第十三節 王女の騎士

「ねえ、ちょっと何で来ないのよ!」


 シャルロットは不満の声を上げて、私の前を行ったり来たりしている。


「落ち着きなよ。まだ約束の時間を5分過ぎただけだよ?」


 クロードは、何とも嫌らしい甘ったるい声でシャルロットをなだめている。

 その言葉に、シャルロットは落ち着かない動きを止めて、クロードを睨みつけた。


「落ち着けですって!? あたしはさっさとこんなところから消えたいのよ! 何よ、時間に遅れたら、そんな相手信用出来ないわよ!」

「まあまあ、きっと依頼人も慎重になっているのさ」

「それはそうでしょうね! ああ、もう何でこんなことしちゃったんだろ。王家に逆らうなんて、ヤバ過ぎるわよ!」

「何言っているのさ。君だってやるしかなかったんだろ?」

「そうだけど。本当に大丈夫なんでしょうね? あたしたちをちゃんと国外で匿ってくれるんでしょ?」

「どうでしょうね? わたくしが思うに、あなた方は利用されてすぐに捨てられるでしょうね」


 呆れたため息をついた私の方を、クロードとシャルロットは睨みつけた。

 今更焦るなんて、だったらやめておけばよかったのに。


「このような大それた事をして、ただで済むと思っているのですか? 自分たちが後先考えずにやったことでヒステリックに取り乱すなんて。見苦しいですわよ、センセイ?」

「な、何ですって!? ほんっとに生意気なクソガキね! 今まで一度もあたしを先生なんて呼んだことないくせに!」

「まあまあ、落ち着いて、シャルロット。 ……王女様、僕たちは王女様を傷つけるつもりはないのです。ですので、あまり彼女を怒らせないでください」


 クロードは、私を殴りつけようとしたシャルロットを抑え込んでいる。


 クロードの言っていることは、多分本当だと思う。

 私は連れ去られる途中、一度目が覚めた。

 その時に逃げ出そうと暴れたけど、傷つけられること無く、クロードの睡眠魔法でまた眠らされた。

 次に気がついた時は、今いる小屋の柱に縛り付けられていた。


「きっと、母上はあなたたちを許しはしないでしょうけど、このまま何もせず帰していただけたら、わたくしが口を聞いてもよろしいのですよ?」

「王女様、それはとても嬉しいお申し出ですが、僕たちにも引けない事情があるのです」

「そうでしょうね」


 私は、これ以上説得することは諦めて黙り込んだ。

 クロードは困った顔をして、私の方を見て立っている。

 シャルロットは、ムスッとした顔をしてテーブルに頬杖をついて椅子に座った。


 小屋の中は、誰も喋らなくなった。

 私は、ただ早く帰りたいなぁと思うだけだった。


 シャルロットがテーブルを爪で叩く音が響いて、外から木が風で揺れる音が聞こえてくる。

 テーブルを叩く爪の音がだんだんと速くなってきて、シャルロットはテーブルを勢いよく、両手で叩いて立ち上がった。

 その音に、私とクロードはビクッと顔を上げた。


「もう、やってらんないわ!」


 そう言ったシャルロットの目は、見たことがないほど充血しておかしかった。

 私は、ここに来て、初めて怖くなった。


「あ! 君もしかして、今日薬飲んでないの? だから、こんなにイライラして?」

「薬? ああ、あんなのもういらないわよ。もう自分を抑える必要ないし。ふふふ!」


 シャルロットは、頭がおかしそうに怖い顔で笑った。

 仲間のクロードですら、顔が青くなっている。


「ダ、ダメだよ! 今すぐ飲みなって! こんな大事な日は冷静じゃないと!」

「はあ? あんなの飲んでたら感情だけじゃなくて、魔力も抑えられるのよ。ああ、何だか開放された気分。生まれて初めて、頭がスッキリしてるわ! やっと言いたいことが言えるわ。ふっふふん」


 そう言うと、シャルロットは不気味に笑いながら私の方に歩いてきた。

 そして、何も言わずに私の頬を平手打ちで叩いた。


 私は生まれて初めて、誰かにぶたれたショックで固まってしまった。

 頬がジンジンして、目を見開いただけで何も言えなかった。


「ああ、スッキリした! ずっとこうしたかったわ! のワガママに振り回されて、ずっと大っ嫌いだったのよ! アハハハ!」


 シャルロットは、完全に気が狂ったみたいに大声で笑い続けている。


「ちょっと、シャルロットやりすぎだよ」


 クロードは慌てて、シャルロットを私から離そうと、後ろから羽交い締めにしていた。

 でも、シャルロットに簡単に振りほどかれ、魔法で吹き飛ばされた。


「もう、邪魔しないでよ! ……あら、なーに? 泣いてるの? カワイイわねぇ、アハハハ!」


 私は、自分の目から涙がこぼれていることに気がついた。

 いつも好き勝手やっているのに、悔して悲しくて、胸から何かがこみ上げてくる感じがする。

 でも、私には何も出来なかった。


「ほんっと、あーたみたいな温々と育ったお姫様なんか大っ嫌いなのよ、は! 何にも知らない世間知らずのくせに、何でも与えられてちやほやされて。こっちはやってらんないわよ、あーしたち下々の苦労も知りなさいってのよ! ア~ッハッハッハ!」


 シャルロットは、顔を歪めて大声で怒鳴って笑った。

 私は何も言い返すことができなくて、嗚咽を漏らすだけだった。


「……んっんーん! でーも、もうどうでもいいわ~。みーんな消えちゃえ~!」


 シャルロットは笑いながら、大きな炎の塊を私に投げつけてきた。

 目の前が真っ赤になり、今自分が死ぬのだと悟った。


 私は、この国の王女として生まれたけど、本当に何も知らない。

 私が知っているのは、自分が生まれ育った王家の離宮の中だけ。

 必要なことは使用人たちが何でもやってくれるし、外から商人が来ても、用事を済ませてすぐに帰ってしまう。


 外の世界は、物語の本だけからしか知らない。

 外の世界を何度も空想して、自分が冒険者になって、空想の中の世界を旅した。


 でも、私はあの小さな箱庭だけしか知らないけど、それでも幸せだった。

 優しい母に、私のワガママに付き合ってくれる使用人たち、静かに一人で本を読む兄、それだけが私の知るたった一つの世界だった。


 だけど世界が広がったあの日、終戦記念日だった。

 私は生まれて初めて、一人で外の世界を歩いた。


 私はその日、母といつも爺と呼んでいる執事のジャックと一緒に、パレードを見に出かけた。

 湖の隣りの王族専用の席で、私達は見ていた。


 この頃には家を出て王宮に入っていた兄は、私の知らない大人達と一緒にパレードを見ているようだった。

 パレードが目の前に来た時は興奮して、私も一緒に踊って歌っていた。


 だけど、先頭の勇者役をしている人が私の許嫁だと初めて兄に聞かされた時、その興奮は一気に冷めた。

 私は、自分の意思とは無関係に育てられている人形なんじゃないのか、と思って怖くなった。

 私はその場から逃げ出した。


 どこをどう歩いているのかわからなくなっていた時に、助けを呼ぶ声が聞こえた。

 その声の方へ走っていくと、若い女性が3人の変な格好をした男たちに乱暴されそうになっていたので、私は何も考えずに間に入った。

 私は教えを受けた通り、ご先祖様の伝説の勇者様のように弱き者を助け、勇敢に立ち向かった。


 その時に、不思議な男性がやってきた。

 おどおどした態度をしていて頼りなさそうだったけど、相手の男たちを説得しているようだった。


 私は自分をバカにされている発言を聞いた時、怒りに任せて男を蹴り上げてしまった。

 相手の男は怒り狂い、私を殴ろうとした時に、その男性は私をかばうために代わりに殴られた。


 その後、すぐにギュスターヴ様が助けに来てくれ、私はお礼をまともに言う前に爺に連れ戻されてしまった。

 その時にその男性にお礼も言わず、名前すら聞いていないことに気付いて申し訳なくなった。


 私は王宮に連れ戻されると、母は玉座に座った太った男に怒鳴られていた。

 その男は私の父でこの国の王らしく、私とその許嫁を引き合わせることが出来なくて恥をかいた、と怒っているようだった。


 私のせいで怒られている母を申し訳なく思い、私は父の前にやってきて謝った。

 しかし、父は怒りが収まらず私を折檻するために立ち上がった時、母は私をかばうように前に立った。

 その時の母の目は、恐怖に怯える目をしていた。

 その目を見た時に初めて会った目の前の男が、本当に自分の父親なのかわからず怖くなった。


 私を見たその男は、ニタっと不気味な笑いを浮かべると、母を連れて奥の部屋へと入っていった。

 その部屋の中で何をしているのかわからなかったが、私は涙を流して恐怖に震えていた。

 しばらく時間が経つと、部屋から出てきた母はボロボロに傷付いていた。

 私は母にすがりついて、大声で泣いて謝った。


 離宮に帰り、私は母が二度と傷つくことがないように、いい子になろうと思った。


 そして、その日の夜、母がジャックに何かを怒鳴り、取り乱している声が聞こえた。

 この時の私は、自分のせいで母が怒っているのだろうと思って、耳をふさいで夜を過ごした。


 でも、その日から母が部屋にこもってふさぎ込んでいた時に、使用人たちの噂話が聞こえてきた。

 兄が王宮で事件を起こしたらしく、使用人たちの間で噂になっていた。


 私は落ち込む母の力になりたかった。

 あの人達なら、きっと力になってくれると思った。

 終戦記念日に会ったギュスターヴ様の話を母にすると、母は生気を取り戻したかのように元気になった。


 そして、すぐに冒険者ギルドに行くと、ギュスターヴ様とあの時の不思議な男性にも再会できた。

 その時に、獣人の女の子が私を興味津々で見ていたので私達は話をした。

 初めて見る獣人に戸惑ったが、面白い子で私達はすぐに仲良くなって一緒に遊んだ。


 次の日に、その人達が離宮にやってきた。

 その人達が来ただけで、一気に色々な楽しいことが起きた。

 生まれて初めての友だちもできた。


 母は、あの人を信用しているようだった。

 その人は不思議な人で、なぜか安心して、私は愚痴をこぼしてしまった。

 そして、その人はそんな私を自分の冒険者のチームに入ってほしいと誘ってきた。


 その人にとっては、私を安心させるために言っただけなのかもしれない。

 でも私は、私をただの飾り物のお姫様じゃなくて、一人の人間として見てくれたことが嬉しかった。

 その人は困った時は仲間として助けに来ると約束してくれた。

 私はこの人を信用しようと思った。


 私は今、怖くて、助けてほしくて、あの人の名前を叫んだ。


「アルセーヌ様ーーー!!!」


 目の前まで迫ってきた真っ赤な炎が、突然消え去った。


「お呼びですか、姫様?」


 そして、私の騎士が私の前に立っていた。

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