第十節 急展開

 俺達が離宮にやってきて何日も経っているが、外では捜査が進んでいるのかよくわからない日々が続いていた。


 初日は、上司達のキャラの濃さに戸惑いはしたが、慣れればどうということはなかった。 

 慣れてしまうと、この平和で代わり映えのない日々に思わず気が緩みそうになる。


 俺の方は、初日のようなあからさまな嫌がらせもないし、ロザリーも聞いている話だと問題なさそうだった。

 レアは相変わらず王女と楽しそうに遊んでいるし、宮廷道化師は天職ではないのかと思ってしまう。


 王女は不満を口に出したせいなのか、おとなしく授業を受けている。

 息抜きにユニコーンで乗馬をしたり、レアとおしゃべりをしている時はお姫様とは思えない、年相応の10歳の女の子だった。


 もちろん、じゃじゃ馬らしさは残っていて、護衛である俺に剣を習いに来たり、代わりに俺に乗馬を教えてくれた。

 俺は、ユニコーンどころか馬ですら乗るのは初めてだったので、うまく乗れずに笑われたりもした。


 他にも、レアと一緒に屋根の上に登って踊ったりして、女中頭のデボラを困らせたりしたが、笑って許せる範囲内だった。


「アルセーヌ様たちが来てくれて、わたくしたちはとても助かっています」


 レアとダンスの稽古をしている王女を、少し離れて口元が緩んで見ていた俺に王妃は話しかけてきた。

 後ろには、幸の薄そうな王女の侍女のアンヌも一緒にいた。


 このアンヌも変わった女で窓や鏡、床など徹底的に磨く潔癖症だ。

 ここの使用人は、なぜか大なり小なり変わった人間が多い。

 王妃は眠れない夜が続いているのか、それとも慣れない有力貴族たちの接待をしているせいか、明らかに疲れをにじませていた。


「これは王妃様、もったいないお言葉ありがとうございます。どっちかと言えば、レアの方が遊んでもらっているみたいで、恐縮です」


 今日のレアは、怒りっぽいアヒルのきぐるみを着て、楽しそうに飛び跳ねている。

 こうして見ていると、仲の良い姉妹に見えてくる。

 俺と王妃はそんな二人を見て、同時に笑顔がこぼれた。


「そのようなことはありませんよ。あの子には遊び相手なんてずっといませんでしたから、これほど楽しそうにしているのは初めてです」

「それならばいいのですが。王妃様は王族らしさというのにこだわってなさそうなので、身分の低い俺達みたいなのには、とても助かります」


 俺がそう言うと、王妃は嬉しそうに目を細めたが、すぐに表情を曇らせた。


「ですが、上の息子には、それが良くなかったのかもしれません」

「そうなのですか? 俺はまだお会いしたことがないので、わかりかねますが」


 俺が正直に言うと、王妃は王子について説明してくれた。


「上の息子は、下の娘とは正反対の性格をしています。いつも静かに、誰も側に寄せ付けず、本を読んでいるような子供でした。息子は、幼い頃は王宮で育ちましたから、きっとこの離宮の生活が退屈だったのでしょうね。わたくし自身、息子が幼い頃は乳母に任せっきりでしたので、何も知らないと言っていいかもしれません。息子はずっと、自分の意見を言うこともなかったのですが、成人したらいきなり王宮へ行くと言い出したのです。わたくしは反対をしたのですが、止められませんでした」


 王妃はその日のことを思い出したのか、言葉を詰まらせた。

 少し間をおいて、また話を続けた。


「わたくしが何を言っても、子供扱いをするように息子に理路整然と簡単にあしらわれてしまいました。本当に驚きました。初めて、息子のことを知ったと思いました。もしかしたら、わたくしのことも、ずっと内心バカにしていたのかもしれません。息子はわたくしなんかよりも、はるかに頭がいいのです。わたくしでは、何も出来ませんでした。いえ、本当は止める気がなかったのかもしれません。わたくしは思ってしまったのです。この子は、あの悪魔のように恐ろしい、父親の血を色濃く受け継いだのではないのかと」


 王妃は、王のことを本気で恐れているのか、両腕で自分の体を抱き抱えて震えた。

 ひどいと思われるかもしれないが、俺はもう少し話を続けさせた。


「王妃様は、その時の事を後悔されているのですね?」

「後悔、ですか? わかりません。ですが、わたくしは自分の子供を恐ろしく思ってしまったダメな母親です。もしかしたら、今こんな目に遭っているのは、自分の責任から逃げてしまったせいかもしれません」


 王妃は自嘲気味に小さく笑った。

 でも、俺はそんな王妃を責る気はまったくなかった。


「そうなのでしょうか? 王妃様は今、その息子である王子様の冤罪を晴らそうと必死になっています。その王妃様のどこがダメな母親なのでしょうか?」

「ですが、もしあの時ためらわずに止めていたら。いえ、息子が小さい時からもっと話し合っていれば」

「王妃様、仮定の話は誰にもわかりません。この世界の女神様にだってわからないことです」

「そう、なのでしょうか?」

「ええ、そうです。俺達を、いえ、ギュスターヴさんを信じて待っていてください。きっといい結果を持って帰ってくるでしょう。ギュスターヴさんはこう言ってませんでしたか?」


 俺はできるだけ最高の笑顔を王妃に向けた。


「今度こそ王妃様をお守りすると」


 王妃は目を見開き、口に手を当てて赤い顔をした。


「まあ! 大人をからかうものではありませんよ。ですが、少しスッキリしました」


 王妃は本当にスッキリしたように笑った。

 俺もまた、笑顔で仰々しく頭を下げてみせた。


「でしたら、光栄の極みです」

「ふふふ、本当にアルセーヌ様は不思議な方ですね。とても、自分の子供と同い年とは思えません」


 王妃はそう言って笑うと、不思議そうに俺達を見ていた子どもたちの元へと歩いていった。


 王妃も子どもたちと一緒に稽古に混じり、ちょっとお固い使用人のデボラ達は戸惑っていた。

 王妃は苦悩をほんの一瞬だけ忘れて、幸せそうに見える。


 こうして見ていると、どうして俺は元の世界で家庭を持たなかったのだろうか、と少し胸が苦しくなった。

 だけど、その選択をしなかったからこそ、今の俺がいることもわかっている。

 それでももしかしたら、俺にも違う人生があったのかもしれない、と少し考えさせられてしまった。

 

 この日もまた、何事もなく終えようとしていた。

 辺りは暗くなり、日課の素振りをしていると、茂みの奥から物音が聞こえてきた。

 ただの小動物か、もしかしたら不審者が侵入したのかもしれない。

 俺は素振りを止め、呼吸を整えると慎重に茂みの中に入っていった。


 音を立てないように慎重に進んでいくと、少し開けた場所にある大きい木の前で、若い執事見習いのクロードと王女の家庭教師のシャルロットが何かを話し込んでいた。


 なるほど、二人はデキていたのか。

 俺は青○の邪魔をせずに、そっと帰ろうとした。

 その時に、不穏な会話が聞こえてしまった。


「ちょっと! あたし達いつまでここにいるのよ!」


 暗くてはっきりとはわからないが、シャルロットは明らかに不満そうな声を上げている。

 隠す気のないシャルロットの大きい声に、クロードは慌てているようだ。


「おいおい、あんまり大きい声を上げるなよ。合図があるまで、僕たちは待機の命令だろ?」


 待機?

 二人はどこかのスパイなのだろうか?

 王子の件の関係なのかどうかは、情報のない俺には判断がつかない。

 俺は、大人しく二人の会話を聞くことにした。


「わかってるわよ。でも、ずっとここにいたら退屈で死にそうだわ。王宮に戻りたいわ」

「まあ、そう言うな。ここはここで楽しみはあるよ」

「はぁ、あんた飽きないわね? また侍女に手を出して、オバハンに怒られるわよ」

「オバハン? デボラさんのことか? 彼女は少し年はいっているけど、まだまだイケると思うよ」

「……あんたもある意味病気だわ」


 チャラ男な発言をするクロードに、シャルロットの声は冷たい。


「君ももっと楽しみな。新しくきた彼とかいいんじゃないの?」


 おや、俺のことか?

 こいつ、なかなかいいとこあるじゃないか。

 ぐへへ、この爆乳なら夜のメロン狩りが楽しめそうだぜ、なんてな。


「彼? ……ああ、あいつか。あれはないわ。貧乏くさそうだし、胡散臭いし、金なさそうだし」


 ぐわあああ!

 何で二回も金ないのを強調するかな。

 実際、貧乏なのは間違いないから否定出来ないけど。


「とりあえず、あの御方と連絡取れるのはあんたなんだから。早くどうにかするように頼んでよ」

「うん、そうだな。でも、もうすぐ僕たちの出番も来るよ。事件を嗅ぎ回ってる連中もいるみたいだし」

「ちょっと、それって大丈夫なの? あたしたちのこともバレないでしょうね?」

「大丈夫だ。あの御方の計画は僕でも全部を理解できないぐらいさ」

「……元々、あんたそんなに頭良くないでしょ。下半身で生きてるくせに」

「まあ、僕はもてるからね。君もいつまでも玉の輿を狙ってたら婚期を逃すよ?」

「うるさいわね! ……とりあえず、もう帰りましょう。遅くなると怪しまれるわよ」


 二人は別々の方向の茂みから出ていった。


 少しずつきな臭くなってきたな。

 事件は間違いなく、王子のことを言っているのだろう。

 だが、計画か。

 あの御方とかいうのも気になる存在だし、これは俺一人の手に負えない問題だな。


 ジャックに報告するべきだろうか?

 ギュスターヴとの捜査はどこまで進んでいるのだろうか?


 あいつらの話だと、嗅ぎ回っていることはバレている。

 だけど、誰がどこまでというのはわからない。


 この話をして余計な気を散らしてしまうのではないだろうか?

 この件は、ここにいる俺達護衛班の仕事なのだろうか?

 ロザリーにも話しておくべきことだろうか?


 よくわからない。

 俺は元々、推理小説を読んでいても、最後の最後までトリックも犯人もわからない男だ。

 俺が自分で考えて行動しても、良い結果にはならないだろう。

 とりあえず明日の朝、ジャックを見つけてこっそり相談するか。


 俺はベッドに入ったが、悶々と考えすぎてよく眠れないまま、朝になってしまった。

 体はだるかったが、仕事をこなしつつジャックを探した。

 しかし、見つからなかったので王妃に聞いてみると、昨日から帰ってきていないようだった。

 もしかしたら、捜査に進展があったのかもしれない。

 探すのを諦めたところに、ロザリーが休憩している所を見かけた。


「おはよう、ロザリー。今時間ある?」

「おはよう、アル。うん、大丈夫だよ」


 メイド係が何をやるのかは俺にはわからないが、少しお疲れのように見える。

 ロザリーが、はぁ、とため息をちょうどついたところだった。


「大丈夫、ロザリー? 何かお疲れに見えるけど」

「うん、ちょっとストレスがね。でも、大丈夫。それより何か話でもあるの?」


 俺は、ロザリーに昨夜見かけたことを話した。


 話を聞いたロザリーは、驚愕の表情で声を上げた。


「え!? あの二人が?」

「そうなんだよ。たまたま聞いただけなんだけど、でも、外ではかなり進展があるかもしれない。昨日からジャックさんも帰ってきてないし」

「そっか、だったら私達はもっと気を引き締めないとね。計画っていうのが何かわからないけど、この離宮でも何か仕掛けてくるかもしれないわ」


 俺達はお互いに、クロードとシャルロットの行動を見張ることにした。

 俺達はお互いの仕事に戻り、慎重に行動することを約束した。


 しかし、あの二人は夕方になっても怪しい行動はなく、この日はもう終わりそうになっていた。


 俺は焦っていたのだろうか?

 注意力が散漫になっていたのかもしれない。

 廊下の曲がり角で人にぶつかり、相手を押し倒してしまった。

 お約束に俺の顔と両手には、柔らかい巨大なマシュマロのような心地よい感触に包まれている。


 え?

 何この唐突なラブコメ展開は?

 でも、顔をこのまま母なる大地にうずめていたい。

 ふへえ、この重量感たっぷりの質量はおそらく俺のターゲットのシャルロットだな、って……

 やべえ!?


「は! ご、ごめんなさい! わ、わざとじゃないんです!」


 俺は焦って立ち上がり、ありきたりな弁解をした。

 シャルロットは無言で立ち上がり、手でホコリを払っている。


「ええ、大丈夫よ。気をつけて歩きなさい。この虫けらが!」


 シャルロットはそれ以上は何も言わなかったが、ゴミクズを見下す視線に思わず、俺は後ずさりをしてしまった。

 俺の開けた道を、シャルロットはつかつかと歩いていった。


 ホッとしたのも束の間、今度は背後から氷のような冷たい殺気を感じた。


「ア~ル~? あんたは一体、何をやっているのかな?」

「あ、ロ、ロザリー。ちょ、ちょっと待ってくれ。今のは不可抗力、で!?」


 俺の言い訳を聞き終わらないうちに、ロザリーは氷弾を投げつけてきた。


「ぎゃ、いた!? や、やめ……」

「慎重に行動するって約束しておきながら何やってるのよ! しかも、今日の朝の話でしょ! バカでしょ、ほんっとにバカでしょ! 私はもう知らないからね!」

「ロ、ロザリー、待って~」


 ボコボコに氷弾を投げつけられた俺は、廊下に置き去りにされた。


 この日の夜、ロザリーに呆れられてしまった俺は、一人で昨夜の二人の密会場所で張り込みをしていた。

 シャルロットはすでに来ていて、クロードを待っているようだった。


 しばらくするとクロードがやってきた。

 この時に、俺は声を上げそうになった。

 クロードは眠っている王女を腕にかかえていた。


「遅かったわね? 誰にも見られていないでしょうね」


 シャルロットはかなり緊張しているかのような早口だった。

 逆に、クロードは状況をわかっているのか、のんびりした口調だ。


「ああ、大丈夫だよ。僕の睡眠魔法で、一緒にいたネコもデボラもぐっすりさ」

「そう。だったらさっさと行きましょう。合流場所でこのお姫様を渡したらすぐにおさらばしましょう」

「ああ、この国ともこれでお別れか。まあいいや、欲しい物も手に入るし」


 クロードとシャルロットは、さらに茂みの中を奥へと進んでいった。


 くそ!

 ジャックがいない時にこんなことになるとは。

 ロザリーを怒らせるべきじゃなかった。

 本当にバカだ、俺は。

 俺は二人を追いかけようとしたら、頭に強い衝撃を受けて意識を失った。


・・・・・・


―王都内のとある裏路地―


「く、くそ! 隠れて指示を待てばいいと言っていたのに、話が違うじゃないか!」


 そこでは、ある若い男が逃げ回るように走り回っていた。

 傾いた石畳で足が取られ、前のめりに転んでしまった。

 そこに、二つの黒い影が近付いてきた。


「よう? これ以上は逃げらんねえぜ?」

「そうっすよ、大人しく付いてきてほしいっすね?」


 その黒い影達は、ギュスターヴとフィリップだった。

 その男はもう逃げられないと観念したのか、大人しく二人に捕まった。


「さあて、行くぜ! 知ってることを洗いざらい話してもらうからな!」


 ギュスターヴはニィっと笑い、男は青ざめた顔をし、覚束ない足取りで連れられていった。

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