ギルドを決して許さないと思う。
冒険者ギルドと闇ギルドが揉めれば、中級冒険者でもある私も危険に巻き込まれるからと、ロクサーヌを護衛として付けてもらうことになってしまったのだ。
「あ、貴女様はまさか!?」
私達が帰ろうとすると、私の元ルームメイトのコンスタンスがちょうど下校するところだった。
ロクサーヌを見て、大きく目を見開いて驚愕の表情で固まった。
「あら?あたしのこと知ってるの?」
「も、もちろんでございます!わたくしは貴女様『ロクたん』様の大、大、大ファンなのです!」
と言って、コンスタンスは大慌てでかばんから本を取り出し、鼻息荒くロクサーヌの目の前まで駆け足でやって来た。
その本は、アルセーヌが『マンガ』と呼んでいるセリフの付いた絵本だ。
でも、内容は顔から火が出そうになってしまうぐらい、裸の人たちが絡み合う恥ずかしい内容だ。
「あら?あたしの書いたマンガね?これ、好きなの?」
「は、はい!わたくしのバイブルです!」
「うふふ。貴女も好き者ね。」
と言って、ロクサーヌはコンスタンスの頬をさらりと撫でた。
そして、ロクサーヌがコンスタンスの持っている本にサインをすると、コンスタンスはよだれの垂らしそうなほど恍惚な表情でその場にへたり込んだ。
コンスタンスが性に奔放なのは、ロクサーヌの本の影響だった。
本当に、子供の教育に悪い人だった。
私達が冒険者ギルドに戻ると、マリーが負のオーラで空間を歪めていた。
「……あの、マリー先輩?だ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ではありませんよ!お、おじいちゃんが余計な事をするので……」
マリーは、涙目になってプルプルと震えている。
私はその理由がわかって言い淀んでしまったが、ロクサーヌは遠慮がなかった。
「ああ、どうせギルマスが、闇ギルドを本気で潰すって言い出したんでしょ?」
「そ、そうなのですよ!そのせいで、せっかく増えた新規登録者のみなさんが逃げ出してしまったのですよ!」
な、なるほど。
私は何も言えなかったが、すぐに納得できた。
元々、新規登録者たちは、あのシュヴァリエ家に憧れてやって来ただけだ。
そのシュヴァリエ家のアルセーヌは北の大陸に旅立っていないし、おまけにあの危険な闇ギルドと揉めるとなったら、普通の感覚をしていたら逃げ出す。
あれだけホクホクだったマリーも、一瞬でギルド員が誰もいなくなってしまったら、落ち込んでも仕方がない。
「何を言っとるんじゃ。この程度で逃げ出す根性無し共なんぞ、いてもどうせモノにならんわい。」
愚痴を次々とこぼすマリーに、階段を降りてきたギルドマスターはやれやれとのそのそ歩いてやってきた。
反省の色のないギルドマスターに、マリーはキッと睨みつけた。
「その新人たちをうまく鍛えるのが、私達裏方の仕事でしょうが!おじいちゃんがいつも乗り越えられない、厳しすぎる試練を与えるからみんな逃げ出すんでしょ!」
「ふぃ、何を言うとる。この程度、ワシが現役の頃は日常茶飯事じゃったぞ。」
「もういいです!この頑固爺には何を言っても無駄です!どうせ、私の努力は報われませんよーだ。」
マリーはとうとう拗ねて、部屋の隅で膝を抱えて座り込んだ。
こんなに子供っぽいマリーを見るのは初めてで、私は苦笑いしか出来なかった。
「す、すんません。マリーの姐さん。俺があいつらを連れてきちまったせいで。」
フィリップは、拗ねているマリーを必死になだめようとしている。
でも、マリーは全く聞いていない。
「ふん!闇ギルド如き、ワシ一人で充分じゃ!この『魔導の巨人』を本気で怒らせたら、どうなるか教えてやるわい!」
ギルドマスターは、ダンダンと階段を踏み鳴らしながらギルドマスター室へと戻っていった。
私は、とんでもない事態になりそうだと、顔が真っ青になって立ち尽くしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます