第六節 差別

 グラン・ディルは、王都側からの支流とリーン川主流のぶつかる中洲に作られた城下町である。

 フランボワーズ王国とロートリンゲン大公国との国境の街であり、聖教会圏の大動脈の河川港を持つため、水陸揃った街道の要として栄えている。


 俺たちは、問題なく城下町の入り口を通れたので、そのまま領主の居城に向かった。

 街並みは、木組みの家々が軒を連ね、石造りの多い王都とは異なった外観である。


 中心には領主の住む砂岩の居城があり、城の周囲は小水路で囲まれている。

 かつての領主であったロワール公爵の居城だったが、今では新しい領主になっている。

 この城は、ロマネスク様式の装飾がバランス良く配置されていて、疑いなく芸術的センスの高さも伺わせる。


 しかし、あの粛清によって陰惨に汚されたせいか、この冷たい雨も合わさって暗い影を落としているように感じる。

 城下町もまた、交通の要のはずなのに、どこか活気が無いような気がする。

 おそらく、新しい領主に求心力がないのか、領地内に盗賊が溢れ、全ての流れが淀んでいるせいなのかもしれない。


 濡れ鼠になっている俺たちは寄り道すること無く、船を停船所で預かってもらって、真っ直ぐに領主の城に向かっていった。

 しかし


「ダメだ。あんたらは城の中に入れることは出来ない!」


 俺たちは、衛兵によってあっさりと入城を拒否された。


「だが、俺達は領主の通行手形があるのだぞ。これを拒否するとはどういうことだ?」


 オーズは、静かに衛兵に詰め寄った。


「し、しかし、これは前領主の異端者の物だ!これは無効だ!」


 衛兵は頑なに拒否して、この騒ぎを聞きつけた他の衛兵たちがぞろぞろと出てきた。

 俺たちはモメるつもりはなかったので、すぐに引き返して城下町の冒険者ギルドの宿屋に泊まることにした。

 この時にヴィクトリアがブウブウ文句を言っていたが、俺がなだめて歩いた。


 この街の冒険者ギルドの建物は、三角屋根と独特な窓の装飾がひときわ目立つハーフティンバー様式の4階建ての木造建築物だった。

 冒険者ギルドの紋章である鳥の翼のドアを開き、中に入った。


 俺たちが中に入ってくると、酒場で飲んでいた冒険者たちの不快そうな視線が集まった。

 この街の冒険者は、王都に比べれば数が多いようだった。

 だが、王都のベテランの4人に比べれば、パッと見てそれほどクセは強くはなさそうな感じだが、嫌な雰囲気だ。


「……いらっしゃいませ、ご用件は?」


 俺たちが受付に行くと、相手の受付嬢は少し不快そうな顔をしている。

 まるでキツネのような顔と貧相な体をしていて、マリーに比べたら月とスッポン、いや比べるのもマリーに無礼だ。


「ああ、今日は宿泊と食事を頼めないだろうか?」


 オーズは何でも無いように静かに口を開いた。

 受付嬢は、渋々といった感じで、のろのろと帳簿を開いた。


「……冒険者の方ですか?」

「ああ、そうだ。」


 と言って、オーズは自分の認識表を見せようとした。

 後ろで見ていた俺は、急に影になって後ろを振り返った。


「ああ、臭えな!何か、ケモノ臭くねえか?」


 スキンヘッドの大男が、俺たちの後ろに立って鼻をつまんでいる。

 明らかに酔っ払っているようだ。


「本当だ、臭えな。げ!?よく見たら、獣人のガキとおまけにモンスターまでいるじゃねえか!」


 もうひとりのチビの金髪は、スネ◯のようにスキンヘッドに同調している。

 俺は、こんなアホどもは無視してやり過ごそうとした。


「おい、無視すんなよ!ビビってんのか、てめえ?」


 あからさまに獣人のレアをバカにする、コイツラの鼻を叩き潰してやろうかと拳を握った。

 でも、子供を連れているのに喧嘩をするほど、俺はバカではない。

 ふぅっと気持ちを落ち着かせるように軽く息をついて、肩の力を抜いた。


 しかし横を見ると、自分がバカにされていることが悔しいのか、レアが涙目になっている。

 レアは、手を出したら俺に迷惑がかかることがわかっているので、我慢してプルプルと震えていた。

 獣人が人族に危害を加えたら、どんな理由であれ、所有者には重い罰則がかけられるのだ。

 あの奔放なレアがこんなに我慢しているのを見て、俺の方が我慢できなくなってきた。


「何ですか、あなた方は!?」


 ヴィクトリアはレアをかばうように前に立って、酔っ払い共に怒鳴り返した。

 やっぱり、このじゃじゃ馬姫が最初に我慢できなかった。

 いや、我慢する気もなかっただろうな。


「何だは、こっちのセリフだ!よそ者がこんな神の敵を連れてくるなんて、何を考えてやがる?」

「神の敵ですって!?レアちゃんはわたくしの親友です!侮辱することは絶対に許しません!」


 ヴィクトリアは毅然と言い放った。

 ユーリも牙を見せて吠えている。


「まあまあ、ヴィクトリア様、落ち着いて……」

「アルセーヌ様は悔しくないのですか!レアちゃんが侮辱されているのですよ!」


 俺は事を荒立てたくなかったので、どうにかヴィクトリアを宥めようとした。

 でも、もう遅かった。


「クソ!モンスターをけしかけやがって!」

「獣人が親友だと?異端者か!?コイツらを聖教会に差し出すぞ!」

「おーおー、何だ、何だ?」


 他の冒険者たちもぞろぞろと席を立って、俺たちを囲んできた。

 相手が妙に殺気立っている。


 これはまずいぞ。

 どうやって切り抜ける?


「やめんか、お前ら!」


 上の階から怒鳴り声が聞こえた。

 この声に、冒険者達は動きが止まった。


「すまないな、うちの連中が迷惑をかけた。」


 出てきたのは、眼光の鋭い無精ヒゲの中年の男だった。

 冒険者たちは、不満そうに悪態をつきながら元の席に戻っていった。


「いえ、助けていただいてありがとうございます。妙に殺気立っていましたが、何かあったのですか?」


 俺はホッと一安心できたので、疑問に思ったことを聞いてみた。

 まだ小さく震えているレアを片手で軽く抱き寄せたら、声を上げて泣き出してしまった。


「フニャーン!ご主人たま、悔しいですニャー!」

「……ここじゃ無理そうだな。上の応接室で一緒に話そう。」


 そう提案されて、俺たちは階段を上がった。


 案内された応接室で、俺たちはそれぞれ席についた。

 レアは甘えるように、俺に抱きついたままで話しづらかったが、レアが気の済むまでこのままでいることにした。

 ヴィクトリアは、まだ不満そうに口をとがらせている。


「申し遅れた。俺はこの街の冒険者ギルドマスターのジュリアン・ギヨームだ。」


 俺たちはそれぞれ自己紹介をした。

 もちろん、俺がシュヴァリエ家だとは伏せて、ヴィクトリアは俺の妹としてだ。


「それで、王都の冒険者一行がどうしてこの街に?」

「ええ、これからまだ北に向かうのですが、実は領主が変わってしまったせいで、泊まるところが無くなってしまったのですよ。」

「なるほど、そういうことか。うちの連中が殺気立っているのも同じ理由なんだ。前領主一族が異端者として処刑されたせいで、この領地は大荒れでな。しかも、盗賊に成り下がった元旗手達が獣人や魔族を使役しているせいで、聖教会も巻き込んでひどい有様だ。」


 ギヨームは深い溜め息をついた。

 俺の知っている話と食い違ったので、ちょっと聞いてみた。


「でも、あの時の粛清で反乱分子は一掃されたのでしょう?それがどうして?」

「ああ、表向きはな。だが、全員が粛清されたわけではない。それぞれの家の当主がいなくなって、統率の失くなったその関係者たちは、新しい領主には従っていないのだ。各地でいくつも抵抗が続いていて、聖教会だけでは手が回らず、傭兵ギルドどころか俺たち冒険者ギルドにも応援の要請が来ている。だが、その相手には昔の友人だったり、中には親戚がいるやつもいる。そのおかげで、俺たちはみんな参ってるんだ。」

「ですが、わたくしはレアちゃんを傷つけたことは、絶対に許しません!」


 ヴィクトリアは腕を組んで、ぷいっと顔をそむけた。

 これには曲者の冒険者をまとめるギヨームでさえ、苦笑いを浮かべるしかなかった。


「ヴィクト……ヴィッキー、ギヨームさんを困らせてはダメだよ?」


 俺がやんわりとヴィクトリアを注意したが、まだ頬を膨らませたままだった。

 ギヨームは、真剣な顔で姿勢を正した。


「いや、お嬢ちゃんの言うとおりだ。あれは客人に対する態度ではなかった。うちの連中が迷惑をかけた。すまなかった。」

「……いいですニャ。レアは許しますニャ。」


 レアは俺の腕の間から顔を出した。

 もう完全に泣き止んで、笑顔に戻っていた。


「……うぅ。レアちゃんがいいなら、わたくしも許します!」

「ありがとう、ヴィッキー。レアも、よく我慢してくれたな。俺はお前を誇りに思うよ。」 


 と言って、俺はヴィクトリアとレアの頭をなでた。

 ヴィクトリアは顔を赤くして恥ずかしがっていた。

 レアは喉をゴロゴロ鳴らして、俺から離れようとしなかった。


 この夜、俺達は結局、この地の冒険者ギルドに泊まった。

 今更、他に泊まる場所もないからな。


 この日だけは、ギルドマスターが目を光らせていたので、誰も文句は言えないようだった。

 だが、獣人を連れている俺たちを気に食わないのはよくわかった。


 何かあったらいけないので、念の為に俺とオーズは交代で寝ずに見張りをすることにした。

 一応、4人分のベッドを頼んだが、子どもたちは俺と一緒に寝たがった。

 狭いベッドで窮屈だったが、子どもたちは今では穏やかに寝ていた。


 リシャールの仕組んだ陰謀によって消された、ロワールの元領地なだけあって、あの粛清の傷跡は深いようだった。

 それに、王都では慣れてしまっていたが、違う土地に来て、この世界の獣人・魔族に対する差別は根深いものがあると再認識させられた。


 この世界の管理者として、俺に出来ることは何なのか?


 改めて考えさせられてしまった。


・・・・・・・・・


 新たに大法官についた恰幅のいいフォア侯爵は、自身の所有する公娼館で、ベテラン娼婦による新人娼婦の技術指導を監督していた。

 この公娼館は、フォアが所有する王都中の娼館の中では最も高級で、主に貴族専用である。

 監督をしていたフォアに、取次のまだ幼い身奇麗な少女は耳打ちをした。

 フォアが頷くと、少女は外に待たせていた客人を中に招き入れた。


「よく来たな、フィリップ君。何か用かな?」


 フォアは、入ってきたフィリップがいつものように目のやり場に困って、腰をかがめているのを楽しそうにニヤニヤと見ている。


「へ、へい。オヤジから届け物に来ましたっす。」

「そうかね。……ふむ、そのお嬢さんではまだ早くないかな?それとも、そういう趣味の顧客に出すのかな?」

「ふぇ!?わ、私は違います!」


 ロザリーは、顔を真っ赤にしてブンブンとちぎれそうなほど首を振っている。

 フォアはロザリーの純真さに、嫌らしくニヤついていた。


「そ、そうっすよ!姉御は違います!」

「クフフ、冗談だよ。……君たち、こっちは気にせずに続け給え。」


 騒がしい客たちに、全裸の娼婦たちは動きが止まっていた。

 そして、フォアに促され、ベテラン娼婦は新人娼婦に声のあげ方、体の動かし方などを指導した。


「あの!侯爵、これが届け物っす!」


 フィリップは、ロチルドの封蝋のついた手紙をフォアに手渡した。

 逃げるように部屋を出ていこうとするフィリップを、フォアは呼び止めた。


「ああ、フィリップ君、ちょっと待ち給え。」

「へ、へい。何でしょうか?」

「君は今、冒険者の真似事をしているそうだね。その仕事は気に入っているかね?」

「えっと、まあ一応は。」

「君のお父上から話は聞いているよ。あのシュヴァリエ家の少年がリーダーらしいじゃないか。関係はどうだね?」

「へい、俺はアニキを尊敬してます。アニキが俺のことをどう思っているのかは知りませんけど。」

「……ふむ、何かあれば私を頼りなさい。君のお父上とは、古い友人なのだからな。」

「あ、ありがとうございまっす!」

「うむ。引き止めて悪かったね。もう行ってもいいよ。それとも、見学していくかね?」


 娼婦の技術指導を呆然と見ていたロザリーに、フォアはニヤニヤしながら声をかけた。


「ひゃ!?い、いえ、し、失礼しました!」


 ロザリーは逃げるように、娼館から出て行った。

 フィリップもまた、追いかけるように出て行った。

 この若者たちの初々しさにフォアは声を上げて笑った。


「はてさて、古い友人は何の用だろうか?」


 フォアは手紙を掲げてみせた。


「……君たち、今夜から仕事に入りなさい。君たちの仕事は、男たちにつかの間の儚い愛を与える尊い仕事なのだよ。誇りを持ってやりなさい。」


 フォアがそう言うと、娼婦たちは部屋から出ていった。


 一人になったフォアは、手紙を開いた。

 内容は何の変哲もない、ただの社交辞令の挨拶のように見える。


「クフフ、古い友人は相変わらず慎重だな。」


 フォアは、この手紙が『ザイオンの民』だけが読める暗号文だということに気づいた。


「なるほど、我ら『ザイオンの民』の悲願『約束の地』を与える救世主メシアの再臨が近いか。」


 手紙を読み終わったフォアは、火を焚べていた暖炉に手紙を入れた。

 そして、その足で王宮へと向かった。


(ふん!あの王子は我らを利用しているつもりだろうが、利用しているのはこっちの方だ。あんな小僧など、救世主メシア再臨のための捨て石に過ぎん!)

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