第三節 川の旅

 俺達は聖教会圏の大動脈、リーン川を下って海を目指す。


 まずは、この王都の河川交通の拠点、アルスナル港から出発する。

 この川の流域には大都市が点在していて、王都はリーン川の支流に当たる。


 王都から下ると、ロートリンゲン大公国との国境の街グラン・ディルを通ってリーン川本流に入り、中継地点にロートリンゲン大公国の工業都市ラインハルト、河口のネーデルランドの港湾都市ローテルダムに辿り着く。


 他にも村や町はいくつもあるが、主要な大都市はこの3つだ。

 つまり、3つの領地を通ることになる。


 この領地の中には、諸侯の臣下(旗手と呼ばれる)の中小領地がいくつもある。

 通常なら、この中小領地を通るだけで通行税を取る旗手もいる。

 だが、オーズはこの全ての諸侯の通行手形を持っているので、旗手の支配地域は基本的に問題なく通れる。

 なので、この河川内なら、領主に通行税を払えば、旗手の領域を含めて自由に行き来は出来るわけだ。


 最後に、ヨーラジア大陸とザビエート大陸の間の狭い海、エーギル海を越えて北の大陸の玄関口、ロジーナ王国が目的地になる。


 途中の街で停泊しながら進んでいくそうだが、寄り道は必需品の買い込み程度で急ぐ旅になる。

 大体1週間で到着するそうだが、普通なら2週間は超えるらしい。

 陸路なら更に倍はかかる。

 ヴァイキング特有の操船術とこの船に何か仕掛けがあるそうだ。

 これが大雑把な予定だ。

 

 王都の外を出ると、まさに、冬が近くなり枯れ葉も舞い、草も茶色く枯れ、寒々しい田舎の風景になった。

 それなりに大きい石造りの尖塔付きの教会があったり、遠くに小さい村が見える。

 何十メートルはあるのだろうか、川幅も広く、流れも穏やかだ。

 穏やかな太陽の光が眩しい晴れ間だが、当然吹き付ける風は冷たい。


 大きな木造の船が、材木を大量に積んで航行している。

 木箱や樽などいくつも積んである船もあるが、中身が何かは外からではわからない。

 多分、食料、武器、防具、毛皮とか色々とあるんだろうな。

 面白いことに、大きい船は奴隷のケンタウロスが、川岸から牽引している。

 奴隷には可哀相だが、現代ではなかなか見ない光景だ。

 そんな船を次々と追い越していく。


 このオーズの船はかなり速く、他の船からしたらモーターボート並みのスピード狂だ。

 流れも穏やかだから、それほど揺れはひどくない。

 だが、風を切って走っているので、俺はすでに分厚い毛皮のコートを羽織り、風が当たらないように荷物の陰にいる。


 闘気を纏えば防寒対策になるが、旅の間中やり続けるには今の俺のSPでは足りない。

 北の大陸に行くと、この防寒対策は必須になるので、限界値を上げるために毎日ギリギリまで使うようにオーズに言われている。

 今も夢幻闘気を薄く纏ってはいるが、弱すぎてそれほど効果がないのだ。


 レアは丸まったユーリの間に入って、日向で気持ちよさに寝ている。

 ユーリはレアを抱きかかえ、寝息を立ててやがる。


 ユーリと喋れるとわかった時に、レアに構っているのは下心があるんじゃないかと疑った。

 だが、レアはまだ子供だし、動物(この世界ではモンスター扱いだ)と獣人は違う生き物なので、ただの考えすぎだと思うことにした。

 しかし、今は違うが、大狼ダイアウルフにも発情期というものがある。

 レアはネコの獣人だから違う種族なので大丈夫だと思うが、その時が来たら悪い狼を近づける気はない。

 もし、うちの可愛い娘に手を出したら、二度と発情できないように去勢してやる。


「……おい、アルセーヌ、お前もやってみるか?」


 アホなことを考えていた俺は、オーズに声をかけられてハッとした。

 何をやるかというと、船を漕ぐことだ。

 ヴァイキング特有の操船術というから期待したのだが、何のことはない。

 バカでかいオールを、オーズの馬鹿力で漕ぐだけの話だった。


「うす!でも、俺に出来ますかね?」


 カヤック程度なら、元の世界でやったことはあるが、こんなバカでかいオールを使うのは初めてだ。

 ちょっと心配だ。


「大丈夫だ。慣れればそんなに難しくはない。」


 俺は、オーズの座っていた場所に座り、オールの取っ手を受け取った。

 オールは船体に取り付けられているが、取っ手だけでもかなり大きいことがわかる。

 ずっしりと重いが、筋トレは毎日ギュスターヴの訓練でキチガイ並みにやっているし、この体の性能がいいのか、不可能ではなさそうだ。


 俺は羽織っていた分厚いコートを脱いで、腕をまくった。

 俺はオーズを真似しようと力いっぱい漕いでみた。

 だが、あっという間に汗だくになってしまった。

 そのくせに大して速くなっていない。


「む、難しいっす。」

「……そうだな。手に力を入れるんじゃない。まずはゆっくり、水を掴んでみろ。」


 俺はさらに上着を脱いで、オーズに言われた通りゆっくり丁寧にやってみた。

 お?

 これは?

 ゆっくりやってるのに、デタラメに漕いでいる時より良い感じに進んでいる。


「いいぞ、その調子だ。後はリズムよく、全身を使うように両手の動きを合わせるんだ。」


 オーズに言われた通り、集中して両方がバランス良くなるようにゆっくり漕いでみた。

 うん。

 自分でもいい感じに出来ている気がする。


「そうだ、少しずつストロークを長く、速く、力強くしていけ。」


 オーズのアドバイス通り、さらに漕いでみると、一気に船が綺麗に進み出した。

 俺は楽しくなってリズムに合わせて漕いでいった。


「アルセーヌ、そろそろ漕がなくていいぞ。」


 しばらく経った頃、オーズに言われた俺は腕を止めた。

 普段使わない筋肉を使ったからか、腕がすでにパンパンだ。


 ふと視線を上に上げると、遠くの方に、川の両岸に石造りの尖塔の建物が見えた。

 いくつか船が停泊しているのが見える。

 どうやら、あれが関所のようだ。


「なかなか船を漕ぐのがうまいじゃないか、アルセーヌ。まだ完璧じゃないが大したものだ。」

「えへへ。ありがとうございます!オーズさんの教え方がうまいんスよ。ギュスさんは、ちょっとダメだとすぐぶん殴るんスよ。あの人絶対俺の頭をスイカか何かだと勘違いしてますよ。」


 俺は冗談を言って、オーズと笑い合った。

 俺達の声で、レアとユーリは起きたようだ。


「……ニャーンン、もう着きましたかニャ、ご主人たま?」


 レアは四足をついて、むにゃむにゃしながら、大きく伸びをしている。


『まずは、最初の関所だな。ここから、王都の直轄領から外に出る。これから先は違う国だと思えよ。』


 ユーリは大きく伸びをした後、立ち上がり、キリッとした顔で偉そうにレアに説明した。

 レアは、ユーリが何を言っているのかわからず、毛づくろいをしている。


「チッ!さっきまで寝てたくせにえらそうだな?」

『何だと!?レアの飼い主だからって調子に乗るなよ!』

「へっへっへ、なるほど、そういうことか。お前が俺に突っかかってくんのは、ジェラシーかね?ん?」

『ぶっ殺す!』


 ユーリは俺に飛びかかろうと構えたが、


「……やめろ、ユーリ。」


 オーズに言われて、ユーリはくぅーんと、あっさり情けない顔をして落ち着いた。


「アルセーヌ、お前もだ。いちいち挑発するな。」


 俺も大人げないことをしたと反省した。


「……すみません、オーズさん、調子に乗って、つい。」

『……すまねえ、相棒、オレ……』


 ユーリはオーズの手をペロペロ舐めている。


「……まったく、お前たちは。俺に謝るんじゃなくて、お互いに仲良くしろ。」


 俺達は素直になれず、プイッとそっぽを向いた。


「ふぅ、ニャれニャれですニャ。……ニャーン、起きたらお腹すきましたニャ。」


 レアは、俺達に呆れたため息をつくと、食べ物の入っている木箱に歩いていった。

 そして、木箱を開け、何かゴソゴソとやっている。


「ニャー!だ、ダメですニャ!まだ早いですニャ!」

「も、もう無理ですわ!」

「え!?ヴィクトリア様!?」

「あ、アルセーヌ様ー!……あー!?」

『「「「あ。」」」』


 突然現れたフランボワーズ王国第九王女ヴィクトリア・ステュアート・ヴェルジーは、盛大に甲板を濡らした。


・・・・・・・・・


「はぁ。」


 大学の芝生の上でサンドイッチを頬張っていた私は、ひとりため息をついた。

 今頃、アルセーヌたちは川の旅を楽しんでいるのかなと想像した。

 北の大陸は、氷に覆われた過酷な土地なのは有名な話だから知っている。

 さらに、海賊国家ロジーナ王国という世界有数の悪名高い国が目的地だ。

 しかも、これから冬になり、特に危険になるので心配になった。


「どうかしましたか、ロザリー先輩?切ないため息なんかついて。」

「ううん、大丈夫、何でも無いよ。」


 私に話しかけてきたのは、元ルームメイトだったコンスタンスだった。

 マリーが卒業した後に入学してきた、学芸科の3年生で、この王立大学で数少ない女学生の一人だ。


 王立大学で女子が入れるのは、魔法科と学芸科の2つのみで、他の神学科、法学科、医学科は貴族か裕福な家庭の男子のみとなる。

 この理由は、女子は普通、自由という権利は何もなく、幼い頃から家庭に入るように育てられるのが常識だからだ。


 例外として、魔法科だけは違う。

 魔法を使える人族は貴重なので、男女の性別に関係なく、才能があれば貴賤の身分も問われない。

 でも、女子に関しては、先程の理由で才能があるかどうかは、余程のことが無い限りは日の目を見ることも無く、埋もれてしまうことがほとんどになる。

 だから、魔法科の男女比は九割が男子だ。


 逆に学芸科は、別の理由があり、男女比はほぼ半々だ。

 男子の場合は様々な理由で入学してくるが、女子の場合はほぼ決まっている。

 宮廷では教養のある貴婦人が好まれるからだ。


 そのため、学芸科には女子のみの専門コースがある。

 つまり、上級貴族の子息に好まれる貴婦人の養成所でもある。

 もちろん、マリーのように純粋に学問を学びに来る女子もいないことはない。

 でも、ほとんどは途中退学して結婚する。


 この科には、婚約者が決まっている女子が、貴婦人修業に来るために入学する事が多い。

 しかし、中には婚約者が決まっていても、貪欲に男漁りをする強者もいる。

 その中のひとりが、このコンスタンスだ。


「そうですか。てっきりあの御方のことをお考えなのかと思いましたわ。」

「え、うん、そういうわけじゃないよ。」

「ですが、あの御方とお近づきになられたのですから、余程の気苦労があるのではございませんか?」

「ち、ちが、そんな関係じゃないから。ただの仕事仲間なだけだって!」


 私は、コンスタンスの勘違いにいつも戸惑ってしまう。

 普通、男女で一緒に住んでいたら結婚していることが当たり前だ。

 だから、コンスタンスが勘ぐってしまうのも、仕方がないと思う。

 獣人の子供のレアを世話するために、勢いで一緒に住むと言ってしまったが、私達の関係は不思議の一言だ。


「そのように警戒をなさらないで下さい。あの御方とのご関係を壊すつもりはございませんのよ。あのシュヴァリエ家の御方の心証を悪くするつもりはございませんもの。」

「あ、いや、だから……」

「あ、そうですわ!わたくし達とご一緒にお昼をしませんか?」

「うーん、私、もうすぐ次の講義があるから、また今度でいい?」

「……わかりました!またの機会にいたしましょう!」


 コンスタンスは、こっちを見ていた同じグループの女子たちのところに戻った。


 そう、このコンスタンスは、私があのシュヴァリエ家と繋がりがあると思っているのだ。

 アルセーヌと外食に出掛けた時に、レストラン街でコンスタンスの家族と偶然出くわした。

 その時にコンスタンスの父親が、アルセーヌを決闘裁判で見かけたといって話かけてきたのだ。

 アルセーヌは感じよく話を合わせていたが、私から見たらとても迷惑そうだった。


 アルセーヌは、よく知らない人から見たらお調子者だと思う。

 けど、本当は目立つのが好きじゃない人だと、少し一緒にいればよくわかる。

 だから、今回北の大陸に行くと行った時も、すぐに納得できた。

 でも、コンスタンス達のような人も悪気があるわけじゃないと思う。

 それだけ、あのシュヴァリエ家というのが、この国の人族にとって憧れの存在なのだ。

 コンスタンスは昔、私のことを悪く言っていたのもすっかり忘れてしまうほど、あのシュヴァリエ家にお近づきになりたくて必死なのだろう。


 私は、サンドイッチを食べ終わると、校舎の中に入っていった。

 講義までまだ時間はあるが、ゆっくり本でも読もうかと思った。

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