幕間2

天上界にて2

「うーん、うーん、わかりません! わたくしには全然わかりません!」


 この世界の創造主、美の女神イシス・エメラルドは世界の観測所で唸りながらゴロゴロ転がっていた。


「……イシス、あんた、何やってんの?」


 運命の女神クロートー・アパタイトは床で転がっているイシスを呆れた目で見ている。


「はれ!? ロティちゃん、いつ来たの!?」


 イシスは、クロートーが観測所の入り口で呆れた目で見ていることに気がついた。

 転がるのを止めると、イシスの豊満な胸に抱かれていた大きなパンダのぬいぐるみを床に放り投げた。


 チッ!

 あの白黒の野郎、あざとい顔をしやがって。

 ワシ(神王)だって、あの弾性限界の放物線の中に顔をうずめたいのに。


 おっと!

 いかんな、興奮したらあやつらにバレるかもしれん。

 うむ、おとなしく監督をしなければな。


「いつって、あんたがウンウン唸りながら転がってるところからよ」


 クロートーはまだ呆れた顔をしている。


「だって、ロティちゃん。なんであんなにいっぱい人が死んじゃったの?」


 イシスは何とも泣きそうな顔になっている。

 そして、自分の創造世界をクリスタルの画面からクロートーに見せた。


 映っていたのは、アルセーヌ・ド・シュヴァリエがヴィクトリア・スチュアート・ヴェルジーにキスをされるところだったが、一気に巻き戻って、決闘裁判の後の粛清の様子が映しだされた。


「ふーん。なんだ、こんなことか。人間なんて、いつも殺し合いばっかしてるじゃない」


 クロートーは、次々と映し出される粛清の場面を意に介してはいないように、鼻で笑った。

 イシスは、クロートーの無遠慮な発言に頬を膨らませた。


「それがわかんないの! なんで人間たちが、同族殺しをするのかがわかんないの!」

「あたしだって知らないわよ、人間じゃないんだから。多分、殺すことが楽しいんじゃないの?」

「うう。でも、もっと楽しいこともあるよ。美味しいもの食べたり、歌ったり、踊ったりしたり、愛を語り合うのもあるじゃない! それに、わたくしは宗教を作れなんて、お告げをしたことないよ! どうしてそんな嘘つくの?」


 イシスは、子供のように腕をブンブン上下に振っている。

 クロートーは、イシスのその様子を呆れて見ていた。


 確かに、人間というのはどの創造神が創っても、必ずと言っていいほど毎回殺し合いをし続ける。

 ワシの創った世界だって、人間たちは何度も文明を作っては壊してを繰り返してきた。


 ワシだって、一時期はそれで悩んだこともあった。

 人間が堕落してくると、ワシは怒って全てを破壊し、何度も一から創り直したりもした。


 しかし、ワシはある時、自分が関わらないほうがうまくいく気がして放置してみた。

 その時に、世界の管理者をある人間の女の子供として体に宿らせた。

 その子供はワシの息子と勝手に名乗り、宗教を作ったが、なんやかんやと色々とあって世界中に広まった。


 後の時代の連中が、ワシの名のもとに勝手に戦争を起こしたりしたこともあったが、その世界は存続している。

 問題はまだ色々とあるようだが、基本的にうまく回っているようだ。


 そこで、ワシは悟ったのだ。

 過保護は良くないのだと。


 だがイシスよ、今は大いに悩むのだ。

 お主の道は必ず開ける時が来る。

 そして、いずれ真理に辿り着くのだ!


 おや?

 ワシが夢想にふけっていたら、イシス達はソファーに座って、またクリスタルで創造世界を眺め始めていた。

 今回の陰謀事件のおさらいをしているようだ。


 イシスは意外と真面目で勉強熱心なのだ。

 しかし、それを生かしきれないほど残念な頭の持ち主なのが、玉にキズなのだが。

 だからこそ、ついつい可愛がりたくなってしまう。

 決して、下心ではない!


「それにしても、このアルセーヌという男は調子だけはいいわね。何なのこいつ、神王のエロクソジジイの世界にいた時に何やってたの? 売れない芸人?」


 この無乳、またワシのことをエロクソジジイと呼びおったか。

 そろそろ本気で懲らしめねばならんか?


「もう、ロティちゃん。神王様をそんな風に呼んだらダメだって。 ……アルセーヌ様は何やってたっけ? ええと、あれ、ワインの人!」

「……ワイン? ああ、ソムリエか。道理で、ああ言えばこう言う、わけだわ」

「そうそう、ソムリエ! わたくしはお酒の味がわからないけど、なかなか難しいお仕事みたいだね」

「うん、イシスみたいな子供舌じゃ無理ね。飲みながらポエムも言えないとダメなんでしょ?」

「そんなことないみたいだよ。わたくしが世界の管理者を選ぶ時に見てたけど、そこまでしてる人はいなかったよ」


 む?

 こやつら真面目に勉強しているのかと思ったら、雑談をしているではないか。

 しかも、男の話か。

 つまらん。


 イシスのやつが、どこから手に入れてくるのかわからないが、こやつらはまたケーキを頬張っている。


 ちなみに、ワシら神は食事を取らなくても生きていける。

 人間とは違って、神は栄養を取る必要はないのだが、イシスみたいに味を楽しむ神は多い。

 いつも酔っ払って女神たちにちょっかいを出す、バッカスという変わり者もいるぐらい飲食を好む神は多いのだ。


 神々というのは皆、人間からしたら、永遠に近いほど寿命が長いので、自分の楽しみに興じるマイペース揃いである。

 その証拠に、神々の中では真面目なイシスでさえ、すでに目的を忘れて遊び惚けている。

 隣の貧乳に至っては、いつも何をしているのかわからないほどだ。


「それにしても、なんでこんな男がモテるのかしら?」


 いつの間にか、二人は最後の場面のキスシーンまで来ていた。

 この王女はまだ子供だが、母親の王妃の程よく突き出した胸を見ると、将来は有望である。


「やっぱり、かっこよくて、強くて、優しい人はいつの時代でもモテるよ」


 鼻歌を歌いそうに、イシスは自分の選んだ管理者を自慢して浮かれている。

 ワシは男なんぞ興味はないが、クロートーはイシスの発言に(?)というような顔をした。


「ちょっと、待ちなさいよ、イシス! 確かに、今の肉体は見た目はいいわよ。百万歩譲って優しいということにしておきましょう。でも、全然強くはないわよ!」

「でも、アルセーヌ様は強くなってるよ。もちろん、聖騎士にははるかに及ばないけど、並の騎士よりは強くなってるよ。人間の中では、いい線いってると思うよ」

「うーん、確かに、初日にチビリながら泣いてた頃に比べれば、マシにはなってるわね」


 クロートーが渋々認めると、イシスは弾けんばかりの笑顔になった。


「でしょ! やっぱり、あのダイヤモンドの魂の色は間違いないんだから! それに、お隣のアクアマリンの女の子と相性もいいし、オパールのネコちゃんも一緒にいると面白くなるんだから! それに、どんどん魂の結びつきも強くなってきてるし、今回もまたいっぱい新しく繋がったし! ダイヤモンドの魂は、他の魂を自然に惹きつけるの! そうなの! 魂の結びつきは、信じられない奇跡が起きるの! おかげで、くすんでいたガーネットの人もまた輝き出して、アメジストの人と……」

「……はぁ、あんたの魂マニアにはついていけないわ」


 クロートーは、登場人物たちを宝石に例えて熱く語るイシスに、呆れてため息をついた。


 イシスは、どうも魂というのが大好きなようで、魂の色を宝石に例える傾向がある。

 そして、その魂を持つ人間や他の動物、植物全ての生き物をよく眺めている。


 神々の中では、最も自分の創造世界を見ているのかもしれない。

 ほとんどの創造主は創ったらそのまま放置で、管理者たちに任せっきりにする者が多いのだ。

 そういう点では、イシスが最も熱心な創造主かもしれない。

 しかし、空回りが多くて、想像もつかないドジをやらかすので、上に立つワシは常にハラハラして見ている。


「でも、観察してみると、人間も神とちょっと似てるんじゃないかと思うんだよね」


 イシスの問題発言に、クロートーは顔をしかめた。


「はぁ!? どこがよ!? そんなこと、他の神が聞いたら怒るわよ?」

「うーん? うまく説明できないけど、誰かを愛したり憎んだり、何かを作ったり壊したり、わたくしたち、神々がやっていることに似てると思わない?」


 クロートーはイシスに言われて少し考え込んだ。


「そう言われればそうね。自分の欲に忠実という部分は、天上界にいるろくでなし共に似ているわね。特に、力のある人間ほどそうね」

「そうでしょ! だから、あんなにひどいことしたのかな?」


 イシスは少し暗い顔をした。


「そうでしょうね。権力ってのは、簡単に他の人間を操れるから魅力的なんでしょ。でも、大丈夫よ。こんなの人間の歴史だと、よくあることみたいだから。これぐらいじゃ、世界は崩壊しないわよ」

「ありがとう、ロティちゃん! わたくしを心配してくれていたの?」

「べ、別にそんなんじゃないんだから!」


 クロートーは恥ずかしそうに赤い顔になった。


「嬉しい! ロティちゃん、大好き!」


 イシスは感激のあまり、クロートーに抱きついた。

 クロートーは、イシスの爆乳兵器によって顔が埋まり、息苦しそうにもがいている。


 チッ!

 女神同士でイチャイチャしよって、ワシにも抱きついてきてほしいわい。

 ……むぅ、見ていたら、何だかムラムラしてきおったわ。

 久しぶりに、帰って嫁でも抱くか。

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