第二節 しばしの別れ

 この世界に来て、初めて国を出ることになった。

 元の世界なら、パスポート、航空券、ちょっとした荷物、短期で行くなら準備は簡単だった。

 日本のパスポートは、ほとんどの国はビザがいらないから楽なものだ。

 だが、この世界だと国外へ出るにはちょっと面倒なことになる。


 一応、冒険者ギルドの認識表が身分証明書やパスポート代わりになる。

 しかし、使えるのは、中級以上の身元がはっきりしている人族でなければならない。

 つまり、駆け出し、一般クラスの下級冒険者ではパスポートにはならない。

 言ってしまえば、一般冒険者まではただの仮免だな。


 そのために、中級昇格には書類審査をギルド本部で行い、身元のはっきりしない犯罪者や他国のスパイだとか、機密情報を持って亡命しそうな怪しいやつを国外どころか領地外に出入りさせないように、取り締まるシステムでもあるわけだ。

 下級クラスでも、各ギルドで自由に登録は出来るが、ギルド職員はどこも優秀らしく、怪しいやつはかなりの確率でバレるらしい。

 こないだも、新規登録者にお尋ね者が紛れていて、あっさりバレてマリーに取り押さえられていた。


 冒険者というのは、各領地にある冒険者ギルドという名の派遣会社の派遣社員みたいなものだ。

 拠点になる領地の領民にはなるが、仕事の内容によっては他の領地に行くので、ギルドの認識表という社員証がパスポート代わりの身分証明になるわけだ。

 仕事内容は全然違うが、特派員のプレスカードみたいなものか。


 当然ながら、仕事の報酬もギルドにハネられているし、その一部も税金として収めているから、冒険者も領民と言えば領民になるわけだ。

 しかし、支配者層からしたら、領民は自由に動けないようにその土地に縛りたいし、その領民に必要以上に知恵をつけさせたくはない。

 支配する側からしたら、バカで従順な労働力は扱いやすい。

 領主達たちがやりたい放題しても、搾取される側の領民に反乱を起こされる心配が無いしな。


 だが、自由に動き回る冒険者がその領民たちに知恵をつけさせ、扇動したらどうなるか?


 実際問題、支配者層にとって、領地を自由に動き回る冒険者は本来、危険人物以外の何者でもない。

 特に、優秀であればあるほどそうだろう。

 素行が悪い程度であれば、多少治安を乱す程度で済むはずだ。

 だが、もしも有能な冒険者が、領民たちの支持を受け、野心を抱いてしまったとしたら?


 猜疑心の深い貴族たちが、その可能性を考えないわけがないはずだ。

 そんなやつが、自分と敵対している領地に行ってしまったら目も当てられない。


 どの領主だって、自分のところの領地からの人的損害は避けたいし、かといって必要以上に権限を与えたくはない。

 如何にして、その上位冒険者を自分の領地に留めるか。

 そこのところは、各地のギルドマスターと領主の関係次第になるわけだ。


 この国の場合は、全国規模の大組織のようだが、権限は制限され、ギルドの情報は全てその土地の領主に握られている。

 他の国には、冒険者ギルドのないところもあるぐらいだ。


 もちろん、よその土地に行っても、元の場所のギルドマスターの紹介状がなければ、仕事すら出来ない。

 もし、これを破れば地域紛争に発展しかねない。

 つまり、冒険者とは名ばかりの、ただのなんでも屋っていうのが実態だ。


 他のファンタジー世界だと、かなり自由にやってるみたいだけどな。

 羨ましい限りだぜ。


 なんでこんな組織が存在するのかというと、400年前の聖魔大戦にまで遡る。


 元々は、人族の領域深くまで侵攻してきた大魔王軍に対抗するための、パルチザン組織だったらしい。

 当時は、転移魔法陣も各地でじゃんじゃん使っていたようで、連携を密に動いていたそうだ。

 で、この組織のボスが伝説の勇者だったらしく、大戦が終わっても伝統的にこの国には残っているようだ。

 もしかしたら、裏で冒険者をスパイとして使ってる領主もいるかもな。


 こんな現状でも、いまだに冒険者に憧れる人間がいるのは、物語に書かれるほど才能がつき抜ける人間が現れたりするせいもある。

 おそらく、新大陸のアルカディアの存在が最も大きいだろう。

 それぞれの出身地で中級以上になった冒険者は、一攫千金を求めて海を渡り、利権を求める領主に送り込まれるのだろう。


 ちなみに、俺もこの半年の間に中級冒険者に昇格していた。

 俺もただ遊んでいたわけではない。

 やることはちゃんとやっていたのだ。

 この世界の情報収集もしながらな。

 こんな俺でも、シュヴァリエ家というビッグネームなので、書類審査はあっさり通った。


 これで、堂々と国外へ出ることが出来る。


 これでパスポートは何の問題もないが、次に必要なのは書類だ。

 書類とは言っても、現代みたいなビザ申請というものではない。

 レアは俺の所有物だという、関所用の証明書が必要なだけだ。


 この世界での獣人は、聖教会の教義で神の敵にされていて、王都内で生活させるにはペット、家畜の扱いにしなければいけない。

 この理由のため、レアは冒険者の仕事をしているが、冒険者の登録はできない。

 あくまで、俺の家畜として仕事をさせられているという建前だ。

 なので、レアを奴隷登録してある聖教会に書類を貰いに行った。

 銀貨2枚で買うのだが、これがないと、レアを連れて国境を正式には通れないのだ。


 この世界の身分制度は、現代日本から来た俺には面倒くさいことこの上ない。

 離宮では、メアリー王妃が身分というのをほとんど気にしていなかったので、よくわからなかった。


 本来、王族が下の身分の者を平等に扱うこと自体ありえない話で、王族でありながら身分制度を嫌うメアリー王妃は、奇人変人の類になってしまうのだ。

 もちろん、俺はそんなメアリー王妃が大好きだが、身分が上の連中からしたら気に食わないそうだ。

 こう考えれば、この世界での俺の体は、辺境伯のシュヴェリエ家という、王家でも下手に手出しを出来ない自由な身分なので楽な方だと思う。

 あの駄女神が、そこまで考えていたわけは無いと思うけどな。


 そして、この世界での国境越えで最も必要なのは、金だ。


 主要な街道を通ると、領地が変わるたびに関所がある。

 今回は、オーズの船を使って、川を下って海まで出る。

 それでも、領地が変わる度に通行税を払わなければいけないのだ。

 陸路に比べれば、はるかに少ないけどな。


 どこを移動するにも、普通の平民ならかなりの痛手を受ける額になる。

 だから、この世界で旅をすることが出来るのは本当の金持ちか、何か事情のある人間ぐらいだ。

 もちろん、治安もはるかに悪いしな。


 準備をしている俺は、オーズに聞いていた金額の合計とプラスアルファを財布袋にしまった。

 オーズもユーリを連れて行くので、全く同じ額だ。

 これで、俺の貯金はほぼすっからかんだ。(泣)

 

 俺はゆっくり考え事をしたら、借りている家の共用のトイレから出てきた。

 この世界のいいところは、中世レベルのくせに各建物にトイレの付いているところだな。

 さすがに、風呂は超が付く金持ちしか持って無いけど、衛生観念はまだ元の世界よりマシだ。

 ウ○コをその辺の道端にぶん投げてたらしいからな。


 俺が部屋に戻ると、レアがニャーニャー唸っていた。

 レアは自分の荷物をカバンに詰めているようだが、クシャクシャに服を突っ込んだり、明らかにいらない大きい魚のぬいぐるみまで持っていこうと四苦八苦している。


「こらこら、レア。何でも詰め込んじゃいけません。いるのといらないのと分けなさい。」

「うにゃ~。全部いるのですニャ~。」


 俺はカバンの容量以上の荷物に困るレアに苦笑いをした。


「ただいまー。……え!?」


 ロザリーが学校から帰ってきたようだ。

 荷物をまとめている俺達を見て、なぜか固まっている。


「どうしたの、ロザリー?」

「……やっぱり出ていくの?」

「?うん、明日に出るつもりだけど、どうかした?」

「何でも無い。いつかこういう日が来るって覚悟してたから。」


 ロザリーは今にも泣きそうになっていて俺は混乱した。


「??でも、一生の別れじゃないだろ?」

「うん、それはわかってる。でも、わかってても辛いよ。」


 ロザリーはとうとう泣き出してしまった。

 レアは作業をやめて固まってるし、俺はますます混乱した。


「ちょ!?うーん、俺も何も相談しなかったのは悪かったとは思うけど、泣くほどのことか?」

「それほどのことじゃない!」


 ロザリーは怒鳴って俺の胸にすがって泣いた。

 俺は完全に混乱が止まらなかった。


「???でも、冬が終わったら帰ってくるよ。」

「でも、南は暖かいからそのまま帰ってこないんでしょ?」

「え?南?俺が行くの北だけど?」

「え?」

「え?」


 俺たちはお互いに顔を見合わせて固まった。


「え?あのシュヴァリエ家の実家に帰るんじゃないの?」

「え?帰らないよ。俺が行くの、オーズさんの実家だから。」

「え?」


 ロザリーは勘違いにようやく気がついたのか、顔が真っ赤になった。

 俺もロザリーの勘違いに気が付いて、混乱した頭がスッキリして、笑いがこみ上げてきた。


「あ、もしかして、俺がみんなのこと捨てて実家に帰ると思った?そんなわけないって、アハハ!何だ、勘違いか、アハハ!……バ!?」


 ロザリーは、大笑いをしていた俺を持っていたカバンで殴ると、そのまま部屋に引きこもった。

 俺はしゃがみ込み、押さえていた顔から鼻血が出てきた。


「……はぁ。ご主人たまは、バカですニャ。」


 と言って、レアはため息をついた。


 えー?

 俺、何か悪いことした?


 ロザリーが機嫌を直して部屋を出てきたので、俺達はフィリップも誘ってパーティーメンバーみんなで外食に出掛けた。

 しばらく、このメンバーとはお別れになる。


 昼間に、フィリップも一緒に旅に来るか?と誘ったが、断られていた。

 王都で、父親であるロチルドに頼まれて、なにかやることがあるらしい。

 俺も、オーズに誘われただけだし、無理矢理誘うこともないと思って、それ以上何も言わなかった。


 俺達が行った店は、獣人奴隷のレアも普通に入れるので、外食する時はよく来る店だ。

 特に変わったものはなく、腹一杯に食べれるのが特徴といった定食屋だ。

 他愛のないバカ話をして俺達は帰っていった。


 次の日の朝、俺達は出発した。

 ロザリーは学校に行く前に、冒険者ギルドの他のみんなと一緒に見送ってくれた。

 前の日には、ギュスターヴが離宮のメアリー王妃、ヴィクトリア王女にも伝えてくれた。

 ロチルドにも抜かり無く伝えたので、お世話になった王都のみんなには挨拶が済んだはずだ。


 王都の郊外にある船着場で、オーズの船に忘れ物もなく、荷物も詰め込んだ。

 あのヴァイキングらしい、竜の頭のついた木造の小型帆船だ。

 これで、フランボワーズ王国とはしばしのお別れだ。


 目指すは、北の大陸、海賊国家ロジーナ王国!

 へへへ、何かやっと冒険者らしくなってきたぜ!


・・・・・・・・・


 この日の夜、フィリップの父親であるマイアー・ロチルドは王都の高級アパルトマンにいた。

 衣服を着直し、帰り支度をしている。


「いつもよりも、随分と早いお帰りじゃない?」


 大きなベッドの上には、一糸まとわぬ姿の高級娼婦マルゴが横になっている。

 手にはキセルに火をつけ、妖艶に笑う口に咥えていた。


「ああ、長居をしたら我々の関係が疑われるだろう?」


 ロチルドの口調は、普段アルセーヌたちと話をするときとは違って、静かにぶっきらぼうだった。

 別人と見間違うほど、人相も険しい。


「そうねえ。普段のあなたの、人のいい商人のイメージが壊れては困るものね。」


 マルゴはクスクスと楽しそうに笑った。

 ロチルドはそのマルゴを苦々しく見た。


「ふん!そんなもの、我ら『ザイオンの民』の悲願に比べれば大したことではない。」

「でも、あなたが生涯をかけて作ったイメージじゃないの。」

「のし上がるのに必要だったからな。だが、この芝居ももうしなくて済むと思うとせいせいする。」

「本当に恐ろしい人ね。みんなあなたの道具なんだから、家族も友人もみんなね。」


 マルゴは紫煙をくゆらせ、ロチルドを見上げた。

 しかし、ロチルドは何も答えずに外套を羽織った。


「かつての『バンリュー』の名もない貧しい子供が、今では離宮とはいえ、王室御用達商人ですものね。」

「そんなものまだ途中に過ぎん。」

「そのきっかけになったあのシュヴァリエの子も、最初に目をつけたのはあなただったわね。」

「だが、まだ完全には取り込めてはいない。初めはもっと単純な男だと思ったのに。まさか、今の時期に北の大陸に行くなど予想外すぎる。これが伝説の英雄の血なのか?」


 歯ぎしりをするロチルドにマルゴは笑った。

 そのマルゴをロチルドはギロリと睨みつけた。


「何が可笑しい?」

「あら、ごめんなさい。あなたが悔しがるなんて。」

「ああ、せっかく、王にさり気なく進言したのに、領地と爵位を断るとは。しかも、それで選んだのが、北の海賊国家だと?シュヴァリエというのはどいつもこいつも、何を考えているのかわからん!」


 ロチルドはテーブルをドンと叩いた。

 マルゴは煽るように話を続けた。


「残念ね。うまく飼い殺しに出来そうだったのに。でも、あのシュヴァリエ家を敵に回すかも知れないから、あの子に制裁も出来ないしね。」

「ああ、忌々しい。あの変人共が武力以外に、権力も財力も持っているのが気に食わん!」

「ふふふ、あの子を取り込めれば、あのシュヴァリエ家を操れたかもしれなかったのに、残念だったわね。」


 実に楽しそうにマルゴは笑っている。

 ロチルドは、そのマルゴを歯ぎしりをしながら睨みつけた。


「……何を他人事のように笑っている?お前も我らの同胞だろう?」

「うふふ。だって、何が起こるかわからないからこそ、人生は楽しいんじゃないの?でも、運命の巡り合わせは、初めから決まっているのよ。」

「運命、か。……ふん!母親と同じ口癖を言いおって。」

「だって、その母親と同じ娼婦になったのよ?言うことも似るんじゃない?」

「……まあいい。あの小僧は、しばらくは北から帰ってこないのだ。息子には次の仕事をやらせるまでだ。」


 そう言うと、ロチルドは部屋を出ていった。


 外の馬車に乗る頃には、表の顔の人のいい気さくな商人に戻った。

 いつものケンタウロスのケニーではなく、貴族用のユニコーンの馬車だ。

 マルゴは、部屋の窓からロチルドの乗った馬車を見送っていた。

 そして、タバコを吹かすとクスクスと笑った。


(駒が集まりだしてきたわ。やっと400年前のゲームの続きが始まるわ。)

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