第八節 チーム

 俺達会食の警護組は仕事が終わったので、使用人の集会場で昼休憩をした。

 俺達使用人が食べるものは、会食では使えない材料の残り物の賄いだ。

 もちろん、そんなことで文句を言うやつは誰もいない。


「アルセーヌ、さっきはよくやった」


 そう言いながら、俺の上司の警備隊長ベルナールは穏やかな表情で俺の肩を揉んでいる。

 他の隊員たちは、俺達とは話をしようとせず、遠巻きに見ているだけだ。


「ありがとうございます、隊長。俺でも役に立ててよかったですよ」


 この隊長は、いかつい見た目とは違ってねぎらい上手のようだ。

 絶妙な力加減でなかなか気持ちいい。

 俺が礼を言うと、隊長は嬉しそうに少し顔を赤くした。


「お前は素晴らしい男だ。腕が立つだけではなく、サービス精神というのもよくわかっているとはな」

「いえいえ、買いかぶりですよ、隊長。世の中には、俺より強い人なんてゴロゴロいますから。ただ、先輩たちが弱すぎるのが心配ですね。何かあった時、大丈夫ですか?」


 俺はわざと、他の連中にも聞こえるような声で喋っている。

 期待はしないが、俺達を妨害しようとする奴らが表に出てくればいいかな、と思ったからだ。 


 みんな苦々しい顔をしたが、誰もこんな安っぽい挑発には乗ってはこなかった。

 ベルナールは、俺が調子に乗っているのかと思ったのか、厳しい口調ではないが俺をたしなめた。


「そう言うな、アルセーヌよ。この離宮は、王宮に比べればはるかに平和なのだからな。ここには腕の立つ者がいなくて当然だ。ただ、それでもみんなよくやってくれている」

「あ、すいません隊長。ちょっと調子に乗ったことを言ってしまいました」


 さすがに言い過ぎたかな。

 これでは、無関心な人間まで敵に回してしまうかもしれない。

 ちょっと反省。


「ふ、気にするな。だが、お前の言ったことは事実だ。みんな良家の貴族の若者たちなのだ、実戦経験がないから弱いのは本当のことだ。お前が皆の意識を変えてくれればいいとは思っている」

「な、何すか、隊長。初日の俺にどこまで期待してるんですか?」

「……よし、休憩は終わりだ。今から王女様のところへ案内する。行くぞ」


 ベルナールはそう言うと、俺の両肩をバシッと力強く叩いた。

 俺は、それを合図に立ち上がった。


 俺達は王女の元へと行くため、再び王妃の屋敷へと戻っていった。

 王女の部屋の前で、ベルナールがノックをしようとしたら、中から楽しそうな声が聞こえてきた。


「まあ! それは本当なのですか?」


 これは王女の声だろうか、丁寧な言葉遣いとは裏腹に、割れんばかりの笑い声だ。


「ハイですニャ! ご主人たまは、いつもロザ姉たまに怒られていますニャ!」


 このニャーニャー言っているのは、レアだな。

 こんなところで何をしているのかは知らないが、俺をネタにかなり盛り上がっている。


 隊長は苦笑いをしながら、ノックをした。

 部屋の中からメイド服を着た、まだ若くて少し幸の薄そうな顔の侍女が開けてくれた。


「ニャー! ご主人たまー!」


 レアは俺を見ると、満面の笑みで飛びついてきた。


「……レア、なんつう格好してんの?」


 レアは某ネズミの着ぐるみを着ていた。

 俺は、なんて危険なものを着ているのだろうかと唖然としてしまった。


「レアは宮廷道化師? っていうのになって、王女たまと遊んでいますニャ! この服を着るように言われましたニャ!」


 レアは、俺とロザリーの苦労とは無関係に、脳天気に笑っている。


 後で聞いた話だが、初めはロザリーと同じくメイドになるはずだったが、失敗が多すぎて王妃が困った挙げ句に、宮廷道化師にしたそうだ。


 レアは元々獣人だから、仮装した上に着ぐるみを着たような不思議な感じになっている。

 確かに、レアができる仕事はこれぐらいだろうと、初めからわかってはいた。


「あら、アルセーヌ様、プクク。よ、よくおこしくださいました、ハハハ」


 王女は出迎えてはくれたのだが、笑いを我慢しきれていなかった。


 レアは一体どんな話をしたんだよ!

 俺はレアをキッと睨みつけた。

 しかし、それを怒られているとは気づかず、フニャーンと笑顔のままだ。


 ……うん、分かってはいた。

 やっぱり、うちの子って、おバカだ。


「姫様。挨拶はどのような時にでもしっかりするように、といつも言っていますよね?」


 部屋の奥から、女中頭のデボラが無表情に刺すような目をして、笑っている王女をたしなめた。

 王女はその言葉で、背筋をピンと伸ばして、俺に挨拶をし直した。


「失礼いたしました、アルセーヌ様。改めまして、ヴィクトリアでございます」

「はい、王女様! 私はアルセーヌでございます。本日から王女様の護衛を務めさせていただくことになり、光栄であります!」


 なぜか、俺もムチで打たれたかのように焦って、バカ丁寧に挨拶をしてしまった。

 やっぱり俺、この人苦手だわー、と思いながらデボラを見た。


 部屋の端っこで、椅子に背筋をピンと伸ばして座っている。

 一目で厳しそうだというのはわかるのだが、表情がほとんど変わらないのでそれ以上の情報がわからない女性でもある。


「姫様、これからは文学のお勉強の時間です。私はシャルロットと交代いたしますが、しっかりと勉学に励みますように」

「ええ? もっとレアちゃんとお話したいですわ」


 王女はあからさまに不満そうにむくれた。

 レアは、王女の言葉に楽しそうに調子に乗ってしまった。


「そうですニャ! レアももっと王女たまと遊びたいですニャ!」

「お黙りなさい!」


 デボラはレアをキッと怒鳴りつけた。

 レアはびっくりして、フニャ!? と飛び上がってしまった。

 やっぱり、デボラに厳しく怒られた。


「道化師風情が調子に乗ってはいけません! ……ふぅ、よろしいですか、姫様? 人の上に立つということは、教養をしっかりと身につけるのも大事なことなのです。王族として恥ずかしくないようにしてください」

「……はい」


 王女はしおらしく、しゅんとしてしまった。

 その様子を見て、デボラは軽くため息をついて、交代するため部屋を出ていった。


 それを見送ったら、王女の目がきゅぴんと光った気がした。

 王女はタタタと窓へ走って行くと、勢いよく開け放ち、そのままぴょんと飛び降りてしまった。


 え?

 いきなり何やってんの、あのお姫様!?

 え、え?

 じ、自殺?


 俺は急いで窓に駆け寄って、身を乗り出して外を見た。

 下に大量にあった麦わらから、もぞもぞと王女が出てきた。

 全身麦わらだらけの王女が、俺達を笑顔で手招きしている。


 俺の横にいたレアも、ためらいなくそのまま飛び降りた。

 レアも王女の隣に並んで、俺がやってくるのを笑顔で待っている。


 これって、俺が止めないといけない立場だよな?

 どうしようか考えていたら、後ろで部屋のドアが開く音がした。


 あの色っぽい乳は確か、家庭教師のシャルロットだ。

 俺はとっさに飛び降りてしまった。


「さあ、皆様、逃げますよ!」

「ハイですニャ!」


 王女はそのまま勢いよく、庭園の茂みへと入っていった。

 レアも続いて走っていってしまった。


「デボラさん! また姫様が脱走しました!」


 げ!

 やべえ、俺も逃げねえと!

 麦わらだらけの俺は、急いで王女たちの後を追いかけた。


 俺達は王女に連れられて歩いていくと、それほど広くはない池に到着した。

 ボートに乗るための桟橋があり、俺達はその上で足をゆったりさせながら座った。

 池が日の光を反射して、少し眩しい。


「うふふ、面白いお二人がせっかく来たというのに、お勉強なんてやってられませんわ!」

「ですニャ!」


 王女は桟橋で、足をブラブラさせながら笑っている。

 レアも王女の隣りに座って、同じようにしている。


「うーん、初日にこんなことしたら、明日には俺達いないかもしれませんよ?」


 冷静に考えてみると、かなりやってしまった感がある。

 せっかくやる気になったのに、いきなりこれではため息が出てしまう。

 流石にクビにはならないだろうけど、怒られるだろうな。


「あら? 皆様は母上から直接依頼を受けたのでしょう? この程度のこと問題ありませんわ」

「あれ? 姫様、そのことご存知だったのですか?」

「ええ、もちろんですわ。わたくしたちが冒険者ギルドに伺った次の日に皆様が来られたのですもの、それぐらいはわたくしでもわかります」


 王女は自慢するように、フフンと成長期のなだらかな胸を張った。

 ふむ、王妃から直接聞いたわけではなさそうだな。

 じゃじゃ馬だけど、頭は悪くないようだ。


「そんなことよりも、会食の演出はどうやったのですか? わたくしは、あんなにドキドキしたのは初めてです!」

「そうですニャ! レアも見てみたかったですニャ!」


 二人の少女たちは、目をキラキラ輝かせながら俺を見ていた。

 そのせいで、俺はちょっと調子に乗って種明かしをしてしまった。

 それほど大したものではないのだが、こうまで喜んでくれるのは嬉しいと言えば嬉しい。


 俺の闘気は、体のどこか一部にでもくっついていれば、かなり硬質化する。

 しかし、ほんの少しでも離れると急激に効果が下がり、ただの透明な光になってすぐに消える。

 ただのハッタリを効かせた即興の演出だったのだが、試してみたら成功しただけのことだ。

 もし、効果が薄れてなければ、あれが阿鼻驚嘆の地獄絵図になっていたわけだが。


「すばらしいです! 冒険者というのは、わたくしの憧れなのです!」


 ああ、なるほど。

 これで何となく納得してしまった。

 だから、このお姫様は俺達と仲良くしようとしているのだろう。


 しかし、実際の冒険者というのは大したことはなく、物語の中の英雄たちとは違う。

 そんなものは、後世の作家によって面白おかしく、大げさに脚色されたものばかりだ。

 世間知らずのお姫様には、そんなことを知るすべはないのだから、仕方がないと思う。


「そうですニャ! ご主人たまはすごい冒険者ですニャ!」


 レアは、俺と初めて出会った時の話を、王女に語りだした。

 奴隷狩りのくだりから如何に俺に助けられたのかとか、聞いていて俺は恥ずかしさのあまり悶死しそうだった。

 レアの目にどんなフィルターがかかっているのか、俺は誰それ? っていうぐらいのカッコいい人物になっていた。


「あ、あの、レアちゃん? お、俺、そんなことしたっけ?」

「ハイですニャ! レアが生きる希望もなくしていた時に、ご主人たまの愛の抱擁でレアは救われましたニャ! その時からレアは、ご主人たまに一生付いていくと決めましたニャ!」


 愛、の、抱、擁?

 何、それ?

 う、うん、確かに抱きしめたことはあるさ。


「まあ! すばらしいですわ! 主従を超えた愛なんて。そのような愛の物語、感動いたします!」


 二人共、そんなにキラキラした目で、愛、愛、言わないでよ。

 俺が子供に手を出すヤバイ人みたいじゃないか!

 い、いや、親と子の愛もあるんだ。

 うん、セーフだ、セーフ!


「愛といえば、母上とギュスターヴ様も、昔きっと、ロマンスがあったに違いありませんわ!」

「ニャー! 王妃たまとギュスターヴたま! うん、お似合いですニャ!」


 二人はキャーキャー、ニャーニャーと盛り上がっている。

 よかった。

 二人の関心が俺から離れてくれた。


 そういえば、レアってギュスターヴのアル中姿を見たことないんだっけ?

 レアが来てから、酔っ払ってるのって1回もないな。

 確かに、今のギュスターヴなら、王妃の騎士というのはかなり絵になるな。

 あのおっさんも、ちゃんとしてれば渋いナイスミドルだし。


「わたくしは、ギュスターヴ様が父親だったらなあと思ってしまいます。ここから出ていきたいです」


 俺は、おやっと思ってしまった。

 王女は急に悲しげな表情になった。


「皆様が来た理由って、兄上のことでしょう? 母上はわたくしに何も言いませんけど、色々なところから兄上の噂話が聞こえてきます」


 それはそうだな。

 こんな箱庭の中でも、他の使用人たちがたくさんいるんだ、噂話なんていくらでも耳に入るに違いない。

 そんな中、自分は子供扱いで蚊帳の外だから、余計に不安を感じるのだろう。

 本当は、その不安を誰かに打ち明けたかったのかもしれない。


「姫様」

「はい、何でしょうか?」


 俺は真面目な顔をして、王女に呼びかけると王女は俺の方に顔を向けた。


「姫様は、王妃様を信頼されていますか?」

「もちろんですわ!」


 王女は心外だと批判するような目で俺を見た。

 俺は、文句を言おうとする王女の先に言葉を発した。


「でしたら、その信頼されている母上である王妃様が、最も信頼するジャックさんとギュスターヴさんが、兄上である王子様の冤罪を晴らすために動いています。その二人も信頼できますか?」


 王女はその言葉に無言で頷いた。

 やっぱり頭も良さそうだし、人の気持ちも想像できる心を持ち合わせているようだ。

 この王女の心に響きそうな言葉を少し考えた。


「そうですか。俺達三人、レアもロザリーもその二人が動きやすいようにそれぞれ仕事をしています。俺達冒険者は、チームが最高の結果を得るために行動するものです。そのために、みんな自分の仕事を頑張っています。もしよろしければ、姫様もこのチームに入ってくださいませんか?」

「え、わたくしがですか?」

「はい、そうです。姫様は賢い御方です。きっと、二人が動きやすいように御自身のお仕事がわかっているはずです。もし、姫様がお困りの時は、俺もチームのメンバーとしてお助けします」

「……本当ですか? アルセーヌ様をお呼びしてもよろしいのですか?」

「ええ、その時は飛んでいきましょう!」

「えへへ、ありがとうございます。わたくしもチームとして仕事をいたします。それでは、屋敷に戻りましょう!」

「「はい(ニャ)!!」」


 俺達は、元気に屋敷に戻っていった。


 屋敷の前では、デボラが無表情で俺達を待ち構えていた。

 正直、俺はちょっと怖かった。


「姫様、お戻りいただきありがとうございます」


 でも、無表情なままだが、デボラの口調は穏やかだった。


 あれ?

 思っていた反応と違うな。

 もっと、こうヒステリックに喚くものだと思っていたが。


「ごめんなさい、デボラ。まだお時間は大丈夫でしょうか?」

「ええ、もちろんですよ、姫様。どうぞ中へお入りください」


 そう言われると、王女は屋敷の中へと入っていった。

 デボラは外に残り、俺達の方を向いた。


「姫様をご無事に連れ戻してくださいまして、ありがとうございます」

「え? あの、お、怒らないんですか?」

「怒る? どうしてでしょうか? アルセーヌさんは、ご自分のお仕事をされたのでしょう?」

「え? それって……」


 もしかして、聞かれてた?


「私もそのチームに入れてください、ふふ」


 あ、この人ちゃんと笑えるんだ。

 しかも、笑うと意外と美人かも。


「ご主人たま、鼻の下が伸びてますニャ」


 レアは少し毛を逆立たせて、頬を膨らませている。

 ちょっと焦る俺を見て、デボラは少し笑い声を上げた。


 この日は、これ以上特に問題は起こることもなく、日が暮れた。

 寝る前に、俺は宿舎の外で一人で素振りをしていた。

 レアは王女の部屋で、おしゃべりに夢中のようだ。

 俺もぼちぼち切り上げて、風呂にでも入って寝ようと思ったら、暗闇から声をかけられた。 


「ご苦労さまです、アルセーヌ様。精が出ますね?」

「これは王妃様。こんな遅くにどうされました?」


 王妃はすっと静かにやって来て、穏やかな笑顔を浮かべている。

 俺は、王妃の方に体を向けて貴族っぽく胸に手を当てて頭を下げた。


「ふふ、アルセーヌ様には感謝の言葉もありませんよ。本日だけで、どれだけ助けていただいたか」

「いえ、これぐらいのこと、自分の仕事をしたまでですよ」

「そのようなことはありませんよ。あの子が大人しく人の言うことを聞くなんて、初めてですからね」


 王妃はその事を思いだしたのかクスクスと笑った。

 なるほど、王妃の機嫌の良い理由が分かった。


「もしかして、姫様とお話をされたようですね?」

「ええ、あの子の兄のことをちゃんと話しました。デボラにも言われてしまいましてね。あの子が最近、特に言うことを聞かないのはそのせいじゃないかって。やっぱり、隠していても子供にはわかってしまうものなのですね」

「そのようですね。子供って親のことをよく見てるんだなって思います。俺も、レアを子供のように思っていますし」

「あら? 娘に聞いた話とは少し違いますね。お二人はもっと親密な関係だとばかり」

「いやいや、まさかそんな」


 焦る俺を見て、王妃はまた笑った。

 どうやら、からかわれたようだ。


「アルセーヌ様は、本当に不思議な方ですね。あなたのおかげで、昔のギュスターヴが戻ってきたのでしょうね」

「え!? それは買いかぶりですよ。あの人には、いつも怒られてるだけですよ」


 俺がいつものしごかれっぷりを話すと、王妃はまた楽しそうに笑った。

 俺は聞いていいものか迷ったが、気になっていたので聞いてみた。


「そういえば、お二人って昔からの知り合いのような話を」

「はい、そうです。わたくし達は幼馴染なのですよ。わたくしは元は隣のブリタニカ王国の出身なのです」 

「え、そうなのですか!」


 俺は驚いたが、内心納得だな。

 メアリーとかヴィクトリアって、イギリス系の名前だもんな。

 この国は、フランス系の名前がほとんどだ。


「ええ、わたくしの父はブリタニカの王族で、この国フランボワーズ王国との外交を務めていました。こちらに滞在している時の護衛騎士の一人が、ギュスターヴの父でして、そのこともあり、わたくしとギュスターヴは兄妹のように育ちました」

「なるほど、そういうご関係でしたか」

「ええ。その後、色々とあって疎遠になっていたのですが、わたくしが今でも信頼していることには変わりありません」


 王妃はその当時を懐かしんでいるのか、にこやかに遠い目をしている。


 俺はこれ以上、二人のプライバシーをつつく気はなかった。

 俺と王妃はこれで話を終えて、お互いの部屋へと帰っていった。


 二人に何があったのかはわからないが、今でも信頼関係がちゃんとあることを確認できただけでも、この仕事をやる価値がある。

 ギュスターヴを信頼して、俺は自分の仕事にベストを尽くすだけだ。

 この仕事楽しくなってきた!

 

 俺は、汗を流すために風呂に入ってから寝ることにした。

 ここは大浴場になっていて、日本人の俺としては足の伸ばせる風呂はありがたい。

 俺は嬉しくなって、浴室のドアを勢いよく開けた。

 俺の上司の警備隊長のベルナールが、ちょうど頭を洗っているところだった。


「あ、隊長、お疲れ様です! 遅い風呂ですね?」

「・・・・・・・・・ぽ」


 え?

 何このおっさん顔を赤くしてんの?


「アルセーヌよ。俺はまだ心の準備が出来ていないぞ」


 俺は、そっとドアを閉めた。

 えっと、このおっさん、ねぎらい上手じゃなかった。


 あのボディータッチは、俺のケツの穴を狙ってたのか!

 前言撤回!!

 ここに来たこと、凄え後悔した!!!


・・・・・・


 ギュスターヴは、王宮の騎士団の詰め所にいた。

 王宮の捜査担当者に会いに来たわけだが、当然歓迎されなかった。


 かつてギュスターヴが王宮に近衛騎士として在籍していたのは、すでに15年以上前のことだった。

 すでにギュスターヴを知っている相手もおらず、いきなり現れても相手にする者は誰もいなかった。

 ギュスターヴは出直そうかと踵を返そうとしたところだった。


「ほう? 懐かしい顔がいるではないか!」


 その相手は、初老の白い口ひげの生えた男、金色の輝く派手な甲冑を身に付けていた。

 ギュスターヴは一瞬、誰なのかわからないといった顔をしたが、すぐにその相手に思い至ったようだ。


「おお! まさか、アルマン殿か!?」


 ギュスターヴは相好を崩し、目の前の相手と肩を抱き合った。


「ハハハ! 生きていたか『爆炎剣』!」

「やめてくださいよ、『疾風剣』殿!」


 ギュスターヴは照れたように笑い、軽く事情を話した。


「……そうか。今は冒険者をやっているのか」

「ええ、それなりにやってますよ。でも、まさか、あの『三勇士』筆頭が、近衛騎士長に出世していたとは」

「ふ! そんなもの大したことではない。長く騎士をやって来ただけだ。 ……すまないな。あの時、お前をかばってやれなくて」


 アルマンは申し訳無さそうに俯いた。

 ギュスターヴは、気にしていないとでもいうように、首を小さく振るだけだった。


「あの時の罪滅ぼしというわけではないが、捜査担当者に話を通してやる」

「あ、ありがとうございます!」


 ギュスターヴは、アルマンの後について、捜査担当者の元へと案内された。


 ここでもまた、不穏な気配があった。


「……チッ! こいつは、計画が狂いそうだぜ」

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