第七節 キレる
夜が明けた頃、俺とオーズは明らかに寝不足だった。
昨夜は冒険者ギルドに泊まったが、昨日モメたこの地の冒険者達が何をしてくるかわからなかったので、警戒していたのだ。
それでも、俺はレアとヴィクトリアを連れて早朝トレーニングに出掛け、オーズはユーリを連れて出発の準備をした。
程よく汗をかいた俺達は、この地方の名物料理、ピザに似たフラムクーシュを買って、船の上で食べることにした。
他に、クグロフという甘いパンを買って、すでにお腹の空いていた子どもたちに食べさせた。
もちろん、食いしん坊の俺も食べたけどね。
これが意外と美味しかったので、追加でオーズの分も注文に行ったら、いつの間にかレアとヴィクトリアがどこかに行ってしまった。
マジかよ!?
しまった、あのコンビを二人っきりにするべきじゃなかった。
ていうか、3分も目を離してないんですけど!?
何で、じっと出来ないのかな、あの子達は。
俺は焦って、子どもたちを探し回った。
あっちこっち走り回って、やっと見つけた。
ヴィクトリアは、鎧を着込んだ聖教会の騎士に無理矢理手を引っ張られ、レアは肩に担がれていた。
「ちょっと、待って下さい!その子達をどこに連れて行くのですか?」
俺が声をかけると、教会騎士たちは立ち止まって振り向いた。
ヴィクトリアは俺の方を向くと、あっと驚いた顔で俺を見た。
「あ!アル……お兄様!……ギャン!?」
「フニャーン!ご主人たまぁああ!!」
ヴィクトリアが俺に駆け寄ろうとしたら、教会騎士に手を引っ張られて尻餅をついた。
レアは身動きできないように完全に縛られている。
「……お兄様?貴様がこの異端者の身内か?」
「……異端者とはどういうことですか?それに、俺の奴隷に何をしているのですか?」
俺は、この高圧的な教会騎士たちに腹の中がカッと熱くなってきた。
寝不足に合わさって、昨日から散々大事な身内に手を出されて何かがキレそうになっている。
そんな俺を知ってか知らずか、この教会騎士たちは鼻で笑ってきた。
「ふん!神の敵とその敵と仲良くしている異端者がいるという通報があったのだ。この神の敵の所有者なら証明書を出せ。」
「証明書?ああ、それならありますよ!」
俺が証明書を出そうとしたら、教会騎士たちは剣を抜こうとした。
この有無を言わさずに、言いがかりをつけて俺たちを殺そうとする態度にもう我慢の限界になった。
「フフフ、お待ちなさい。その方は私の知り合いですよ?」
この不気味な声、一度聞いたら忘れられるわけがなかった。
教会騎士たちの後ろから現れたアルビノの狂信者に、俺の頭に昇っていた血は一気に気が引いた。
「ジ、ジル・ド・クラン。」
「フフフ、お久しぶりですねえ。」
この不気味な笑顔に、俺は冷や汗が止まらなかった。
ゴクリとつばを飲み込み、やっと口を開くことが出来た。
「あ、ああ、な、何であんたがここに?」
「何で、ですか?私は、この国の責任者の聖騎士長ですよ。この地には異端者が溢れているから、始末に回っているのです。そういうあなたこそ、あのシュヴァリエ家の方がどうしてこの街に?」
「え!?あのシュヴァリエ家!?」
ヴィクトリアを捕まえていた教会騎士は顔から血の気が引いて、パッと手を離した。
権力を振りかざす奴らは、より強い権力を持つ相手には弱いようだ。
くだらねえ、小者共だ。
このスキに、ヴィクトリアは俺に駆け寄ってきて抱きついた。
俺はヴィクトリアを安心させるように、片手で軽く抱いた。
そして、ジル・ド・クランの質問に答えた。
「俺達は、これから北の大陸に行くんだ。この街にはちょっと立ち寄っただけだ。」
「ほぅ?この時期にあの大陸にですか。フフフ、なるほど、わかりました。それでは、そのネコを離してもよろしいですよ?」
ジル・ド・クランは、興味深そうに驚いた顔をして見せ、棒立ちになっていた教会騎士たちに手で合図をした。
レアを担いでいた教会騎士が縄を解くと、レアは全速力で俺に駆け寄ってきた。
レアは俺の後ろでガタガタ震えて、ジル・ド・クランから隠れている。
「いいのか、証明書を確認しなくて?」
「ええ。そのネコは見覚えがありますからね。」
「へえ?聖教会の教義にこだわるあんたにしては、今日は甘いな?」
「そうですね。フフフ、私は今、機嫌が最高にいいのですよ。私の敬愛する御方が聖騎士の頂点に立たれたのですからね。」
ジル・ド・クランはうっとりと恍惚に笑っているが、俺はその顔を見ているだけで寒気がする。
「……それじゃあ、俺達はもう行っても大丈夫なのか?」
「ええ、問題ありませんよ。ああ、そうそう。ひとつ試してもよろしいですか?」
「試す?何を……ぐお!?」
ジル・ド・クランはいきなり斬りかかってきた。
俺は、とっさに全ての闘気を盾に集中して防いだ。
しかし、俺は道の先まで吹っ飛ばされていった。
「ア、アルセーヌ様!?」
「ご、ご主人たま!?」
ヴィクトリアとレアは、吹っ飛ばされて倒れた俺に駆け寄ってきた。
「い、いきなり何を?」
全力の闘気で防いだから無事に生きていた。
だが、本気の闘気の盾で防いだのに、腕がしびれて動かない。
「フフフ、申し訳ありませんでした。やはり、本物のシュヴァリエ家のようですね。この短期間でここまで成長なさるとは。これならば、北の大陸でも生き残れるでしょうね。フッフッフ。」
ジル・ド・クランは、楽しそうに笑いながら去っていった。
確かに、以前の俺なら反応も出来ずに斬られていただろう。
それでも、あの化け物には足元にも及ばないほどの力の差を見せつけられた。
「な、何なのですか、あの方は!?」
ヴィクトリアは憤慨してジル・ド・クランの後ろ姿を睨んでいる。
俺は、過去のジル・ド・クランとの経緯をヴィクトリアに話した。
ヴィクトリアは、何も言わずにレアを抱きしめた。
「ニャーン!レアはこんなに怖いところ、もう嫌ですニャ!」
レアが泣き出してしまったので、俺はレアを抱っこして、オーズの待つ船まで連れて行った。
オーズは俺達の暗い様子に驚いたので、俺は何があったのかを説明した。
オーズは静かに黙ってレアの頭をなで、ユーリもまたレアを慰めるように顔をなめていた。
俺達みんなで船で食べようと思っていたパンたちが、ジル・ド・クランのせいでぐちゃぐちゃになったので、一人でまた買い物にでかけようとした。
「嫌ですニャ!レアはご主人たまと離れたくニャいですニャ!」
と言って、レアは俺の足にすがりついてきたので、俺は仕方なくレアと手をつないでまた街にでかけた。
パンを買った帰り道、昨日冒険者ギルドで絡んできたスキンヘッドと、ス◯オみたいな金髪と出くわした。
レアは、さっと俺の後ろに隠れた。
「何だあ?まだ生きてるのか、このケモノは?」
「でもよう、あのうるせえガキがいねえってことは捕まったか?」
と言って、こいつらはブサイクな顔で大声で笑っていた。
こいつらの言い草でピンときた。
コイツラが密告した犯人だ。
俺は目の前が一瞬真っ暗になった。
そして、ふと気がついたら、コイツラの顔面を叩き潰していた。
だが、コイツラは痛そうにうめき、死んで無さそうなので少しホッとした。
ホッとしたら、頭が冷静になって顔が青ざめた。
あー!?
ヤっベえ、やっちまった!
「レア、逃げるぞ!」
「ハイですニャ!」
レアはこの街に来て一番の笑顔だ。
俺達は、騒ぎになる前にこの場から急いで逃げ、船に乗るとオーズを急かしてすぐに出航した。
「ご主人たま、大好きですニャン!」
と、レアは船の上で俺に抱きついて離れなかった。
しかし、俺はこの街が視界に入らなくなるまで安心できなかった。
俺は生まれてはじめて本気でキレたと思う。
子供を傷つけられるということが、親にとってどれだけ我慢できないことなのかと初めて知った。
本気でキレた俺は、何をするかわからないし、自分を全く制御できなかった。
俺は、自分で自分が怖くなる出来事だった。
・・・・・・・・・
ギュスターヴは、第一王子エドガールとともに、河川地帯へと出発していた。
アルセーヌたちとは違って、陸路での移動になるので、少し遠回りになる。
まずは、王都直轄領の峠を越え、そこからさらに進むと、リーン川流域の肥沃な河川地帯となる。
この地域は人口が多く、旗手となる中小領主の城や砦の数も多く存在する。
かつては、ロワール家が領主としてこの地を治め、王国内でも絶大な影響力を誇っていた。
新しくこの河川地帯の領主がやってきたが、宰相シャルル・ジラールの息がかかっていることは明白であり、どの旗手も従わなかった。
あの『疑惑の裁判』において、主君となるロワール家が完全に取り潰されたからだ。
このため、多く存在する旗手は主君を失い、それぞれの中小領地で好き放題している。
中には、盗賊になるしかなかった家もあった。
これを鎮圧するため、新領主は聖教会に要請しているが、数が多くてもはや泥沼と化している。
この地は現在、フランボワーズ王国内、おそらく聖教会圏で、最も治安の悪い地域に成り下がってしまった。
「ギュスターヴよ、私のユニコーンは立派であろう?」
エドガールは今の状況をわかっているのか、気分良くギュスターヴに愛馬を自慢した。
ギュスターヴは嫌な顔を表に出さずに、適当に相槌を打った。
「ええ、そうですね。」
「そなたのも立派ではないか。リシャールから借りたのか?」
「はい、俺は自分のを持っていませんからね。」
「そうか。……それにしても、あの『爆炎剣』が野に下って冒険者なんかをやっていたとは。父上は何という愚挙を犯してしまったことか。」
エドガールは馬上で首を振ってみせた。
ギュスターヴは、初対面であるはずのエドガールが自分を買いかぶりすぎる態度に、思わず苦笑いをした。
「殿下は、俺のことをやたらと買っているようですね?」
「当たり前だ!そなたは、わずか3年で剣の実力のみで、近衛騎士に登りつめた男だぞ。若かりし頃の私にとっては、同世代にこんな男がいるのかと、励みにしたものだ。」
「もったいなきお言葉ありがとうございます。」
「謙遜しなくてもいいぞ。そうだ!このアンリにも稽古をつけてもらえないか?」
ギュスターヴは、エドガールを挟んだ反対側にいる、新しく騎士に任命された若い男をチラリと見た。
まだ成人したばかりなのか体も出来ていなく、盗賊に襲われたらひとたまりもなさそうに見える。
アンリは、自分を話題にするギュスターヴ達の方を向いた。
その顔は、まだ少年のように幼い。
「……剣はどのくらい使える?」
「ええと、一通り宮廷剣術の稽古は受けました。」
「実戦は?」
「……いえ、まだ一度も。」
アンリは、自信なさそうに俯いた。
ギュスターヴは少し黙って考え込んだ。
「殿下。河川地帯に入る前に、どこか休める場所で止まってもよろしいですか?」
「うむ、それはいいが、どうかしたのか?」
「ええ、一度全員の実力を見てみたいです。」
「おお、そうか!そういう事なら許す!」
エドガールは、ギュスターヴの提案を快く承諾した。
このまま進んでいくと、少しだけ開けた広場を見つけた。
ここで、それぞれの乗るユニコーンと荷物の馬車を引いていたケンタウロスを止めた。
「それじゃあ、遠慮なく来い!」
剣を構えたギュスターヴは、アンリを試そうと相対した。
アンリは、鋼鉄のロングソードと盾の装備でかかって来た。
アンリは、足さばきも踏み込みも悪くはない。
剣の振り方も鋭いと言ってもいい。
宮廷剣術とはいえ、しっかりとサボらずに稽古に励んでいたようだ。
しかし、あまりにも教科書どおりで綺麗すぎる。
ギュスターヴは、わざとアンリに向けて、足で石を蹴り飛ばした。
「え!?」
そして、これに驚いてとっさに避けたアンリの喉元に剣を突きつけた。
「これで、死んだぞ?」
「うぅ、ひ、卑怯だぞ!」
「卑怯?これが実戦だったら、そんな事言えるのか?戦場は、生きるか死ぬかだぞ?」
ギュスターヴの厳しい真剣な目つきに、アンリは何にも言えずに力なく肩を落とした。
「次!」
ギュスターヴはアンリ以外の6名の兵たちも実力を測った。
しかし、誰もがアンリ以下の実力で、お粗末と言ってもいいほどだった。
魔法を使える者も皆無だった。
「……ふぅ。これでは、話になりませんよ、殿下。本気で、この戦力でやるつもりですか?」
ギュスターヴは呆れてため息をついた。
「ああ、やる!やるしかないのだ!」
エドガールは根拠があるのか無いのか、不思議と希望を失った目をしていなかった。
ギュスターヴは、この王子はバカでは無いのだろうかという目で見た。
エドガールは自信満々に、ニヤリと笑った。
「ギュスターヴよ、あと一人忘れていないか?」
「何を?……まさか、殿下もやるのですか?」
「ああ、やるぞ!」
エドガールはいうが早いか、ギュスターヴに斬りかかった。
これにはギュスターヴでさえ、不意を突かれた。
盾でギリギリ防ぎ、追撃の剣をかわして距離を取った。
「はぁああ!
「な!?魔法も!?」
この岩の弾をギュスターヴは盾で受け流し、エドガールと距離を詰めようとした。
しかし、魔法で牽制され、ギュスターヴも爆炎魔法を使わざるをえなかった。
そして、2合3合と次々と剣も打ち合った。
距離を詰めて、ギュスターヴはエドガールをようやく制することが出来た。
「ハハハ、さすがは『爆炎剣』だな。やはり、私では敵わんか。」
「いいえ、殿下こそ。まさかこれほどとは。それに魔法まで。」
ギュスターヴは、肩で息をしていた。
この第一王子の隠された実力には、ギュスターヴでさえ驚きを隠せていなかった。
アンリをはじめ、他の従者たちも同様だった。
「どうだ、ギュスターヴ。これでも無理だと思うか?」
エドガールは汗が日に照らされ、爽やかな笑顔を見せた。
ギュスターヴもまた、王宮に連れ戻されてから初めての笑顔だった。
「……これならば、作戦次第でどうにかなるかもしれません。」
ギュスターヴはエドガールと固く握手を交わした。
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