第七節 会食
俺は警備隊の二人を瞬殺したことで、あっさりと王女の専属護衛を認められた。
隊長のベルナールが立会人となったので、最早反対する者もなく、あっけないものだった。
俺は、警備隊の騎士の鎧を支給されてこの場で装備した。
見た目は綺羅びやかで、俺がいつも使っている皮の鎧よりは丈夫そうだが、実に動きにくかった。
俺は、オーガ戦で剣と盾が壊れてしまったので、その後、新しい装備を新調していた。
その装備代は、ロチルドが全て出してくれた。
息子のフィリップを更生させた報酬だった。
その後からフィリップは、俺のパーティーの一員として働いているのだが、更生したかどうかは俺にはよくわからない。
ロチルドがそう思ってくれたのならそれで良しとしよう。
で、その新しい装備が今持っている銀の剣、銀の盾、銀製が一番闘気のノリが良いので、この2つはすぐに決まった。
銀製は注意が必要で、普通に使えばただの鉄製よりも脆い。
だから、使う時は常に闘気を纏わせる必要がある。
俺の夢幻闘気の場合は、10%でただの鉄製の硬度に匹敵し、50%もあれば俺の全力の闘気を乗っけた鉄製をも超える。
それだけ、銀はオーラ伝導率が高い素材だ。
次に鎧になったのだが、既成品の銀製はいまいち動きにくく、俺の体に合わせた特注も作ってくれるという話になった。
しかし、できるまで時間がかかるので、結局動きやすい皮の鎧にした。
同様にブーツも風魔法の付加がついている、動きやすく軽い革製のブーツを履いている。
どの生物の皮なのかはわからないが、使いやすいので重宝している。
しかし、ここでは鋼鉄製の騎士の鎧が制服代わりなので、重くて動きにくいが装備を変えた。
剣と盾は自由だったので、そのまま使い慣れているいつもの剣と盾にした。
見た目重視の感じだが、戦時中ではないのでこれでもいいのかなとは思う。
そんなこんなでバタバタとしていたら、いつの間にかランチタイムになっていた。
俺達警備隊は配置につくために部屋を出た。
王族のランチタイムは通常、ゲストとの会食を兼ねている。
ここが離宮で、社交嫌いの王妃とはいえ、これは例外とは言えない。
しかも、今は王子の冤罪を晴らすために躍起となっているので、相手は当然名のある貴族を呼んでいるはずだ。
会食の場になるダイニング・ルームは、王族どころか、貴族の基準に照らし合わせても決して広くはないと思う。
相手は、わずか4組で席は一杯になっていた。
それでも、ホストは王族であり、そのわずかな席に招待されることは、大変名誉なことである。
着飾った名のある貴族たちは、上機嫌に談笑していた。
俺は、この会場の角の一つに配置されたが、おかげで全体がよく見える。
ゲストたちは皆楽しそうにしているが、ホスト側の使用人は皆、緊張した面持ちで張り詰めていた。
ていうか、みんな髪型が凄すぎるんだけど。
男たちは、ベートーベンとかモーツアルトみたいな髪型で、現代なら教科書に落書きしたくなる程度だけど、女達は奇抜を通り越している。
一人は、船のようなではなく、船そのものが乗っかった髪型だ。
他には、花が盛り付けられ、花畑になっていたり、鳥の羽が盛られて、孔雀になっていたり、上に巻き上げすぎて塔のようになっている。
王妃も髪を盛っているのだが、鳥の羽や花をバランス良くキレイにまとめている。
内心緊張しているのだろうが、表に出していないところは流石である。
会食の準備が整うと、乾杯のための白ワインの入ったクリスタル製のキャラフが運ばれてきた。
あれ?
白ワインだよな?
色がおかしいような……?
さらに、運んできたのはなぜかロザリーであり、何かがおかしいと思った。
通常、このような場は熟練の給士係がやるもので、女中係に配属された、しかも初日の新人にやらせる仕事ではない。
ロザリーは案の定、緊張して手が震えているようだった。
ロザリーはテイスティングもすること無く、銀カップに注いでいこうとするのでこれはまずいと思った。
「ロザリー、ちょっと待った!」
俺は、慌ててロザリーを制止した。
これにより場は固まってしまい、すぐに不穏な空気が流れた。
「何だ、貴様は! これがどういう場かわかっておるのか!」
ゲストの一人である二人分の横幅のある、ベートーベンみたいなかつらを被った着飾った男が最初に怒鳴った。
だが、俺はここでうろたえてはいけないことはわかっていた。
そして、大げさに跪いてみせた。
「ええ、もちろんでございます。私のような者が、この高貴な場に口を挟んだことは大変差し出がましいことであります。しかしながら、どれほど大切な場であるかをわかっているからこそでございます」
「へえ? それはどういうことなのでしょうか?」
王妃が表情を変えること無く、椅子に座りながら俺を見つめている。
俺も後には引けないので、ゴクリとつばを飲み込んで、冷たい汗が背中を流れるのを感じながら平静を装った。
「それを確かめるお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん、わたくしはよろしいですよ」
王妃の言葉に誰も反論する者はいなかった。
その事を確認すると、俺はロザリーからキャラフを受け取って、予備の銀カップにワインを注いだ。
銀が変色していないということは、毒が入っていない証拠だ。
俺の勘が正しければ、細工をしてあるのはワインそのものだ。
俺のただの思い過ごしだったら、シャレにならない事態だ。
ふぅ。
ただのテイスティングが命がけとはな。
手が震える。
だが、落ち着け。
これぐらいのことは、元の世界の仕事でやっていたことだ。
流石に、命をかけてまでやったことはないけどな。
遠目からでははっきりとわからなかったが、ワインを目で見てやはりと思い、匂いを嗅いで確定し、味を見て間違いないと確信した。
俺はふぅと一息ついた。
「やはり、私の思った通り、このワインはこの場にはふさわしくありません。申し訳ありませんが、新しいワインを用意するために、皆様の貴重なお時間を取らせていただきます」
これにより、場はざわめき立った。
当然、こうなることも予想はできている。
考えがないわけではないが、うまくいくかはわからない。
だが、やるしか無いんだ!
堂々と、平静を装え!
「ほんのお詫びの気持ちではありますが、余興などはいかがでしょうか?」
俺はそうにこやかに言うと、ロザリーにやってほしいことを小声で伝えた。
ロザリーはずっとキョトンとしていたが、俺の一言でハッとしてパタパタとして外へ出て行った。
その間に、新しいワインを別の給士係に頼んで交換するようにした。
ロザリーが、シーツを入れる大きい薄手の袋とハンマーを急いで持って帰ってきた。
その中に、ロザリーが最近覚えたばかりの風と氷の合成魔法を詰め込み、俺の闘気でちょいと細工をした。
空気が漏れないように、袋の周囲はうっすらと闘気で覆った。
そして、このパンパンに膨らんだ袋の口をロザリーの氷魔法で凍らせて準備完了。
残るはこのハンマーで、終わりにしようとしたら、何が起こるのかワクワクした目の王女がふと目に入った。
俺が、自分でやるよりも上手くいきそうな気がして、閃いた。
「ヴィクトリア王女様、よろしければ私共を手伝っていただけませんか?」
「はい! わたくしは、何を手伝えばよろしいのでしょうか?」
俺の言葉に、王女は好奇心旺盛に駆け寄ってきた。
よし!
この王女の性格なら、ノッてきてくれると予想したとおりだ。
俺はハンマーを手渡し、この氷を叩き割ってくれと言った。
「えい!」
王女は嬉しそうに言われるまま、両手で小振りのハンマーを持って、氷を叩き割った。
その瞬間、中の圧縮された空気とともに、透明な闘気でコーティングされた光り輝く氷の粒がキラキラと飛び出してきた。
これをロザリーの風魔法で散らし、ちょっとしたダイヤモンドダストを擬似的に作り出した。
もちろん、俺の闘気は袋から出てきたらすぐに消えるが、ハッタリを効かせるには充分だ。
ほんの一瞬だけ、幻想的な白銀世界を作り上げたのだ。
その様にゲストたちは歓声を上げて盛り上がった。
そして、新しいワインが運ばれてくるとテイスティングをし、問題がないことを確認して会食が始まった。
こうして、安心して俺は部屋の隅の元の配置場所へと戻った。
あの白ワインは、完全に酸化して酢になっていた。
あれは明らかに悪意を持って用意されたものだ。
あれを用意した人間は間違いなく、俺達を追い出しにかかっている。
俺達への嫌がらせのつもりだったのだろうが、これはいくら何でも悪質すぎる。
あんな酢になったワインなんか飲まされたら、誰だって激怒するだろう。
この場が台無しになるどころか、王妃の味方なんていなくなってしまう。
どこまで事情を知っているのか知らないが、ここまで度が過ぎたことをしたらさすがの温厚な俺も、ただで済ます気はない。
意地でも犯人を見つけ出して、それ相応の報いを受けさせてやる。
俺は静かに怒りを滾らせていた。
無事に会食を終え、俺達使用人たちも昼休憩になった。
「アルセーヌ君!」
俺も昼休憩にしようと、使用人の集会場へと向かおうとしたら、料理長のジョエルに呼び止められた。
顔には汗がびっしょりだが、満面の笑みだ。
物陰でよく見えないが、何かを引きずっている。
「ありがとう! 君のおかげで、今日の会食が台無しにならなくてすんだよ!」
「あ、いえ、俺は当然の事をしたまでですよ」
料理長も自分の料理が台無しにされなくて嬉しそうだ。
この料理長は間違いなく、シロだ。
俺も笑顔で返したが、次の瞬間、この笑顔は凍りついた。
「本当に君がいなかったらどうなっていたか。しかも、あのミスをチャンスに変えて、場を盛り上げる演出をしたそうじゃないか。君は逸材だよ。 ……それに比べて、こんの、ボケがぁあああ!」
ジョエルは満面の笑みを豹変させ、鬼の形相になった。
そして、手に持っていた何かをカベに向けてぶん投げた。
黒服を着た、多分若い男(顔の形が変わりすぎててよくわからない)だった。
「てんめえはナメたマネしくさって、ゴラァア! あんな腐ったもん用意しやがって、てめえの脳みそも腐ってんのか? 頭かち割ってみてやろうか、おぉ!?」
「ひぃい! ず、ずびばぜん!」
「謝って済む問題か、ああん!? てめえが給士の責任者だろうが! 料理ナメてんのか! てめえの腐れチ○ポもソーセージと一緒に焼かれてえか、ゴラァあ!」
と言いながら、思いっきり黒服を蹴り上げた。
黒服はひぃひぃ言いながら涙を流し、股の間がホカホカとしている。
「ごめんねえ、アルセーヌ君。君にお礼が言い足りないんだけど、このボンクラに説教しないといけないからさあ。もう行っちゃうけどいいかなあ?」
ジョエルは、鬼の形相から満面の笑みへと戻った。
「……あ、いえ、大丈夫、です」
「うん、また今度お礼するね。 ……おい、ゴラァあ! てめえはさっさと来いやぁあ!」
ジョエルは、黒服の襟首を掴んで引きずりながら、厨房の裏へと帰っていった。
何なのあの人、二重人格?
俺は、ただただ唖然とするだけだった。
さっきまで滾らせていた俺の怒りは、どこかへと消えてしまっていた。
王妃の屋敷の外に出ると、今度はロザリーが俺を待っていた。
「アル、さっきはありがと」
ロザリーはちょっと落ち込んでいるのか、俯いていた。
いつもの元気がないロザリーを元気づけようと、頭にポンッと手を置いて笑いかけた。
「いいってことさ、それぐらい。俺達はチームだぜ。お互いにフォローし合って当然だろ?」
「でも……」
「それに、あれはロザリーのミスじゃないよ。俺達を追い出そうと、足を引っ張ってる連中がいる」
「え? それって、どういうこと?」
俺は、警備隊の詰め所であったこと、会食の一件での俺の考えをロザリーに話した。
「そっか、私達、邪魔者扱いされてるんだね」
ロザリーは悲しそうな声をしていた。
だが、俺は明るい調子で話を続けた。
「でも、俺はやめる気はないけどね。だってよ、こういう奴らの鼻明かしてやんのって楽しいだろ? それに、俺、あの王妃様好きだから味方したいしな」
俺は自分で言っていて恥ずかしくなり、照れ笑いをしてしまった。
ロザリーは、少し泣きそうな顔になったが、すぐに強がった笑顔になった。
「ありがと。アルは相変わらず、優しいね。 ……うん、私ももうちょっと頑張ってみるね!」
ロザリーは少し元気になったみたいで、キュッと口元を引き締めた。
俺は、ロザリーがそのまま仕事にいこうとした所を呼び止めた。
「ちょっと待って、ロザリー」
「え、何?」
ロザリーはクルッと振り返った。
不思議そうな顔をしているが、俺はニッと笑った。
「うん、やっぱりよく似合ってるよ」
「え、やだ、もう、バカ!」
ロザリーは真っ赤になって、走っていってしまった。
うん。
これでいつも通りのロザリーだな。
青いメイド服の後ろ姿が、この英国庭園によく似合い、いい絵になるなと思った。
・・・・・・
王妃の執事ジャックは、王都郊外、第七王子の投獄されているサントワーヌ監獄にいた。
ジャックは、アルセーヌ達を迎えに王都にやってきて、離宮に送り、その足でこの監獄へとやって来ていた。
当然ながら、第二王子殺しの被疑者である第七王子とは面会の許可はされなかった。
だが、ジャックもその事は分かってはいたので、落ち込むことはしなかった。
「メアリー様、必ずや貴女様のお力になってみせます」
ジャックは振り返り、上を仰ぎ見ながら力強く拳を握りしめ呟いた。
その先には、石造りの要塞と言えるほどの約30メートルの垂直の城壁と8基の塔を有し、周囲を堀で囲まれた、監獄がそびえ立っていた。
ジャックは、王都内にある隠れ家に向かって歩き出した。
そのジャックを、黒いローブを頭深く羽織った者が監視していた。
「……ふむ。これは意外な役者が紛れ込んできたな。あの御方に報告せねば」
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