第十四節 真夜中の攻防

 うお、危ねえ!

 後少し遅れてたら、お姫様が丸焦げになるところだったぜ。


 俺が小屋の天窓から小屋の中の様子を見ようとしたら、ちょうどシャルロットが王女に向かって炎を投げつけるところだった。

 焦った俺はそのまま飛び降りて、王女の前に立ち、闘気を込めた盾でギリギリ防ぐことが出来た。

 とっさの闘気の盾が間に合ってよかった。

 

 なんでこんなことになったのか、少し話は遡る。


 俺達が闘気の光を辿って、小屋の前にたどり着いた時、中の様子を探るため俺達は話し合った。

 その時に、小屋の上に天窓があることに気づいて覗くことになったのだが、誰がやるのかという話になった。


 ①ベルナールは巨体過ぎて、屋根に登った時点で気付かれる恐れがあった。

 ②魔術師のロザリーに、こんな肉体労働はできない。

 ③レアはネコの獣人だから、屋根に登るのは向いているが、俺は子供にやらせるほど肝は据わっていないし、怠け者のダメおやじだと思われたくない。

 ④そういうことで、俺がやるしかなくなった。


 慎重に屋根を登っていると、ちょうどこんな事になっていたわけだ。


「な、何なのよ、あーたはー!?」


 シャルロットは、俺に気づくとヒステリックに叫んだ。


 あれ?

 ちょっと見ないうちに目がイッちゃってね?


「いたた、何かありがとね。彼女、薬飲んでないから暴走しちゃってさ。アハハ」


 一体どういう状況なのだろうか?

 共犯であるはずのクロードは頭をおさえて立ち上がった。

 シャルロットにやられたのか?


「あうう、アル、セーヌ様、わたし、わたくしは……」


 後ろを振り向くと、柱に縛り付けられている王女は、涙で顔がグシャグシャに濡れている。

 右頬も赤く腫れ、炎まで投げつけられていたのだ、よっぽど怖い思いをしたのだろう。

 俺は安心させようと、王女に笑いかけようとした。


「もう大丈夫ですよ、姫様。今、すぐに……のわ!?」

「あーしを無視するな!」


 シャルロットが叫ぶと、俺はサイコキネシス?で窓から外に放り出された。


「アル!?」

「ご主人たま!?」


 放り出された先では、ロザリーとレアが小屋の中に駆け込もうとしているところだった。

 どうやら、異常事態に気が付いたようだ。


「いてて、ロザリー、レア。……あれ? 隊長は?」

「隊長はもう中に入ったわよ! 一体何があったの!?」

「えっと、中は……っ!? 危ねえ!」


 俺は、飛んできた炎の弾を闘気の盾で二人をかばった。

 壊れた窓から、シャルロットが飛び出してきた。


「何なのよ、あーたたちは! もういい加減死んでよ!」

「え? この人がシャルロット?」

「ニャ? なんか別人みたいですニャ」

「うん、何かよくわからないけど、薬飲んでないみたいでブチ切れちゃったみたい」


 ネジのぶっ飛んだシャルロットを見て、ロザリーとレアは一瞬誰かわからなかったのか、首をひねった。

 俺もよくわからないが、シャルロットは精神的に病んでいたみたいだ。


「っていうか、アル! 王女様は大丈夫なの?」

「ああ、怖い思いはしたみたいだけど、たいした怪我はしてなさそうだ」

「そっか、わかった。 ……ここは任せて! アルは王女様をお願い!」

「レアも残りますニャ! 王女たまをお願いしますニャ!」

「でも……わかった! ロザリー、レア、ここは任せた! 信頼してるぜ!」


 俺は一瞬ためらったが、二人の力を信じることにした。

 二人はキリッとした顔で返事をすると、シャルロットの相手をするため向き直った。


 俺は、小屋の中へ入るために走り出した。


「あーたたちがあーしの相手? どっちでもいいわ。すぐ殺してあ・げ・る……ぷぷ、ペチャパイ共」

「「誰がペチャパイよ(ニャ)!!」」

 

 俺が小屋の中に入ると、ベルナールは倒れ、クロードが泣いている王女の縄をほどいているところだった。


「ア、アルセーヌ様!」

「あれ? もう戻ってきたの? せっかくあのデカブツ眠らせたのに」

「何だよ、あんた、逃げる気か?」


 クロードは、俺が入ってきたらすぐに王女にナイフを突きつけた。

 普段のチャラ男なヘラヘラした感じは無くなり、追い詰められたせいか、くたびれた顔をしている。


 だが、俺は油断せず、何があってもすぐに対応できるように、こっそり夢幻闘気を全身に10%使った。


 いくら闘気の光を回収したとはいえ、ここに来るまでにかなりSPを消費している。

 すでに限界が近かった。

 頭がくらくらして、一瞬でも気を抜いたら、意識が飛びそうだ。

 だけど、今は倒れるわけにはいかないので、省エネモードだ。


「うん。僕はもううんざりだよ。あのビッチは頭のネジが飛んじゃったし、外の三人まとめて眠らせたら出ていくよ」

「へえ? だったら一人で逃げてくんねえかな? 姫様を置いていってくれれば、あんたのことは追わねえよ」

「ハハハ。君も平気で嘘付く人だね? そんなの信じられるわけないよ。おやすみ、惰眠ドルミーレ!」


 クロードはニヤリとした顔で、掌を俺に向けてきた。


 やばい、睡眠魔法か!?

 俺は身構えたが、何も起こらなかった。


 あれ?

 もしかして不発か?

 魔法って、そういうこともあるのだろうか?


「え? あれ? おかしいな。惰眠ドルミーレ!」

「え? 眠くなんないけど?」


 俺は、SPが無くなりかけてフラフラだが、眠くはならなかった。

 もしかしたら、俺の夢幻闘気には状態異常耐性があるかもしれないな。

 俺に睡眠魔法が効かなくて、クロードは顎が外れそうなほど驚愕の表情だ。

 どうやら、こいつには睡眠魔法しか脅威は無いようだ。

 さあて、逆襲の始まりだぜ!


「そ、そんなバカな! 状態異常耐性があるのか? でも、こんな貧乏人みたいな奴が、そんな高級魔道具を持っているわけがない!」

「誰が貧乏人じゃい! クックック、なんでか知らねえけど、あんたの切り札は効かねえし、痛い目に遭う前に大人しく姫様を返してもらおうか?」


 有利になった途端、俺は余裕が出てきた。

 きっと今、俺はかなり悪どい顔をしているだろう。


「いや、まだだ! へへ、王女様を傷つけられたくなかったら、そこをどくんだ……なぎゃ!?」


 王女はクロードの腕に噛み付いて、一瞬腕の中から解放された。

 王女は俺達のバカな漫才みたいなやり取りのおかげか、じゃじゃ馬らしさを取り戻したようだ。


 よし、チャンス!


「夢幻闘気10%、右足!」


 俺はこのスキを逃さず、一足飛びにクロードから離れた王女に向かった。

 俺は王女を両手でガッチリ抱きしめ、ドアから反対側の壁まで飛んでいき、そのまま激突した。


「ぐおおお!? ああ、いってー……姫様、大丈夫ですか?」


 俺は王女を抱きしめた後、王女を守るため顔面からカベに突っ込んだのだ、かなり痛かった。

 鼻血をダラダラ流して、今はかなりブサイクな顔だと思う。

 だが、王女は泣きながら、俺の首に手を回して抱きついてきた。


「はい! わたくしは、貴方様が助けに来てくださることを、信じておりました!」

「はは、よかったです。姫様がご無事で安心しました」


「ああ、もう! 何なんだよ! もうちょっとでうまくいったのに! でも、まだだ、君を殺して逃げれば、まだ間に合う!」


 クロードは完全に混乱しているのか、ナイフを片手に目つきがおかしくなってきた。


 ヤバイな。

 さっきので、俺のSPはもう完全に空になっていた。

 正直、もはや意識を保っているだけできつかった。

 でも、こいつをぶっ飛ばしてからだ。

 下手したら魂が焼き切れるかもしれないけど、こいつを倒したらおとなしくぶっ倒れよう。


 そう覚悟を決めて、抱きついていた王女を離そうとしたら、急にクロードが前のめりに倒れた。

 俺は一瞬混乱した。


「え? 何が?」

「よくやったぞ、アルセーヌ。姫様もよくご無事で」


 どうやら、睡眠魔法で倒れていたはずのベルナールが、クロードを後ろから倒したようだ。

 俺は安心して意識が飛びそうになったが、目にしたもので自分も痛くなった気がして目が覚めた。


「隊長、ありがとうござい……っ!? あ、足!」

「ひ、キャー!」


 ベルナールの足にナイフが突き刺さって、血がどくどくと流れていた。

 王女はびっくりして、さらに俺を強く抱きしめた。


 く、苦しい。


「ん、ああ、こいつか。このクソ野郎の睡眠魔法を喰らってしまってな。眠らないように、とっさにナイフを足に刺したのだ。倒れたふりをしてスキを伺っていたのだが、ちょうどタイミングよくお前が来てくれた。助かった、礼を言う」


 ベルナールは顔を赤らめて目をそらした。

 俺は何と返せばいいのか、どうもと言っておいた。


「お前もひどい顔をしているな、アルセーヌ。大丈夫か?」

「はい、俺はただのガス欠です。ちょっとばかり魂の力を使いすぎました」


 これで中の戦いは終わったが、まだ安心はできない。

 俺はもうひと踏ん張りして、気を引き締めた。


「でも、まだ外でロザリーとレアがシャルロットと戦っています。あの女はかなりの使い手です。すぐに応援に戻らないと」


 俺は倒れているクロードを縄で柱に縛り付け、魔法の詠唱ができないように猿ぐつわも噛ましておいた。

 ベルナールはこの間、ナイフを抜いてキズぐすりで応急処置をして止血し包帯を巻いた。

 王女は安心して俺に抱きついていた腕を離したが、俺の手を離さず握りしめている。

 俺達は、ロザリーとレアに加勢するため小屋の外に出た。


 ~話は少し戻る~


「「誰がペチャパイよ(ニャ)!!」」

「えー? 誰って、あーた達以外にいるのかしらん? ウッフン!」


 シャルロットは挑発するように、自分の胸の大きさを強調するように両手で持ち上げた。


 レアは悔しそうに地団駄を踏んだ。


「ニャー! く、悔しいニャ! レアだって大人になればー! ……ニャ? ロ、ロザ姉たま?」

「……何よ。胸が大きいからって何なのよ! 氷弾グラシェ・グランス!」


 ロザリーの怒りの咆哮が、シャルロットに向かって飛んでいった。

 しかし、シャルロットは余裕の表情だ。


「あらん、危ないわね。焔玉イグニート!」


 ロザリーの氷の弾は、シャルロットの焔の玉と対消滅をした。

 二人の魔法の威力は互角のようだった。


「レア」

「は、ハイですニャ!」


 レアは、初めて聞くロザリーのあまりに凍りつくような声に戸惑っていた。 

 ロザリーは、静かに冷静に怒りを滾らせているようだ。

 無表情ながら、戦慄する迫力がある。


「レアは王女様を傷つけられて許せる?」

「ゆ、許せないですニャ!」

「王妃様が裏切られたことは?」

「許せませんニャ!」

「アルが怪我をさせられたことは?」

「絶対に許さないニャ!」

「そう。それじゃあ、その全てをやったあの女を懲らしめましょう!」

「ハイですニャ!」


 ロザリーに煽られて、レアの目もまた気迫がこもった。

 そして、ロザリーはレアに風属性の補助魔法、加速アッケラをかけた。


「だから何なのよ! むっきー! みんなしてあーしばっか責めて! あーしにだって事情があるのよ! 殺す、ころす、コロス! 焔玉イグニート!」


 シャルロットは、怒りに燃える二人に対して、逆ギレして吠えた。


 ロザリーとレアは二手に分かれて、シャルロットの焔の玉を避けた。


氷弾グラシェ・グランス!」


 ロザリーは避けると同時に、シャルロットに攻撃を仕掛けた。

 シャルロットはこの攻撃を避け、反撃の魔法を唱えようとした。


「ニャア!」


 レアは、体勢の崩れているシャルロットにダガーを突きつけようとした。

 補助魔法によって、かなり素早さが上がっている。

 一瞬で間合いを詰めていた。


「ウザい! 風撃ウェントゥス!」

「ニギャン!?」


 しかし、シャルロットは戦闘能力がかなり高く、魔術師ながらこのスピードに対応した。


 レアは、シャルロットの風魔法によって弾き飛ばされたが、ネコの獣人らしく身軽に空中で体勢を立て直した。

 両手、両足で地面に着地すると、再びシャルロットに斬りかかった。


「ウニャニャー!」

「あー! うっとしい! 邪魔、じゃま、ジャマ!」


 しかし、シャルロットは焔や風の魔法を使い分け、レアを近づけなかった。

 場は、膠着状態になったかのように見えた。


「水の精霊よ、空色の魔術師の言霊を導かんことを、我が凍てつく波動によりていざなうは蒼き羽の氷鳥!」


 ロザリーは、いつの間にか地面に魔法陣を描いて、その中心に杖をさしている。

 そして、右手を掲げ、氷の魔力を溜めているようだ。

 さらに詠唱を続け、


「風の精霊よ、空色の魔術師の言霊に寄り添わんことを、荒れ狂う旋風が飛翔せし氷鳥の扶翼する力と成らんことを!」


 ロザリーの掲げた左手に、風の魔力が溜まった。


 シャルロットは、強力な魔力がロザリーに集まりだしたのを見て、普段の細い目が大きく見開かれた。


「ええ!? な、何よこれ!? 嘘でしょ!? ムリムリムリ!」


 シャルロットは、首飾りの大きなルビーを引きちぎって手に持ち、急いで呪文を詠唱した。


「火の精霊よ、紅蓮の魔術師が言霊によりて命ず、煉獄の苦しみによりて目覚めし凶兆よ、我が敵を滅さん!」


 レアは、ロザリーの準備が整ったことを見計らって、シャルロットから距離をとった。

 ロザリーは両手に溜めた魔力を二つに合わせ、魔法陣に突き立てた杖を媒介にした。


「合成魔法:吹雪の聖鳥ウェントゥス・ニワーリス!」

「獄炎魔法:地獄の業火インフェルナス!」


 シャルロットは、強大な魔力を秘めていたルビーの首飾りを媒介に、黒い地獄の炎を呼び出した。

 ロザリーの巨大な白鳥を模した蒼い吹雪と、シャルロットの黒い炎はぶつかり合い、そしてロザリーの吹雪が押し勝った。


「い、いやーーん!?」


 シャルロットのルビーは粉々に砕け、シャロットは吹雪に吹き飛ばされた。

 ロザリーも押し勝ったとはいえ、ほとんどの魔力を使い果たし、肩で息をしながら膝をついた。


「……殺す、ころす、コロース!」


 シャルロットは立ち上がったが、すでにキズだらけで息は荒い。

 ロザリーの吹雪は、黒い炎によって威力がかなり削られていたが、それでもかなりのダメージを与えていた。


 レアは、肉食獣特有の天性の勘で、これがトドメのチャンスだと本能で悟り、シャルロットに飛びかかった。


「ニャニャン! 残念、終わりニャ!」

「い、いや! は、離せー!」


 レアが立ち上がったシャルロットの背中に飛びつき、後ろから羽交い締めにした。

 そして、必殺の一撃を決めた。


「ニャアア! 雷電トニトルス!」

「ひぃあああああああああ!」


 シャルロットは、電撃のショックに体を大きく仰け反り、白目をむいて失禁しながら倒れた。


 え、マジで?

 二人だけで勝っちゃったの?


 俺達がちょうど外に出た時、ロザリーの合成魔法が発動するところだった。


 実際、あの吹雪はかなりの威力のようで、シャルロットの炎で相殺されずに、一部逸れた先の森の木々がところどころ凍っていた。

 もし、勢いが削られてなかったら、確実にシャルロットを殺っていただろう。

 ロザリーは、絶対に本気で怒らせてはいけないと心に刻んだ。


 レアもレアで、ちょっと前まで静電気程度しか使えなかったのに、いつの間にかスタンガンレベルまで威力が上がっていた。

 子供の成長は早いものだ。


 うーむ。

 ていうか二人共、俺より強くね?


「ニャ? ご主人たま! ニャー、王女たまー!」

「レアちゃん!」


 レアは俺達に気がついて、駆け寄ってきた。

 王女もまた、俺の手を離して、レアの方に走って行った。


 二人の少女の微笑ましい友情だ、とほっこりしていたら、茂みの中で何かが動く気配を感じた。


 しまった!

 俺を背後から殴った三人目がいることを、すっかり忘れていた!


 俺は二人をかばおうと走り出そうとした瞬間、茂みの中から何かが出てきた。

 ボウガンを持って気を失っている女を手に抱えた黒装束の男だった。

 俺の動揺をよそに、二人の少女は抱き合い、感動の再会を果たしていた。


「えっと、あんたは?」


 その男は何も言わずに、気を失っている女を差し出してきた。 

 よく見たら、王女の侍女のアンヌだった。

 そういえば、クロードとデキている侍女がいる話を聞いたが、俺はそんなことも忘れていた。


「ご苦労だったな、ランスロット」


 ベルナールが、いつの間にか俺達の側まで来ていた。

 黒装束の男、ランスロットはコクリと頷いた。


「え? ランスロットって、あの庭師の?」

「ああ、そうだ。どうやら、オレ達が心配でこっそりついてきたようだな」


 どうやらランスロットは、誰も見ていないところで、三人目の刺客を倒していたようだった。

 口がきけないとはいえ、密かに仕事をしているなんて、まるで忍者だな。

 ランスロットは、来たときと同じように、無言で闇の中に消えていった。


 うーむ。

 なんちゃってNINJAじゃなくて、本物の忍者のようだ。

 シャルロットは、すでにロザリーが縛って動けないようにして、魔法の詠唱が出来ないようにしている。


 どうやら、これにて一件落着だな。

 俺は安心したら、意識を失ってばったりとぶっ倒れた。

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