ジークフリート編 第2章 聖騎士七聖剣 ~最強への道~
第1節 喧嘩
僕は、聖教会圏で一躍有名人となってしまった。
これは、僕が竜王軍の四天王、暗黒竜オプスキュリテを一騎打ちで倒したことを新聞に書かれたことから始まった。
そこから、別の劇作家が来て、僕に色々と話を聞いていった。
僕はうまく受け答えが出来なかったみたいで、その作家は僕についての物語を面白おかしく書いてしまったようだ。
そして、その話が舞台劇に使われたり、吟遊詩人が歌ったりして、聖教会圏全土で楽しまれるようになってしまった。
そのせいで、世界で一番危険な街であるはずのマルザワードには、多くの人々が僕を見るために集まるようになってしまった。
僕が街の見回りをしていると、屈強な傭兵や一癖ありそうな冒険者達から握手を求められた。
中には、腕試しに戦いを挑んでくる者もいたほどだ。
どの挑戦者も軽くあしらえる程度のレベルだが、立ち会いの終わった後には、みんな僕を崇拝するような目で握手を求めてきて、お礼を言いながら去っていく。
まるで、僕に挑戦することが勲章であるかのように思っているようだ。
また、下着のような格好をした薄着の女の子たちも、僕を見かけるとキャーキャー言いながら手を振ってくる。
僕も手を振り返すのだが、肌の露出の大きい若い女の子たちへの目のやり場に困り、僕は真っ赤になりながら逃げるようにその場を立ち去った。
僕は今まで年頃の女の子とはまともに話をしたこともないし、どう扱えばいいのかわからなかったからだ。
この年になるまで、生家の敷地から外に出ることはほとんどなく、話をするのは使用人や従者である従兄弟のヨハンぐらいだった。
使用人たちは、要件を話すだけの関係だったけど。
その中でも、ヨハンだけは僕に懐いていたと思う。
そのヨハンも来月には成人になり、聖教会の騎士になるそうだ。
シグムンド先生が生前、ヨハンについて剣の才能はあるとおっしゃってはいたが、聖闘気を使うことが出来ないので、一般の教会騎士からのスタートになるだろう。
僕としては、弟みたいな相手が自分を慕って、同じ仕事仲間になろうとしてくれていることは嬉しく思う。
さらに、僕は有名になりすぎたせいで、フランボワーズ王国の終戦記念日のパレードに出ることにもなった。
しかも、主役中の主役の勇者役になってしまい、僕は大いに戸惑った。
僕は緊張しすぎていて、本番では何も覚えていない。
僕が覚えていることは、パレード前日にフランボワーズ王国の聖教会に転移した時に、ジル・ド・クランが跪いて出迎えてくれたこと。
その時に、マルザワードにいた時の調子でまた僕のことを讃えたこと。
普段は厳しすぎて近寄りがたい上官の意外な姿を見て、ジル・ド・クランの部下たちは唖然としていたけど。
他には、パレードの後に、僕の見たことも聞いたこともない許嫁をフランボワーズ国王が僕に紹介しようとした時のことぐらいだ。
しかし、相手の王女がどこかに行ってしまって会えなかったが、僕はこれ幸いとマルザワードに引き返した。
この時の王は、臣下に対してツバを飛ばしながら怒鳴ってはいたが、僕はどうでも良かった。
僕はこの癇癪持ちの王が初めて会った時から好きになれないし、あまり関わり合いになりたいとも思わなかったからだ。
僕はマルザワードに帰ると、また騒がしい日々に戻っていった。
あの竜王軍の襲撃以来、大がかりな戦闘はなかった。
獣王軍との小競り合いは、日常茶飯事で、通常は傭兵ギルドや連合軍で事足りた。
稀に、名のある獣人や魔獣がいれば、聖騎士、そして僕自身も出陣した。
だが、魔王軍は竜王軍の襲撃直後に様子見に現れただけで、全く姿を見せず不気味なほど静かだった。
ある日、僕がオリヴィエ・ド・シュヴァリエとともに、街の見回りをしていたときのことだ。
彼とはもう、友人と言ってもいい間柄だ。
この日の見回りも、本来は下の立場の者がするのだが、小隊長のオリヴィエは事務仕事の気晴らしについてきた。
僕自身も、先日の攻防戦での功績を認められ、比較的自由な立場である遊撃騎士の地位を貰った。
マルザワードの責任者、聖騎士隊隊長のライアンは、僕の力を聖騎士の一個小隊に匹敵すると考えたようで、様々な状況に対応できるようにするために、この地位にしたそうだ。
特に権限はないが、隊長でしか僕に命令を出来る者はいないという不思議な立場だ。
僕とオリヴィエが街中を歩いていると、人だかりができていた。
「あれ? 何でしょうね、これは?」
「なんだろうな? ……すまない、通してもらってもいいか?」
オリヴィエが前の野次馬に話しかけると、始めは鬱陶しそうな顔をした。
しかし、僕たちが聖騎士だと気づくと前をあけてくれ、次々と海が割れるように前が開けた。
人だかりの中心では、数人の男たちが喧嘩をしているようだった。
「おう、てめえ、オレ達が何だって!?」
男たちは、皮の黒いジャケットの前をはだけて羽織り、金属製の肩パッドには鋭いトゲが無数についている。
頭の両脇を剃り上げ、残った髪の毛を大きく逆立たせていた。
何とも珍妙な格好だが、傭兵ギルドだとひと目で分かるほど特徴的だ。
「ガハハ! だってヨ、その格好マジで笑っちまうゼ。それ、本気でやってんノ?」
相手の大男は、傭兵ギルドの連中の格好をバカにするように、大声で笑っていた。
聖教会圏の共通語には、聞いたこともない訛りがある。
分厚い鉄の塊ような斧と盾を背負い、
頭には大きなトナカイの角をつけた兜、全身は筋肉で膨張しているかのように太い。
まさにオーガに匹敵する体格だ。
「あの、オリヴィエさん、あの男本当に人族なのですか? まるでオーガですよ」
「ああ、あれでも一応は人族だ。あの格好はおそらく、北の大陸のロジーナ王国の出身だろうな。巨人の血を引いていると言われるほどの巨躯な人種だ」
「え? ロジーナって海賊国家ですよね? その人間が堂々と歩いていていいのですか?」
「それは、問題はない。ここはマルザワードだからな。人族で規則さえ守っていればな」
僕は、冷静に答えるオリヴィエの、マルザワードだから、の一言で納得した。
この地は、最も危険な最前線基地である。
戦力にさえなれば、どの国の人族であろうと受け入れる。
例え、犯罪者の海賊であろうと。
「何だとてめえ! てめえがオレ達傭兵ギルドに入りてえって言ってきたんじゃねえか!」
「でもヨウ、そんな格好するなら、やっぱやめるワ。それか、服装自由なら入るゼ。ガハハ!」
怒り狂う傭兵ギルドの連中は、額に血管を浮かび上がらせて怒鳴っている。
相手の大男は悪びれもせずに、大声で笑っていた。
「ふざけんな! こいつがオレ達傭兵ギルドの制服だ! 服装自由なのは幹部以上だけだ!」
「おお、そうカ。じゃあ幹部にしてくれたら入るワ!」
「ナメんな! てめえの格好だっておかしいじゃねえか。なんだよ、その兜は! ソリでも引こうっての……あべし!?」
傭兵は、大男の拳で道の反対側の酒場まで吹っ飛ばされていった。
傭兵は倒れたまま、ピクピクと痙攣している。
「な!? てめえ、傭兵ギルドナメんな! やんのか、コラァ!?」
「%@#? @&! @#$#@&%$@**!」
大男は何を言っているのかわからないが、自分が先に相手をバカにしていたことを棚に上げて怒り狂った。
次々と加勢に来る傭兵たちと大乱闘を始めた。
「……あの、オリヴィエさん、これ止めたほうがいいですよね?」
「いや、大丈夫だ、ジーク。当直の聖騎士たちが来た」
二人の見回りの聖騎士たちが、急いで駆けつけてきて間に入った。
「コラァ! お前ら何をやっているか! 今すぐやめろ!」
聖騎士には治安維持の業務もあるので、これも仕事の内だ。
荒くれ者の傭兵たちは興奮しているが、さすがに聖騎士に逆らうほどバカではない。
大男を睨みながら、大人しく従っている。
「おお! もしかして、聖騎士カ? ガハハ、いいねえ、あんたらも混じるカ?」
大男は悪びれる様子もなく、聖騎士たちを挑発した。
その様子に、当直の聖騎士たちは自分の持っている剣に手をかけた。
聖騎士には、治安維持違反者をその場で処罰する権限もあるのだ。
「お前たち、落ち着け」
「シュヴァリエ小隊長!? それにジークフリート殿まで」
いつの間にか、オリヴィエは前に出ていた。
僕はその場でぼんやりと見ていたが、慌ててオリヴィエの横に並んだ。
他の聖騎士よりも、オリヴィエの方が格上だと見たのか、挑発するようにニヤリと笑った。
「おお? お偉いさんカ? まだ若そうなのにたいしたもんだナ。ガハハ!」
「……ふぅ。あんまり挑発するな。お前を牢に入れなくてはいけなくなるぞ?」
「うん? そいつは困ル。来てすぐに牢屋にブチ込まれたラ、オヤジにぶっ殺されちまウ」
「お前が何がしたかったのかは、私にはわからん。しかし、お前が先に挑発して手を出したのだ、一部始終は見ていたぞ?」
「でもヨ、この自慢の兜をバカにしやがったから、ついキレちまってサ」
大男はオリヴィエの指摘にバツが悪そうに言い訳をした。
こうやって見ると、乱暴者なだけで邪悪な感じはなさそうだ。
しかし、傭兵たちは納得がいかなそうに睨みつけている。
「やれやれ、こいつはどうなっとるんだ?」
次に、この場に現れたのは、小柄だが妙に眼光の鋭い老人だった。
上下の真っ白なスーツ、白いツバの小さいシルクハット、白い光沢のある靴を履いている。
隣りにいる小男は黒髪で、細い目をした平たい顔立ちををしている。
見たこともない、蛇のような龍をあしらった赤い道着を着ている。
「ボス! すんません。オレ達は……ひぃっ!?」
傭兵たちは言い訳をしようとしたら、老人の隣の小男に睨まれ、言葉を失った。
明らかに、只者ではない殺気を放っている。
「お前たちは何をやってルカ! マスターに恥をかかせる気アルカ!」
「やめとけ、チェン。どうやら相手はヴァイキングだな。こいつら如きじゃ相手にもならん」
隣りにいる傭兵ギルドマスターに止められ、チェンという男は口を閉じ、直立不動で静かに控えた。
本で読んだ程度の知識だが、この小男はシーナ帝国の人族のようだ。
シーナ人は、ルクス聖教とは別の宗教を信仰しているが、これも先程と同じ理由でこの地では傭兵働きは可能だ。
ここは本当に人種のるつぼだ。
「これは、ドン・コローネ殿。傭兵ギルドマスターが直々にお出ましとは」
「ふん! 『聖帝』の小倅か。おめえさんのオヤジは元気にしとるか?」
「ええ、父上は息災ですよ。いまだに元気すぎて困りますが」
オリヴィエはそう答えると苦笑いを浮かべた。
コローネはその答えを聞いて大声で笑った。
オリヴィエとコローネは顔見知りのようで、オリヴィエの父親の事で知り合ったようだ。
僕は会ったことはないが、ライアン隊長の前任者であり、聖騎士引退とともに『七聖剣』の地位もライアン隊長に譲ったそうだ。
当代一の大英雄と言われているが、地位や権力に興味がなく、あっさりと聖騎士を辞めたらしい。
その理由を息子のオリヴィエは話したがらない。
「ワッハッハ! だろうな。あやつはそう簡単には丸くならんか。 ……それにしても、うちのバカどもが迷惑をかけたようだな?」
コローネは、集まっていた傭兵たちを舌打ちをしながら、睨みつけた。
傭兵たちは、この老人のひと睨みに体を震わせた。
「いえ、我々も仕事ですから。それに、この地では多少血の気が多いぐらいじゃないと生き残れませんよ」
「そうかい、そいつは助かるな。それで、あそこのでかいのはどうするつもりだ?」
コローネはまだ暴れたりなさそうに、退屈にしている大男を顎で指し示した。
オリヴィエも、その大男を見ると困ったような顔をした。
「そうですね。尋問官に引き渡して、それから処遇を決めようかと思っていますが」
「ふ、ならば儂らにくれんか?」
コローネの目がギラリと光った。
何か良からぬことを考えているようだが、オリヴィエにあっさりと見破られた。
「それは出来かねます。いくらこの地がマルザワードとはいえ、私刑を認めるわけにはいきません」
「儂でもダメか?」
「ダメです。いくらマルザワードのヌシとはいえ、無理なものは無理です」
オリヴィエはきっぱりと断った。
コローネは何か言葉を発しようとした時に、先にオリヴィエは機先を制した。
「ですが、納得できないようでしたら、マルザワード独自の法があります」
「おお、アレか!」
「はい、アレです。ただし、双方納得しなければいけませんが」
コローネは傭兵の一人に合図をすると、その傭兵は急いでどこかに走っていった。
戻ってきた時に、紙とペンを手に持っていた。
そして、コローネは退屈そうに地面に座り込んでいた大男の元に歩いていった。
「なあ、おめえさんよ。まだ暴れたりねえか、ん?」
「おお? まだまだだゼ!」
大男は突然話しかけられて戸惑った顔をしたが、元気に反応した。
コローネはそれを見て、悪そうな顔で笑った。
「そうか、そうか。もっと暴れさせてやるけど、今度はもっと強えやつが相手だぜ?」
「おお! 望むところダ! オレはそのためにここに来たんダ!」
大男が嬉しそうに叫んだ時に、コローネはしたり顔でニヤニヤした。
コローネは、そのまま大男にサインをさせようとしたら、オリヴィエに止められた。
「コローネ殿、何の説明もなしに、サインをさせてはダメです」
「なんだ、細けえな。おめえさんのオヤジはもっと大雑把だったぞ?」
「……私は私です。父上とは違いますから」
「けっ、わかったよ。そいじゃあ、でけえの。おめえさんは、これからうちのとびっきりの傭兵と決闘をしてもらう。それで、勝ったら無罪放免、負けたら首をもらう。どうだ?」
コローネは簡単に説明をして大男の方を見た。
大男はその言葉を少し考えて口を開いた。
「デモ、オレが勝ってもいいことがないゾ?」
大男のこの言葉は少し意外だった。
もっと考えなく飛びついてくるかと思った。
コローネも意外そうな顔をしていた。
「……わかった。じゃあ、おめえさんが勝ったらうちの幹部にしてやる。それでいいか?」
「ううン? それでもいいヨ」
大男は一瞬悩んだようだが、すぐに納得した。
コローネはニヤリ笑った後、大声で叫んだ。
「よし、決まりだ! 立会人は、シュヴァリエのおめえさんに頼むか?」
「いや、オレが立会人をやろう」
後ろの方から声がした。
この場にいた全員がその声の方を向いた。
「ライアン隊長!?」
「ほう? 聖騎士のトップが出てきたか。どういう風の吹き回しだ?」
「別に? マルザワードの『毒蛇』が仕組んだ決闘だ。俺が立会人をやったほうが公平だろ?」
「……別に問題はねえよ」
コローネは、ライアン隊長に企みを見抜かれたようで、プイッとそっぽを向いた。
こうして、傭兵ギルドとヴァイキングの決闘が行われることになった。
公平な決闘になるように、オリヴィエは誓約書を書いていた。
「そう言えば、あんたの名前は?」
「オレは、エイリーク、エイリーク・ゴーム!」
エイリークは自分の名前を言うと、実に楽しそうに笑った。
この最前線の地は、たった一人の流れ者によって 聖騎士隊や傭兵ギルドを巻き込み、大きく動こうとしていた。
そして、僕自身、この流れの中に巻き込まれることになるとは、この時は露ほども思わなかった。
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