第十六節 裁判

 俺は今、裁判の傍聴席に座っている。


 あの王女の誘拐事件の後、俺は三日も寝込んでいたらしい。

 そこまで無理をした覚えはなかったが、魂の力はすでに限界を超えていたようだ。

 またしても、ロザリーに無理しすぎだと怒られてしまったのだが、多分闘気の光をあんなに長距離使ったのがいけなかったのだろう。


 俺は、自分でも意図して使ったわけではなかったが、今考えるとよく生きてたものだと思う。

 しばらく寝込んだのも、副作用だということにしておけばいいだろう。


 俺が目の覚めた日に、ちょうどジャックが帰ってきた。

 捜査班も色々と厄介なことがあったらしく、ずっと帰ってくることが出来なかったそうだ。


 だけど、何かを掴んだみたいで、意気揚々とした感じだった。

 さらに、俺達が捕まえた裏切り者のクロードからも何か情報を得たみたいで、この裁判へと持ち込むことが出来たようだ。


 クロードたちが王妃を裏切って、王女を誘拐した事を知った時のジャックのブチ切れ具合は洒落にならなかった。

 人相が変わって、クロードを痛めつけた。

 止めるのにどれだけ苦労したことか。

 もしクロードがすぐに吐かなかったら、拷問した後、殺していたかもしれない。


 もちろん、ギュスターヴもフィリップも無事に合流できた。

 ギュスターヴには、要領が悪いだの無茶し過ぎだの、護衛対象の王女を危険に晒すなんて言語道断だと散々怒られたが、最後に照れくさそうによくやったと小さい声で褒めていた。


 まったく、あのおっさんはツンデレかよ。


 俺は細かい捜査のことは聞いてないし、どうせ聞いてもわからない。

 王妃はいい知らせが聞けたみたいで嬉しそうだし、ギュスターヴたちは自信満々なので、それで良しとした。

 なので、俺はおとなしく裁判を傍聴することにした。


 裁判の会場は、王が座る玉座のある謁見の間。

 玉座は透明なクリスタルの原石を加工して使っているようだ。

 座り心地がいいのかは俺にはわからない。


 床面より数段高くなっているその玉座には、すでに脂肪の塊のような王が退屈そうに座っている。

 この醜いゴム風船みたいな奴から、バービー人形みたいに可愛らしい王女が生まれてきたのが不思議でならない。

 それに、あの美しい王妃がこんなブタに……

 ……いや、これ以上はやめておこう。

 いくらでも貶す言葉が出てきてしまう。


 とりあえず、俺はジャックとギュスターヴと共に傍聴席に座っている。


 玉座を正面にすると、対面に証言台があり、証言台を突き抜ける通路の先に出入り口の両開きの大扉になる。

 この通路の両脇に傍聴席がある。


 なぜかはわからないが、雰囲気を出すためか傍聴席の最前列の所々に旗が掲げられている。

 玉座の横にもあるので、多分、王家の紋章なのだろうか、花みたいなのが描かれている。

 曖昧な記憶だが、フランスでよく見たのに似ている気がする。


 玉座の後ろの大きなステンドグラスの光が、傲慢そうな王をさらに偉そうにしている。


 この場には、奴隷身分のレアや平民のロザリーとフィリップは連れてくることは出来なかった。

 傍聴席にいるのは、みんな貴族以上の身分の者たちだった。


 王妃は、正面にある王が座る玉座の横の一番下の席に座っている。

 他にも玉座の中段下の両脇には多分大臣たち、他の王妃も一番下の逆側の席についていた。

 王女は来ていなく、離宮で他の使用人やレアたちと裁判の結果を待っている。


 俺がどうして来れたかというと、王妃は俺の生家を探し出したみたいで、どうやら俺は、辺境伯という身分の家の次男らしい。

 辺境伯のシュヴァリエ家というのはかなりの名家らしく、この国の南部を掌握しているみたいで、王家でも一目置かれているそうだ。

 そんなこと言われても、俺にはよくわからないし、裁判に来れてラッキーぐらいにしか思えない。


 こうやって、傍聴席の人間観察をしていると、鉄の鎖の手錠を付けられた第七王子が、派手な金ピカの鎧を着た騎士に連れられて入ってきた。

 各要所に控えている騎士と同じ系統の鎧なので、多分近衛騎士なのだろう。

 王の隣の近衛騎士は、他の騎士よりも赤みがかった鎧を着ていて、ただそこにいるだけで不思議なオーラが感じられるほど別格感がある。

 さらに、フルフェイスの兜をかぶっていて顔が見えないが、体格としては小柄のようだ。


 初めてみた王子は、青白く明らかなインドア派の少年だった。

 王妃と王女と同じ血筋とは思えず、黒髪のあばた顔で顔の左右が歪んでいる。

 体格はヒョロくてすぐに折れそうではあるが、顔の作りは王によく似ていると思う。

 体に障害でもあるのだろうか、杖をつき腰も曲がり、足を引きずりながら歩いていた。


 王子が証言台の前に来ると、王子を連れてきた近衛兵によって手錠が外された。

 そして、王が起立すると、傍聴席の全員がそれに合わせたかのように起立をした。


「余、ヴェルジー家、ルイ15世。偉大なる光の御使いの末裔、偉大なる国家フランボワーズ王国国王として裁判長を務めることを宣言する。有罪なる時は神の罰を」

「我、ジラール家、シャルル。偉大なる国家フランボワーズ王国宰相として裁判の進行を公正に行うことを宣言する」

「我、ロワール家、ジャン。偉大なる国家フランボワーズ王国大法官として裁判が公正に行われることを監視することを宣言する」


 王と宰相(痩せ型の体型で神父のような服装、三銃士のリシュリュー枢機卿役をやっていたピーター・カパルディに少し似ている)、大法官(まるでタヌキのような体型だが、顔立ちは整っていて昔は美男子だったのかもしれない)が宣誓をすると着席し、場内にいる人間もまた全員着席した。


 そして、裁判は始まった。


「ヴェルジー家のリシャール。ジャンヌ第一王妃が貴方を、シャルル第二王子殺しとして訴えた。その罪を認めるか?」


 進行役の宰相は席に座ったまま、尊大に王子に質問を投げかけた。


「いいえ」


 質問をされた王子は、下を俯いたまま答えた。

 声は低い気がするが、場内によく響き、奇妙な力を感じる。


「それでは誰が?」

「それは、私が知る限りではわかりません」


 その回答が情けないと思ったのだろうか、場内で失笑の声が聞こえた。


「では、ジャンヌ第一王妃は最初の証人の召喚を」


 そこでやってきたのは、第二王子派の貴族なのだろうか、豪華な服を着込んだ偉そうにニヤついた背の低い若い男だった。

 色々と話をして、最後にこう締めくくった。


「……私が他の王子たちや他の招待客と談笑をしていますと、リシャール第七王子はシャルル第二王子の盃に毒見役を使わず、自分の手から注いでいる所を目撃いたしました」


 その証言の後、場内ではため息のような唸る声が聞こえた。

 これは、第二王子も迂闊すぎるし、第七王子も常識はずれの行動だったのだろう。

 このため息は、両王子に対する非難の声のように聞こえる。


「被告人、それは本当のことであるか?」

「はい、本当のことであります。しかし、私は毒など盛ってはいないし、そのぶどう酒を飲んだ兄であるシャルル第二王子は、その後も私と楽しく談笑しておりました。それに、証拠となる私が注いだというその毒入りの水差しが見つかっていない、と聞きましたが?」


 第七王子は根暗そうな見かけとは違って、饒舌に話し、相手の痛い所をついてきた。

 証人は、うっと怯んだ顔をしたが、進行役の宰相は質疑を続けた。


「証人、それは、本当のことであるか?」

「はい、残念ながら、まだ見つかってはおりません。ですが、当時のリシャール第七王子の従者もまた、行方不明らしいので、おそらくその者が隠し持っていると思います」

「思う、では証拠にならないのではありませんか? そのような推測の話で、私を犯人扱いとはおかしな話ではないでしょうか?」

「し、しかし、状況的には、あなたしか毒を盛れる人間はいないはずです!」

「静粛に! お互いに機会が来るまで、勝手に発言しないように」


 進行役の宰相は二人の発言を止めた。


「では、証人は下がりなさい」


 第二王子側の証人は、下がる時に第七王子を口惜しそうな目で見ていた。

 ここからでは第七王子の顔が見えないが、俺なら内心ほくそ笑んでいる。


「次の証人を」


 次の証人は多少は身ぎれいにはしているようだが、決して美人とは言えない貧相な体の中年の女だった。


「私は、先日の祝宴で料理をさせていただきました。当日の朝、リシャール第七王子様が手土産に肉をお持ちいただいた時に、『よく肉を焼いて下さい、悪い虫が住んでいるので、生のままだと毒がありますからね。死人が出たら困ります』と言って笑っておいででした」


 証人の女は緊張しているのか声がうわずっていた。

 この証言に、傍聴人の間にざわめきが起こった。


「被告人、この証言は本当か?」

「はい、本当です。しかし、祝宴の時にはよく焼かれておりましたし、毒も検出はされませんでした。なので、私の持ち込んだ食材には何の問題もないはずです。やれやれ、ただの冗談もわからないとは」


 王子はこの証人の発言を小馬鹿にしているような口調だった。

 これは、わざと挑発したのか?


「ふむ、証人、まだ何かあるか?」

「は、はい! その、食材を持ち込まれた時に、第七王子様は厨房の中を歩いておられました。その時に食器や調理道具なども手に取られて……あ、あと! あの問題となっているぶどう酒を入れる水差しも。き、きっと、その時に毒を仕込んだに違いありません!」


 証人の女は、小馬鹿にされたことに気づいたのか、少し強めの口調になっている。


「なるほど、被告人、これも本当か?」

「はい、これも真実です。ですが、これも事実無根の言いがかりです。私にとっては厨房の中に入る機会などありませんからね、物珍しかったのですよ。それに、私がどうしてその水差しを会場で見分けることが出来るというのです? ぶどう酒の水差しなど無数にあるのですよ?」


 王子はまだまだ余裕があるように、証人をバカにしたような口調だった。

 証人の女は、これによって顔が真っ赤になった。


「で、ですが! 王子様は解毒薬を持っていたではありませんか!」

「それでは、私が全ての水差しに毒を盛ったと言いたいのですか? それはおかしな話ですね。そんな事をしたら、私以外はどうなりますか?」


 この王子のこの発言に場内に笑いが起こった。

 証人の女は、この場内の笑いに今にも泣きそうな顔になっていた。


「静粛に!」

「あと、私が解毒薬を持っていたのは、私は生まれつきお腹が弱くてですね、すぐにお腹を壊してしまうのです。見ての通りのこの体です。その私が解毒薬を持っていなかったらどうなるか、説明いただけますか?」


 証人の女は答えられずに真っ赤になって、泣き出した。

 会場はまた大爆笑の渦になった。

 証人の女は、近衛騎士に連れられて帰っていった。


 他にも、現場の検分役や検死官などがやってきた。

 元いた俺の世界の中世の頃に、これだけちゃんとした裁判をやっていたのだろうか、と考えさせられるほど裁判らしい裁判だった。


 第七王子は王妃の言う通り、かなり頭が切れるようだった。

 相手の証人がどれだけ来ても揚げ足を取ったり、ジョークを交えるようにからかい、傍聴人たちを味方につけるような口のうまさだった。

 俺のいた世界のアメリカの弁護士たちも顔負けだと思う。


「それではメアリー第四王妃様、貴女様のご用意された被告人の証人の召喚を」


 そして、第七王子の無罪を示す番になった。

 証人としてクロードが登場した。


「証人は、リシャール第七王子の無罪を裏付ける証言はなんであるか?」

「はい、それは……私はリシャール第七王子様を陥れようとする勢力によって命令され、王都郊外の離宮において、ヴィクトリア第九王女様の誘拐未遂事件を起こしました!」


 このクロードのこの言葉に、意外な人物が動揺を隠せず、驚愕の表情を浮かべていた。


「バ、バカな!? な、なぜ、お前がそんな?」

「も、申し訳ありません、父上」

「お、お前が父と呼ぶな!」


 王の隣に座る男、宰相ではなく、もうひとりの大法官だった。


 これがギュスターヴ達の秘策なのか?

 あの男が黒幕なのか?


 ギュスターヴとジャックは、何も言わずにニヤついている。


 クロードの父親の大法官は、今にも卒倒しそうなほど、全身をわなわなと震わせていた。

 このクロードの発言により、場内は騒然となった。

 今まで無関心に退屈そうに玉座に座っていた王も、怒りに顔を歪ませた。


「ロワール! 貴様、どういうことだ! 貴様は反逆を企てたのか!」


 王は隣の席に座る男を怒鳴りつけ、自分の肘掛けを拳で殴りつけた。

 それを見て、ロワールは冷や汗が止まらないようだった。


「ひ!? そ、そのようなことはございません! こ、この妾の子がか、か勝手にやっただけです!」

「そのとおりです。しかし、父上の配下の者が言われた通りにやれば、私生児の私を嫡子にし、領地をくださるとおっしゃっておりました」

「な、何を言っている!? そんな事を言った覚えはないぞ!」


 クロードの言葉に、ロワールはただ驚愕し叫ぶだけだった。


 おいおい、あのクロードの爆弾発言で、今までの裁判全部ぶっ壊しちまったんじゃねえのか?

 裁判長であるはずの王も取り巻きたちも、みんな恐慌状態じゃねえか。

 第七王子の裁判なのに、その王子が完全に放置されている。

 一応、進行役の宰相が場を静かにさせようとしているけど、誰も聞いてねえな。

 どうやって、これをまとめる気だよ?


「みなさま、静粛にしてください!」


 王妃は立ち上がり、叫んだ。

 王妃の声はよく通り、場内は完全に静まり返った。


「宰相様。わたくしが発言をしてもよろしいでしょうか?」


 王妃は静かに宰相に問いかけた。

 宰相は王妃の静かだが、覚悟のこもった気迫に、ただうなずくだけだった。


「みなさま、わたくしは第四王妃メアリー・スチュアート・ヴェルジーです。先程、この証人が話したことは間違いのない事実です」


 王妃が言葉を区切ると、場内には再びざわめきが起こった。

 王妃がしかし、と言葉を続けると、場内はまた静まり返った。


「わたくしの娘でもあるヴィクトリア第九王女は、護衛の者によって事なきを得て無事です。なので、わたくしは、息子であるリシャール第七王子を陥れた卑劣な輩さえ明かしてくれれば、この者の罪は問いません」


 王妃はそう言うと、王の座っている玉座の方を向いた。

 王妃は、この王を本気で恐れているはずだが、微塵も見せないほどの決死の覚悟のようだ。


「それでよろしいでしょうか、陛下?」

「う、うむ」


 王は状況を飲み込めているのかいないのかわからないが、傲慢な態度は鳴りを潜め、王妃に気圧されて了承した。

 その事を確認すると、王妃は自分の席に座った。


 唖然として見ていた俺だが、隣のギュスターヴとジャックが拳を合わせているのが見えた。

 これは、こいつらの仕込みかよ。

 王妃がうまく役を演じられたからいいけど、全てをぶっ壊しかねない博打じゃねえか。


 進行役の宰相が咳払いをすると、裁判は再開した。


「それでは、単刀直入に聞こう。リシャール第七王子様を陥れようとしたのは何者か?」


 場内の全員が、ツバを飲み込む音が聞こえたような気がする。

 全員がクロードの答えに固唾を飲んで待ち構えている。


「それは……ジョルジュ・デュ・バリー候爵でございます!」


 答えにまた場内は騒然として、その名前の呼ばれた黒幕に注目が集まった。


 その男は、ベレー帽をかぶり口ひげを蓄えた細身の小男だった。

 ネズミのような風貌のその男は、自分の名前が呼ばれたことに狼狽え、逃げ出そうとした。

 しかし、近衛騎士たちに両脇を掴まれ、証言台の前の玉座の前まで引きずり出された。


「ち、違います! わわ、私ではありません! な、何かの間違いです!」

「黙らんか! 見苦しいぞ! ……ロワール! この男も貴様の子飼いだろうが!」


 王は、まさに怒髪天をつく勢いで、隣の男を怒鳴り散らした。

 ロワールは顔面蒼白で混乱し、気が狂いそうな気配がする。


「ひえ! そ、そんな! 私は知りません! こ、この男が勝手にやったことです!」

「何だと! こんなにも続けて、貴様の関係者が事件を起こしているのだぞ! 関係ないわけがないだろうが!」

「そ、そんな……そ、そうです! これは、私を陥れる陰謀です!」

「その貴様が陰謀を企んだのだろうが!」

「ち、違います! そ、そうだ! 私がこのバリーに誘拐を指示した証拠はあるのですか!?」


「それならば、こちらに」


 話を聞いていた宰相は、ニヤニヤしながら懐から一枚の紙を取り出した。

 その紙には何も書いていなく、ロワールの署名と家紋らしき印が押されていた。


 白紙委任状か?


「な!? 私はそのようなもの書いてはおりませんぞ! 明らかに偽物です!」


 ロワールは驚愕の目で、その一枚の紙を睨みつけた。

 しかし、その無実の訴えも虚しくかき消された。


「そ、それは!? 一体、どこで!?」


 バリーは心当たりがあるのか、目を見開いて宰相を見た。


「これは、メアリー第四王妃様が、この裁判の証拠の為に提出されたものですよ。筆跡鑑定も本物だと認めていますし、何よりこの印章はロワール殿の物でございましょう? そこのバリーの愛人宅から頂いたそうです」

「……なん……だと? き、貴様、バリー! 何ということをしたのだ!?」

「ち、違います! 私は誘拐など指示しておりません! 私は第七王子の従者の抹殺を……は!」


 このバリーの失言により、宰相はニヤリと笑った。

 ロワールは最早、顎が外れそうなほどの驚愕の表情だ。


「これは、見事な自白ですな。リシャール第七王子様を陥れようとしたのは、事実のようですね。もしや、あなたがシャルル第二王子様を暗殺した黒幕ですか、ロワール殿?」


 宰相は嫌らしい目つきでロワールを見た。

 もはや中立の進行役などではなく、本性を現してロワールを追い詰めようとしていた。


「な、バカな!? 私はエドガール第一王子様の支持者で叔父ですが、シャルル第二王子様も私の甥でもあるのですぞ! その私がなぜ、そのような大それた真似をせねばならんのですか!」

「いえいえ、私が聞いた話ですと、貴方はシャルル第二王子様が、エドガール第一王子様を追い落とそうとしていたのを、危険に思っていたのでしょう? それで、シャルル第二王子様の首をいただいたのでは?」

「そんなもの言いがかりだ! 毒を盛った犯人すら、わかっていないではないか!」


 このロワールの言葉に、宰相はしたり顔でニヤついた。


「実は、その犯人がわかって、しかも証拠まで提出されているのですよ」

「ほ、ほう? そ、それは何者だ?」

「それは、リシャール第七王子様の従者だった男、ジャン・モンテスキューです」


 この答えを聞いて、ロワールは勝ち誇ったように大声で笑った。


「ハーッハッハッハ! やはり、私は濡れ衣ではないか!」

「ところが、そうでもないのですよ。その男、丁寧にシャルル第二王子様を暗殺した毒と同じものを持っていましてね。さらに、その毒がこの口封じをされた男の死体からも検出されました。おかしな話ですよね? バリーの雇った口封じの刺客が、シャルル第二王子様の暗殺者と同じ毒を使うなんて」

「だから、何だというのだ!?」

「こうは考えられませんか? ジャン・モンテスキューはシャルル第二王子様を暗殺し、リシャール第七王子様に罪をなすりつけるために、バリーの雇った闇ギルドの刺客かと。どう思われます、陛下?」


 宰相は、話を聞いていて、わなわなと怒りに震えていた王に話を振った。

 王は宰相の言葉に、ハッと何かに思い至ったようだ。


「そういうことか、ロワール! 貴様、余の息子を殺しただけではなく、他の息子に罪を着せようとするとは! この国を乗っ取るつもりか!? やはりそうなのか、ジラール?」

「はてさて? 私にはロワール殿の黒い腹の中までは、わかりかねます。しかし、その可能性もあるかと」


 宰相は嫌らしく、とぼけた顔でニヤついた。

 この愚鈍な王は、宰相の言葉に簡単に転がされたように神妙な顔で頷いた。


「な!? そのようなことはありません、陛下! おい、バリー! 貴様も黙っていないで、何とか言え!」


 呆然と跪いていたバリーにロワールは怒鳴った。


「……へ、え? わ、私は悪くありません。私は、ロワール様に全て従ってきました。私はロワール様に言われるままに、金の調達をしてきました。私は何も悪くありません。私は、何も悪くないです。え、えへ、えへへ」


 バリーは元から肝が小さいのか、すでに気が狂い始めたように呆けていた。

 ロワールはこの子飼いの様子を見て、開いた口が閉まらなくなった。


「そうか。これで決まったな。判決を言い渡す! 第七王子リシャールは無罪! 第二王子シャルル暗殺、第九王女ヴィクトリア誘拐未遂、国家内乱罪としてジャン・ド・ロワール、ジョルジュ・デュ・バリー両名は車裂きの刑、他の者は後日処分を言い渡す、以上だ!」


 王は立ち上がり、そう告げるとこの両名を連れて行くように、近衛騎士に指示をした。


「バカな!? お待ち下さい、陛下! 私は濡れ衣です! 私は生涯この国に、陛下に忠誠を尽くしてきました! 愛する妹を陛下の第一王妃として捧げ、義兄弟の契りも交わしました! その私が、このようなおぞましいことをすると、本当にお考えなのですか!? よく調べもせずに、この私を反逆者に仕立て上げてしまうのですか!? このような横暴が通るとお思いですか!?」


 王はロワールの悲鳴にも近い声を無視している。

 ロワールは連れ出されようとした時に、最後の言葉を振り絞るように叫んだ。


「ならば、私は、決闘裁判を要求します!」

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