第十二節 追跡
― 起きて下さい。
え?
あなたは誰ですか?
あれ?
声が出ない?
人影が見えるが、ぼやけてよくわからない。
― 大丈夫ですよ、力をお貸しします。
え?
何を言って……
俺はふと気がつくと、豪華なベッドの上に寝ていた。
「あれ? ここは?」
「……アル? 良かった、気がついたの!?」
ロザリーが心配そうに涙ぐんで、俺を見下ろしていた。
他にも、レアと警備隊長のベルナールも一緒にいた。
「ニャー! ご主人たまー!」
レアは俺を見ると、泣きながら俺に抱きついてきた。
グリグリと頭を俺の腹に押し付けてくる。
「ぐえ、いてて。レア、くっつき過ぎだって。……えっと、俺は一体?」
さっきのは、夢?
俺は何が起こっているのか、状況がイマイチ理解できていなかった。
「お前は、茂みの中で頭から血を流して倒れていたらしい」
ベルナールは聞き取りにくい声で、ボソボソと呟いた。
微妙に涙目なのは気にしないでおこう。
「うん。私が茂みの中を歩いていたらアルを発見して、それから回復魔法かけても気が付かないからここまで連れてきたの」
ロザリーが申し訳なさそうに俯いている。
それを見て、俺は何となく思い出してきた。
俺は茂みの中で、執事見習いのクロードと家庭教師のシャルロットの密会場所で張り込みをしていた。
その時に、多分後ろからいきなり殴られたのだ。
「あ! そうだ、姫様……おわ!?」
俺は連れ去られた王女の事を思い出し、立ち上がろうとしたら、ベッドから滑り落ちた。
何だ、これ?
全身に力が入らない?
「ちょっとアル! まだ無理しちゃダメだよ! フラフラじゃない! それに、鼻血まで!」
俺はロザリーに抱きかかえられて体を起こした。
頭がクラクラする。
それに、鼻血が止まらない。
回復魔法をかけてもらったのに、治っていないようだ。
「あれ、おかしいな? でも、俺は大丈夫。今どういう状況になってる?」
「それはわたくしがお答えします」
王妃が厳しい顔をして部屋に入ってきた。
一緒にいるデボラは、今でも無表情の顔をしていた。
「王妃様! 今回の件、間違いなく俺のミスです。どのような形であれ、責任を取ります!」
「責任? もしもあの子に何かあれば、どのような責任が取れるというのですか?」
「あ、そ、それは……」
俺は具体的に言葉に出すことが出来なかった。
そんな俺を王妃はキッと睨みつけた。
「わからないのなら、軽々しく責任を取るなどと言ってはいけません!」
「も、申し訳ありません!」
俺は不用意な発言で、あの寛容な王妃をここまで怒らせたことに、ただ小さくなるだけだった。
責任の取り方もわからないくせに、口だけで言ったところで誰が納得できる?
例え俺程度がクビなっても、処刑されたとしても、それが本当に責任を取るということなのだろうか?
本当に大事な娘を失ってしまったとしたら、俺なんかの安っぽい命で許すことなんてできるのだろうか?
本当にバカなことを言ったものだ。
俺は自分のバカさ加減に呆れてしまう。
王妃は、一息ついて言葉を発した。
「……ふぅ、面を上げてください」
「……はい」
俺は今、かなり情けない顔をしていると思う。
どう顔向けすればいいのか、わからなかった。
それでも、王妃の方に顔を向け直した。
王妃は、かなり憔悴しきった顔をしていた。
それもそうだ。
元々、王子の件だけでも神経をすり減らしているのに、それに加えて俺のバカなミスのせいで、王女までさらわれてしまったのだ。
もし俺が情報を共有していれば、この事態は防げたかもしれないのに。
「アルセーヌ様、貴方は何のためにここにいるのですか?」
「え? 俺は……あ! 俺は王女様の護衛です!」
「そうです。でしたら、誰が悪いとか、そのような不毛な話をしている場合ですか?」
「あ、そうですね! そうです、俺は、すぐに姫様の捜索の準備に取り掛かります!」
俺は立ち上がり、自分の知っている情報をみんなの前で話した。
「クロードとシャルロットが。あいつら、ふざけたことしやがって!」
普段はボソボソと喋るベルナールが、大声を出すほど怒り狂っている。
「睡眠魔法、ですか。それでも、私は自分が不甲斐なく思います。私が姫様と一緒にいたというのに」
普段、感情をほとんど表に出さないデボラが、無表情ながら涙を流している。
「デボラさんのせいじゃないですよ。それに、まだ手遅れではないと思います」
俺の言葉に、集まっていた責任者のみんなの視線は、俺に集まった。
情報を整理していたら、色々と頭が冷静になって、運良く大事なことがわかったのだ。
「ロザリー、俺を発見してからどれぐらい時間が経ってる?」
「えっと、だいたい一時間ぐらいかな。アルのキズの状態から見て、私がアルを発見してから王女様が連れ去られるまで、そんなに時間は経ってないと思う」
ロザリーは申し訳なさそうに俯いたままだ。
俺はロザリーの証言の通り、時間を計算した。
「だとしたら、まだ事件の黒幕に引き渡されてはいないはずだ。王都までの距離を考えると、さすがに時間が短すぎる」
「だけど、どうやって見つけるんだ? どこに行ったのか見当もつかないぞ」
ベルナールの心配は当然だった。
俺はフラフラだが、強がってニヤッと笑ってみせた。
「それが、あるんですよ。これを見てください」
俺は指の先から出ている細い糸のような闘気の光を見せた。
あまりにも光が薄くて、よほど注意しないと見えないほどだ。
「それは?」
「王妃様、こいつはですね、俺の魂の力を形に示したものです。普段は俺の周りにあるだけなんですが、他にも手に持ったものにも付けることが出来ます。使うとかなり力を消耗するのが難点ですが、使わずに回収することも出来ます。どうやら、俺の今の体調不良も魂の力の使い過ぎのようです。で、ここからが本題ですが、実は今日の夕方、偶然シャルロットにぶつかってしまいまして、その時に、たまたまこの光の先がくっついてしまったんですよ。なので、この光を辿ればおそらく……」
「シャルロットに繋がっている!?」
みんなが驚愕の表情で俺を見たので、俺はまた、ニヤッと笑った。
「そうです。胸に直接ついているはずなので外れてはいないでしょう」
「す、凄いですニャ、ご主人たま! ……ん? なんで胸?」
みんな、そこに疑問をもって首を捻っていた。
なんでうちの子は、こういう要らんとこだけ気がつくのかな?
天才と紙一重なのに。
「ま、まあ、それは置いといて、これで少しは希望が出てきたのではないでしょうか?」
「え、ええ、そうですね。それでは作戦を立てましょう!」
王妃の言葉を合図に俺達は作戦を決めた。
リーダーになるべきのジャックがいないので、俺達は誰もが不安だった。
しかし、この緊急事態では、どうやってでも俺達だけで動かざるをえなかった。
まずは、俺は追跡チーム。
俺の闘気を辿るわけだから当然だ。
ロザリー、レアも戦闘はできるので、追跡チームに入った。
他にも警備隊長のベルナールは決まった。
「わ、私も連れて行ってください!」
デボラは、まだ目を腫らしているが、目には力がこもっている。
そう言われたベルナールは、なぜか俺の方を見た。
他のみんなも俺を見ている。
俺に仕切れって言いたいのだろうか?
「デボラさん、気持ちはありがたいのですが、追跡チームは戦闘ができるメンバーだけで行きます。それに、人数が増えると相手に気づかれる恐れもありますし」
「ですが、私があの時しっかりしていれば! 私だって力になりたいのです!」
「いえ、それは俺も同じことです。相手の方が上手だったのです。それに、デボラさんは前にも言いましたよね? 俺達のチームに入ると」
「はい、そうですが」
「だったら、俺達を信じて待っていてください。気持ちは一緒のはずです。もちろん姫様は無事に連れ帰ります。それに、王妃様の側で支えることができるのは、デボラさんだけですよ」
俺はニッと笑ってみせた。
デボラは何かが心に響いたのか、泣き崩れてしまった。
「……それでは王妃様、行ってきます!」
「ええ、よろしくお願いいたします」
王妃はしっかりと立って俺達を見送ってくれた。
俺達が大事な姫を助け出すと信じて。
「じゃあ、みんな行こうか!」
俺の合図で、みんなそれぞれ気合を入れて出発した。
俺達は、俺の闘気を離宮の庭園から茂みの中を辿っていくと、途中から街道に出ていた。
連中は、どうやら乗り物を調達して移動しているようだった。
そのため、俺達は一旦戻って、ユニコーンに乗って街道を走り出した。
「ゴメンね、アル。私がちゃんと張り込み場所に時間どおりに行っていれば」
ロザリーは今、俺の後ろに乗っている。
俺はまだ馬に乗り慣れていないので、後ろにいるロザリーの方を向く余裕はない。
俺には、ロザリーがどんな顔をしているのかはよくわからないが、声ではいまだに申し訳無さそうな感じだ。
「いや、ロザリーが謝ることじゃないよ。俺が軽率なことをして、ロザリーを怒らせたんだから」
「でも、そのおかげで王女様の救出にむかえるんだから、アルはちゃんと仕事をしてて凄いよ。それに、自分の命まで削ってるんだよ」
「いや、これは運が良かっただけだよ。狙ったわけじゃないんだし。それに、ロザリーが、倒れてた俺を助けてくれたんだろ? ロザリーがちゃんと集合場所に来てくれたおかげで、俺はまだ生きてるんだよ」
「うん、そうだけど、私がちゃんと間に合ってれば、こんなことにはなってなかったかもしれないし」
「でも、仮定の話はわかんないよ。もしかしたら、どうにかなったかもしれないし、どうにもならなかったかもしれない。だったら過ぎたことはもうどうしようもないし、どうやって挽回するかだ」
このセリフは、自分にもそう言い聞かせていた。
俺は分岐に差し掛かると、闘気の光の指し示す方を進んだ。
「ねえ、ロザリー? 後ろの二人は付いてきてるかな?」
「うん、大丈夫、付いてきてるよ」
俺は後ろを振り返れないので、ロザリーに確認してもらった。
後ろには、ベルナールがレアを一緒に乗せて走っている。
この配置になった時は、レアは少しゴネたそうな顔をしたが、王女のことが心配なのか、何も文句を言わずにそのままベルナールの後ろに乗った。
「あれ? こっちの方角って、確かボロールの森だな」
「うん、そうだね。あそこなら王都から遠くないし、人目を避けるのにちょうどいいかも」
俺は少し考えた。
そして、目的地が分かった。
「なるほど、あそこなら受け渡し場所にちょうど良さそうだな。じゃあ、俺達の追跡はバレてなさそうだな。 ……それにしても、ボロールの森か、懐かしいな」
「そお? 薬草集めに仕事で良く行くじゃない」
「そうだけど、俺達が初めて一緒に仕事した場所だろ?」
「あ! そうだね。そんなに昔の話じゃないけど、そう言われると懐かしいね。私達が初めて出会った日」
「そう。俺はその時から、ロザリーは最高に信頼できるパートナーだって思ってるからさ。だからさ、まあ、何だ。ええと、あんまし落ち込まないでほしいなあ、なんて、さ」
俺は自分で言っていて、途中からかなり照れ臭くなってしまった。
俺達の関係を知らなかったら、完全に口説いているみたいだ。
「……ありがと、アル。何だか、元気になってきた」
「俺こそ、いつも助けてくれてありがとう」
俺の腰に回していたロザリーの腕に、力が入るのを感じた。
ボロールの森の入口にやってくると、俺達はユニコーンから降りて森の中に入っていった。
行き慣れたこの森も、夜になると不気味な魔素の気配が倍増していた。
動物たちの息遣いが聞こえてきそうな静けさ、風で揺れる木々の葉音、もしかしたら、モンスターや悪霊にまで見張られているかのように感じる。
俺達は神経を張り詰め、辺りを警戒しながら闘気の光の後を辿って歩いた。
「なあ、アルセーヌよ?」
「何すか、隊長?」
俺は話しかけてきた、ベルナールの方を向いた。
べルナールも緊張した面持ちであるが、気持ちは前に向いているように目には力がある。
「お前はオレのことをどう思っている?」
「へ!? い、いきなり何を言うんですか?」
俺はこんな状況でいきなり告白されるのかと、素っ頓狂な声を上げてしまった。
ベルナールも、俺が勘違いしたことに気がついて、気まずそうに咳払いをした。
「んん、すまんな。聞き方が悪かった。だが、お前ももう気付いているだろう? オレは、いやオレ達奉公人はどこかおかしいことを」
「あ、ああ、そのことですか。いや、まあ、個性的だなとは思いますけど」
俺は何と答えればいいのか、言葉を濁してしまった。
その俺に、ベルナールは気分を良くしたように軽く笑った。
「ふ、やはりお前は気遣いのできる男だな。 ……オレ達も自分自身ではわかっているのだ。そのおかげで、オレ達はみんな居場所がなかったことぐらいな。だが、そんなオレ達を王妃様は拾ってくださったのだ。その御恩を返したいし、その御恩を仇で返したあいつらを、オレは絶対に許さん!」
「ちょっと、隊長、落ち着いてください」
あからさまに殺気を撒き散らしているので、モンスターが寄ってこないか心配になった。
ベルナールが気を落ち着けると、また俺達は歩き出した。
俺は元々、こういう暗いところでの肝試しは大っ嫌いだった。
何が楽しくて自分から怖いと思うことをするのか、そんな奴らはただのバカだと思ったものだ。
俺は実際、この場から今すぐ逃げ出したい気分にかられている。
それでも俺は、一人ではないことと助けなければいけない人がいるから、何とか踏ん張れているようなものだ。
俺たちは、運良くモンスターに遭遇することも無く、それでも慎重に警戒しながら森の奥まで進んでいった。
そして、俺の闘気の終着点、小さな木こり小屋にたどり着いた。
・・・・・・
―とある高級アパルトマンの一室―
ウフフ。
そう、証人は消えたのね。
どうしたの、そんなに怯えて?
大丈夫よ、例の文書はあたしが大事に保管しているわ。
本当に、あの御方の命令なのか、ですって?
ウフフ、そうよ。
あたしもあなたと同じ、あの御方の駒なのよ?
あなたは、あの御方に言われた通りやっただけですもの。
あなたは何も悪くないわよ。
あん!
もう、そんなに乱暴にして……
事が終わり、怯えていた男がベッドに安らかな寝顔をしているのを見て、女はクスリと笑った。
(男なんて、バカな生き物ね)
後は、彼らがうまく踊ってくれるだけ。
計画は順調に進んでいる。
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