第六節 離宮

 次の日の朝、俺とロザリーとレアの3人はギルドで待っていた。

 ギュスターヴとフィリップは、すでに捜査の打ち合わせをしている。

 他のギルドのメンバーたちも来てはいたが、俺達のやっていることを気にしていないようだった。


「おう、アニキ! オレ達は先に行くぜ!」


 俺達3人とは別行動になるフィリップが声をかけてきた。

 俺達のパーティーに入る前に比べると、少し体が引き締まったように見える。

 探偵っぽくスーツを着ているが、ドーンっと言うセールスマンにまだまだ似ている。


 こいつは俺にとっては、パーティーの仲間で友達みたいなものだ。

 フィリップが、調子の良さそうなニヤケ顔で拳を出してきたので、俺も拳を合わせた。


「おう、気合い入れていけよ! ギュスさんの足引っ張んなよ!」

「行ってらっしゃいニャ!」

「気をつけてね! 私達も頑張るから!」

「はい! 姉御もお嬢も頑張ってください!」


 フィリップは俺達に見送られて出て行った。

 それにしても、なんでこいつは一応パーティーリーダーの俺にはタメ口で、ロザリーたちには敬語なのだろうか?


「おい、アルセーヌ」

「はい、何すか、ギュスさん?」


 ギュスターヴは、フィリップとはギルドから別行動のようで、真面目な顔をして俺に近づいてきた。

 ギュスターヴも出掛けるようだ。

 目立たないように、鎧は外して軽装な格好だが、剣だけは持っていて普段着の騎士って感じだ。


「とりあえず、お前が護衛班のリーダーだ。俺様としてはかなり不安だが、離宮にまで手を出してくるやつはいないと思う。だが、気を抜くなよ!」

「はい! この命を懸けても!」

「バカヤロウ! 簡単に命を懸けるとか言うんじゃねえ!」

「はい、すんません! 程々にがんばります!」

「ったく、調子だけはいいな、おめえは。ロザリーちゃん、レア、二人共あのバカのフォローしっかり頼むわ。俺様はもう行くからよ」

「「はい(ニャ)!!」」


 ロザリーとレアは元気に返事をして、手を振るギュスターヴの後ろ姿を見送った。

 うーん、俺ってみんなにナメられてるよね。


 俺達がギルドのテーブル席で座って待っていると、王妃から迎えの馬車がやってきた。

 ケンタウロスではなく、王族らしく立派なユニコーンのオシャレな馬車だ。


「お待たせいたしました。皆様準備はよろしいでしょうか?」


 王女の執事兼護衛がやってきた。

 王妃たちに対してと変わらない態度で俺達に接した。

 これぞプロの仕事、と言わんばかりだ。


 俺はロザリーとレアを見ると、二人共うなずいた。


「はい、問題ありません。いつでも大丈夫です」

「それでは早速向かいましょう。王妃様がお待ちです」


 俺達が馬車に乗り込むと、離宮に向けて出発した。


 離宮は、王都から外に出て南東方向に、馬車に乗って3時間程行ったところにある。


 俺が初仕事で見た夏景色は秋色に変わり、麦はすでに収穫され麦わらが固めて干されていた。

 果樹などは収穫時期を迎えており、農民たちはゴーレムを巧みに操り、この国の豊かな食を支えているようだった。

 これから、危険な王家の陰謀に立ち向かおうとしているとは思えないほど、穏やかな景色が続いていた。


 長閑な田園風景を進んでいくと、王妃の待つ離宮へと到着した。


 離宮は見事な英国庭園といった感じで、その中に農村の集落を模したような建造物が違和感なく調和している。

 外からしか見たことはないが、王宮の豪奢な外観とは正反対な趣がある。


 ロザリーは言葉もなく、この景観に見惚れていた。

 レアは大人しく緊張しているようだ。


「これは、見事ですね。この庭園の全てが計算され尽くした絵画のようです」


 俺のひねりのない率直な感想に、執事は顔を綻ばせた。


「フフフ、よくお解りなりましたな。記憶がないとはいえ、さすがはシュヴァリエ家の名は伊達ではないようですね」

「え、そうですか? ここまでのレベルなら誰が見てもわかると思いますけど」


 俺は王妃の執事、つまりはトップクラスの執事に褒められて、思わず照れてしまった。

 俺だって伊達に、世界中の絶景や世界遺産、歴史的建造物を見てきたわけではないのだ。

 記憶がない設定がどこまでも広まっていくので、実は違います、なんて言えなくなってきたな。


「ところが、そうでもないのですよ。残念なことに王族の方でもわからない方はわからないのです。あなたならば、安心して姫様をおまかせできそうですな」

「でも、俺はあなたに護衛として実力があるかどうか、見せたことはありませんよ?」

「そのようなことはありませんよ。終戦記念日の時に、見ず知らずの、まだ身分すら明かしていなかった姫様を、体を張って守られたのです。それだけであなたは信用するに値します。シュヴァリエの名を持ち、しかも、あのギュスターヴ殿のお弟子さんですしね」


 執事は何だか嬉しそうにクスリと笑った。


 うーむ。

 守ったというよりも、無様な姿を晒しただけのような気がするが。


「あの、ギュスさん、いやギュスターヴさんとは、以前からお知り合いだったのですか? それに王妃様とも」

「いえ、私は現役時代のギュスターヴ殿とは、ご対面したことはございません。ただ、王妃様のお話と、実際にギュスターヴ殿とお話した時に、私はあの方を信用することに致しました。あと、王妃様とのご関係は、私の口からは申し上げられません」

「ですよね。一応聞いてみただけなので、気にしないでください」


 などという話をしていたら、いつの間にか王妃の住む屋敷の前まで来ていた。


 それは屋敷というにはあまりにも質素で、とても世界有数の大国家の王妃が住んでいるとは思えないものだった。

 名前は忘れたが、マリー・アントワネットがヴェルサイユ宮殿の外れに住んでいた離宮に似ている気がする。

 いくら駄女神が俺のいた世界をモデルに創った世界とはいえ、こうまで似たようなものができるのだろうかと思ってしまう。


 それでも、質素とはいっても、俺達みたいな庶民には圧倒的な豪邸ではある。

 ロザリーとレアは、ぽかーんと口を開けて窓の外を見ている。


「それでは皆様、外へ出る前に、よく覚えておいてください」


 王妃の住む屋敷の前に馬車が止まると、執事は俺達に呼びかけた。

 執事の和やかな表情は、厳しいプロの顔に戻っていた。


「皆様は、王妃様に直々にご依頼を受けたとはいえ、あくまでも使用人としてです。くれぐれも、その立場をお忘れなきよう」


 その言葉で、俺達はみんな顔をキュッと引き締めた。


 俺達が馬車の外に出ると、まだ年の若い執事が出迎えてくれた。

 美男子とも言えるぐらい細い繊細そうな見た目だが、俺の目にはチャラそうな金髪兄ちゃんに見える。


「おかえりなさいませ、ジャック様」


 出迎えの若い執事は、俺達を一瞥するとほんの一瞬だけ苦い顔をした。

 それを老執事、ジャックは見逃さなかった。


「お出迎えご苦労様でした、クロード。しかし、ほんの一瞬とはいえ、表情を崩したのはいけませんね。執事たるもの、出迎える相手には常に敬意を払うものです。彼らは今日からあなたの同僚になりますが、我らが主人である、王妃様の大事な使用人であることも忘れないように」

「失礼いたしました! 私はまだまだ未熟者です」


 クロードはジャックに謝罪の言葉を言い、俺達に視線を向けた。

 一応は、甘いマスクと言ってもいいような整った顔立ちでニコリと笑った。

 どこまで本音なのかはわからないが、とりあえず手を差し出してきた。

 俺も、笑顔を作って堂々と握手をした。


「君たちにも失礼なことをしたね。僕は執事見習いのクロード・コンデだ。今日から顔を合わせることになる。よろしく頼むよ」


 俺達3人はクロードに自己紹介をした。


 この後、ジャックに案内され、王妃の元へと向かった。


 この間だけでも、何人かのメイドなどの使用人たちに会い挨拶をしたが、クロードがしたのよりも露骨に顔をしかめる者もいた。

 その度に、この老執事にたしなめられているが、俺達が歓迎されてはいないことがよくわかった。


 王妃は裏庭で優雅にティータイムの時間だった。

 元が超美人だから、ただ紅茶を飲んでいるだけでも絵になる。


「失礼いたします、王妃様。無事に皆様をお連れいたしました」

「ええ、ご苦労さま、ジャック」


 王妃は手に持っていたティーカップを静かに置いて、すっと立ち上がった。

 俺は前回の失敗を生かし、すぐに胸に手を当てて跪いた。

 ロザリーはさすがというか、自然に同じようにしている。

 レアはワタワタした後、俺達に習って同じようにした。


「皆様、面を上げてください。この離宮は、王宮とは違って堅苦しいことはありません。わたくしがそのようなことを好まないので、普段通りにしてください」


 俺達はお言葉に甘えさせてもらい、遠慮しないで立ち上がった。

 俺達が貴族の社交儀礼通りではなく、堂々と立ち上がったので、王妃は嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます、王妃様。我々を信用してくださったこと、誠に感謝いたします。我々を、ご自身の使用人のようにご自由にお使いください」


 俺がそんな事を言うと、王妃はさらに顔を綻ばせた。


「ええ、お言葉に甘えて自由に使わせてもらいます。お仕事に関しては、こちらのジャックに全て委ねていますので、このジャックにお聞きください。本当はもう少しゆっくりとお話したいのですが、あなた達だけ特別扱いするわけにはいきませんので申し訳ありません」

「もったいなきお言葉です、王妃様。我々はこの場に立てるだけでも、すでに特別だと思っています」

「それでは我々は失礼いたします、王妃様。皆様、私についてきてください。これから仕事の配置について説明をいたします」


 俺達は王妃への挨拶が終わると、ジャックに連れ立ってさらに離宮の奥へと歩いていった。


 この英国庭園のような庭には、いくつか農村を模した建物があり、その中の一つ、使用人の集会場となっている館に入っていった。


 その中には、すでに何人かが立って待っていた。

 彼らは他の使用人たちとは違い、俺達が入ってきても表情を変えることがなかった。

 そして、ジャックが彼らを紹介してくれた。


 まずは俺の上司になる警備隊長のベルナール。

 綺羅びやかな鎧を着込んだ屈強な体格の大男であり、ギョロッとした目がちょっと怖い。

 次に、ロザリーとレアの上司となる女中頭のデボラ。

 元の俺とほぼ同年代の見た目で、細身の長身、神経質そうな雰囲気があり、俺の苦手そうなタイプだ。

 他には、よく日に焼けた庭師のランスロット、ここの庭園を管理しているそうだ。

 どうやら口がきけないらしく、ジャックが代わりに紹介してくれた。

 料理長のジョエル、まるまると太っていて味見のしすぎではないかと心配になる。

 王女の家庭教師のシャルロット、豊満な胸の谷間がエロく、個人的に夜の課外授業をお願いしたくなる。

 大きなルビーの首飾りが、でかい胸の上に輝き、さらにエロさを強調する。

 彼らはそれぞれの部署の責任者であり、その総監督がジャックとなる。


 ジャックはそれぞれの責任者達の紹介をすると、すぐに出かけていった。

 そして、俺達はここで別れ、それぞれの部署の責任者と別室へと向かった。

 レアがガチガチに緊張していて、借りてきたネコのようにおとなしいのでかなり心配だが、ロザリーに任せよう。


 俺が連れて行かれたのは、この集会場の1階にある大広間で、警備隊の休憩室兼装備品置き場だった。

 椅子に座って待機している二人の隊員は、警備隊長のベルナールが入ってくるとさっと立ち上がり敬礼をした。


「ご苦労。今日から我々と同じ警備隊にはいる、新人を連れてきた」


 ベルナールは、待機していた若い、多分今の俺と同じぐらいの10代ぐらいの二人の隊員に俺を紹介した。

 このベルナールは、体の割にボソボソと喋るので声が聞きづらい。


「初めまして! 私はアルセーヌ・ド・シュヴァリエと申します! よろしくお願いします!」


 俺は、元気に簡単に自己紹介をしたのだが、二人の反応がイマイチよろしくない。

 明らかに不快そうに舌打ちをしてきたので、おやっと思ってしまった。


 この様子に、ベルナールはため息をついて、またボソボソと喋った。


「お前たち、まだ不満そうだな」

「当たり前ですよ! 俺達はみんな使用人の立場ですけど、ただの使用人ではないのですよ。この国の王妃様の名誉ある奉公人です。俺達は、みんな然るべき家柄の貴族の子息たちです。それを、こんなどこの馬の骨ともわからない冒険者なんかと、いきなり同列なんてやってられません!」


 クルクルしたパーマの黒髪の男は、不満を大声で吐き出した。

 しかし、ベルナールのギョロリとした目で睨まれ、ウッと腰が引けたようだ。


「決めたのは、ジャック殿だ。その決定に逆らうのか?」

「い、いえ! そのようなことはありません。ただ、同じ警備隊ならば、百歩譲って認めます。しかし、いきなり王女様の専属護衛だなんて、俺は認めることはできません!」


 なるほど。

 そういう理由で、俺達が来てからずっとこんな態度なわけか。


 確かに気にいらんのだろうな。

 決まったのは昨日の夜で、聞かされたのも今日の朝だろう。

 急な話でしかも、やってくるのは俺達みたいなどこの誰ともよくわからんやつだ。

 良家の貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃんには、受け入れがたいのだろうな。


 はてさて、どうしたものか。

 この世界に来る前も、色々な国で働いたことはあるが、こんなアウェーなのは初めてだ。


「ならば、騎士を気取るなら、自分の腕で確かめろ」

「いいでしょう! 一人で王女様の護衛をするのだ、俺達二人がかりでも問題ありませんよね?」

「そうだな。お前たちぐらいに勝てねば、俺もジャック殿にやめさせるように言おう」


 ん?

 俺が考え込んでいる間に、何かおかしな話になってないか?


「約束ですよ、隊長! よし、お前、練習用の木剣を持て! 今から入隊試験だ!」


 文句を言っていたクルクルパーマは、イキって木剣の先を俺に突きつけてきた。


 え?

 どういうこと?

 俺の意見も聞かずに勝手に何やってんの?


「えっと、俺は……」

「うむ、アルセーヌよ。荷物はここに置いて、木剣を取るのだ」


 あら?

 隊長もやる気になってますけど。

 これに負けたら俺、強制退場?

 2対1って、お前ら現役の警備隊だろ?

 そこまでして俺を辞めさせたいの?


「あの、俺のスタイルって、剣と盾なんですけど、盾はないんですか?」


 うん、なかったら言い訳してうまいことやめさせよう。

 俺は穏健派なんだよ。


「あるよ」


 ベルナールは、大きな木の箱から木の盾を取り出した。


 あんのかい!


 木の盾を受け取り、俺に逃げ道は無くなった。


「クックック、ここに来たことを後悔させてやるぜ!」

「ああ、徹底的に痛めつけるぞ!」


 相手は二人共やる気満々で悪そうな顔だ。

 やれやれ、やるしかねえか。


 俺は能力の謎の闘気、夢幻闘気を使うことにした。

 ちなみにこの名前、厨二臭すぎて恥ずかしいけど、この世界は自分のスキルに名前をつけると効果が上がるらしい。

 ギルドのみんなが勝手に会議を開き、この名前に無理矢理させられた。

 しかも、こんな名前を口に出さないと効果が半減するのだ。


 マジで、使いたくねええええ!

 ああ、泣きたくなってくるぜ。

 もういいよ。

 もうやけくそだよ。

 短期決戦で決めてやる!


「夢幻闘気!」


 こういう闘気を纏う系のスキルのいいところは、魔法と違って呪文の詠唱がいらないこと。

 いちいち覚えきれないし、恥ずかしいポエムみたいなことを口ずさみたくはない。

 特に俺の場合は、魂の力をそのまま使うだけの単純なこのスキルしか使えないから難しいことはない。


 さて、俺は気を取り直して、真面目にやることにした。


 実戦なら話は別だが、この状況でのベストスタイル、

 まずは全身に20%、何を仕掛けられても見極めることが出来るように目に20%、どんな動きにも対応できるように、追加で両手両足に10%ずつの計40%

 合計80%


 今の俺なら、この出力で大体1分持つ。

 これでダメなら、何をやってもダメだ。


「始め」


 隊長の合図とともに二人はかかって来た。

 一人はおおきく振りかぶって、もうひとりは横薙ぎで斬りかかってくる。


 あれ?

 こいつら、モーションも大きいし、動きも遅い。

 完全に隙きだらけなんだけど、フェイントじゃないよな?


 俺はまず、振りかぶっている方の胴を打ち込み、横薙ぎの方には後ろに回りこんでから背中に打ち込んだ。

 二人は、そのまま悶絶して倒れ込んでしまった。


「勝負あり」


 ベルナールは、ふぅとため息をついて決着を宣言した。


 え?

 こいつら、弱くね?


 俺如きに瞬殺とか、異常すぎな弱さだ。

 あの執事のジャックは、警備隊がこんなに弱いから、大事な王女の護衛なんて任せられんかったのだろうな。

 俺は恥ずかしい名前の闘気を解き、俺が呼ばれた意味に納得してしまった。


・・・・・・


 アルセーヌたちと別行動のフィリップは、とある大型商店へと向かって、王都内の大通りをゆらゆらと歩いていた。

 その口元はニヤニヤと緩んでいる。

 先輩冒険者ギュスターヴに仕事を任されて、浮かれているようだ。


「やあ、フィリップ! 一人で嬉しそうにどこに行くのだ?」


 大通りの反対側から、小太りのフィリップよりも更に恰幅の良い父親のロチルドがちょうど馬車から降りたところだった。

 もちろん、御者兼馬のケンタウロスのケニーも一緒だ。

 二人並ぶとよく似ているが、ロチルドのほうが年を取っているだけあって迫力がある。


「あ、オヤジ! へっへっへ、実は大事な仕事を任されちまってよ!」


 フィリップは、自分が一人前になった気で自慢をしようとした。

 守秘義務を完全に忘れて、仕事内容をうかつに少し話してしまった。

 ロチルドはその末の息子を呆れた顔で手で制した。


「コラコラ! そんなに口が軽くてどうする! ワシが相手でも守秘義務を守らんか!」

「あ、やべ!?」


 フィリップは慌てて自分の大きな口を両手で塞いだ。

 うかつな息子を見て、ロチルドは苦笑いだ。


「……それで、今から行くところにアポを取っているのか?」

「へ? 取ってないけど?」


 商人どころか、社会人の常識すら持っていない息子に、ロチルドは呆れて大きなため息をついた。


「やれやれ、相手は王家の御用達商人、王都随一の大物商人なんだぞ? お前如き小童が、いきなり会いに行って相手にされるわけ無いだろうが!」

「う! で、でもよ……」


 フィリップは、父親に怒られ、口ごもってしまった。

 落ち込む息子を見て、ロチルドはふぅっと一息ついて、近くの書店へと歩いていき、白紙の紙を買った。

 そして、懐から万年筆を取り出し、さらさらと一筆したためた。


「これを持っていきなさい!」

「え? こ、これは?」


 ロチルドは、戸惑うフィリップにその手紙を手渡した。


「ワシの署名の入った紹介状だ! 商業ギルドの別派閥とはいえ、ワシからの紹介状があれば、無下には扱われんだろう!」

「お、オヤジ……すまねえ!」


 フィリップは、感激して涙を流しそうになり、偉大な父親に頭を下げた。

 ロチルドは大笑いしながら、頑張ってこいと言いながら去っていった。


 これで気の引き締まったフィリップは、目的地に向かって意気揚々と歩いていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る