アルセーヌ編 第三章 大いなる冬の前兆
第一節 冬が来る
ラグナロクが起こる前にまず風の冬、剣の冬、狼の冬と呼ばれる大いなる冬が始まる。夏は訪れず厳しい冬が3度続き、人々のモラルは崩れ去り、生き物は死に絶える。
~『新エッダ』第一部『ギュルヴィたぶらかし』~より
・・・・・・・・・
ぼうけんをはじめますか?
➔ はい
いいえ
俺は今、黒ひげの海賊王と盃を交わしている。
盃を交わしたといっても、黒ひげの船に乗るわけでも傘下に入ったわけでもない。
もちろん、ワン○ースを目指して大航海に出たわけでもない。
こうなってしまったワケは、実に長い話になる。
俺は王家のゴタゴタの事件の後、有象無象の輩に付きまとわれ、うんざりしていた。
この世界での俺の体の実家がかなりの大貴族らしく、少しでも恩恵にあずかろうとよくわからん連中がたかってきた。
あの決闘裁判の後、すぐに来ていたそうだが、しばらくの間、俺は誰も近づくなというオーラを出していたみたいで、俺のことを知っている人間からしたら不機嫌かな? ぐらいにしか思わなかったようだが、俺のことを知らない連中からしたらかなり恐ろしかったらしい。
どうやら、俺の実家というのはそれほどヤバイようだ。
聖誕祭の後、ヴィクトリア王女のおかげで気分のスッキリした俺は、そこでようやく周りに変な奴らがいることに気がついた。
仕事に出かければ、俺を見かけると知らないやつが、俺の実家がどうとかおべっかを使ってきた。
休みの日に、ロザリーとレアと一緒に飯を食べに行けば、俺を決闘裁判で見たとかどうでもいい話をしてきたりした。
俺の冒険者パーティーに入りたいとかしつこいやつがいたので、仕方がなく使ってみたこともある。
しかし、そいつは口ばっかりで役に立たなかったのでクビにしたら、こんな地味なことやってらんねえ、と捨て台詞をはいて消えた。
ぶん殴ってやろうとしたら、レアが先にブチ切れてダガーを抜いたので、俺は怒りが冷めてしまい、レアを宥めるのに必死になった。
俺が調子に乗ってしまって、悪ふざけで可愛い女の子だけ選んで新メンバーの面接をしたこともあった。
だが、たまたま冒険者ギルドに遊びに来たロザリーに見つかり、裏に連れて行かれてボコボコにされた。
他にも色々とあり、俺は当然だが他のみんなも疲れてしまい、うんざりしてしまった。
この時に、ギルドの受付のマリーに相談したところから、海賊王云々の話に繋がる。
「マリーさん、相談したいことがあるんですけど、今いいですか?」
「ええ、いいですよ、アルセーヌくん。どうかしましたか?」
俺はマリーに、無駄に注目されて疲れたということを説明した。
一時とはいえ、冒険者ギルドに新規登録者が増えて、マリーはいつも以上ににこやかだ。
「なるほど、そういうことですね。私も、アルセーヌくんがあのシュヴァリエ家だなんて、びっくりしましたよ」
「いや、そうなんですけど、さすがに鬱陶しすぎますよ」
俺は大げさにブウたれているような顔をした。
マリーはそんな俺に苦笑いだ。
「うーん、そうはいっても、この王都の貴族にとって、あのシュヴァリエ家は人気役者や有名吟遊詩人以上に人気がありますからね。実は私も、南隣のアーゴン王国のお姫様とのラブロマンスの大ファンです。アルセーヌくんにとっては、お爺様のお話ですよ」
その話は、俺もマリーに借りた本で読んだから知っている。
「お前とヤリたいぜ!」みたいなセリフを、かなり甘くポエムチックにこれでもかと言って最後に口説き落とす話だ。
『君の瞳に乾杯』レベルのセリフを息をするように言っていた。
読んでいて、俺の爺さんはどんだけ絶倫のプレイボーイだよ、と思わずツッコみたくなった。
「あの、マリーさん。それは俺もわかってるんですけど、ほとぼりが冷めるまで王都を離れたいんですけど、いいとこ知りません?」
「そうですねえ……あ! そういえば、もうすぐアレの時期ですね。オーズさんに聞いてみます」
マリーはそう言うと、カウンターの奥にパタパタと歩いていった。
どうやら、奥の部屋を掃除しているオーズに聞きに行ってくれたようだ。
それにしても、マリーと話すといつも癒やされる。
メガネ美人の巨乳なんてマジでどストライクだぜ!
『けっ、スケベ面しやがって、バーカ』
ん?
誰だ?
俺は声の聞こえた方を向いた。
誰もいなかった。
おかしいな、空耳か?
俺はまたカウンターに目を戻した。
『おい、どこ見てんだよ、アホ!』
もう一度視線を戻した。
そこには
「いや、まさか、お前じゃねえよな? ハハハ」
『オレしかいねえだろ、間抜け』
「え!? お前しゃべ……」
「あら、どうかしましたか、アルセーヌくん?」
唖然としていた俺に、マリーは不思議そうに首を傾げて声をかけてきた。
オーズも一緒に後ろにいる。
「いや、ユーリが喋ったんですけど」
「え? ユーリくんは喋れませんよ?」
「え?」
「……お前は何を言っているんだ?」
「え?」
「ニャニャン! ご主人たま! 今日もいっぱい出ましたニャ!」
と言って、レアが騒がしくトイレから飛び出してきた。
呆然としていた俺に、レアは首を傾げて不思議そうに見ている。
「……レア、ユーリって喋れるって知ってた?」
「ニャ? 知りませんニャ。ユーリ兄たまは
「ええ!?」
聞こえるの、俺だけ?
この世界の俺の言語能力って、動物とも喋れるの?
俺はあくびをしているユーリを見た。
『何だよ? 今回は、お前も一緒に行きたいみたいだから、話しかけてやったんだぞ』
「やっぱ、お前、俺のこと」
『あ? お前なんか最底辺に決まってんだろ。調子に乗んなよ、このションベン野郎』
会話の途中なのに頭を足でかいて、俺への敬意はまったくない。
ぐぬぬ!
この犬っころ、やっぱり俺のことナメてやがったか!
「ユーリ兄たま、今日も寒いですニャ。暖めてくださいニャ!」
と言って、レアはユーリに飛びつき、二人(二匹)はじゃれ合った。
「アルセーヌ、お前、俺達についてきたいって本気か?」
オーズは、じゃれ合っている二人をぼぅっと見ていた俺に話しかけてきた。
オーズはかなりの大柄で、年齢は知らないがまだ若いらしい。
そして、妙にゆっくり喋り、独特の訛りがある。
「はい。そうなんですよ、しばらく王都から離れたくて」
「そうか。だが、俺達が行くところは危険だぞ?」
「そうなんですか? 何かあるんですか?」
「ああ、これから冬将軍の時期だからな。これから、俺の実家は忙しくなるんだ」
オーズはかなり真面目な顔をして俺を見ている。
よっぽどやることが多いのだろうか?
冬将軍か。
もう寒くなってきたもんな、この世界に来て、すでに半年も過ぎたのか。
「へえ、冬将軍で忙しいって何かあるんですか?」
「ああ、冬将軍に備えての準備だな。国の外にいる俺達にもほとんど全員、この時期は帰国命令が出ているんだ」
「そうですか、それなら俺も手伝いますよ?」
「うーん、でもなあ。 ……いや、最近はギュスターヴの訓練も受けているし、今のお前なら大丈夫かな。かなりきついけど、いいのか?」
オーズはかなり真剣に考えている。
ただの冬支度なのに何か大げさだな?
まあいいや。
どっちにしろ、ここにいるよりはマシだろ。
「はい! 俺はもうバリバリ働きますよ!」
「あ! ご主人たまが行くなら、レアも行きますニャ!」
レアは俺達の会話に元気にはいってきた。
ユーリとじゃれていて、毛がクシャクシャだ。
『おい、レア! お前はやめとけよ、危ねえから!』
ユーリは、俺に対しての態度とは違って、レアには優しい。
もちろん、何を言っているかは俺にしかわからない。
ユーリはオーズに心配そうな声で鳴いている。
「……いや、大丈夫だ。心配しなくていいぞ、ユーリ。レアは子供だから待機になる」
『ん。それならオレも安心だぜ! レア、初めて一緒に出かけれるな』
「やったですニャ! 楽しみですニャ!」
レアはユーリの背中に抱きついた。
ユーリはシッポがちぎれんばかりにブンブン振っている。
レアを乗っけて、さらに大げさに飛び跳ねだした。
「ケッ! レアと一緒だからって盛ってんじゃねえよ、このエロ犬が!」
『何だと!? 今ここで、てめえのその汚えケツ噛みちぎってやる!』
「もう! アルセーヌくん、ユーリくんと仲良くして下さい!」
マリーに怒られて俺はウッと黙った。
ユーリは、俺がマリーに怒られて勝ち誇ったような顔をしたが、ユーリもすぐにマリーに怒られた。
俺には生意気なユーリも、マリーの前では大人しくショボンとうなだれた。
だが、俺もマリーの前では素直に謝る事しか出来ないのだ。
「ごめんなさい、マリーさん、オーズさんも。俺が行ってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ。一人でも多く力になってくれれば、俺達もありがたい」
「ごめんなさいね、オーズさん。何だか無理矢理押し付けてしまったみたいで」
「い、いや、気にしないでくれ。お、俺は大丈夫だから」
オーズは、マリーと話をしていてキョドって顔が赤くなっている。
あれ?
これはもしや?
「オーズたま! それでどこに行くのですかニャ?」
「ん、ああ。俺の出身地、北のザビエート大陸、海賊国家ロジーナ王国だ」
・・・・・・・・・
この日の夜、とある酒場にて。
ここは大きな酒場で、目立つ正面の舞台には露出の激しい踊り子が何人も踊っている。
そして、小さい丸テーブルが無数にあり、団体用の大きな分厚い樫のテーブル、奥には広いバーカウンター、これだけある席がほぼ満席になっている。
その中、ギュスターヴはバーカウンターに腰掛け、エールをあおっていた。
「よく来たわね、ギュスターヴ。一人かしら?」
異国の血の入ったエキゾチックな踊り子マルゴが、舞台が終わってカウンターにやって来た。
程よく汗に濡れて、艶めかしさが増している。
ギュスターヴは、エールの入っていたジョッキをカウンターに置いた。
「ああ。良い踊りだったぜ、マルゴ」
「あら、お世辞ばっかり。ほとんど、見てなかったでしょ?」
「チッ! よく見てんな」
「フフ。アタシみたいな女は、周りをよく見ないといけないのよ」
そう言うと、マルゴは胸元からカギを取り出した。
「そこで待ってて頂戴、後で行くから」
「ああ、わかった」
ギュスターヴはそう言うと、残りのエールを飲み干し、カギを受け取った。
そして、店を出ると暗い夜道を歩いた。
夜風が冷たく、人通りが少なく感じるようになってきた。
誰もが家路を急ぎ、帰って暖まろうとしている。
さらに暗く、普通の王都の住人が近づかない場所、『バンリュー』と呼ばれるスラム街に近づくと空気は一変した。
このスラム街に至る王都の外れの居住区の入り口では、よそ者を警戒するゴロツキたちが固まってたむろしている。
しかし、ギュスターヴを見るとすぐに警戒を解いた。
よそ者のギュスターヴが通行料の銀貨を一枚渡すと、いつも通りそのまま中に入っていった。
スラム街とは言っても、ここでも貧しいながらも穏やかに暮らす人々がほとんどだ。
ボロボロな壊れかけた家や粗末な掘っ立て小屋からは、明るい子供の笑い声も聞こえてくるほどだ。
ギュスターヴはその中を歩いていき、マルゴから受け取ったカギでドアを開けた。
そして、ギュスターヴは潰れた酒場でひとり待った。
夜も更け、普通の人間ならとっくに寝静まった頃だった。
「待たせたわね、ギュスターヴ」
マルゴは人目を忍んで、目立たない真っ黒いローブを羽織っていた。
「へ、遅かったじゃねえか」
長い間待たされていたギュスターヴだが、落ち着いて静かだった。
マルゴは、ローブのフードを下ろすと、色っぽく小さく笑った。
「ふふ、ひと仕事してから来たからね。相手の旦那も、今はぐっすり赤ん坊みたいに寝てるわ。普段偉そうにしてる男ほど、甘えん坊なのよ」
「ふん、そんなもんどうでもいい。お前が呼び出したんだろ?」
「あら、つまんないわね。もうちょっと会話を楽しめないのかしら」
マルゴは懐からキセルを取り出して、火をつけた。
一口吸って、煙を吐き出すと、すぐに本題に入った。
「じゃあ、そろそろこの間の取引の支払いをしてもらおうかしら?」
「ああ、王子の時の情報料か。いいぜ。俺様に何をさせるつもりだ?」
「それは、また王宮に戻って頂戴」
「何? どういうことだ?」
ギュスターヴは、マルゴの予想外の答えに顔をしかめて首をひねった。
マルゴは軽く笑って、タバコをもう一口吸った。
「ふふ、そのままの意味じゃないわよ。今の王の近衛騎士じゃなくて、次期王になる第七王子についてほしいの」
「へえ? まるでもう、次の王が決まったような話しぶりだな」
「ええ、そのままよ。有力候補だった第二王子は死んで、最有力だった第一王子も派閥の筆頭だったロワールの一派を失って完全に脱落よ。残ったのは、絶体絶命から全てを覆して一気に登りつめた『奇跡の王子』第七王子リシャールとその他だけよ。他に誰がいるのかしら?」
マルゴは、試すようにいたずらっぽい目でギュスターヴを見た。
ギュスターヴは、それを鼻で笑った。
「ふん! なるほど、そういうことか。これが筋書きってわけか」
「……どういう意味かしら?」
「つまり、俺達にはバリーが黒幕と偽って、邪魔なロワールを始末させたんだろ? まったくよ、まんまと騙されたぜ! あのバリーの愛人は替え玉、お前が本物の愛人だな?」
「へえ、よくわかったわね」
「まあな。あのメチャクチャな裁判は、間違いなくロワールを嵌めるためだろ。そして、ロワールの代わりにフォアを据えて、第七王子を次の傀儡にするためだな。多分、あの夜語った復讐の動機も嘘だろ?」
「……ふふ、正解よ。完全に嘘ってわけではないけどね。でも、あの話にあんたのお友達は感動して、すっかり騙されたでしょ?」
マルゴはほうっと感心したように、タバコを吸いながらギュスターヴを暗い笑顔で見た。
ギュスターヴは舌打ちをして、マルゴを睨みつけた。
「チッ! 別にジャックはダチじゃねえよ。だが、あの状況でよくもあんなにスラスラと嘘をつけたもんだな?」
「あら、それは褒め言葉かしら? でも、嘘をつくわけがないと思う状況だから余計に騙されるのよ。真実も混ぜ合わせれば更にね。それに、女は平気で嘘をつく生き物よ」
「そいつは間違いねえな。それにな、高級娼婦のくせに、こんなスラム街に潰れた酒場を持ってる事自体おかしいだろ。本当はお前は何者だ?」
ギュスターヴは警戒したように、軽く腰の剣をわざと見せた。
しかし、その様子をマルゴは軽く笑って受け流した。
「アタシはただの娼婦よ。この酒場も、こないだの件の仲間から借りただけよ。アタシはただ、人の不幸を見るのがちょっとだけ好きなのよね。特に、変えられない運命に逆らおうとする人間ほど滑稽なものはないわ」
「ケッ! 歪んでやがるな。まあ、それもどこまで本当かどうかわかんねえけど。とりあえず、今はそういうことにしてやるよ」
「……他に、まだ何か聞きたいことがあるかしら?」
「なんか、もう俺様がやるって決まった口ぶりだな?」
「カンのいいあんただからもうわかってるでしょ? この計画は、大きい組織が絡んでるって。断れないわよ?」
マルゴは不敵に、今までとは違った笑いを顔に浮かべた。
ギュスターヴは顔をしかめて、更に声を低くした。
「脅しのつもりか?」
「脅しになるか、ただの頼みごとになるかはあんた次第よ? どっちを選ぶかで誰かが不幸になるかもね」
「……ふぅ、そうだな。やるしかなさそうだな」
ギュスターヴはため息をついて承諾した。
「それじゃあ、また会いましょう」
そして、満足した笑みを浮かべたマルゴが去っていくと、ギュスターヴは一人、部屋の中に取り残された。
(へ! やっぱ王家に関わると碌なことがねえや)
そして、椅子に大きくもたれかかり、大きなため息をついた。
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