第十七節 決闘裁判

 ロワールの口から決闘裁判の文言が出てきた瞬間、場内は大きく盛り上がった。


 決闘裁判って確か、中世の頃に行われていた判決の結果を決闘の結果に委ねるってやつだったっけ?

 何か微妙に違う気がするけど、まあいいや。

 とりあえず、これは神は正しい者に味方するとかいう意味のわからん理屈で、裁判の判決を決めちゃうやつだな。

 イカれた裁判だけど、追い詰められた側のちゃぶ台返しみたいなもんか。


 でも、王子はもう無罪確定したし、受ける意味はないからやらねえだろ。


 それにしても、今の裁判は明らかに異常だった。

 黒幕のバリーの証拠をつきつけて、王子は無罪、バリーが有罪で話は終わるはずだった。


 それなのに、話をすげ替えて、バリーのボスのロワールがなぜか真の黒幕みたいな話になって、反逆罪で死刑まで宣告されるなんておかしい話だ。


 宰相が王を踊らせて、政敵を抹殺しようとしているだけの気がする。

 あの王は脳みそもプリン体でできているのか、簡単に宰相に踊らされやがったし。


 それに、証拠を仕込んでいたギュスターヴとジャックは、この異常事態に何か小声で話し合っている。

 王妃だって、息子が助かってハッピーエンドのはずだったのに、この結果に唖然としているようだ。

 第一王妃に至っては、気が動転したのか、椅子の上でぐったりしてる。


 これもわからんでもないな。

 息子殺しの黒幕が、自分の兄貴になって、話がこじれにこじれてんだからな。


「決闘裁判? ハハハ! 何をおっしゃいますか。どなたが受けるのですか? もしかして、陛下におっしゃったのですか?」


 宰相は、ロワールの必死の反撃を一笑に付した。

 その笑いに迎合するかのように、場内は醜い笑いに包まれた。

 ロワールは、あざ笑う宰相を歯ぎしりをしながら睨みつけた。


「いいえ! 私に偽りの証拠をつきつけ、私を不当に貶めた、メアリー第四王妃様、貴女様にです!」


「何だと!?」


 このロワールの怒りに、ギュスターヴは興奮して叫んだ。

 だが、俺とジャックが必死に押さえつけ、ギュスターヴを暴れさせないようにした。

 王妃は急に自分に矛先を向けられ、青ざめている。


「そ、そんな、わたくしは……」


「いいえ! 母上ではなく、私が受けましょう!」


 第七王子は、毅然とした態度でロワールを見据えた。

 この王子の堂々とした態度と勇気に、会場は大きな歓声が上がった。


「グワハハハハ! よかろう! 余が、ルイ・ヴェルジー15世の名において、この決闘裁判を認めよう!」


 王が高らかに宣言をすると、場内は最高潮に盛り上がりを見せた。


 マジかよ、これ?

 おかしすぎるだろ?


「そんな。リシャール、あなたがどうしてこんな」

「母上、僕は、母上が僕を助けようと尽力してくれたことは、感謝しております。しかし、今度は僕が母上を助ける番です。この決闘、必ず勝ちます!」


 王妃は王子の言葉に感激して、顔を両手で覆った。

 これで、決闘裁判が行われることが確定した。


 だが、王子もロワールも、決闘を行うことのできる戦士ではないので、代わりに戦う擁護者を選ぶことになった。


 相手のロワールの擁護者は、『大熊』とかいう異名を持つでかい騎士だった。

 どうして、この世界の人間は恥ずかしい二つ名を付けたがるのかはよくわからない。


 どうせ、王子側の擁護者は『爆炎剣』という名前のおっさんに決まっているし、俺は事の成り行きを見守った。

 ギュスターヴに勝てるやつなんて滅多にいないし、俺は気楽なもんだった。


「では、私の擁護者はアルセーヌ・ド・シュヴァリエです!」


 王子は高らかに宣言した。


 …………は?


「なんでやねーん!」


 静寂に包まれていた場内に、俺の悲痛な叫びがこだました。


 決闘裁判は、なぜかこのまま行われることになった。

 普通は日をおいてやるはずなのに、俺は呆然としていて、この時は気にしていなかった。


 傍聴人達は楽しめれば良さそうだったし、当事者のロワール以外は、誰も抗議の声を上げなかった。

 ロワールは、この場に誰もやる人間がいないから、大熊を選ぶしかなかったのだろう。

 ロワールを次々と追い詰めていくかのようだった。


 このまま全員、決闘裁判の会場になる、王宮内にある演劇場に向かった。

 そこは、屋外にある円形の石造りの舞台で、中心は低く観客席は舞台を見下ろせるようになっている。


 裁判の傍聴人だった人々は、完全にただの観客になっていた。

 この世界の場合、裁判もそうだが、決闘も一種の娯楽になっているようだった。

 きっと、どこかにどっちが勝つか賭けているやつもいるだろうし、みんなワクテカした顔で席についている。

 王たちは、特等席の日除けのある席でワインを片手に笑ってやがる。


 どいつもこいつも、人の不幸が楽しそうだ。


 王妃と王子、ギュスターヴにジャックは、俺のいる側の特別席にいる。

 ここはセコンドみたいなもので、ギュスターヴが俺にアドバイスをしているが、耳に全く入ってこない。


 なんで俺がこんな重要な役目を負わねばならないのか、いまだによくわからない。

 そして、鐘の音が響き渡ると、立会人の初老の近衛騎士が舞台の真ん中にやってきた。


「神の面前において、我々は証人として罪を決定づけるために集まった。神聖なる決闘の立会人を、この近衛騎士長『疾風剣』アルマン・トレヴィルの名誉にかけ、公正に務める。被告人公爵ジャン・ド・ロワールが擁護者『大熊』リュック・ベイロン、対するは第七王子リシャール・ヴェルジーが擁護者辺境伯家アルセーヌ・ド・シュヴァリエ!」


 俺達の名乗りが終わると、会場は大歓声に包まれた。

 全く、やってらんねえぜ。

 俺は指名された時のことを思い出した。

 

 俺が擁護者に指名された時、誰もがだれこいつ? というような顔で俺を見た。


「あの、殿下。擁護者には、神聖なる決闘に相応しい者を指名していただかないと」


 宰相は困ったような顔で、王子をたしなめようとした。

 俺だってそう思う。

 俺より相応しいやつなんていくらでもいるのに、なんでよりによって俺なんかを選ぶのだ。


「そのようなことはありませんよ、宰相様」


 王子はそう言うと、自信に満ちた顔で王の方を向いた。


「父上、彼はかの辺境伯『聖帝』ルノー・ド・シュヴァリエ様のご子息であります」

「何!? あの南部総督の息子か!」

「はい。我が妹の護衛騎士として、謀反者たちを仕留めたのもこの御方です」

「うむ! ならば、アルセーヌ・ド・シュヴァリエを擁護者として認めよう!」


 王がまたも高らかに宣言をすると、場内に拍手喝采が巻き起こった。

 色々なところから俺の知らない話が聞こえてくる。


「あの名門武家のシュヴァリエ家か、やっぱりオーラが違うな」

「ええ、こないだのマルザワード戦で、もうひとりのご子息が聖騎士の小隊長として活躍されたらしいわよ」

「ドラゴンの軍勢を退けるとは、さすがは代々聖騎士を輩出している家系だな」

「当主の『聖帝』様は、若い頃に『七聖剣』として、暗黒大陸最強の一角『獣王』と互角に渡り合ったらしいですしな」

「でも、あの家の御方が中央にくるなんて珍しいわね」

「しかも、王女様の護衛騎士なんて、やっぱりこの事件ってかなりやばかったみたいね」

「ああ、あの家は南の王家なんて言われているぐらいだからな。余程のことがないと南部は離れないだろう」


 いやいやいや!

 何言ってんの、この人達?

 肉体は確かに、その南斗鳳凰拳みたいな人の息子だけど、中身は一般ピーポーのジャパニーズだよ?

 俺、めっちゃヘタレだよ?


 ふと気がつくと、ギュスターヴも俺の方を向いていた。

 ああ、よかった。

 俺の本当の実力を知っているこのおっさんに止めてもらおう。


「まあ、気にすんな、アルセーヌ。お前なら、あの程度の相手どうにかなる」

「ええ!?」


 なんでいつもボロクソに言うくせに、こういうときだけ俺に任せるの?


「あ、あのギュスさん、俺……」

「よし、じゃあ行くか!」

「そうですね、行きましょう!」


 ギュスターヴとジャックは気合を入れて立ち上がり、俺の両脇を抱えて連れて行った。


 あれ?

 俺の意見は?

 

 マジで今思い出しても、腹が立ってくる。

 どいつもこいつも、俺に意味のわからん期待ばっかしやがって!


「ダッシャアー!」


 俺はヤケクソになって、気合を入れた。

 そして、銀の剣と盾を持つと、舞台の中央に立って、相手の男と向き合った。


 並んで立つと『大熊』なんて呼ばれている意味がよくわかる。

 人間状態のオーガよりもでかい。

 装備は全身鋼鉄の鎧に鋼鉄の兜、両手持ちの分厚い鋼鉄の大剣だ。

 立会人は俺達にルールの説明をした。

 

 時間制限無しのデスマッチ。


 1,相手が死ねば終了

 2,相手が負けを認めてもOK

 3,立会人が戦闘不能とみなせば終了

 4,後はルール無用


 たったこれだけのシンプルなルールだ。


「なあ、あんたマジであのシュヴァリエ家なのか?」


 相手の男はフルフェイスの兜をかぶっているので、どんな表情をしているのかはよ

くわからない。

 声の調子からすると興奮しているようで、俺みたいな平和主義者とは程遠い感じがする。

 一応、俺は目に闘気を集中させた。


「さあ? 知らねえな。俺には昔の記憶がねえからな」

「くっくっく、あくまでとぼけるか? まあいい。本物だろうが偽物だろうが、お前をぶっ殺せば、俺の株も上がるってもんだぜ、へへへ」

「ああ、そういうセリフは言わないほうがいいぜ? 噛ませっぽくなるから」

「ほざけ!」


 大熊はたったこれだけでキレてしまったのか、剣を振り下ろしてきた。

 俺は目に闘気を集中しているので、動体視力が上がっている。

 簡単に避けて、距離をとった。


 大熊の叩きつけた剣で、床の石板が砕けた。

 見た目通り、それなりにパワーはあるようだが、オーガほどじゃない。


 始まりの合図はなかったが、これはルール無用のデスマッチだ。

 これぐらいは卑怯でもなんでもない。


「夢幻闘気!」


 俺は全身に50%の闘気を纏った。

 これは、相手をナメているわけではない。

 相手のこともわからないのにいきなり全開でいったら、ガス欠でやられるかもしれない。

 俺が闘気を纏うと、会場から歓声が上がった。


「何だと!? お前も聖騎士なのか!?」


 大熊は、たったこれだけで驚いているようだった。

 俺はちょっと、挑発する口調で正直に答えた。


「え? いやいや、そんなに偉そうな肩書はないよ。俺はただの冒険者だよ?」

「ウソつけ!」


 大熊は激昂して、大剣を横薙ぎに斬りかかってきた。

 俺はまた後ろにかわした。


 大熊は、次々攻めてくるが全て最小限の動きでかわした。

 いつも一緒に練習をしているレアの方が素早いし、もっとトリッキーな動きをするので、この程度の攻撃は、はっきり言って避けるのが簡単だった。


「クソが! ちょこまかと逃げんじゃねえ!」


 大熊は、なかなか攻撃が当たらないので、頭に血が昇っているようだ。


 不用意に突っ込んできたのでかわして、盾で頭をはたくと大熊の兜が飛んでいき、前のめりに思いっきりコケた。

 俺は、大熊が俺の方を向こうと立ち上がろうとしたので、顔の前に剣を突きつけた。


「どうする、まだやる?」

「まだだ!」


 大熊は砕けた石の欠片を、俺に投げつけてきた。

 俺はこれを避けたが、大熊は追撃で剣を振り回してきた。

 俺は、これもギリギリで躱し、再び距離をおいて構えた。


 観客は大熊のこの攻撃を卑怯だと思ったのか、会場はブーイングの嵐だった。

 しかし、俺にとってはこれぐらい卑怯でも何でもなかった。

 普段のギュスターヴの訓練は、もっとエゲツない攻撃を想定しているし、何でもありのルールだから、使えるものは何でも使っていいと思う。

 あのオッサンには、何度爆殺されそうになったことか。


「喰らえ!」


 大熊は床の石板を大剣で削りながら、俺に向かって石つぶてを飛ばしてきた。

 俺は石つぶてを盾で防ぐと、大熊は上段から振り下ろしてきた。


「夢幻闘気!」


 俺は剣に残りの50%分の闘気を集中させ、そのまま大熊の剣を根元から斬り捨てた。

 そして、俺は今度は大熊の喉元に剣を突きつけた。


「まだやるかい?」

「う、うう、こ、降参だ。俺の負けだ」


 大熊は諦めて、刃のない剣を力なく下に落とした。


 立会人が俺の勝利を宣言すると、会場は大歓声に包まれた。


 む!?

 この中に黄色い声援が混じっているのは、気のせいじゃない!

 うおお!

 ついに俺にもモテ期が到来か?


「何締まりのねえ面してんだ、バカヤロウ」


 俺はセコンドに戻っていくと、ギュスターヴに頭を叩かれた。

 俺は不貞腐れたように、ギュスターヴを睨んだ。


「何すか? 俺、一応勝者ですよ。バッチリ仕事したんスよ」

「チッ! それは褒めてやるよ。 ……よくやった」


 ギュスターヴは、ちょっと照れくさそうに頭をかいていた。

 このおっさんは、いい年こいてツンデレしやがって。


「アルセーヌ様。この度はありがとう、ござい、ました」


 王妃は緊張の糸が切れたのか、言葉に詰まって涙を流した。


「王妃様、俺こそ、今まで信頼してくれて、ありがとうございました。おかげ様で最後に勝つことが出来ました」


 俺が出来る限りの最高の笑顔でそう言うと、王妃は声を上げて泣いてしまった。

 ジャックが王妃を椅子に座らせ、甲斐甲斐しく世話を焼いているようだ。

 王子もまた俺に礼を言って、お互いに握手を交わした。


「ああ、それからよ、アルセーヌ。今回は相手が弱かったから、余裕で勝てたんだぞ。あんな負け馬に乗るのは、ああいうバカぐれえしかいねえからな。あの会場の中だけでも、お前より強えやつが、ゴロゴロいたことは忘れるなよ」

「わかってますよ」


 俺だって、ギュスターヴに言われなくても、そんな気はしていた。


 普段、訓練と称してボコボコにしてくるギュスターヴは、元近衛騎士だ。

 現役の近衛騎士には、そのギュスターヴ以上のやつもきっといるだろう。

 それに、他の騎士にだって、想像を超える使い手がいてもおかしくはない。


 ロワールに準備期間があれば、もっと強い相手を用意できていたのかもしれない。

 俺にとっては、出来レースに乗せられた感はあるが、運も良かったのだろう。


 それに、あれだけ弱かった俺が今回勝てたのも、ギュスターヴの地獄のメニューのおかげでもある。

 ギュスターヴは、これで調子に乗らずにこれからも精進しろって、言いたかったのだろう。


 俺は感謝してこっそりと頭を下げた。


 舞台の方を見ると、何やら騒がしくなっていた。

 ロワールが、近衛騎士に両脇から腕を掴まれて、舞台の上に引きずられてきた。

 ロワールは舞台の上で、観客席にいる王の前に跪かされた。

 そして、王は立ち上がり、宣言をした。


「今、神の裁きは下された! ジャン・ド・ロワールよ、ルイ・ヴェルジー15世の名において、死刑を宣告する! 処刑人、この者の首を持て!」


 王が死刑の宣告をすると、会場は大きなうねりを上げた。

 処刑人は顔が見えない頭巾を被り、大きな長い剣を持ってやってきた。

 そして、ロワールの首筋で構えた。


「さあ、ジャンよ、最期に言い残すことはないか?」


 王は静かにロワールに問いかけた。

 ロワールは王に狂気に満ちた目を向けた。


「ククク、言い残すことか、義兄上? 潔白の私は神に見放された。ならば、悪魔にこの魂を捧げよう。真偽の目を持たぬ愚王を掲げるこの国に、滅びの鉄槌を! ハーハッハッハ!」


 王は何も言わず、処刑人に首を狩るように手で合図をした。

 そして、処刑人が垂直に剣を振り下ろすと、ロワールの首はきれいに落ちた。

 会場の中に満ちている笑い声や歓声は、俺にはもはや、ただの雑音にしか感じなかった。


 何とも後味の悪い幕引きだった。

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