第九節 密会

 俺ことアルセーヌが、自室のベッドで恐怖のあまり体を震わせている頃、王都中心部にある王妃の隠れ家で、3つの影が密会をしていた。


「やはり、1日では大した収穫はありませんか」


 王妃の初老の執事ジャックは、足を組んで椅子に座っている。

 朗報がなかったことは、さも当然のように表情を崩してはいない。


「まあな。俺様も気になる所を調べてはみたが、事前情報の裏付けになった程度だな」


 腕を組んで座っているギュスターヴは、厳しい目つきをしている。

 しかし、口調から焦っているわけではなさそうだ。


「そうっすか。オジキのとこもそんなもんでしたか」


 フィリップだけはまだ若いせいか、成果のないことに苛立ちを感じているような声だ。

 その証拠に、椅子に座りながら、がっくりと肩を落とした。


 ギュスターヴは、フィリップを見てやれやれというように、軽く言葉を返した。


「誰がオジキだ。ったくよ。その口ぶりじゃ、おめえに頼んだ出入り業者の件もたいした情報はなさそうだな?」

「へい。どこの業者もいつもどおりの人間、運ばれたものも特に変わった物はなしっす」

「そうですか。ならば、わかっている情報の整理でもいたしますか」


 ジャックは、ここまで分かっている情報を話し出した。


 事件が起こったのは、王宮内の第一会食場。

 主に王家の者たちが、国内外の招待客向けに使う会食場である。

 もちろん、王族に呼ばれる客たちなので、地位の高い者たちがほとんどである。

 今回呼ばれていただけでも、第二王子を含む王宮に住む王族たち、第二王子派の主流の大貴族たち、他の王子の派閥の大貴族たちや王直属の宰相の派閥、友好国の君主や大臣クラス、諸外国の外交官たち、そして、第七王子。


 第七王子は成人してから、第四王妃たちの住んでいる離宮から王宮に移り住んでいた。

 第四王妃と第九王女も招待されてはいたが、王妃は社交嫌いで有名であり、欠席は初めから誰もがわかっていた。

 この時の第七王子は、従者を一人連れているだけで、これだけの大物たちに囲まれ、誰の目にもつくことはなかった。

 しかし、第二王子は、このような取るに足らない存在であったはずの第七王子に話しかけ、自分の取り巻きの大貴族たちを紹介して、話の輪に取り込んだ。


 この時の第二王子は、最有力候補の第一王子との王位継承権争いで、少しでも優位に立とうと躍起になっていた。

 第七王子はまだ成人したばかりの15歳、母である第四王妃は離宮に住んでいて権力争いとは無縁、最も簡単に手に入れられる駒であることは、誰の目にも明白だった。

 事実、第二王子と第七王子は親子ほどの年の差があり、第二王子は自分の子供と同年代の異母弟を赤子の手をひねるかのように、取り込もうとしていたことは証言されている。


 ちなみに、このパーティーは王族とはいえ、このような場に手土産を持っていくのは当然であり、第七王子は早朝の狩りで仕留めたイノシシ型モンスターのベイブドンを手土産とした。

 このベイブドンも、他の手土産にされた食材とともにテーブルを彩った。


 都合の悪いことに、この日に第二王子の毒殺事件が起こってしまい、食材を持ってきた第七王子も容疑者の一人として疑われたということだ。

 ベイブドンの肉からは毒物が出ては来なかったので、一旦は王子も容疑者からは外された。

 しかし、第七王子は毒見役を通さず、衆人環視の中、第二王子のグラスにワインを注いでしまっていたのだ。

 その直後ではなかったので、遅効性の毒を盛ったのではないかと今度は疑われたのだ。

 さらに都合の悪いことに、たまたま解毒薬を持っていたせいで最有力容疑者にされてしまったのだった。


「それっておかしな話っすよね。もしオレが犯人だったら、そんなにバレバレのことはしませんよ?」


 フィリップは疑問に思って首をひねった。

 その疑問に、ギュスターヴは冷静に答えた。


「そういえば、お前がこの話を聞くのは初めてだったか。まあそうだな、こいつはおかしな話だ。それに、毒の入っていたと疑われた水差しが、発見されてもいないんだ」

「え!? それって明らかにおかしいっすよ! だったら、王子が疑われること何にもないじゃないっすか!」


 ギュスターヴの答えにフィリップは大きな声を上げた。

 ギュスターヴはフィリップの大声に顔をしかめた。


「バカ、声がでけえよ。 ……まあ、それだけだったら、疑われることすらなかったんだけどな」

「え? まだ何かあるんすか?」

「そこからは私が話しましょう」


 フィリップの疑問に、話を聞いていたジャックが答えた。


「実は、その時の殿下の従者が、この事件の直後から行方不明なのです」

「な!? そ、それって、マジでヤバイじゃないっすか」


 フィリップは驚きの声を上げそうになったが、何とか声を抑えることに成功した。

 ジャックはそのフィリップに頷いて、話を続けた。


「そういうことです。ただ、このように道筋がはっきりと見えてはいるのです」

「そうっすよ。その従者を見つければ、まだ可能性がありますぜ」

「そうとも言えねえんだよな。もしそいつが、どこかの敵対勢力に取り込まれていたら、どんな不利な証言をするかわからねえ。まあ、その従者がまだ生きてる可能性はかなり低いだろうな」


 ギュスターヴの発言に、フィリップはどういうことなのか想像して青ざめてしまった。

 ジャックもギュスターヴの意見に頷いて同意した。


「そういうことです。王家の闇の深さは、これぐらいまだまだ序の口です」


 フィリップは完全に顔面蒼白になってしまった。

 ギュスターヴは、安心させるようにフィリップの背中を叩いた。


「ま、そこまでビビるなよ。メインで動くのはあくまでも俺様だ。お前は慎重に動けば、目を付けられることもねえよ」

「ええ、そうですね。少なくとも、動く方向性は決まっていますからね。やはり、焦点となるのは、その従者が何者かになりますか」

「確か、その従者はあんたも知らないやつだったっけ?」

「はい。恥ずかしながら、殿下が成人されて、王宮に入られてからの交友関係は知らないのです。離宮にいた頃の従者は、全員置いていかれましたので」


 ジャックは困ったようにため息をついた。

 ギュスターヴは、少し考えるように何もない宙を見た。


「ふーん? だとすると、やっぱりその従者が鍵になるかもな。他にも、王子の交友関係、第二王子と他の派閥の関係性、へっ、疑わしいやつなんざ考えればいくらでも出てくるぜ。もしかしたら、外部の犯行の線もあるかもな」

「え、そうなんすか?」


 ピンとこないフィリップに、ジャックはギュスターヴの言葉を継いで説明した。


「ええ、もし、外部の犯行なら、例えば外国の刺客であれば、こんなに好都合なことはないですからね。もちろん、身元の不確かな者は会場には近づけませんでした。しかし、諸外国の大物たちが来ていましたから、一流の暗殺者が紛れていてもおかしくはありません。それに、標的を毒殺しただけではなく、他の誰かに罪を押し付けてしまえば、追手も来ませんし。ただ、この線はありませんね。第二王子は外交とは無縁ですし、何より、我が国とリスクを犯してまで敵対したい国は、この時代にはいません。しかも、あのような場でホスト国の王子を殺してしまったら、他の国からの制裁も恐ろしいですしね」

「ということは、第二王子がいなくなって得をする内部勢力がどこになるか、ということだな。だが、最優先は第七王子の従者の行方か」

「結局、話は戻ってしまいますが、そういうことです。それでは、話がまとまったので、私は離宮に戻ります。お二人とも、くれぐれもお気をつけください」


 ジャックはそう言い残すと、暗闇の中に消えていった。


 フィリップは事態の大きさにようやく気づいたのか、青い顔をしたまま俯いて座っていた。

「……なあ、無理だと思ったら、お前は抜けてもいいんだぞ?」


 ギュスターヴは椅子の背にもたれながら、静かに言葉を発した。

 その言葉に、フィリップはバッと顔を上げた。


「な、何言ってんすか! オレを指名したの、オジキじゃないっすか!」

「バカヤロウ。声でけえって言ってんだろうが。 ……まあ、もともと駆け出しの仕事じゃねえんだ。無理する必要はねえよ」

「……オレが、自分でも腕が立たないのはよくわかっています。そのオレを何で補佐に選んだんすか?」


 フィリップは不満そうに唇を噛んでいる。

 ギュスターヴは、そのフィリップを真面目な顔で真っ直ぐ見た。


「ああん? まあ、俺様も、お前に戦闘の才能がねえことぐらいすぐにわかったぜ。だけどな、あいつらの仲間として役に立とうと努力してんのもわかる。お前なりに役に立とうと裏方仕事をいつもやってんだろ?」

「そうっすけど、それが何か関係あるんすか?」


 ギュスターヴが何を言いたいのかわからなくて、フィリップは拗ねたように口をとがらせた。


「まあ、なんだ。一応、そういう裏方仕事ができるやつは、こういう捜査に役に立つんだよ。戦えねえやつでも、こういう情報収集能力を身につけているやつは、本当に実力のあるパーティー内で重宝されるんだ」


 ギュスターヴは言いにくそうに頭をかいた。

 フィリップは、ギュスターヴが自分を鍛えようとしていることに気づいて、やっといつもの調子の良さそうな顔で笑った。


「へへへ、やっぱオジキは優しいっすね?」

「バ、バカ言うじゃねえよ! 足引っ張ったら、即クビだぞ!」

「オジキ、声でけえっすよ」


 照れて大声を上げたギュスターヴを、今度はフィリップが揶揄した。

 二人は声を潜めて笑い合った。


「やっぱ、オジキはアニキが慕ってるだけはありますね」

「ああん? あのバカがか? そんな気はしねえけどな」

「いやあ、見てればすぐにわかりますよ。文句も言わずに、オジキの訓練を休まずにやってるじゃないっすか。あの減らず口の多いアニキがですよ。本気でオジキのやり方を信じてなかったら、あんなにきつい訓練だとすぐに逃げますよ。それでも真面目にやってるし。ドジも多いんすけどね」


 フィリップは、そのアルセーヌの様子を思い出して、笑いをこらえている。

 ギュスターヴも思い出して、頭をかいて苦笑いをした。


「まあ、確かにな。あいつは、バカなのか頭がいいのかよくわかんねえしな」

「そうなんスよ。マジメぶってるときに抜けてる時あるし。アニキはマジで意味分かんないくせに、不思議と人を惹きつけるんスよ。ロザリーの姉御もべた惚れっすからね」

「やっぱあのバカ、まだ気づいてねえの?」

「そうなんスよ、全くです。マリーの姐さんの胸見る時もそうっすけど、出先でいい女がいた時のアニキのスケベ顔はひどいっす。アニキは誰にもバレてないと思ってますし、その時の姉御の殺気にはマジでビビります」


 フィリップは、その時を思い出して、またニヤニヤと笑った。

 ギュスターヴは、簡単にその様子を想像できたようで、呆れてため息をついた。


「……どうしようもねえな、あのバカ」

「へい、どうしようないっす。でも、いざって時は堂々と体張るんすよ。何でか頼りにしちまうんスよね。だからオレはアニキについていくんス」


 確かによくわかんねえヤツだな、と言ってギュターヴは笑い、フィリップも一緒になって楽しそうに笑った。

 そして、二人の笑いが収まると、部屋の中は静かになった。


「よし、俺様達も帰るぞ。明日も忙しくなるからな。今夜はゆっくり休め」


 ギュスターヴがそう言うと、フィリップも頷いて席を立ち家路についた。


・・・・・・・・・


なるほど、計画に割り込む者たちが出てきたか。

ならば、計画を少し変更するか。

何?

本当に大丈夫なのかだって?

フッフッフ、心配するな。

何の問題もない。

この流れを止めることは、もう誰にも出来ないのだから。

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