第九節 工業都市

 工業都市ラインハルトには、もうもうと煙を上げる一際大きい溶鉱炉が際立っている。

 その溶鉱炉と大きな水車が繋がっているので、どうやら水力を動力に使っているようだ。

 俺の目には、かなり立派な製鉄所のように見える。

 もの○け姫で見た、たたらばとは違って人力ではないようだ。


 この溶鉱炉とは反対岸に、石造りの街並みが広がっている。

 工業都市と呼ばれているので、おそらく鍛冶の町なのだろうか、煙突からは大量の煙が上がっている。

 そして、この両岸にある製鉄所と鍛冶町をつなげる、巨大なロンドンのタワーブリッジのような跳開橋がこの街の関所のようだ。


 ヴィクトリアとレアは、凄い、凄いとキャーキャー、ニャーニャーはしゃいでいる。

 船から落ちないかと心配なので、どうせ聞いていないだろうが、はしゃぎすぎないように注意しておいた。

 俺達は、船を係留し、関所に降りた。


『ヤー、お久しぶりです、オーズ様!』


 まだ若い衛兵がオーズにぴしっと敬礼をした。

 オーズは、ほうと感心したような顔で返事をした。


『ああ、久しぶりだな、アドルフ。少し男らしくなったか?』

『ヤー、こいつもこないだ結婚したんでさ。』


 もうひとりの初老の衛兵はニヤつきながら、アドルフと呼ばれた衛兵の肩を小突いた。

 オーズは、くくくと楽しそうに笑った。


『ほう?そいつはめでたいな。春先はまだ新参者だったのに大したものだ。』

『ナー、オーズ様にイキがってた鼻っ柱を折られたおかげです!』


 と、アドルフは照れたように笑った。


『ヤー、オーズ様に突っかかった、あのションベン臭いガキが、べっぴんのカミさんを娶ったんでさ。』

『ナー、やめてくださいよ、先輩。あれは若気の至りです。』


 そして、先輩衛兵にからかわれ、今度ははにかんで笑った。

 衛兵たちは、実に和やかにオーズと話をしている。


『そうだ。アドルフ、今夜カミさんを連れて、領主のヴェルンド様の城に来い。いいケルピー肉が手に入ったからな。結婚祝いだ。ヴェルンド様には俺が話を通してやる。』

『ヤー!いいんですか、オーズ様!?』

『ああ、任せろ。』


 オーズ達の話が終わると、俺たちはオーズについて街の中に入った。

 関所で荷車を借りたので、かなり楽に歩けるようになった。

 ユーリは図々しく荷車に乗って寝ている。


「おい、駄犬。重てえから降りろ!」

『うるせえ!お前の命令なんか聞かねえよ。』


 くそ、オーズの飼い大狼ダイアウルフだからこれ以上何も言えねえ。

 動物は話が出来ないからこそ、可愛いもんだとつくづく思うぜ。


「わあ!これが異国の街並みなのですね!素晴らしいですわ!」

「ニャー!見たこともないおもちゃがいっぱいですニャ!」


 ヴィクトリアとレアは橋から街中に入ると、興味を持った店に走って行ってしまった。


「ちょ!ふたりとも、勝手にどっか行っちゃダメだって!」

「……アルセーヌ、荷物は俺に任せろ。子どもたちはお前に任せる。門番には話を通しておくから、夕方までにあの城まで来い。」


 オーズは、街の奥にある一目でわかる程大きい、要塞のような城を指差した。

 俺はここでオーズと一旦別れて、子どもたちがはしゃいでいる店に向かった。


 店先の真鍮の看板には、おもちゃ屋と書いてあり、ゼンマイのついた可愛らしい一角うさぎの親子が描かれている。


「まあ!見て下さい、レアちゃん!これを回すと歩きますよ!」

「ニャー!凄いですニャ!マンティコアが動いてますニャ!」


 店先のおもちゃを手に取って騒いでいる子どもたちは、後ろに立っていた俺の方をくるりと向いた。

 おねだりをするように、上目遣いで目をうるませて見ている。


 正直に言って、ヴィクトリアはおねだりをするようになっただけマシだ。

 グランディルでは、支払いをしないで店先にある商品を勝手に食べだした時は焦った。


 初め、このお姫様は買い物をするという常識すら持っていなかったのだ。

 少しは世間の常識を学んでくれたと嬉しくなったが、ここで甘やかしてはいけないことはわかっている。

 でも、俺は厳しく躾けることの出来ないダメおやじだ。


「はぁ、わかりました。ただし、一つだけにして下さいよ、ヴィクトリア様。レアも一つだけにしなさい。」

「「やったー(ニャ)!!」」


 子どもたちは、真剣にどれにしようか迷っている。


 実際、支払いに使うのは、ヴィクトリアの持ってきた大白金貨をロートリンゲン大公国の硬貨に両替したものだ。

 すでにこの旅の中で使って、細かくなってはいるが、俺にとってはかなりの大金だ。

 この旅は貧乏旅行になるので、これ1枚で充分にお釣りが来る。


 当然ながら、ヴィクトリアの旅費は、俺とオーズはどうあがいても捻出できないので、この税金で賄っている。

 確実に公金横領だが、この世界の管理者の特権と思い、無駄遣いしないように気をつけているけどな。

 もちろん、レアの分は俺の雀の涙ほどの旅の余剰金で払う。


 しかし、いくら金をたくさん持っていても、無駄遣いは良くないことだと思っている。

 特に、税金で生活している王女のヴィクトリアを浪費家に育ててしまってはまずいのだ。

 湯水の如く税金を使って国を潰してしまったら、俺のいた世界のフランス革命のように、ギロチンにかけられてしまうかもしれないのだ。

 この天真爛漫な少女をそんな目に合わせたくはない。

 なので、世間の常識を教えつつ、この旅をしているのだ。


 子どもたちは、買うものが決まったので俺は支払いに行った。

 ふたりとも大事そうにおもちゃを手に持っている。

 ヴィクトリアはケット・シー、レアはカーバンクルを選んだようだ。


 こうして落ち着いて眺めてみると、この街は面白い造りだった。

 キレイに舗装された平坦な石畳、石造りの街並みは見事に区画分けされ、それぞれ個性を出した店先の看板もオシャレにメイン通りを華やかにしている。

裏にある工房で商品を作り、表で店先で並べるのだろうか、景観を損ねないようによく考えられた街づくりだと思う。


 工業都市というからもっと無骨で、排気ガスなどで空気や水が汚いところを想像していた。

 しかし、そういうことは無いようで、どうやっているのかはわからないが、キレイに廃棄物を処理しているようだった。


 オーズが懇意にしているだけあって、かなりの名領主なのかもしれない。

 この領地に入ってからの治安の良さは、フランボワーズ王国の王都近郊よりも上だと思う。

 それだけでも、ここの領主は力を持ちながら、善政をしいているのだろうかと想像できる。


 俺は、子どもたちが興味を持った店を見ながら少しずつ要塞のような領主の城に近づいていった。

 そして、夕暮れには到着し、城の門番にオーズの仲間だと言うと丁重に中に入れてくれた。


 取次の騎士に案内をされ、領主の待つ大広間に案内されていった。

 城の中は街並みとは違って、無骨な戦用の砦のようだ。

 まるで迷路のようになっていて、侵入者を防ぐ工夫がいくつもされている。

 案内がなかったら、確実に迷子になってしまう。


「やっと来たか、待っていたぞ!」


 オーズ達はすでに飲み始めていて、上機嫌だった。


『ヤー!オーズ殿から話は聞いているぞ!冒険者ギルドの後輩らしいな!オーズ殿の仲間ならば、同じ客として扱うぞ!ワシはヴェルンド・シュミットだ!』


 ヴェルンドは背は低いが、ずんぐりとしていて手足は太く、長いヒゲを生やして、鍛冶職人の親方と言った感じだった。

 握手を交わした時に、握った手からは力強さが伝わってくる。


『ええ、お招きいただきありがとうございます。本日はお世話になります。』

「まあ!アルセーヌ様は、フランケン語がお解りになるのですか!」


 俺は、ヴィクトリアに言われて自分が違う言語を喋っていることに気がついた。

 どういう原理なのかはよくわからないが、俺の喋っている日本語は相手に応じて勝手に翻訳されるようだ。

 本当に便利な能力だと思う。

 俺は、ヴィクトリアとレアのためにヴェルンドに二人を紹介した。


 俺たちが席につくと、もう一組の招待客だった衛兵のアドルフ夫妻がやってきた。

 緊張してガチガチになっている。

 身分が違いすぎて無理もないことだと思う。


『ヤー!貴様がアドルフか!オーズ殿に挑んだとは見上げたやつよ!これからも励め!』

『ヤー!ありがたき幸せ!』


 アドルフが感激して敬礼をすると、ヴェルンドは席につかせた。


『ヤー!みんな揃ったぞ!さっさと料理を持ってこい!』


 ヴェルンドが執事に声をかけると、料理の数々が運ばれてきた。


 俺たちの持ってきたケルピーは、様々な部位を見事に切り分けて運ばれてきた。

 ステーキになっているのは、尾びれの肉で、赤身はカツにして揚げられている。

 細かい肉はソーセージにされ、野菜などと煮込まれて、まるでスープ料理のアイントプフのようだ。

 レバーや胃などの内臓も、しっかりと料理に使われていて見事だ。

 他にも野菜やピクルスを薄切り肉で巻いて、ビールで煮込んだルーラーデンなど、様々なドイツ風のごちそうに化けていた。


 肝心の味は、見た目は鹿肉のようだが何となくクジラに似ている気がする。

 隣りにいるレアとヴィクトリアは、夢中になって無言で食べている。

 ユーリは生の骨付き肉を床で貪っていた。


『そういえば、ヴェルンド様はいつオーズさんと知り合ったんですか?すごく仲が良さそうですよね。』


 美味しい料理に舌鼓をうち、よく出来たスタウトに上機嫌になった俺は、ふと気になったのでヴェルンドに聞いてみた。


『ヤー!オーズ殿には、他のヴァイキングとモメた時に助けられてな!その時からの付き合いだ。ワシは、ドワーフと人族のハーフだが、ドワーフの格言は心得ておる!『受けた借りは必ず返せ』!恩には恩で、仇では仇ではだ、グワハハハ!』


 ヴェルンドはその時を思い出しているのか、陽気に笑った。

 そのヴェルンドの隣の席には、料理が運ばれてきた時に、ヴェルンドの妻もやって来ていた。

 見た目はヴェルンドとは対象的に、細身の長身だが、出るところはしっかりと出ている金髪美熟女だ。

 街の都市計画を担当しているらしく、今日見た街の印象ではかなりのやり手だと思われる。

 他にも、上は15歳、下は5歳のヴェルンドの5人の子どもたちも来ている。


『ヤー!自分も、オーズ様が攻め込んできたヴァイキングだと思って、身の程知らずに一騎打ちを挑んで返り討ちにあってしまいました!そのおかげで、自分というものを知ることが出来ました!そして、この愛すべき妻を娶ることが出来ました!ありがとうございます!』


 アドルフも酔っ払っているのか大声で叫んだ。

 その横にいたまだ年若い妻は、うっとりとした赤い顔でアドルフにもたれかかった。


『かああ!熱いっすね、お二人さん!オーズさんもマリーさんとうまくいってほしいっすよ!』

『な!?何を言っている、アルセーヌ!お前、酔っ払ってるのか!?』


 その熱い様子を見て、俺はオーズをいじりたくなった。

 オーズも不意打ちで図星を突かれて、飲んでいたスタウトでむせている。


『ヤー!暗黒大陸に武者修行に行く予定だったオーズ殿を、フランボワーズに留めてしまった女性か!うむ、ぜひ会ってみたいな!だが、ワシはオーズ殿に気のある長女のビアンカを娶らせたいがな!グワハハハ!』

『や、やめてよ、パパ!』


 酔っ払った父親に、淡い恋心をバラされてしまったビアンカは顔を赤くした。

 母親似の細身の金髪美少女だが、まだ12、3歳のように見える。

 ヴィクトリアとレアが不思議そうに見ていたので、俺は調子に乗って通訳してあげた。


「まあ!そうなのですか、オーズ様!是非ともそのお話、聞いてみたいですわ!」

「ニャー!オーズたまがマリーたまといつも一緒にいるのはそういうことだったのですかニャ?」

「お、お前たちまで!?か、勘弁してくれ!」


 オーズはみんなにイジられて、大きな体が小さくなった。


『ふぅ、相棒は昔っから女に弱いんだよな。』


 ユーリは残った骨をかじりながらつぶやいた。


 なるほど、帰ったらオーズとマリーをくっつける作戦を練るか。

 ククク、このままオーズをただのいい人のままでは終わらせんぞ。

 過去の俺の二の舞にはさせん!


 俺達の晩餐はかなり盛り上がり、いつの間にかお抱えの楽士たちが演奏をしている。

 こののどかなフォークミュージックが、オクトーバーフェストのパレードって感じだ。

 ……あれ?

 酔っ払ってきているのか、自分でもよくわからないことを考えちまっている。


「うぅ。アルセーヌ様が羨ましいですわ!わたくしは皆様が何をお喋りしているのかわからないので、どうすればよいのかわかりません!」


 ヴィクトリアは話についていけなくて泣きそうだ。


 うむ、どうしよっかなぁ?

 ……ほほう?

 ヴェルンドの長男が、チラチラとヴィクトリアを見ているのに気が付いた。

 クックック。

 面白えこと思いついたぜ!


「ヴィクトリア様。言葉がわからなくても大丈夫です。音楽と踊りは万国共通です。ご自身が心の趣くままに踊ればいいのです。ほら、あちらのご子息がご一緒に踊りたそうですよ?」


 俺が相手の領主の息子に話をすると、ヴィクトリアは一緒に踊りだした。

 長男は、美少女のヴィクトリアをリードしようと頑張っているし、ヴィクトリアも異国の音楽でリズムが取れなくて戸惑っている。


 ギャーッハッハッハ!

 初々しくて可愛いじゃねえか!


 楽しそうにしているヴィクトリアを見て、レアは羨ましそうに見ている。


「レアも行ってきていいぞ。ここの人達は、レアも含めてオーズさんと同じ客人だと思っている。もちろん、獣人のレアに対して差別意識は持っていない。だから、レアも怖がらないで楽しんできなさい。」


 俺に言われると、レアは嬉しそうに他の子どもたちとの踊りに混じった。

 下の子供達とキャッキャウフフって感じで、俺もダラシねえ顔になってくるぜ。

 うちの子も楽しそうだし、オジサン満足だよ?


『それにしても、このスタウトうまいっすね!』

『ヤー!わかるか、少年よ!これは、大公様に献上するために、ワシが自ら作った自家製の特別なインペリアルスタウトだ!気に入ったぞ、少年よ!どんどん飲め!』

『あざーす!いただきます!』


 俺は、楽しそうに踊っている子どもたちを眺めながら、ビール造りが趣味というこの領主と語り合った。

 浮かれた俺たちは、夜遅くまで、歌って踊って騒いだ。


・・・・・・・・・


「どういたしますか、頭領?」


 キズだらけの鎧を着込み、鋼鉄の兜を脇に抱え、赤毛の髪を短く刈り込んだ女剣士は、椅子にもたれかかっているあばた顔の男に尋ねた。


「どうもこうもせん。クックック。大物がかかったんだ。王都に莫大な身代金を要求するまでだ。」

「し、しかし、このままでは泥沼にハマったままです!あの話に乗れば、私達は盗賊から抜け出せるのかもしれないのですよ、兄上!」

「黙れ!頭領はオレだ!父上があの粛清で謂われのない罪で殺されたのだぞ?それを今更、旗下に加われだと?奴らの言うことなど信用できん!」


 女剣士は口をつぐみ、踵を返した。

 そして、捕らえていた人質のいる牢に引き返した。


「どうやら、その表情ではダメだったのかな?」


 中にいるのは、縄で縛られたエドガール第一王子だった。

 しかし、焦りはなく、落ち着き払って床に座っている。


「ええ、申し訳ありません、殿下。兄は信用できないの一点張りです。」

「ハハハ、それは当然だろうな。私もすぐに信用されるとは思っておらんよ。」


 この王子はよほど肝が座っているのか、それともただのバカなのか。

 この余裕に、女剣士は心が落ち着かないように、ソワソワしている。


「しかし、私は嘘はつかんよ。あの宰相とは違うぞ。」

「……私には殿下のこの余裕がわかりせん。この河川地帯を再びまとめようなんて無謀な話だと思います。」

「ハハハ。ならば、私を殺すか、それとも王都に身代金を要求すればよかろう?」

「それが出来ないことも、殿下はわかっておられるのでしょう?そのどちらかを私達が選んだら、確実に最優先討伐対象にされるでしょう?」

「ふむ。やはり、この砦はそなたでもっておるようだな?頭領のそなたの兄は、甲冑にかぼちゃが乗っておるだけと、ギュスターヴが言っていたが、あながち間違いではなさそうだ。」


 エドガールはそう言うと、楽しそうに笑った。

 この王子は、一人で砦前にふらりと現れて、そのまま捕まったのだ。

 きっとどこかに伏兵が潜んでいるに違いない、この女剣士はそう読んでいる。


「うーむ、そなた、名は何と申すのだ?」

「え?わ、私ですか?私は、ベアトリスです。」

「ふむ、良い名ではないか。よし!そなた、私の第三夫人になれ!」

「な!?何をおっしゃいます、わ、私なんて……」


 ベアトリスは、突然のことに狼狽した。

 このようなことを言われたことなど、生まれて20年来初めてのことだったからだ。

 なぜなら、自分がこの河川地帯どころか、国一番の不器量女だと思っていたからだ。


 ベアトリスは知っていた。

 父親が存命だった頃、自分の婚約相手を探すことに苦労していたことを。

 社交界に出れば、影で笑われていたことも。

 だから、女の幸せは諦め、剣の腕を磨いていたのだ。

 そんな自分を、はるか雲の上の身分の第一王子が?


「何を迷うことがある?聖教会の教義では、4人まで妻を持つことが出来るのだぞ?む!そうか、そなたは夫がいるのか?」

「い、いえ!わ、私なんかにそのような方はおりません!」

「ならば、何を迷う必要がある?」

「うぅ、私は自分が不器量だということは自覚しております。ですので……」

「ハハハ!そんなもの関係ないぞ!私は、そなたが気に入ったのだ!そなたには、王宮の女どもにはない、気高い魂を感じるのだ!」


 ベアトリスは何も言えなくなり、剣士ではなく女の顔で真っ赤になって立ち尽くしてしまった。

 そのベアトリスも、すぐに現実に戻された。


「べ、ベアトリス様!大変です!賊が侵入しました!」

「な、何だと!?」

「ハハハ!おそらく、ギュスターヴが動いたか。よし、私も連れて行け!」


 ベアトリスはエドガールに言われるまま、縄に縛ったままのエドガールを連れて地下牢から上に上がった。


 広間に出ると、そこには盗賊と化していた砦の兵20名が縛られて捕らえられ、頭領のマルクはギュスターヴに剣を突きつけられて立ち尽くしていた。

 第一王子側のアンリや他の兵たちもほぼ無傷だった。


「そ、そんな。これは、一体?」


 ベアトリスは、力なく膝をついた。


「ああ、お疲れさまです、殿下。おかげで、楽に制圧できましたよ。」


 ギュスターヴは、エドガールを見るとニヤリと笑った。


「ハハハ!やはりそなたの見立て通り、このベアトリスがいないとただの烏合の衆か!」

「ええ、殿下がその女を地下牢に引きつけてくれたおかげで楽でしたよ。」


 エドガールは作戦がうまくいったことで、ギュスターヴと笑いあった。


「な、何をやっている、ベアトリス!すぐにその王子を人質に取れ!」


 マルクは状況を理解していないのだろうか、悪あがきに喚いている。


「あ、兄上。この状況ではもう無理です。」


 ベアトリスはうつむいたまま動こうとはしなかった。


「諦めるな、バカモノ!オレが生き延びればまだチャンスは有る!」


 マルクは周りを見ずに、わめき続けた。

 これには、目の前にいたギュスターヴは呆れてため息をついた。

 エドガールも同様だ。


「ふーむ?やはり、この男は無能だな。ギュスターヴ、そなたの言う通り、この男の頭はただのドテカボチャのようだぞ?」

「ええ、そのようです。このまま生かしておいても、良い事は無さそうですね。」

「うむ、こうしよう!今からそなたに一騎打ちをさせてやろう。勝てば、このまま私達は何もせずに去ろう。もし、そなたが負ければこの砦をもらう。これで、どうだ?」


 エドガールは、ベアトリスに罵声を浴びせていたマルクに提案した。

 マルクは状況が理解できていないのか、何も答えなかった。


「ですが、殿下。俺たちが相手をしたら瞬殺ですよ?」

「うーむ?……そうだ!アンリ、そなたがやれ!」

「わ、私がですか!?」


 エドガールは縄で縛っている兵を見張っていた若い騎士アンリに話を振った。

 アンリは突然の事に驚愕の表情だ。


「うむ!そなたの実力を見せつけるチャンスだぞ!」


 アンリは、エドガールのこの言葉を静かに考え込んだ。


「な、何を勝手なことを言っている!このオレがこんな小僧に負けると思っているのか!?」


 マルクは憤慨したようにツバを飛ばしている。


「わかりました。私が相手をいたしましょう!」


 アンリは自分を見下しているこのマルクの態度に怒りをあらわにした。


 そして、一騎打ちをするためにこの両者を、エドガール側の他の兵達が囲んだ。

 マルクは、アンリを威嚇するようにロングソードを振り回している。

 アンリは、突然やって来た初めての実戦の雰囲気に飲まれたかのように、ツバを飲み込んだ。


「アンリ、よく聞け。」


 ギュスターヴは緊張しているアンリに近寄った。


「初めての実戦で緊張しているのは当然だ。だが、お前の剣の技術は本物だ。技術だけなら、俺様のバカ弟子にも勝てる。」

「え!?あのシュヴァリエ家の方にですか!?」

「ああ、だから、自信を持て!」

「は、はい!」


 程よく緊張のほぐれたアンリはマルクの前に立った。

 そして、開始の合図があると最初の一突きで決めた。

 アンリはマルクの鎧の隙間の首に突き刺した剣を抜くと、マルクは前のめりに倒れ、血溜まりが出来た。


 これには、エドガールやギュスターヴですら度肝を抜かれた。

 ほんの少し自信をつけさせただけで大化けしたのだ。

 この若い騎士は、意外にも大物の器なのかもしれない。


「あ、ああ、兄上。」


 ベアトリスは呆然と青い顔をしてしゃがみこんだままだった。


「よし!見事だ、アンリよ!これでこの砦は我らのものだ!」

「な!?バカな!オレたちは認めねえぞ!」

「そうだ!まだ、ベアトリス様がいる!」


 エドガールの宣言をこの砦の兵は誰も認めなかった。

 この自分を信頼してくれる兵たちに担ぎ上げられ、ベアトリスは自分をハッと取り戻した。

 ベアトリスは、細身のレイピアを抜き、決死の覚悟でエドガールに真正面から向き合った。


「そうです、殿下!私はこの砦の最後の主として、あなた様と刺し違えます!」

「む?そいつは困ったな。自分の妻に殺されたくはないぞ?」

「え!?」


 ベアトリスを始め、この場にいた全ての人間が固まった。


「むう?どうした?私はそなたを第三夫人に迎えると言ったであろう?」

「そ、そんな、本気、なのですか?」

「うむ。私は嘘は言わんと言ったであろう?他の者も、ベアトリスが私の妻になれば文句はなかろう?」


 このエドガールの言葉に誰もが困惑したが、文句を言う者は誰もいなかった。

 ベアトリスは構えていたレイピアを落とし、呆然と膝をついた。


「これで、この砦は完全に我らのものになったな。」

「え、ええ、ですが、良かったのですか、殿下?」

「ああ、問題ないぞ、ギュスターヴよ。私がこのベアトリスを気に入ったのだからな。ハハハ!」


 エドガールは高らかに笑い、この予定外の結果にギュスターヴは苦笑いをするしかなかった。


「おお、そうだ!忘れていた!アンリよ、約束通り、そなたにまずはこの砦を与えよう。あと、爵位も男爵に上げねばならんな。父上に上申しておこう。」

「え!?よ、よろしいのですか!?」


 アンリはエドガールの突飛な行動に驚きが隠せなかった。


「うむ、そなたは自らの実力でこの砦の主を倒したのだ。それに、私は嘘は言わんと言っただろう?」


 アンリは感激して涙を流し、エドガールに跪いた。

 エドガールは、縛られていた縄を自ら光魔法で焼き切って自由になった。


「この王子はやはり……」


 ギュスターヴは独り言をつぶやき、この破天荒な王子を見て楽しそうに笑った。

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